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100 ※微

                   俺は自分の胸元で包みこんでいたユンファさんの片手を自分の首の側面にかけさせ、俺のもう片手は彼の腰をぐっと抱きよせながら、ほとんどユンファさんに覆いかぶさる。   「ぁ…! ちょっと、あの、待ってください、…」    と慌てるユンファさんは、ひんやりとしたその手のひらで俺の首の側面を撫でる。気持ちいい――いや厳密にいえば撫でたのではなく、彼はその手をするりと退()けただけである。そして彼の両手は俺の胸板を弱い力で押してくる。   「そうしたプレイは…“待て”が十八番(おはこ)の犬に任せておきましょう…」    と俺は彼の首筋に顔をうずめる。   「……ぁ…ッ♡」    カサカサとした俺の仮面の唇が彼の首筋を(かす)めたなり、ユンファさんはピクンッとした。――俺は彼の細い腰をカッターシャツの上から撫でまわす。   「……は、……っ♡ あの、ん…♡ 僕…、……」   「…ふ……」    なんと感じやすい人でしょう――可愛い――彼、俺に腰を撫でまわされているだけでゾクゾクと感じ、すっかり黙った。…(そそ)られた俺はてばやく仮面を脱ぎ、カランとそれをソファ下の床へ落とすと、自分の唇で彼の首筋に口付ける。   「……っ♡」   「……桃の香りがしますね…? 良い匂いだ…」    俺の唇が彼の桃の香りのするなめらかな肌の上で動く。すると、ぞく…とそこの肌を粟立たせたユンファさんが、ためらいがちにこう言う。   「…僕、オメガ…なんです、これでも…本当に……」 「…俺はアルファなのです…。ふふ、これでも…本当にね…、……」    俺の唇は上へたどる――はぁ…と息を呑んだユンファさんの横の黒髪を指の背に乗せてゆっくり…その人の耳殻(じかく)(耳の外側)をなぞりながら掛け、あらわになったその濃い桃色のにじむ片耳に、俺はこうじっくりと囁く。   「…俺と結婚を大前提にしたお付き合いが出来ない…、などということは…思うに、もはや有り得ないはずです……」   「……は…ぁ…♡ だ、だめ…あの……」    なるほどこの美男子、やはり耳が弱い。  恍惚と強ばりのゆるまった愛らしい声をもらし、ぞくぞくぞく…と小さく震えた――ばかりか、ユンファさんの白いカッターシャツの胸板に、ツンと小さい(とが)りが二つ間隔を開けて浮き出ている。もう彼の乳首が()っているのだ。   「…何です…?」   「…っ僕、おか…しくなっちゃいます、これ…」    ユンファさんが俺の胸板をもう少し強く押し上げてくる――それにしても恐ろしい無自覚である。  通常このシチュエーションで「おかしくなっちゃう」と言われて、獲物に飛びかかる勢いを弱める男がどこにいるだろうか?    さすが我知らず甘い芳香を放つ月下美人――。  とはいえ…実際彼のこのセリフには「気持ちよくておかしくなっちゃう」という意味ももちろん含まれてはいるのだが、彼自身にはそうした艶言(えんげん)の自覚はない(が、彼以外の人の耳には(えん)がったセリフとしか聞こえまい)。  しかしそう言った彼の本意とは、『耳元で囁かれると頭がぼーっとしてきて、正常な判断能力が落ちてしまうので、自分の耳元でこの件の話を続けないでください(正常な判断ができないから)』という意味での「おかしくなっちゃう」なのである。    まあその真意があろうがなかろうが唆られることには違いない。むしろその真意はより俺の熱情を掻き立てたくらいだ。…ここで抱くつもりはないが。      申し訳ない――俺はむしろよいことを聞いたと、()()に狙いを定めた。     「…おかしくなってしまえばよいのです…」    と俺はユンファさんの耳に口づけたまま囁き、片手ではその人のもう片方の耳の形を優しく指先でなぞる。耳殻、耳のなかの軟骨、耳たぶ……。   「…は、ぁぁ…♡ …やっだ、だめ…お願いします、…僕、実は耳、ょ、弱いんです…」    ユンファさんは固く肩をすくめながらこれを真剣に言っている。