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65※モブユン

               何という残酷な運命の采配だろう――。  ユンファさんがケグリに怒鳴りつけられる前――そこまでのユンファさんは、あたかも自らの力ではその体を動かせないラブドールかのように、男の動きによってのみその体を前後に、小刻みに揺らされていた。    しかしユンファさんは今、理不尽極まるケグリの罵声に強いられて、自らその上半身を前後に大きく動かすこととなった。…そう、彼自身がそう前後に動くことによって、彼は自分のナカに挿入された男のモノをその動きで扱くこととなったのだ。――それも急き立てるような浅く速い動きを咎められたユンファさんは今、ずぷっ…ずぷっ…と比較的緩慢な、かつ大きな動きで、その上半身を前後させている。    すると、男が腰を振ってユンファさんの体を突き動かしていたときに比べて、彼のその左耳についたピアス、……銀色の冴えた光を反射する十字架のピアス、……それもまたゆらっゆらっと振り子のように、先ほどよりも大きく揺れていたのだ。  そして更に付け加えると、高刺激的なユンファさんの膣から、締まりは良くともそちらに比べれば男に余裕を与える彼の腸内に挿入場所が切り替わったことも、ある種悪い運命の作用があったように俺は思うのである――。      さて、ユンファさんが中腰の姿勢でその細身を前後に動かすたび、共にその銀の十字架もゆらり、ゆらりと振り子のよう大きく揺らめいてはチラ、チラとまばゆい銀の光を放っていた。――そして彼に挿入している男は、この醜悪な地獄ではあまりに悪目立ちするその清廉な光が目についたようだ。  男はしばらくその銀のまたたきをぼんやり眺めていたが、ややあってから少し前のめり、その赤茶けた手のひらで彼の十字架を(すく)いながらそれを見下ろして、こうカウンター内にいるケグリに尋ねた。   「この十字架もマスターの趣味なんですか」    するとケグリは苦笑する。   「はは…いやいやまさか。私にそんな趣味ありませんよ、()()はコイツが勝手につけはじめたもんです。…」   「…………」    ユンファさんは相変わらず腰を前後させていながらも、その唇をゆるく閉ざしていた。  ゆらりゆらりと揺れている銀の十字架のそば、下向きとなったその人の横顔からは強いられた笑顔さえ消えている。聖域に侵攻される鋭い痛みをこらえているような、あるいはその聖域をひた隠しにしたいような伏し目がち、その凍り付いた横顔は例の無表情――唇の端だけが上がった虚ろな微笑――である。    ケグリは更にこう続けた。   「…買い物に行かせて随分遅いなと思ったら、聖書なんかと一緒にそんなもんまで持って帰ってきて、…なんでも怪しいカルトばばあが無料で配ってたんだそうですよ。…いやぁ困ったもんです、毎晩毎晩狂ったようにアーメンアーメン言うんですから」    ケグリの鼻で笑ったその回答に、男はわざとらしい態度で「ええ!」と驚いた。   「じゃあユンファくん、もしかしてクリスチャンなの?」    と男はユンファさんの後ろ頭にそういけ図々しく尋ねる。その声からは明らかに尊重の意図が感じられない。…しかし、どれほどその質問が悪辣な好奇心を元にされたものであっても、――そうだとわかっていても、――なお客を無視すればどんな目に合うかもわからないユンファさんは、前後に動きながら「はい」と小さく答え、コクコクと何度か頷いた。するとケグリが矢継ぎ早にこうユンファさんを嘲笑う。   「まあしかし、本当に神なんてもんが万が一にも存在するんなら、この変態のユンファだって、もうとっくに救われてるはずなんですがねぇ。…ふんっ…まーそんなもんいるわけありませんよ、毎日アーメンアーメン言いながら、同じ口でちんぽしゃぶってるコイツが何よりの証拠です。はははは…」    ケグリの下衆な笑い声に合わせ、ユンファさんの後ろにいる男も「全くだ」と笑い声をあげた。   「……、…」    しかし――そこでひたと動きを止めたユンファさんは、泣きそうに唇を震わせながら、こうぼそぼそと自信なさげに言う。 「でも……でも本当に…本当にかみさまは…本当に、本当に神様はいらっしゃいます…、信じています…神様は、いらっしゃると……」    下を向いているユンファさんの目元は、下へ垂れたその黒い横髪で隠れて見えない。