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「……、…」
ユンファさんがきょとんとする。
……彼は俺に組み敷かれ、さらには俺のじっとりと熱がこもった水色の瞳に目を見つめられているわり、……ぱちぱちと丸目がちになったその切れ長の目をしばたたかせている。
「……ごめんなさい…」
と彼は無邪気に謝ってきた。
「貴方の経験人数というのは…僕、正直体では多分わからないかと。…僕はお聞かせいただいたほうがまだわかるんですが、…どうやったら体でわかるんでしょう…? えっと、その…どうすれば僕は、僕の体でそれがわかりますか…? ごめんなさい、判断をしてと言われても、僕にはその方法がわかりません……」
「……、…」
はい。さて……せっかく俺が生まれ持ったその「桃花殺」の効力が一番効いてほしいのは、言うまでもなく、今俺が組みしいているこの(きょとーんとしたド 天 然 も の 月 下 美 人 )月下 ・夜伽 ・曇華 その人である。
そもそも――おかしくない…?
「…何故こう、効かないのだ…?」
俺は生まれた星からしてユンファさんを惚れさせるに足る色男だというのに――その星の恩恵の実感もこれほどあるというのに――なぜ俺、三度も彼にフラレたの…? というかなぜ今その星は俺の味方をしてくれないの…? なぜ俺のこの魔性の魅力がこの男にはてんで伝わらないの…? なぜ効かない、俺の星の魔力…?
そりゃあ「体で(本当に俺が童貞か否か)わからせる」といったら俺の百戦錬磨のテクニックでもってユンファさんをとろっとろのふっわっふわのめっちゃくちゃにする、という意味に決まっているじゃないか。
普通俺ほどの色男に獣のように激しく押し倒されたら「きゃーっ♡」と黄色い悲鳴を胸中であげ、そしてこの俺にそんなことを言われたら「えっどうしよう…♡ 僕、どうなっちゃうんだろう…♡ もしかして、経験がないほど気持ち良くしてもらえたりして…♡(ドキドキ♡)」だとかそういう期待やときめきを感じはしても、「…? どうやったら体でわかるんですか? 体は物を言いませんが?」とはどうしたってならないだろう、どう考えても……っ!
……いやなったか…天然のユンファさんはね……。
「…何故だ…、何故貴方には効かない…?」
……いや、本当におかしくない……?
「…え…?」
「……俺の、魔力……」
俺の「魔性の魅力」――略 し て 魔 力 、今こそガツンッとその星の魔力が効いて然 るべきときであり、むしろ今ほどその魔力が本領発揮されないのはおかしい。
「…ま、魔力……?」
とユンファさんがあきらかなドン引きの顔で聞き返してくる。
「あっちが、…」
間違えた、なぜ俺は無駄に略してしまった?
