617 / 689
77
探偵からもらったデータを見たところ――これは俺のひそかな頭痛の種でもあるのだが――恐らくユンファさんは愛の告白をされたところで、それとは全 く 気 が 付 い て い な か っ た パターンのほうが多かったものと思われる。
ではケースそのⅠ――高校の卒業式のあと、桜散る美しい昼下がりの公園へ、かねてより懇意にしていた同級生(男子)から呼び出されたユンファさんは、その場所で慎ましい愛の告白をされたらしい。
なおこの同級生はかねてよりユンファさんのことを想っていた。ましてや女子生徒との接点が希薄な男子校である。男の目から見ても美しく性格も良いユンファさん、それも彼はオメガ属男性であったために、彼に熱い視線を向けている男子生徒も決して少なくはなかったようだ。――そうして彼と懇意にしていたある男子生徒もまた、秘めたる想いを桜吹雪の美しい昼下がりの公園で彼に打ち明けた。
ブレザー姿で卒業証書の入った黒筒を片手に、二人はブランコにでも並び座っていたのだろうか、とにかく男子生徒のほうはきっとそれなりに良い雰囲気でユンファさんに告白をしたことであろう。
なお、これよりは実際の情報をもとにした俺の脚色ありの空想である。
桜吹雪の美しいよく晴れた昼下がりの公園、その公園のブランコにそれぞれ座っているブレザー姿の男子生徒二人――ここまで二人にはそう大した沈黙はなかった。彼らは共に過ごした三年という期間を経て、決してその会話にいつも明るい笑い声がともなうわけでもなかったが、また「ああ」だの「うん」だの「なるほど」だので済んでしまうようなことも多かったが、しかし、かといって長いこと会話が途絶えてしまうようなこともない気心の知れた仲になっていたのである。
そうして普段どおりの二人であったためか、ユンファさんはまさか隣の男子生徒が今日の今に打ち明けたい秘めたる想いがあるとはつゆ知らず、つかの間身を預ける沈黙のブランコにちいさく揺られながら、次には何を話そうかと桜吹雪を眺めていた。――しかし先に口火を切ったのは隣の男子生徒のほうだった。
『…なあユンファ』
『…ん?』
ユンファさんは隣に振り返らない。それで許される仲なのである。
『俺たち、正直もう会えないかもしんないじゃん…? 進学する大学も違うし、…俺県外行くから…――なんか信じらんないよ、毎日一緒にいたお前と、これから離れ離れになるなんて……』
男子生徒は遠い目をしてその先にある砂場を眺めている。その砂場のでこぼことした灰色の砂の上は、今もなお散ってはちらちら舞って落ちてくる白っぽい桜の花びらが無数に落ちて、斑 らになっている。
『わかる。そうだな…。思えばほんと、三年ってあっという間だった……』
とユンファさんがしみじみして言う。彼も隣の男子生徒と同じように、桜の花びらが舞っては落ちるすぐそこの砂場を眺めている。
『…ああ、ほんと。…でもユンファ…なあ、――なあユンファ、なあ、あの…あのさ』
めずらしく何か言いにくそうな隣の男子生徒に、ユンファさんは『ん?』とやっと振り返る。彼の険しくなった横顔は透明度のたかい日の光のもと、明らかに赤面していた。
『ゆ、ユンファ、これからもずっと、俺の側にいてくれない…? それこそ、二人で…できたら、…その…――だから俺さ、だから…ユンファが隣にいない生活とか、これからとか、なんか考えらんない、なって……ずっと、そう考えてて……でお、思ったんだけど、俺にはやっぱり…お前が必要だな、って…』
そして赤面の男子生徒はユンファさんに振り返った。彼の目は告白の羞恥から潤んでいる。
『だからこれから先、大学生になっても、就職しても、そのあともずっと……ユンファ…これから先もずっと、俺の隣にいてくれない?』
男子生徒のこの愛の告白は、彼なりに可愛らしいほど言葉を選んではいたものの、むしろオーソドックスな告白とも言えるようなものであったろう。
さてこれのユンファさんの返答とはこうである。
『……? あはは、何だよいきなり改まって。…当たり前だろ』
『……、なあユンファ…意味、――俺が言ってる意味、お前わかってる…?』
過ごした月日せいぜい三年とはいえ、非常に仲の良かった二人である。当然男子生徒のほうはユンファさんの「特性」を理解していた。しかし彼は明るい笑顔で『おい、馬鹿にすんなよ』と何の疑いもなく言う。