俺にもう耳を愛するのはやめてほしいと、これでも真剣に言っているのだ。  ……もはや何も言わないが、やはり恐ろしいほど魅惑的な美男子だ。――俺はゆっくりと伸ばした舌先を、彼の耳の穴ににゅるりと差し込む。もう片方の耳はやさしく親指と人差し指でつまみ、揉みほぐす。   「…んっ…!♡ おねが、…ぁ…♡」    そしてくちゅくちゅと甘い味のする耳の穴の中を舌先で掘り進むと、   「ぁ…だめ、♡ あぁだ、…ぅ…〜〜〜っ♡♡」    ビクッと体をこわばらせたユンファさんが、ぷるぷる震えながら身を固くして堪える。はむ…はむ…と俺の唇は、彼の耳の表面を大きく食む。柔らかく湿ったこの唇の感触でくすぐっているのだ。   「ぁ、♡ …だめ、お願いします…もうやめて…」    嫌がっているふうにはまるで聞こえない艶やかな声で「やめて」と言っているユンファさんは、そう…ただ俺を跳ね除けるだけの力が入らないだけで、実は本当にやめてほしいのである。  しかしこの色っぽい反応で誰がやめるのか?   「嫌だ…。ふふ、お耳まで桃の味がするね…、甘くて美味しいです……」    俺は腹の底に溜めて反響させた低い声でゆったりとそう囁いたあと、ぺろー…と彼の耳たぶから舐め上げる。   「…はん、♡ …ック…〜〜っ♡」    ぎゅうっと俺の胸もとの布を掴むユンファさんの両手が、それでもだめ…とその拳でわずかに押してくる。   「お耳が凄く熱くなっているよ…、気持ちいい…?」   「……ッ!♡」    俺のこの囁きにビクンッと肩を跳ねさせたユンファさんは、   「……ご、…ごめんなさ……」    と泣きそうな声でいうと――か細い小さな声で、恥ずかしそうにこう打ち明けてくる。   「実はもう…ちょっとぃ、イきそうなんです…、耳、だけで…」   「…それはそれは…凄く素敵だ……」    やけに早いなとは正直思うけれど、その敏感すぎるほどのお体にさえ、俺は明るい未来しか見えない。可愛すぎる――何より、いい感じだ。彼をイかせたら余計に頭がぼーっとするはずだ。イかせよう――俺は唇をユンファさんの耳の穴付近に押し付け、じっくりと低声(ていせい)を響かせる。   「では…いい子でイッてしまいましょうね…?」   「…ぅあ、♡ …あ、貴方の、声、…だめ、…」    するとビクンッとしたユンファさんが、俺の胸板をなけなしの力でぐうっと押してくる。俺の唇を耳から遠ざけたいのだろうが、俺はびくともしない。   「…何が、駄目なのです…?」   「……ぁ、♡ …おっお腹に、お腹に響くんです…何、でか……」   「…お腹、とは…?」    とぼける俺はユンファさんをもっとセクシーな気分にさせたいので、「どこか、教えてください…」と俺の胸元の布を握るユンファさんの片手をほどき、「ご自分の手でね…?」とまずはその手を彼のみぞおち下に置く。   「……、…、…――こ、ここです……」    するとユンファさんのその手が、「ここ」とためらいがちに彼の下腹部にかぶさる。   「ごめん、なさい…正直いうと…子宮が、じんじんするんです…。貴方に囁かれると、…囁か、れただけで…ごめんなさい……」   「…ふ、ふふふ…謝ることは何もありません…。むしろ俺はとても嬉しいですよ…――」    俺はユンファさんの片耳を指先で撫で、唇では彼の耳の穴のまわりを――この低い声とともに――愛撫する。   「ということは…俺の声で、イきそうなのですね…? 可愛い…。やはり俺は間違いなく、貴方の運命の男なのでしょう……俺の声に子宮を疼かせている、貴方の体が証拠です…――ククク…しかし、俺のこの声が…そんなにお好きですか……?」   「…くっんン…〜〜〜っ!♡♡♡」    ユンファさんの腰がビクンッ…ビクンッと跳ねた。  ……どうも本当らしい。俺の声はそれだけでユンファさんの体をまさぐっている。――いや…よほど肌表面を愛撫するよりも確実に、俺はこの声で彼の子宮を撫でまわし、舐めまわし、愛撫しているのだ。   