603 / 689

63※モブユン

         「いやいや、申し訳ありませんがちょっとお待ちくださいお客様。」    ケグリのこの鶴の一声に、ユンファさんも客もはたとカウンター内にいるらしいケグリに注目した。それも射精間近だというのに、客は一切の動きを止めたのだ。なお真横から彼らを撮る探偵のカメラは、しかしカウンター内にいるケグリの姿までは映さない画角である。    このケグリという存在は、――この店の店主であり、()()()()()()()()()()()であるケグリという存在は、――この店においては絶対権力を持った「裸の王様」である。    例えば客どもはケグリの醜さが見えている上で、月下(ツキシタ)夜伽(ヤガキ)曇華(ユンファ)という人の(たぐい)まれな美貌もまた本当は見えている。むしろ、だからこんな小さなケグリの店に来るのだ。ケグリの店の「コンテンツ」は全てユンファさんにまつわるものである。  そして、本当ならケグリほどの醜男(ぶおとこ)が、ユンファさんほどの美男を「お前は不細工だ」と罵るとは、まず噴飯物(ふんぱんもの)の光景で相違ない。……いやお前が言うなよ、お前頭おかしいんじゃないのか、どう見たって彼は美しいし、不細工はよっぽどお前のほうじゃないか――もはやある種のコメディか、シュルレアリスムの域に達してさえいる光景である。それこそ本当なら誰しもが鼻で笑うところだ。    しかしこの店の客どもはケグリの取る音頭に合わせ、彼のことを「お前は何の取り柄もない不細工な性奴隷だ」とそう、あたかもそれが真実であるかのように彼を嘲罵(ちょうば)する。――全くとんだ太鼓持ちだが、それはなぜかというと、この店の王様であり彼の主人であるケグリの機嫌を損ねれば、自分がその類まれな美貌をもった人の肉体を享受できなくなるためである。    まあ簡単に言えば、ケグリの管理下に置かれているユンファさんに関することは、この店の店主であり、彼の主人であるケグリが駄目だと言ったら何事においても駄目、ということだ。…よっぽど社会的地位のある上客でもない限りね――つまり並の客はケグリに「待て」と言われたら、(よだれ)を垂らしながらでもおすわりして待つしかないのである。  それだからこそ、ケグリのその鶴の一声…いや違うか…()()()()()()()()には客の男も、土壇場の射精をせき止められてもなおきょとんとして動きを止めた。男はユンファさんの首を絞めていた両手もゆるめたようである。ただ、男の突き出た唇あたりにはかすかなバツの悪さが垣間見える。  そして、後ろから男の両手を首に――首輪に――かけられているままのユンファさんもハッと、すでに怯えた顔をして、カウンター内のケグリを見ている。    そうして二人はカウンター内のケグリに注目した。探偵のカメラはケグリを映さないが、…にわかにケグリはこう怒鳴った。 「…ユンファぁ!! わざわざお前なんぞをご利用くださっているお客様に失礼だろうが! 何をお前、何の役にも立たない肉便器の分際でお客様に()()()()()()()()()()()()んだ、それで中出ししていただこうとは、お前は身の程を知れぇ!!」    大音量のクラブミュージックの暗雲を縫って(とどろ)く、稲妻たるケグリの怒号――その大声はカメラとはまた別に探偵がどこかへ潜ませた高性能マイクをもって音割れするほど――つかの間固唾(かたず)をのみ固まっていた客とユンファさんだったが、ことユンファさんはケグリのその怒声にビクンッと怯えるやいなや、ガタガタ大きく震えはじめると、慌ててその腰を自らゆらゆら前後させはじめた。   「…ごっごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい…っありがとうございます、何の役にも立たない僕なんかにおちんぽ挿れていただきありがとうございます、僕なんかの汚い肉便器まんこでもよろしければ、遠慮なく中出ししてください…っ!」    そうして自らが動くことで男のモノを扱きはじめたユンファさんは、驚いたことに、このとき本気で()()()()()を自責していた。  しかし先ほどのあの状況で、彼が客の男に「ご奉仕されていた」――彼が性奴隷として怠惰であった――などと本気で考えるのは、ケグリにマインド・コントロールをされているユンファさんの他には、およそ誰もいないことだろう。    もちろんケグリも理不尽な理由で彼を怒鳴りつけたことを自覚している。  