だが、そのときその高い鼻先からぽた、と下へ落ちていった雫は、あるいは彼の涙かもしれなかった。  さて、人は騒音にも耳が慣れるものらしい。ユンファさんのそのなけなしの口答えが聞こえた地獄耳のケグリは、「なんだと」と案の定腹を立てて声を荒らげた。すぐさま彼は「ごめんなさい」と謝った。  そしてユンファさんは、泣きながらこう続けた。   「…っですが、…神様は本当にいらっしゃいます、で、ですが、――で、でも、でも僕…僕が淫魔だから、…僕が、救われないんです、…僕だから救われ、…僕だけが救われない、…僕が…どうしようもない…淫乱、だか、ら……」    ユンファさんのこの言葉は、ケグリの怒りをなだめようと自己卑下をもって媚びたのではない。――悲しいことに、これは彼の本心であった。   「…あぁなるほどな…ユンファ、お前らしくなくいいことを言ったじゃないか」とケグリは案外あっさりと機嫌を直した。そしてケグリは客の男へ、こう勝ち誇った声で話しかけるのだ。   「まあ神ってもんがいたとしてもね、この肉便器だけは救われるはずないことは確かです。毎日毎日何十本もちんこ咥え込んで喜んでるような救いようのない淫乱だってのに、今更神とやらに救いなんか求めたってねぇ…はは…」と呆れて嗤うケグリは、さらにいやに哀れっぽくこう続ける。   「…全く、私も忠告はしてやってるんですよ…? でも本当頭の弱い馬鹿でね、このユンファは。だからこそそんな神なんてもん信じちまってるんでしょうけど、祈りなんてクソの役にも立たないって私が言ってやってもねぇ、毎晩毎晩気が狂ったようにアーメンアーメンって、全くゾッとしますよ。…コイツもいよいよおかしくなっちまったのかもしれません。…ハハハ、酷ければ私に犯されながら祈ってるんですコイツは、祈ってる最中に犯してやると、まあわんわん泣くわ泣くわ……」   「……はは、そりゃまた随分鬼畜な…」    客の男はせせら笑うようにそう言うが、所詮コイツだって同じ穴の(むじな)――もちろんこの男がせせら笑った相手は、男が見下ろした先にいるユンファさんである。ましてやこの下衆男、むしろこれで余計に興奮が格段に増してきたようだった。  男はその興奮のまま後ろからユンファさんをガバリと抱きすくめ、その人の背中に張り付くと、憐れみなど微塵も感じられない軽々とした声で「可哀想にね」と彼の耳に囁く。――そして男は、ユンファさんの寄った肩甲骨の間にむしゃぶりつき、そのまま浅く速く腰を振りはじめた。   「可哀想なもんですか」とケグリが冗談っぽく断ずる。   「なあユンファ、お前は悪魔だ。ヤガキのお前は、生まれついてちんぽがなきゃ生きていけない淫魔なんだ、そうだな? そもそもお前には神に見捨てられるもられないもないのだよ、端っからお前は神が大嫌いな悪魔なんだからな。そうだろうユンファ、ん?」    ケグリはカウンターから出てこようとしているらしく、このセリフの声は移動の遠近を伴っていた。  そうケグリに押し付けるよう言われたユンファさんは、男に後ろから抱きすくめられ、犯され、揺さぶられ、ベロベロと肩甲骨の甘い汗を舐め取られながら、全てを諦めた虚ろな笑顔を浮かべて、   「…はい、ご主人様が仰る通りです…。僕は悪魔……ユンファはヤガキ…ユンファはおちんぽがないと生きていけない…ユンファは、淫魔です……」    と、もはや彼はただ虚ろな声でそう繰り返した。  ――するとユンファさんにしがみついてヘコヘコ腰を振っている男が、そのまま更にこう悪ノリをする。   「いやいや、彼マゾだから、罪深いことに快感を覚えてるだけですよ、そのために神に祈ってるんだ、…なあユンファくん?」   「…はい、仰る通りです…」    ユンファさんはむしろ、もうこれ以上は穢されたくなかったのであろう。――もはや穢れきった自分ならどれほどけなされようと穢されようと、また侮辱されようとも今更である、その対象が自分ならばもはや構わないが――しかし自分の聖域である神、自分が信じている神へだけは、もうこれ以上の侵略を許したくない。だから彼はケグリらのそれら侮辱を全て肯定していたのである。    しかし、だからこそ男らは余計に調子に乗ったのだ。   「今もこう祈ってるんでしょ、ユンファくんは?」