「ご自分の子宮をきちんと押さえておいてくださいね…。俺のこの声が…貴方のその聖堂に、まるで賛美歌のように響き渡るその感覚を…――しっかりと、味わってください…」 「ぅ、♡ …ぅう…♡ こっこんなのだめ…!」    (うめ)くように艶めいた声をもらすユンファさんは、俺の胸板を拳でぐっと押してくる。しかし俺は離れない。  俺は決めた。もう彼の耳を舐めない。もう彼の耳を指で愛撫しない。――彼の声には『誰かの声でイきそうになるだなんて信じられない、こんなの初めてだ』というような、当惑の響きがあった。  ……恐らくユンファさんはこれまでにも耳だけで絶頂をした経験はあるはずだ。耳が開発済みでもなければここまで快感を得られるはずもないためである。  しかし「声だけで」というのはおよそ初めて、ということは……俺が初恋の人の、()()()()()になるチャンスだ。 「…自分の子宮に意識を集中して…」   「…んん…♡ だ、…め……嫌だ…いや……」    ユンファさんはなけなしの抵抗に「だめ、いや」とは言うが、もはや彼の体には力が入っていない。現に俺の胸もとの布を掴む拳でさえゆるまっている。  俺は彼の耳に唇をつけたまま、   「駄目…? 嫌…? 違うでしょう…――“気持ちいい…。貴方の声、子宮に響いて凄く気持ちいい”……さあ、言ってご覧なさい…?」    と俺が命じたなり、ユンファさんは泣きそうな震えた声でそのセリフを恐る恐る反唱する。   「……ん…♡ …き、きもち、いい…、貴方のこえ…すごく、…子宮にひびいて…きもちいい……」   「…そうです…。良く出来ましたね、とっても偉いよ…――今からは気持ち良くなれたら、“気持ちいい”って言いましょうね…?」    するともっと「気持ち良く」なれるからだ。  脳にも「自分は今気持ちいい」と刷り込まれる。「気持ちいい」子宮に意識が集中する。   「…ん…んん……♡」    甘えた声を出してコクと頷いたユンファさんの腰がくねる。彼は普段過激に命令を下されて従えど、なかなか褒められはしないせいか、むしろ褒めるほうがよく感じているようだ。――慣れた刺激より慣れない刺激のほうが、よく感じるものである。   「…可愛い…」   「ふ、♡ いえ僕、かわいくな…」   「とんでもない、貴方はとても可愛いです…。ところでどうしたの、“気持ちいい”は…?」   「…あぁ…♡ ん…♡ きもち、いい…♡」    びく、とまたユンファさんの臀部(でんぶ)が跳ねる。   「そういい子だ…。可愛いね…、お耳で気持ちよくなれる貴方は、とっても可愛いね……」    心から慈しむ優しい男の低い声に、ユンファさんは「あぁ…♡」と切ない声をあげるが、やはりその「可愛い」というのが引っかかったようだ。つくづく邪魔ばかりしてくる、あのケグリのせいである。   「……ごめんなさ、…ちがう、違うんです、…僕そもそもブスで……」   「不細工なんてとんでもない…貴方は本当に、誰よりも可愛いよ…。ほら、“子宮気持ちいい”は…?」   「うっ…♡ あぁィ、♡ きもちい、…きもちいい…♡ 子宮きもちいぃ…♡」   「…そうです…。認めましょうね…? 貴方はとても可愛い…、誰よりも可愛い…、凄く可愛い…、貴方は本当に可愛い…、可愛い、可愛い…」    俺のゆっくりとながら畳みかける「可愛い」という甘い声は、いわばその度にユンファさんの子宮を刺激する。例えば子宮口をトントンと一定のテンポで突かれるような、例えば勃起をくちゅくちゅと一定のテンポでしごかれるようなものだ。  すると彼ははぁはぁと上ずったあえかな吐息まじりにも、そのたびこう従順に口にする。   「ぁ…♡ きもちぃ…♡ ……きも、ちぃ…♡ しきゅう…きもちいい…♡ ぁ、♡」   「…凄く可愛い…、可愛い…、可愛い…、可愛い…」   「……ぁ…♡ …ぁ…♡ ぁ…♡ ぁう、♡ らめ…、…ィ…ッ!♡♡」    突如ユンファさんは俺の胸板をぐっと押してきた。いや、それは反射的なものである。   