全く理不尽である。それこそ手足をガチガチに拘束され、プレイを盛り上げるセリフを言おうにも首を絞められ、今のように自ら腰を動かそうにも腰を掴まれていたり、お尻を掴まれていたりと、男自らがその人の下半身を支配していたその状況では、もはや一方的な男の侵攻を受動的に甘受せざるを得なかったユンファさんに、一体あれ以上の何ができたというのか?  それをわかっていてユンファさんを責め立てたケグリのそれは、いわゆるキュートアグレッション――愛おしいという気持ちが過ぎるほどの見目麗しい存在に加虐したくなる皮肉な精神作用――によるものなのだ。まあ一般的なそれより(はなは)だしいが。  またほとんどのサディストは、理不尽な、些細な、不当な理由をもって人を責め立てたいという嗜虐心(しぎゃくしん)をもっているものである。    さて、よそで乱交騒ぎをしていた奴らも、さすがにあれほどのケグリの怒鳴り声には一旦、彼らに注目して様子を窺っていたらしい。――ここまではひたと止まっていた女の喘ぎ声や男らの歓声だったが、元より異常者のコイツらにとっては()()()()()()ユンファさんが動きはじめると、その中にいる酔漢(すいかん)の一人がむしろこの状況を面白がって、ユンファさんをこう野次った。   「そうだよぉー、何奴隷の癖してご奉仕してもらってんだよー! ユンファの大好きなザーメンは、タダじゃどこにも恵んでもらえないよー! ハハハ…」   「ご、ごめんなさい、お情けでおちんぽお恵みいただいてるのにごめんなさい、…」    ユンファさんはうなだれ、その濡れた艶のある黒い横髪をゆらゆらと揺らしながら、ひたすら男の恥骨を着地点にぱちゅぱちゅお尻を弾ませている。――ここで聞こえてくる「ほら腰止まってるよ、誰がやめていいって言った?」と聞こえてくる男の声に、またよそで女奴隷と取り巻きの男らは乱交を再開したようだ。    そうして再びこの地獄においての「平穏」が訪れる。  大音量のクラブミュージック、あんあんと女の甲高い喘ぎ声、女を嬲る男らの歓声――またカウンター内で何かしら作業でもしているのだろうケグリは黙り込み、あいかわらず嬌声を堪えて自ら腰を動かすユンファさんと、最上の美貌をもったその人にはあまりにも不釣り合いな憐れな奉仕行為、その引き締まった背中が奉仕的に動く様を見て、より射精を(そそ)られているような満足げなサディストの中年男。    ユンファさんの懸命な働きによって楽に快感を得ているその男は、先ほどのケグリの怒号もまた一つ客を楽しませるためのエンターテイメントであったと、むしろ、たちどころに興を取り戻していた。――男は調子にのり、動いている彼の後ろ髪をがっしり掴んで引く。ぐっとうめいたユンファさんの顎が上がり、腰が反れ、頭皮の痛みからか、その腰の動きが中途半端なところで止まる。  しかし、うめいたわりにユンファさんのその横顔は顰められているでもなく、彼の半開きの目はぼうっとどこか彼方(かなた)を見ている。男はユンファさんの頭をがくがく揺さぶりながら、ニヤニヤとこう言う。   「いや、言われてみたらそれもそうだよねユンファくん、全くだよ。君、何ボクにご奉仕してもらって、勝手に自分だけ気持ち良くなって、おまんこにご褒美もらおうとしてるの? 君は奴隷なんだから、君がボクに精一杯ご奉仕してこそ、ご褒美のザーメンがもらえるんだよ」    男はわざと苛立った声で「これは()()()()だな」と低く言うと、彼の赤らんだお尻にバチンバチンと平手を入れる。何度も、何度もである。  ユンファさんは「お仕置き」という言葉に顔を歪めた。いま彼が苦痛に思っているのは、今や慣れてしまったその肉体の痛みではない。もはやトラウマとさえなっている「お仕置き」という単語に、彼は痛いほどの恐れを感じているのだ。  だからユンファさんは今にも泣きそうな声で、おののきながらこう男へ必死に詫びる。   「ごめんなさい、は、はい、…はいごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…精一杯ご奉仕させていただきます、何でも…何でもしますから、どうかお(ゆる)しください……っ」   「いーや、駄目だね。……」      しかし、彼のその怯えた様子さえ一興と男はユンファさんのお尻を前に押し、ぬるんと反り返った勃起を彼の膣から抜いた。    

ともだちにシェアしよう!