と男がユンファさんの耳元――十字架の近く――で嗤う。「毎日ちんぽとザーメンしこたま恵んでもらえて、僕は今性奴隷としてこれ以上ないほど幸せです、今もケツまんこにおちんぽ挿れてもらえてすっごく気持ちいいです、ありがとうございます、アーメンって。ハハハ……」    男がそう嘲ると、それに調子を合わせたケグリもこう嗤う。   「ハハハ…ああ〜そういうことか、なるほどなぁユンファ……お前、そうなんだな?」   「……はい…、そう…です……」    もはや抗う気力などどこからも湧いてこないような反応の薄いユンファさんに、男は余計に加虐心を唆られたようである。――そもそも男は、今自分が犯している性奴隷がクリスチャンであるということに背徳感を覚え、それにこそ甚だ興奮していたのだ。だからこの男は、その十字架に絡めた悪辣な言葉を執拗に言い続けていた。  男はユンファさんの背中から離れると彼のお尻を押し返し、またモノを抜いた。反り返った男の勃起は泡立った白濁にまみれて汚れている。   「…ほらおちんちんしゃぶって、ユンファくんのせいで汚れちゃったから綺麗にしてよ」    急かすよう手でペチペチユンファさんのお尻を叩いた男に、すぐさま「はい」とこたえたユンファさんは、拘束棒のせいでやりにくそうながら体を返すと、男の足下にうやうやしく両膝を着き、虚ろな笑み――無表情――で男を見上げては、「汚してしまってごめんなさい」と口にした。なお、彼の両手はもちろん腰の裏で拘束されている。  そしてユンファさんは、男をその美しい虚ろな群青色の瞳で見上げながら「失礼します」と、まずは男の反り返る勃起の裏筋を、その舌でぺろーっと舐め上げる。男はそうしたユンファさんを満足げに見下ろしながら、ネチネチとしつこくこう彼に問う。   「本当に毎晩お祈りしてるの? アーメンって?」   「……、は…はい……」    ユンファさんは勃起の影から男を見上げ、必死に笑おうと下まぶたをひくひくさせる。   「へえ…ユンファくんは毎日おちんぽとザーメンでイきまくってる淫乱なのに?」    ユンファさんはこの男の悪辣な好奇心に胸を刺されたようだったろう。しかし彼は泣きそうな目で笑いながら、「はい、ごめんなさい」と答えると、もうこれ以上は何かを言わないで済むように、男の腹に張り付いた勃起を唇だけで上へたどってゆき、ソレの先端を咥えた。   「…あぁ毎日お祈りなんかしてるクリスチャンの口まんこだと思うと、ボク興奮しちゃうなぁ」    男はユンファさんの頭をがっしりと掴むと、その言葉通りガツガツと腰を振る。   「……ッ、……ん、……んグ…ッ、グッ…!」    激しく喉奥を犯されるユンファさんの横顔が苦しげに歪む。――しかし、すぐに彼の口からずるるとビクビク脈動するモノを引き抜いた男は、その汚いモノでユンファさんの顔をベチベチと叩きながら、さらに彼へこうした下劣な要求をした。   「…クリスチャンなのに、おちんぽ大好きな変態でごめんなさい神様、でも大好きなおちんぽのお恵みいつもありがとうございます、アーメン……ほら、変態のユンファくんは罪深いんだから、今も懺悔しないと」   「……、…、…――。」    ユンファさんは男を見上げながら呆然とした。  彼の唇が声もなく『ごめんなさい、おゆるしください』と小さく動いた。   「ほらほら、早く言わないとおちんぽあげないよ」と男は、更に呆然とした彼の顔をペチペチ汚らしいモノで叩く。   「……、…、…――…ッ」    呆然としていたユンファさんの横顔に一瞬、今にも泣き出しそうな強ばりが稲妻のように走った。  しかし、すぐにまた彼はその横顔に引き攣った笑みを浮かべた。その赤い血の滲んだ口角を引き上げて、彼は男に指定された言葉を必死に繰り返そうとする。   「……く、クリスチャン、…なのに……」  諦観という分厚いガラスが張られたその瞳は、今にも割れてしまいそうに危ういほどくらくら揺らいでいる。――その瞳の表面を覆うガラスで、彼は自分を守ろうとしているのだ。なんとか言わねば、言えばそれでも穏便に済むのだから、言わねば、言わねば、言わねば、……   「……、…、…――クリスチャン、……」    しかし――ユンファさんは男を涙目で見上げながら、……思い留まった。彼はふるふると顔を横に振った。  