「…ぁ、♡ っごめ…なさぃ…――ッ♡♡♡」    ――ユンファさんは排悶(はいもん)した。  ……すなわち晴れて俺の声だけでイッたのである。   「…〜〜ッ♡ …ぁ、ぼくイッちゃ…♡ かってに…ごめんらさ……」    彼の腰がビク…ビクンッと跳ね、その下腹部がぶるぶる震えながらくねるように痙攣している。――すかさず俺はこの機会にこう囁く。   「…可愛い…よくイけました、いい子です……。さて…俺とお付き合い出来ない理由など、もう無いでしょう…? もう諦めましょうね…、俺と結婚を大前提に付き合ってください…」   「…へ……? あぁ…♡ …でも……♡ その……♡」    絶頂のさなか俺に交際を迫られたユンファさんは、しどもどしているその声さえ甘やかに上ずっている。   「…それとも、他に俺と付き合えない理由が何かある…というのですか…?」   「……いえ…♡ な…♡ にも…」とユンファさんは、(絶頂中では無理もないが)もはや頭が(とろ)けてしまっている、陶然とした吐息まじりの小声でいう。   「…あり、ませ……♡」   「そうでしょうね…? 要するにそれは…――結婚を大前提に、俺と付き合ってくださるという…」    いい感じ――だったのだが……ね。  そこでユンファさんは「ぁッいや、…」と危機感から明確なNOを思い出し、慌てて俺の胸板を押し返した。彼はある理性からきゅっと目を瞑っているが――俺が彼の首筋に唇を触れさせた…つまり今俺の顔をかくす仮面がないということを理解しているからだ――、ふと気まずそうにうつむく。   「すっすみません、…ごめんなさい、その、つき、付き合うことは、出来ません、…あの、実は……」   「……ふっふふふ…、おやおや……」    騙されなかったか、残念だが。  まあよいのです。…収穫はあった。場合によっては、俺のこの声で押せばあるいは…という切り札になるらしい。すなわち俺のこの声が、どうやらユンファさんの弱点であると知れたのだからね。   「あの、さ、さっき言ったのは…その、…」    とユンファさんは強ばった表情をうつむかせたまま、慌てて話し出す。  どうやら俺と付き合えないというのに、先ほどのあれよりはいくらも正当性のある理由を正直に話そうとしているらしい。――しょうがないね。  ……俺は先ほど床に捨てた仮面を拾い上げ、それを再び自分の顔にかぶせた。その話を聞いているさなか、よほど彼の瞳が見えない――もっといえば、彼の思考や本音が見えない――ほうが痛手だからだ。   「う、嘘だったんです、ごめんなさい、…あの、とにかくお付き合いは出来ません、…というのも……」   「…ふっククク……」    これだから好きなのだよ――俺は貴方が。  ただ優しいだけではない。優しさの中に芯がある。  ――気高い信念がある。だから貴方を愛している。   「…まあ、YESにしろNOにしろ…」と俺は脚を組みながらソファに座り直す。   「…貴方ご自身が出した答えである限り、俺はなんだって受け入れるつもりですけれどね…。しかしNOならNOとしても、どうせなら本当のことを聞かせてくださいませんか。――どうして俺とは付き合えないのか…、その本当の理由をね…?」    俺はソファの背もたれに背をあずけ、目の先にある焚き火のゆらめきを眺める。  ちなみに…どうして俺と付き合えないのか、俺がそれをユンファさんの口から進んで聞きたい理由は――ユンファさんを俺に惚れさせるにおいて、一つでも言質(げんち)あるいは情報を得ておいて損することはないからである。   「なお、仮面はもう着けました。…さて…勿論俺は、貴方が語るその理由に決して反論はせず、食い下がることもしない…、そう固くお約束いたします。――どうぞ…? お話しください。」   「……ごめんなさい…その――わかりました…」      ユンファさんは俯いたまま、恐る恐ると薄目を開けた。        

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