『わかってるよ。僕にも君が必要だ。――お互いに進学しても、就職しても…結婚しても、それこそいい年のじいさんになってもさ、なんだかんだ二人で酒飲んだりできる、末永い仲でいれたらいいよなってことだろ。…だから、当たり前だ。これからもたまには遊ぼうな、いつでも連絡してくれよ。』
『……、お前やっぱわかってねぇじゃん…はぁ……』
と落胆から男子生徒はガックリとうなだれた。
『え、何が? どういう…違うの?』
『…はは、ううん。そうだな、また連絡するわ。』
『……?』
と、いった感じでそうこのユンファ――この時点ですでにド阿呆 …いや、愛の告白は「好きです、付き合ってください」以外に無いものと思っている鈍感男の頭角を表しつつあった。なおこれは序の口である。
(ちなみにこの話は今やこの元同級生の笑い話とされていたそうで、彼は今や二児の父となっているそうだ)
ケースそのⅡ――。
ユンファさんは同じ大学のある女子にデートに誘われ、それを快諾した彼はその女の子と二人で遊園地に行った。
がしかしこの罪な男、それがデートだとは露ほども思っていなかったらしい。女の子のほうは密かにユンファさんからのアプローチ(例えば手を繋いでくれる、エスコートしてくれる、叶うなら彼のほうから告白してくれる)をいじらしく待っていたが、そういったことは一切してこないユンファ、女の子は夜の観覧車の中でついに覚悟を決める。
『ねえユンファ…その……』
ユンファさんの対面にすわる彼女は伏し目がちに、健気にもデートのためにお洒落をして耳につけていたピアスをいじくっていた。
それは今日という日のために彼女が吟味して吟味して選び購入した、お洒落な猫のピアスだった。彼女は同年代の女子たちよりももっと人一倍ファッションに興味があり、また実際に彼女のファッションセンスは優れていた。
現に画像投稿を主なコンテンツとするSNS「ミンスタ」のフォロワー数はなんと二万人、もはや界隈ではインフルエンサーとして有名になりつつあるお洒落な女子大生だったのである。
『…どう思う…? その…私の…』
そうしたお洒落な彼女は不安げに、自分の耳にぶら下がった猫のピアスをいじくりながら、伏し目がちにユンファさんへ「私のことどう思う?」と聞いてみた。彼女のクルンと綺麗に反り返ったまつ毛はマスカラで長く繊細に伸ばされており、瀟洒 なバーガンディの色味が透けて見えている。
『…どうって…可愛いと思うよ。僕は好きだ』
とユンファさんはあっけなく答えた。
彼女はパアッとその瞳を明るくして彼を見た。
『…ほっほんと…? あの、ねえユンファ…』
この女の子が光を見たのもつかの間――ユンファさんは屈託のない笑顔でこう言った。
『うん。はは、ほら…その…――そのよ く わ か ん な い 不 細 工 な 猫 の ピ ア ス 。』
『……は?』
当然女の子のほうはカチンときた。
しかしユンファさんは悪気がないどころか、むしろ褒めているつもりでこうニコニコと続ける。
『なんかその猫、癖になる可愛い顔をしているよね? まあ不細工だが。…僕いつも思っていたんだ、君のセンスって個性的だなって――はは、ただ正直、今日その不細工な猫の顔がブラブラブラブラ揺れるたびずーっと笑いそうでさぁ、はは、ぷふふ…いや、ウケ狙いで着けてきたんだろ? 実はいつツッコもうか今日ずっと迷ってたんだけど、…いや、でも僕は好きだよ、その不細工なねk…』
『さいってい…』
『へ?』
『っんなんだからその年になっても彼女できないんだよこの鈍感バカ男! ひ、人がどれだけ……っ駄目なら駄目ってはっきり断ればっ?! そういう回りくどい最低な断り方するとかマジ信じらんないんだけど…っ! も、もう関わんないで!』
と涙目で怒鳴る彼女――。
『??? な、なんで…? なに、…何が…?』
の前で…「なぜ…?」と何がいけなかったのかまるでわかっていないユンファ……。
ちなみに……情報によると、だ。
彼女が着けていたその猫のピアスは、確かに服飾に関心のある女子が好みそうなお洒落なデフォルメによって、単純に可愛いというよりかは個性的な顔をしてはいたようだ。が、しかし間違っても一般に想像されるような「不細工」ではない。完全に女子のファッションに疎すぎたこのユンファの感性のせいである。