パリンとガラスが割れたその瞳には涙がにじみ、彼はその瞳で男に哀願し、許しを乞う――彼のまばたきの多くなった切れ長のまぶたは、このとき唯一といってよいほど生きた彼自身の意思をもって、震えていた。    つーーとユンファさんの赤らんだ頬に涙が伝う。     「い…言え、言えません……それは言えません、…ごめんなさい……」      そこでカウンターから出てきていたケグリがズカズカと彼らに歩み寄ってくる。怒り心頭という恐ろしい顔を真っ赤にしているケグリは、その肥えた片手で彼の濡れた黒髪を鷲掴みにした。――ぐっと無理やり頭を上げさせられたユンファさんは、……ケグリを見上げるなり強いてにこっと笑った。  ケグリは何も言わず、恐ろしい目を下げてユンファさんをただ睨みつける。   「ごめんなさいご主人様…ゆ、ユンファは淫魔です…ユンファは、…決して神様に救われません……」    ケグリのその怒りの目と目が合った途端、その男に何を命じられたわけでもないというのに、ユンファさんは虚ろに笑いながらそう言った。――彼のその笑顔は無意識のものである。『自分は今不機嫌じゃありません、だから怒らないで、どうかもうこれ以上は許してください』という、彼の自己防衛本能からのものなのである。  また、ケグリを見上げていたこのときのユンファさんの目は、凍り付いた虚ろな目であった。それは虐待を受けている自分をただただ受け入れるしかない、サバイバー(被虐待者)特有の凍り付いた目である。    しかし悪いことにそれらは、虐待者の神経を余計に逆撫でするものだとも言われている。  虐待者の目にはシリアスな場面(反省を見せなければならない場面)でヘラヘラ笑っているように見え、そしてその凍り付いた虚ろな目は、反抗的な「生意気な目」に見えるのだそうだ――ちなみに「Frozen watchfulness(凍り付いた瞳)」という――。    それが関係しているかどうかはわからないが、逆上したケグリはユンファさんの頬を平手打ちした。バシッと殴打の音にも近い音が立つ。当然彼の顔はその方向に弾かれるが、ユンファさんはにっこりと笑みを深め、怯えた目をしてケグリを見上げなおした。   「僕は神様に見捨てられた、どうしようもない淫乱な肉便器です、…ッ」    そのラブドールのような虚ろな笑顔は崩れない。  ユンファさんは頬を叩かれるたびにケグリのほうへ顔を戻した。ケグリは「私に恥をかかせやがって」と何度も、何度も、何度も彼の頬を打った。  しかし、それでも恐ろしいほど虚ろな笑顔を少しも歪ませない彼は、頬を打たれるたびに「ごめんなさい」と口にしながら、当たり前のように逸れた顔をもとに戻し――ケグリに差し出し――、ただただその男のビンタを受け入れていた。    やがて手のひらが痛んできたか、平手打ちをやめたケグリはそのかわり、客の勃起にユンファさんの顔をぐっと押し付けた――恐ろしいことに、この男はあの虐待行為を目の当たりにしてなお萎えるどころか、むしろ今にも射精したそうにソレをビクつかせていた――。   「神からお前に与えられるお恵みはなんだユンファ」とケグリが低い声でユンファさんを脅す。   「……ぉ、おちんぽと…ザーメン、です…」    ユンファさんはモノに顔をずりずりと擦り付けられる。しかし彼の顔はやはり虚ろな微笑をたたえたままである。痛ましく真っ赤になった頬に勃起を擦り付けられながら、「コレだな」とケグリに聞かれて「そうです」と答えるその声は、もはやおもねているというようですらない。  もはや無意識的にケグリからの「ゆるし」を得ようという、彼のそれは条件反射的なものである。  ……さて、ケグリはここまでやって、やっと溜飲が下がったのか、あるいは客の前で逆上したことで気まずくなってきたか、唐突に客の男へニヤニヤこうゴマすり声を出す。   「……だそうですので。申し訳ありませんでしたナカガワ様、この馬鹿肉便器が大変なご無礼を働き……」と。そしてケグリは更にこう続ける。   「こんな頭の悪いブス肉便器ですが、どうぞお好きなように使って、お好きなところにお好きなだけ、ナカガワ様のお情けを恵んでやってください」    なおもちろん「ナカガワ様」とは、これまでユンファさんを犯していた男の客の名である――()()()()()()()()()()()、俺にとってゆくりなくこの男の名を知れたことは僥倖(ぎょうこう)であった――。   