553 / 689
13
大いにラッキーなことに、今から三十分も待てば俺はユンファさんに会える。――そうして思わぬラッキーにより俺の待ち時間は大幅に短縮されたものの、しかし、それの幸運とはあくまでも「三十分も待てばユンファさんに会える」という点に限られているのである。
要するにその「待ち時間」自体には幸運の要素など含まれていない。――ともすれば、このゆったりとくつろぐにも心置きなくとはいえない不確実性を孕んだ「三十分」は、俺の行動範囲を狭めているようですらある。
俺は本来ならば三時間あまりの時間を一人で過ごさねばならなかった。そのため、俺はその時間このホテルのプールで泳ぐか、あるいはスパでも受けてみようか、などと暇潰しの方法をいくつか事前に考えていたのである。
しかし、いつユンファさんが来てくれるかもわからない、かといって、彼は五分から十分なんて短時間で来るわけでもない……というこの中途半端かつ不確定的な余白時間は、さすがにどうも持て余してしまう――。
「……、…」
とりあえず俺はミニバー(部屋備え付けの冷蔵庫の中に入っているドリンクなど)でも見てみようかと思い立ち、早速この部屋の壁際に設置されている棚まで行って、そこを眺めてみる。――この濃茶の木製棚のサイズは縦横ともに、おおむね一般的な家庭用冷蔵庫のサイズほどといって差し支えない。但し上段、下段と半分に分かれている。
なお、棚の裏にあるクリーム色のなめらかな壁のフックからぶら下がる、聖堂にあるような豪奢な飾り付きの金のランタン――玉ねぎのような形の屋根にガラス面が六面ある、エウロパ の庭園にある東屋 (ガゼボ)型のランタンの中には、暖色系の優しい光を放つランプが灯っている――が丁度この棚の上にあり、それの光が優しいスポットライトのようにこの棚を上から照らしている。
上段の棚に置かれているのは、一般的な冷蔵庫の半分サイズのワインセラーである。透明な扉から覗ける薄暗い庫内には、三段に分けてズラリとワインの細長い瓶が寝かされて置いてある。なおこのワインは有料である。
まあ別にユンファさんがワインを飲みたいのなら、いくらでも蓋 を開けてくれて俺は全然構わないのだがね。
更にその下の冷蔵庫――やはり一般的なサイズの半分のサイズだが、ビジネスホテルに置かれているような小型のものよりは大きい冷蔵庫――を開く。
実はこちらのミニバーに関しては、通常のミニバーのように有料ではない。――5つ星ホテルの最上級スイートルームともあってか、この冷蔵庫にある飲食物に関しては無料サービスとされていたのである。
しかも――さすが最高級ホテルともあって、ミニバーの内容はかなり充実している。
冷蔵庫の扉側の棚にズラリと並べられ、隙間なく納められた長方形の透明なピッチャーの中には、赤や黒や橙色など色とりどりのドリンクが一リットルサイズいっぱいまで入っている。
このアイスコーヒーやオレンジジュース、柘榴 ジュースなどのフルーツジュース、中に果物の入ったフルーツウォーターやトニックウォーターなどは何と、わざわざこのホテルのレストランで手作りされたものなんだそうである(『この棚にあるものは全て当ホテルのレストランで…』という旨のメモが棚に貼られていた。また全てのピッチャーのアルミの蓋に貼られているメモには茶目っ気のある『Drink Me!』との下、名称と簡単な説明の他、賞味期限が書かれている)。
そして庫内のほうには、本数はそれぞれ二本と少ないが(このスイートはダブルルーム、すなわち二人で使うことが前提とされている部屋であるので当然だ)ミネラルウォーターやお茶類はもちろん、市販のソーダ類やエナジードリンクなどのソフトドリンクから、さまざまな種類の缶ビールや缶酎ハイなどのアルコール類も庫内いっぱいに入っている。また少ないながらおつまみの生ハムにチーズ、ナッツなどもある。
……ユンファさんは、このズラリと並んだ選び放題のドリンク類に喜んでくれるだろうか?
更にこの冷蔵庫の下段には冷凍庫まである。
十五センチほどの浅さではあるのだが、その冷凍庫の中にはカップのアイスクリームが何種類か二つずつと、市販の袋入りの氷も用意されている。とはいえ冷蔵庫に関しては、客が持ち寄った冷凍物を入れるためか多少の余白も残されている。
……アイスね。ユンファさんは何味がお好きなのかな。
さてそういった棚の隣には、壁に取り付けられている、豪華な絵画の額縁のような、華美な金縁に囲われた横長の大きな鏡がある。その汚れ一つ見当たらない、よく磨かれた鏡の上に取り付けられているのは、黒いシンプルな傘のこと明るい暖色系の照明である。
そして、その俺の顔を明るく映す横長の鏡の下にある、壁から取り付けられている長方形のテーブル――鏡上のスポットライトに鮮明に照らされている、クリーム色の木製テーブル――の上には、白く薄い布巾 のかけられたコップや急須、カップなどの食器類が置かれている。
その布巾のかけられた食器類の塊の隣には、簡易的なエスプレッソマシン(カプセルを挿入して淹 れるもの)と湯を沸かすための電気ケトル、また更にそれらの隣の小さな長方形のバスケットの中には、一回分の個包装にされた緑茶の茶葉や紅茶のティーバッグ、粉末スープなど袋入りのものが重ねられて並べられている。
……ユンファさんは夜の寒い外からこの部屋に来てくださるのだから、まずはあたたかい飲み物でも飲んでホッとしてもらおうかな。
そして更にそれらの隣の丸い籐かごには、色のさまざまな銀紙に包まれた丸い高級チョコレートや、高級感のあるカラメルクッキーなど小袋入りの菓子類(ウェルカムスイーツ)が充実……なるほど。
このカラメルクッキーも砂糖とシナモンが効いていて美味いが、特にこのチョコレート、マジで美味いのだ。我が家の冷蔵庫に、此処には無い種類を含めた全種類のストックがたんまりとある。このチョコレートは冷えていても口の中に含んだ瞬間とろけるので、念のため冷蔵庫にストックしているのだ。
……ということで、チョコレートは一種類ずつ頂いておこう。
ともだちにシェアしよう!

