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62※モブユン

               ユンファさんは普段から、ケグリの虫の居所次第でその嬌声を「変な声」だと罵られてきた。    そして、ケグリに「お前の喘ぎ声は“変な声”だ」と厳しく(しつけ)けられたユンファさんは、今やその通り、すっかり自分のその愛らしい嬌声を「変な声」だと思い込み、コンプレックスの一つにまでしてしまっている。――まあとはいえあのケグリ、そのときの気分次第では彼に「反応が薄くてつまらん(もっと声を出せ)」や「みっともない大声で喘げ」などとむしろ声を出すように命じるときもあれば、「もっとユンファの“可愛い声”を聞かせておくれ」と彼の声を気色悪い猫撫で声で褒めることもあるようだが、いずれにしてもである。    それこそ今のユンファさんにとっては絶対的な存在――もはや絶対に逆らってはならない「ご主人様」――であるケグリが命じたなら、彼はどのような命令であっても自然とそれに従ってしまう。  そして今回は、ケグリが「その“変な声”で喘ぐな」と命じたので、今のユンファさんは、たとえ騒音に紛れて誰にも聞こえなかろうがなんだろうが、物理(肉体)的にも精神的にも、少しだってその声を出すことはできない。    ユンファさんの肉体が、精神が、今や主人ケグリの命令には絶対に従うよう、完璧に躾けられて――マインド・コントロールされて――いるためである。      しかしそれにもまして――このときのユンファさんには他にも、絶対に声を出してはならない別の理由がもう一つあったのだ。     「もう声出しちゃえ、ほらほらほらっ…」    と、ユンファさんを犯す男が後ろから彼の肩を掴み、横から見ればなお薄いその上体を持ち上げ、笑いながらその人のお尻に腰を乱打する。男の恥骨が彼のやわらかそうなお尻にぶつかるたび、たぷたぷとその肉がとろけるように波打つ。   「……ッ! は、……ぃ、♡ ぃぇ、…ッ」    ユンファさんはうなだれた。濡れた彼の黒い横髪が、ゆらゆらゆらと揺蕩うように前後するとそのたび、その髪の鋭利な先からポタポタと汗の雫がしたたり落ちる。  この店に満ち満ちた罪悪を煙に巻く大音量のクラブミュージックと、その煙の中で突き抜けてまばゆい甲高い女の喘ぎ声、圧倒され、(まぎ)れ、かき消されてもかろうじて、   「……は…ッ、……ッ、……」    艶気のあるうすい吐息が、ユンファさんのその半開きの唇からもれ聞こえてくる。しかし、それは手出しもできない画面越しの俺にしか聞こえまい。  そのぷっくりとやわらかそうな瑞々しい唇は赤い。彼はどれほど激しく膣の奥を男に突かれようとも、もはや眉一つ動かさない。その虚ろな伏し目は何を捉えるつもりもなく、暗く虚ろである。   「……ッ、……は、……ッは……」    無抵抗のまま、されるがまま、揺られる黒い横髪の影で――ちらちらと(うかが)える彼の頬は薔薇色に染まっているが、人らしからぬほど美しい端正なその横顔は、…髪で隠れているという気の緩みからか、…()()()である。    ただし、今のユンファさんのその「無表情」とは恐ろしいことに、魂を持たない人形のような、ひくりとも動かない微笑の顔なのである。  ぼうっとその切れ長の輪郭さえ滲んで見える伏し目、まぶたの下で暗く曇っている青紫色の眼、己の意思表示を放棄した力ない端整な黒眉、儚さを醸した横顔――しかしその半開きの唇の端だけは、まるではじめからそのような微笑顔に造られたラブドールかのように、わずかばかり上がって動かない。  またその顔にもまして、男に好き勝手揺さぶられているその白い体、店の妖しい薄暗がりに浮かび上がる作り物のようになめらかな白皙(はくせき)のその体は、人形のように完璧なプロポーションをもって神に造形されている。  その白い肌は汗に濡れてより透明感が増しているが、すこしだけうっすらとした赤らみもあり、まるで綺麗な白身魚の刺し身のようである。淡い薄桃色の性器と乳首は人間の理想をもって色付けされたかのようである。――そしてまったく間然するところのないその美貌、その肉体に、まるで人間の選んだ衣服をしか身に着けることを許されない人形のように、非日常的な黒革のコルセットに、アームカバーに、サイハイブーツを強いられて着せられている。    ユンファさんはその顔にしても肉体にしても、いささか端整すぎるとさえ思われた。――美しさに「過ぎる」ということはないと、普通ならそのように思うところだろうが、このときの彼はその(はなは)だしいほど恵まれた美貌にもまして、どこまでもその人を犯す男の能動性にすべてを(ゆだ)ねていたために、より精巧なラブドールにしか見えない有り様だったのである。    