(ちなみにその後彼女は泣きながらこの醜聞を周りに言いふらしたが、周りはみんな彼女に同情しつつも「まあでもほら、あ の ユ ン フ ァ だから…多分悪気ないから…」と口を揃えていたとか……そして彼女は今現在有名インフルエンサーとして活躍中である。)
なおこの鈍感ユンファにはデートをデートだとさえ思っていないケースがあまりにも多い。
ケースⅢ――水族館に女の子と二人で行っておいて手も繋いでこない何もしてこない少年のようにペンギンやイルカショーを見てはしゃいでいるだけのユンファさんに、デートの最後、帰りの電車の中、座席に座る二人――ユンファさんの隣で身を小さくしている彼女は、真っ赤な顔をうつむかせていた。
彼女は普段は眼鏡をかけている、おとなしい性格の本好きな女の子だった。ユンファさんとは文芸サークルを通じて出会ったのである。
彼女が大学デビューとともにはじめたメイクは、しかしいつもは眉を描いて、唇にも色付きリップクリームで淡いピンクにしているような程度だった。――だが今日こそはと彼女は眼鏡を外した。
この日彼女はコンタクトをつけてみたのである。
その小さい顔にファンデーションも塗り、頬にもチークをうすく塗った。その薄めの唇には流行りの色のリップを塗った。彼女の染めたことのない黒髪は、その日ヘアアレンジで編み込みにしてまとめてみた。
ひらひらとした白いワンピースに水色のカーディガン、慣れない茶色のパンプスはこの頃ともなると鈍痛というほど彼女の両足を痛めていたが、それでも彼女はデートを台無しにしたくないと、ここまで決して音をあげなかった。
『私、じつはユンファ君のこと、前からずっといいなって…』
うつむきがちに、彼女はいよいよ秘めたる想いをユンファさんへ恐る恐る告げた。
しかし『え、ありがとう?』と爽やかスマイルで振り返るだけのユンファ。
一度口火を切ってしまった今、もうこの勢いに乗るしかない――さらに彼女はうつむいたままこう続けた。
『だから、あの私ね、ユンファ君のことが好き…』
とまで、いよいよ明確に彼女の想いを告げられたユンファさんは――。
『うん、僕も君のこと好きだよ。』
『ほ、ほんt…』
そう…またこのパターンである。
ユンファは寂しそうに目を伏せた。
『ね。今日はほんとに楽しかったな…仲良い友達と水族館、正直思っていたより何倍も楽しかったよ……というか…イルカって賢いんだな…。君見た?』
『…な、にを…?』
嫌な予感に女の子は恐る恐る隣のバカ…いや鈍か…いやあh…いや。――感動に泣きそうな顔をしているユンファへ振り返った。
『ほら、僕にイルカのちーちゃんが手を振ってくれたの…絶対僕に手を振ってくれたんだよあの子。いや多分僕一生忘れらないよ、ちーちゃんが僕に手を振ってくれた経験は…――でも…それこそ君に彼氏ができたら、こうやって遊べなくなるんだろうな……』
とユンファはしょんぼり。
女の子は『……?』と愕然(なおさすがの俺でも彼女のほうに感情移入してしまい、彼女が憐れで憐れでならない)。
『え…? それはつまり、…駄目…ってことなのかな…?』
『え? 何が…? 駄目って?』
『あ、あのごめんね、付き合ってほしいって意味なんだ』
と赤面されてここまで言われても(言わせておいても)なおこのユンファ、『ええ?』とにっこり。
『どこに? はは、どんだけ楽しかったんだよ〜…まあ僕も楽しかったけど…このあと飲み行く? ――でも、もう遅いから君は帰ったほうがよくないかな』
『ううん、ごめん…ごめんもういい、もういいよ、私ユンファ君と話してると頭おかしくなりそう……』
と……どちらがフラれているんだかフラれたんだかわからない形で、このユンファ、むしろ知らぬ間ラブイズオーバーがむしろ普通というくらいの人であったそうだ。
しかしそれにすら彼は気が付いていなかったという鈍感男ぶり……ちなみにこの彼女はその三ヶ月後、泣きながらこのユンファの話をした相手、それはもとより彼女のことを想っていた大学の先輩であったそうで、その彼と交際を始めることとなったようだ。むしろそれでよかったのではないか…?
