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しかし――結果的には、これで全くよかったのだ。
まあそれくらいで済んだといえば済んだわけだ。俺はそう世の中ほど深刻にはならず、そう楽観的に考えられた。
というのも俺は、むしろ気分が良かった。
初めて批判という、真っ向から自分を否定するような意見をもらったのだ。それも一人の人として、一人の作家として。俺は九条ヲク家の者ではなく、まるでアルファ属であるということも知られないまま、なんら遠慮のない痛烈な猛批判をいただいた。そしてその一方で、俺の作品の芸術性を高く買い、擁護してくれる読者の方々の意見も、批判と同じくらいに俺のもとへと届いた。
それがまた俺にとっては、痛快なほど面白いことだった。
そもそも俺のことを九条ヲク家のお坊ちゃんというように扱うのではなく、子供ながら一人の作家として扱い、作品制作のサポートに務めてくださった人たちとの出会いは、俺の世界をガラリと180度変え、陶冶 した。――まあその出版社の一人が、俺のことを裏切ったことも事実ではあるがね。
だが俺は満足している。こうなってよかったのだと。
それこそ俺は、九条ヲク家、アルファ属、ただそれだけで「さすがアルファ、さすが九条ヲク家のご子息、さすが九条ヲク家の次期当主、さすが九条ヲク家の長男」などと、生来そのくだらないバイアスだけで高く評価されてきた。
俺の価値など、ただアルファ属であり、ただ九条ヲク家の者であり、ただ九条ヲク家の次期当主、あの両親の長男である、というところにばかり依存していたわけだ。
となればもちろん、その「さすが」というセリフは、俺という人の実力を正確に評価したものではない。
――九条ヲク家の…アルファの…ならば決まって優秀に違いない、という上辺ばかりの忖度 がたっぷりと含まれた基準における評価と、血は水よりも濃いというような馴れ合い、そしてそのような権威持ちを褒めそやしておいて損はない、という、所詮媚びへつらう腹 踊 り の 評 価 である。
昔から氏 より育ちともいうわけだが、人も俺を取り巻くこの事情を知れば、俺があのユンファさんに「重要なのは君の名字や属性ではなく、君自身がどういう人かだ」と言われた際、言葉を失うほど驚嘆した理由もよくわかることだろう。
であるから俺は、いつか、どうせならば世の人々に批判されてみたいとすら考えていた。あえて矢面に立ち、等身大の評価をもらってみたかったのである。
かねてより俺は、どうせならば自分の実力だけで世間に、自分の善し悪しを評価されたかったのである。
となればこの展開は、本音で嬉しかったくらいなのだ。
俺の素性を知らないからこそなのだろうが、世の人々が俺のことを批判し、あるいは褒め、今もなお作品を世に送り出すたびに批評が山ほど届く。…中には強い言葉での批難もあるが、それは俺がpineにならなければ、決して経験できるものではなかったろう。
それだから俺は、未だにそうである。
年齢に関してはひょんなことから世間へ露見してしまったが、自分が九条ヲク家の者ではなく、またそれに付随するアルファ属の男でもなく、単に一人の作家pineとして評価されるこの世界ほど、俺の住み良い世界もない。
当然俺は自分がアルファであることも、九条ヲク家の者であることもいまだに伏せている。そしてこの非公表の秘密は、関係者各位にもよくよく固く守られているのだ。
なぜなら俺が機先を制したからだ。
具体的にいおう。――そ の こ と が世間に明るみに出た時点で筆を折ること、そして訴訟を起こした上で徹底的にぶっつ…徹底的に戦うと、契約書に一筆加えた上での宣言をしているからである。
もしまた誰かが俺を売ったなら――その誰かは、週刊誌から得られるものよりも、もっと大きなものを失うことだろう。
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