それこそ拘束されているのもあってか、ユンファさんの体が前後に揺り動かされる原動力たるものは、彼のお尻からわずか恥骨を浮かせてはまたすぐ密着させと、パンパン音が鳴るほどその動きを強く速く振れる振り子のよう規則的なテンポで繰り返している男の、その能動的な動きのみだった。  男が疲れて動きを止めれば、彼の体は硬直したように動かなくなる。呼吸のふくらんではへこむお腹の動きさえ、締め付けの厳しそうな革のコルセットに制限されているようで、ほとんどその様子は窺えない。  俺はこのときのユンファさんからはなお、不思議と(せい)の気配が感じられなかった。   「……はぁ…、…………」    ユンファさんは何かあわい吐息を唇から吐いた。  それはうしろからゆさゆさと揺さぶられ、ひたすら犯されているさなかのことである。パンパンとぶつかる肉の重みがその音となり、ぐちゃぐちゃと粘着質な粘膜の攪拌(かくはん)が音となっているさなか、それにしてはあまりにも安息の吐息といえる。――それは生を諦めた余命わずかな獣の、ある種の一番深い安息が故であろうか。  その吐息ばかりがこのときのユンファさんの、唯一の生き物らしい「(せい)」の証であった。しかし、それさえ馬鹿に大音量で流されているクラブミュージックと、彼の関しない馬鹿騒ぎにかき消され、殺されている。   「……は…――。」    とろんと伏せられた切れ長のまぶたの下、すべてを諦めたユンファさんの透き通るような群青色の瞳は、まるでガラスでできているようだった。  あたかも、あたかも、持ち主にどれほど乱雑に、残虐に、身勝手に犯されようとも眉一つ動かさない――動かしたくとも動かせない――ラブドール。    そのようにしか見えないほどの無機質さをもって、ユンファさんは全く無抵抗にその身をすべて、自分を物のように扱い陵辱する男たちに許していた。  いや、許していたというより、いっそ使()()()()()()というほうが正しいのかもしれない、そのようにさえ思わせるほどの悲しい硬質な有り様である。   「まんこ気持ちいいんだろ? ほら、ナマちんぽ気持ちいいだろ?」   「……、…は、…っはい、…」    うなだれているままのユンファさんの横髪が下へ垂れ、男の動きにあわせてゆらゆら揺れる。その揺らぐ黒い横髪の影で、虚ろな微笑を浮かべている横顔――下向きになった彼の高い濡れた鼻先から、ポタポタと涙か汗か、判別のつかない雫が数滴したたり落ちる。   「……はぁ、…おまんこ気持ちいいです、ありがとうございます…まんこ、僕なんかのまんこをわざわざ使っていただき、…ありがとうございます、…」    ――ユンファさんはわかっていた。   「…は…子宮にナマちんぽ当たって、…き、…気持ちいいです、…もっと突いてください…僕の子宮、もっともっといっぱいおちんぽで突いてください、……」    ユンファさんはしばしばこうして、自分を犯す男に媚びるセリフを自ら発するようにしていた。…彼は喘ぎもせず無言でいては余計に酷い仕打ちを受けることを、嫌でもよくわかっていたのである。    そしてユンファさんはわかっていた。  いま自分を犯しているこの男は、むしろ自分に喘ぎ声を出させたいのだ。そのほうがずっと面白いことになるから――ユンファさんはそのこともよくわかっていた。    しかしこのときの彼はそれを拒んだ。  ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、ユンファさんが賢明な命の危険を覚えていたためである。      それはなぜか?      ユンファさんはここまでに――テキーラのショットを何杯も(いたず)らに飲まされていた。      彼らはこのとき、いかにも「下劣なゲーム」をしていたのである。  もちろんユンファさんに至っては、強制的にそれをさせられていた、というほうが全く正しい。    そのゲームのルールとはこうである。  ユンファさんがほんのわずかな声量で「ぁ」とでも嬌声をもらしたなり、彼への「お仕置き」――わざわざ彼を()()()()()()()男をその「変な声」で萎えさせた罰、そして「気持ち悪い声を一切出すな」という主人ケグリの厳命を破った罰――として、そのたび彼にテキーラのショットを一杯飲ませるという、いかにも理不尽極まりないものだった。    ――()()()()()()()()()()()だ。  ともすればそのようなゲーム、冗談では済まされない事態にもなりかねなかったろう。  ショットグラスの量とはいえ、度数の高い酒を何杯も強制的に一気飲みさせる。あきらかに危険な酒の飲み方である。最悪命にも(かか)わる飲み方…というよりか、飲ませ方というべきか。――幸い何事もなかったことばかりが救いではあるが、あきらかに面白半分のゲームなどとしてやっていい内容ではない。  そしてユンファさんはもう既に何杯かそれを飲ませられていた。