最後にケースⅣ――講義後、さりげなく隣の男子に聞かれた『ユンファ君って恋人いるの』
『いないけど?』
言いながらユンファさんは移動のために教科書やノートをまとめ、鞄の中へしまおうとしている。
『…合コンとか行ってるんでしょ、でも』
『…え、合コン…?』
隣から男子にそう言われたユンファさんは、それは聞き捨てならないとそう振り返り、それから破顔した。
『ははは、まさか。そんな陽キャが行くようなヤツ、僕行ったことないけど? 誘われたこともないよ』
しかし――実はユンファさんは、合コンに行ったことはあるのだった。
だが彼はそれを単なる「飲み会」だと勘違いしていた。
そして誰かしらに「お持ちかえり」される前に彼は「じゃあ僕そろそろ帰るね」と、あたかもガッツいていないスマートな、友達の付き合いで来ただけですから王子様系イケメンの優雅な風情で帰ってゆく……のだが、それはこのユンファが、それを合コンではなくた だ の 飲 み 会 だと勘違いしていたために起きた結果的な振る舞いであったようだ。
『そうなんだぁ…』
と男子は気だるそうに机へ重ねた両腕に顎をのせ、その状態で隣のユンファさんへ顔を向ける。彼はその態度で下心というか、ユンファさんへの恋心をそれとは悟らせないように、あえて気だるそうに振る舞っている。
『じゃあさ、今度俺と二人で飲み行かない…? 最近みんな忙しそうでさぁ…あんま遊んでくれなくて』
『……あーいいけど…僕バイトしてないからさ。親にお金…』
『いや俺が誘ってるんだし、いいよ、奢 る奢る』
とこの男子はユンファさんを飲みに誘った――ひいては彼をデートに誘った。
……場所は変わって居酒屋――ほどよく酔いが回ってきた二人、良い気分になってきている隣のユンファさんを見て、いよいよ男子のほうが攻めに入る。
『でも俺、実は最近、ユ ン フ ァ ならイケると思ってきたんだよね』
ハイボールのジョッキを片手にしれっと彼を呼び捨てにしながら攻めはじめる男子。しかし、ほとんどの人ならばその「イける」の湿ったニュアンスを察するところを案の定察しないユンファ、
『イケるって何が?』ときょとん。
『だからキスとか…』と恋心をチラつかせる男子。
『…あぁ、僕とキスできるってこと?』
『そう……してもいい…?』
と隣の男子はユンファさんの顔に、傾けた顔を近づけて迫った――が、二人の唇が触れる寸前にユンファさんは、あっけらかんと笑い声をあげた。
『…え、あははは、いや駄目に決まってんだろ? 何言ってんだよ、そんな冗談ばっかり言ってないで真面目に好きな人探せよ。』
『……冗談…? は、はは…』
男子、さすがに苦笑いである。
今この男子は「冗談ではなく」キスをしようとしていたというのに、このユンファ…まさかの「冗談」としてそれを笑い飛ばしたのである。
『それこそ合コン行ったりとかは? こうやって陰キャの男友達と二人で飲んでばっかじゃ恋人なんかできないだろ。いやなんで君そう守りに入るんだ守りに? もっと攻めろよ、攻めないと。なあ僕が思うに…』
いやだから――今貴 方 が 攻 め ら れ た のである。
が、なんとこのユンファ、このあと(男子の漬け入る隙がないほど)長々と理屈っぽい講釈を垂れたそうである。…鈍感男の癖に…。
というか「キスしていい?」とまで攻められておいてなぜ「攻められている」自覚が生まれないのか、これは非常に謎なのであるが、……まあユンファなので(という諦念が俺にまで生まれる始末である)。
まあ…まあここらへんにしておこうかな――これ以上あのデータの数々を思い起こすと望み薄がさらに別の課題まで山積みに思えてくるからね…――。
なおこれらの情報というのはすなわち口伝による、探偵の聞き込み調査によって発覚したことである。つまりある程度誇張されている可能性は否めないのと、俺が「きっとこうだったのだろうな」という空想をふくらませる上でいくらか脚色してもいる。
が…かといって何十人にも及ぶフられ方の共通項、それとはユンファさんが愛の告白をそれと気が付いていない様子で自然とフッていたということ――また、さすがに中学から大学時代までと進学による環境や人間関係の変化があった期間の中、それぞれの期間彼にフられてきた人々のその全てが口裏合わせをしていたとはまず考えられない――よってその点ばかりは、残念ながら裏付けのある事実として捉えて問題ないことだろう。