「じゃあユンファくんの顔にぶっかけていいですか」と嬉々としてケグリに聞く男――ナカガワ――に、ケグリも「あぁどうぞどうぞ、たっぷりかけてやってください。」と快諾する。  そして男は「玉のほう舐めてて」とユンファさんに黒ずんだ袋を舐めるよう言い付けると、自らモノを扱きはじめた。彼は虚ろな顔をしてまた「失礼します」と、そのふくらみを従順な犬のようにペロペロと舐めて愛撫する。    顔を仰向かせて「あぁいい、いいよユンファくん、あー…」と興奮した豚のような喘ぎ声を出す男の傍ら、厳しい顔をして立っているケグリが見下ろしているユンファさんへ、こう低く命じた。   「ユンファ、お前からも頼み込みなさい」    するとユンファさんはぺろ…ぺろ…と男のふくらみを舐めながら、虚ろな声でその命令に従う。   「……ん…僕の顔に…ザーメンいっぱいかけてください…。僕の不細工な顔を…ザーメンで、いっぱい汚してください……」   「…あぁ出るよ、ザーメン出る、……っイく、…」    にわかに男は自分の股に潜り込んだユンファさんの頭をぐっと押し離すと、その顔を上げさせ、ユンファさんの綺麗な顔に射精した。――瞬時はビクッと驚いた彼だったが、むしろすぐに自分から顔を仰向かせ、とろんとした目で男を見上げながら彼は、その白濁を顔で受け止める。   「……ザーメン、ありがとうございます…」    ユンファさんはそう言うと、わざわざ口の中にも入れられるようにとその赤いふくよかな唇を開けた。      ――しかし、     「あぁ間違えちゃった、…」    男はわざと先端を逸らし、ユンファさんの左耳の十字架を汚したのである――。   「ははごめんねユンファくん、大事なものなのに」   「……ぁ…、……ぁ……」    ショックに硬直したユンファさんは失意の声を小さくもらす。…が…その精液に汚れた顔は無表情――虚ろな微笑――だった。      ただ、彼はそっと目を瞑った。      ――目を、塞いだのである。     「…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…」    ぶつぶつとユンファさんは「ごめんなさい」と繰り返す。    ここで「…おいユンファ、お前はなんだ。」とケグリがユンファさんの髪を掴み、その人の頭を揺さぶった。おそらくこの男、ユンファさんがこうして「ごめんなさい、ごめんなさい」とパニックになることにも慣れている。  ケグリはそうして彼の意識を引き戻そうとしたのだ。いまだナカガワ以外の客はよそで乱交騒ぎをしているが、どうやらそちらはそちらでかなり盛り上がっているらしかった。そうした今、ここでユンファさんにパニックになられては店として都合が悪かったのであろう。――しかし、   「……ぼくは…ヤガキ…トロくて…頭がわるくて…馬鹿…馬鹿…ぐず…不細工…やくたたず…なんのとりえもない…ただの…肉便器です……」    ユンファさんはかろうじて応対はしたが、誰の目から見てもほとんど正気には戻れていない。――ユンファさんのその様子にケグリは焦ったのだろう。ケグリはにわかに「おいユンファ、顔を上げろ」と低く、彼を上から圧するような声でそう命じた。   「…はい…」  目を瞑ったままユンファさんは顔を上げた。  その顔は男の白濁に汚されていたが、目を瞑ったままに微笑んでいた。 「口開けろ」   「…はい…、……」    彼は命ぜられたとおりに口を開ける。   「…お前、またさっき“変な声”で喘いだだろう。…その萎える声を出すなと何度言ったらわかるんだ、この馬鹿…――ほら罰だ。ついでに綺麗してやろう」    ケグリはカウンターテーブルに置かれていた焼酎の瓶を取り、それの細口をユンファさんの額へ向けて傾けた。…どぽどぽとかけられてゆく透明な安酒は、彼の口といわず、その人の額から美しい顔を流れ、その白い痩せた顎からボタボタ落ちて流れてゆく――。     「…ごめん、なさい……おゆるし、ください……」        ユンファさんは美しい無表情――虚ろな微笑――で目を瞑り、罰を甘んじて受け入れようとより顔を仰向かせ、その唇をもっと大きく開いた。      

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