その証拠に、カウンターテーブルの上、先ほどまで彼が顎をのせていたあたりには、いくつかの空のショットグラスが置かれている。    だからユンファさんはもはや断固として声を出さないよう、必死にこらえていたのである。彼はこの頃にもなるとさすがに、これ以上酒を飲まされては、いよいよ自分がどうなるかわからないという危機感を覚えていた。  当然だろう。テキーラのアルコール度数は少なくとも40%ほど、いくら容量の少ないショットグラスであっても、たったそれ一杯で缶ビール一本ほどのアルコール量に相当する。――幸いユンファさんは酒を飲み慣れていたようで、自分の酒の限界量をわかっていたために危機感を覚えたようだが、むしろそれを他人に強いられたペースでバカバカ飲まされて、危機感を覚えないほうがどうかしている。    だからなのである。  彼の唇が赤いのは、血色が良くなっているからというばかりの理由ではなく、声を出せば酒を飲まされる、しかしこれ以上酒を飲まされては、いよいよ前後不覚の泥酔状態になりかねないと危惧したユンファさんが、「これ以上は駄目だ」と死にものぐるいで声を殺すため、必死にその唇を噛み締めて耐えていたせいだった。    しかも更に痛々しいのは、ユンファさんのその白いお尻であった。  ユンファさんの白い尻たぶは赤く染まって、ところどころにランダムな一線の生々しい血が滲んでいた。それでも元がきわめて白い肌であるので赤らんでも白いとはいえるが、だからこそその鮮やかな赤がより痛々しく見えるのである。――これは客やケグリの仕業(しわざ)であった。    日頃から嬌声を殺すよう厳しく躾けられているユンファさんである。彼はあまりにもうまく声を押しとどめてしまうのだが、それだとゲームは面白くならない。      そして客は乗馬鞭で彼のお尻を乱打した。  ユンファさんはその痛みに声をあげた――。   「……は…ッ、…は、……ふ…――。」    しかし――はじめこそ辛そうに、耐え忍ぶように、あたかも涙を飲むように声を殺していたユンファさんも、この頃になると耐えるというより自然と声を出さなくなっていた。だから彼の唇はもはや終始半開きだったのである。    赤らみ、斜線状の血がにじむ彼の尻たぶを鷲掴みにしている男の太い指が、その白い肉に食い込んでいる。ユンファさんは痛みにも鈍くなってきたか、やはりその無表情――凍り付いた微笑――を崩さない。  赤らんでも白いユンファさんのお尻に浮かぶような日に焼けた男の太い指が、まるで白熱球に張り付いた数を数えるのもおぞましい、薄汚い()のようである。    ここで男は息を切らしながら腰の動きを緩慢にした。己の手で割り開いた抽挿部をしげしげと見下ろしている。――男のぬらりと光沢を放つ茶色いモノが、白くきめ細やかに泡立った精液にまみれている。この日ユンファさんの膣内に射精した男は数知れない。  ずぷっ…ずぷっ…と男の茶色いモノが貫くユンファさんのその場所は、特段太いでもないソレに食い付くよう盛り上がってはへこむ、瑞々しい桃色である。   「……いやらしいおまんこだな…おちんちんに食い付いて離さないよ」と男は呟くと、ユンファさんの背中にのった赤いリードを片手に何周か巻き、ビンッとそれを引いた。首から背中を仰け反らせた彼は、そのまままた体内の奥へ男にズンズン攻め入られる。   「ほら、わざわざこんな、ザーメンまみれの汚い変態まんこ犯してあげてるんだからさ、…」   「……っ、ぁ、ありがとうござ…」   「声が小さいよ」と男が腰を振りながら、彼の血が滲む尻たぶに容赦ない平手をバチンッ、バチンッと入れる。   「……ッいぁ、! ぁ、ぁ…ぁ、ご、ごめんなさい、…あり、ありが…」    するとさすがにユンファさんはその痛みから喘ぎ、その横顔を苦痛げに顔を歪める。   「ぁ…ッありがとうございます、僕の汚い変態まんこ犯していただきありがと、…ござい…ッぐ、…」    男は「ほらもっとまんこ締めて、君はこのまんこしか取り柄がないんだから」と後ろからユンファさんの首輪に両手をかけ、彼の首を絞める。――そのまま二、三センチの範囲で素早く出入りしている男は、そろそろ彼の膣内に射精するつもりなのだろう。   「…は、…はグッ…! 〜〜〜〜ッ!!」    ユンファさんは首を絞められて顔を赤らめ、苦悶の表情を浮かべている。  しかしひとまずはあと一歩で、男がユンファさんのナカに射精する――つまり一旦は彼への陵辱に一つの区切りがつく――そのようないよいよの瞬間、ここまではカウンターの中でせっせと酒を作るや料理を作るやと、バーのマスターらしい仕事をしていたケグリが、       「いやいや、申し訳ありませんがちょっとお待ちくださいお客様。」          と彼らに声をかけた。          

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