つまりユンファさんはド直球 「好きです、付き合ってください」というような小学生でもわかる愛の告白以外まずそれとは気が付かないとかいうなんちゅうド阿呆…いや。――基本的にド直球 告白以外彼は「?」だったそうであり、なんならケースⅢにも見るようにそれですら謎解釈をもって「?」のときがあったそうなのである。
そして大概(人が苦労して作り出した良い感じの)ムードをぶっ壊すようなことを悪気なく言うか、罪なにっこり爽やかイケメンスマイルで「(正直どういうことかはわからないが)ありがとう」で済ます、と。また先ほどのケースの通り彼、我知らず人を(上げて落として)フッてもいたようである。
ほんっとに悪い人……とにかく恐ろしい天然っぷりである。
しかし天然とは…もちろん人はわざとらしい天然にはしばしば辟易とするものだが、少なくともユンファさんの天然はむしろ人を惹き付けてやまない程度であったらしい。
それはそれでどうも憎めない、何かほっとけない、やっぱり可愛いとより人を引き寄せていたこの負の連鎖よ…――まさに月下美人の芳香か――、要するにユンファさんはいみじくも「天然モノ月下美人」であったということだ。…が、それはどうもあのツキシタ夫妻のある意味での「英才教育」の影響も受けてはいそうだけれど(特に父ユウジロウさんと彼はほぼ同じ種類の天然っぷりである)。
また、あまつさえ容姿がすこぶる良いくせにてんで恋愛関係には無頓着の無関心の無知、賢いが無邪気な上に馬鹿にド天然、だがそれがむしろ好ましくも見られていた、そして誰にでも分けへだてなく優しい上に上品でコミュニケーション能力も高め(※恋愛関係除く)、誰もが夢見る理想的な憧れの王子様…――として認知されていたとは、しかしなんとユンファさん本人にその自覚は全くなく、また彼にはモテにモテまくっていた自覚さえ全くなかったようである(そもそもこの男、告白を告白と気が付いてさえいなかったのだ)。
ところで――ここで俺に一つの懸念が生まれた。
先ほどユンファさんは自分が俺に「可愛い」と言われていることにまるで気が付いていなかっただろう。
――俺はその理由をあのケグリのマインド・コントロールのせいであると見当をつけていたが、まさか…まさかね。…まあケグリのせいというのがゼロなわけもないが、それにプラスユンファさんの性質(ド天然)が原因として加わっていたとしたら、要するにド直球 「可愛い」でさえ伝わらない場合があるということにもなって、……いよいよこの先が思いやられる……。
とにかく…これは世にも恐ろしい話である。
――信じられないだろうが、俺も信じられないのだけれど、まことに残念ながらこれは事実だ。
まあそういったわけで……ほぼ確実にユンファさんはあのモウラ以外との交際経験はないものと思われる。そして――となれば恋愛関係で、惨たらしいほどユンファさんのことを傷付けた輩とは、ほとんど確定的にあのクソガワ・ドブネズミだということだ。
しかし…――こればかりは俺の目にも……。
「……、……」
「…カナエ君…? すみません、何か怒って……僕、何か失礼なことをしてしまいましたか…?」
といつの間にか俺の隣に座っていたユンファさんは、心配そうな顔で俺の顔をのぞき込んでいる。
俺はつい考え事をしてしまっていたが、ともすれば彼はだいぶ前から俺の隣にいたのかもしれない。俺は考え事をしているとつい周りの情報をシャットアウトしてしまう癖がある。つい自分の頭の中で繰り広げられる事柄に熱中してしまうのである。
俺ははたと彼に振り返り、申し訳ないあまり、意識的にこうやさしげな声を出す。
「…あぁいや…考え事をしていたんだ。ごめん…ちょっと仕事のことでストレスがあってね…――貴方のせいではないから、何も気にしないで…。……」
俺は目を伏せた。
いずれにしても――可哀想だけれど…その恋愛にまつわる惨い深い傷のことは、やがてはユンファさんの口から直接語ってもらわなければならない。
ともだちにシェアしよう!