……ユンファさんはそのドン引き具合をのこした顔で、強いてぎこちなく笑う。
「…っあ、アハハ、は、あ〜〜…――かっ…こいいですね、魔力……確かに、持っていそうかも、…はは…魔王っぽいですよね、確かに……?」
「…ちが、違うのです…、今のは言い間違えたの…っ!」
俺はあまりの羞恥に仮面の下で赤面している。
あと、どうしたら…ユンファさんの確 信 がどんどん深まってゆくのだが…――今俺は完全にユンファさんに『この人童貞ならではの中二病だ』と勘違いをされてしまった……まあ小説家が「永遠の中二病」であることは違いないのだが、違うのだ今のは、違ったそうではないのですユンファさん…――あと「魔王っぽい」って何です、その謎のフォロー、別に何も嬉しくありませんから……。
「おかしい゛…っ何故、…何故だ、何故なんだ、…〜〜〜っ」
泣きそうだ。
そういったモテモテ色男の生まれ星から運命に定められている、もはや神に認められし色男のこの俺が、まさか「童貞」だなどと酷い勘違いをされようとは…――この屈辱よ、この辱 めさえ神が望んだことだというのか…っ? ――しかもよりによって一番そう思われたくないユンファさんに……。
「……いや。…」
しかしまあ、…考えようによっては、そ の 通 り かもしれない。
確かに俺 は あ る 意 味 で は 童 貞 である。
――唯一俺が恋をし、唯一俺が心から愛している好きな人 を抱く……というのは、たしかに今夜が初めてのことであるからだ。
そのため、俺が本当の恋をした好きな人月下 ・夜伽 ・曇華 とする、嘘偽りのない俺の(十一年分の)愛情をたっぷりと込めた今宵のセックスにおいては、俺は確かにヴァージンだとも言えなくはない。
かといって……ユンファさんに、セックスの経験が全く無い童貞だと思われるというのも心外ではあるのだが――屈辱的だというのももちろんあれど、俺の研鑽を積んだテクニックがあればこそ、およそ今夜はユンファさんが気を失うまで何度も何度もイかせ続けてあげられることだろう、その点でも彼には男としての俺に期待してほしいのだが――。
「……では、体ではわからないというのなら、…」と俺は涙目でユンファさんを見下ろす。彼は困惑のうす笑いを浮かべて俺をみている。
「…俺がこの口で言っただけでも貴方は心から信じてくださいます…? 俺は本当に童貞ではないのです、本当に色男の星を持って生まれていますし、本当に逆ナンも日常茶飯事ですし、経験人数が百人を越えているというのも本当なのです、…あと中二病じゃありません…、今のは言い間違えただけですから……」
俺は本当に断じて誓って真に童貞ではない!
ただ初恋の美男子であるユンファさんが美しすぎて、なぜか俺の態度や醸し出す雰囲気が童貞のようになってしまうというだけのことなのである。
それこそユンファさんが俺の初恋相手であるからこそ、リ ア ル ・チ ェ リ ー ・ボ ー イ であった十三歳の頃の甘酸っぱい気分になかば戻ってしまう、というか…――。
「…はは、あの…僕、別に疑っては……」
しかしこう言っているユンファさんは完全に「慈愛の童貞ご機嫌取りモード」である。
「…疑っていない…? 本当に…?」
俺はじと…と目を細めて彼を見る。
「…はは…ええ、勿論ですよ」とユンファさんは確かにもう疑ってはいなかった。
ほ と ん ど 確 信 を し て 、優しく俺をなだめるようにそう笑ったのである。
「…僕は本当に貴方のことを童貞だとは思っていませんから、どうか安心してください。」
「…………」
ユンファさんのやけに優しい薄桃の瞳がこう言っている…――『人は見かけによらないものなんだな……こんなにスマートで格好良い人でも童貞なんてことあるんだ…。いや、まあそういうのは結局機会があるかないかだし、何より彼は誠実な人だから、きっとちょっと奥手なんだろう。百人以上というのはきっと恥ずかしいから言ってしまったことだろうし、何より遅いも早いも人それぞれだよな、僕もそうだったんだし……』
「……はぁ…、……」
俺はふと意気消沈をして力なく目を伏せた。
なるほど、俺はどうやらどんどん墓穴を掘っていっているらしい。困ったことに彼の中で、俺のヴァージン説がみるみるうちに仮 説 で は な く 確 信 になっていっている……。
……およそここまでの俺の「童貞ではない証明」のセリフたちは、ユンファさんにとって「童貞ならではの粋がった言い訳」と捉えられてしまったようだ。
要するに優しいユンファさんのこの気遣いは、「童貞卒業をしたいとデリヘルを利用した、これから素人 童貞となる俺への優しい気遣い」である(ちなみに「素人童貞」というのは、素人である一般の相手ではなく風俗で童貞卒業をした者への揶揄 表現である)。
……もはやもう何も言うまい……(足掻 けば足掻くほど状況が悪化してゆくのが目に見えている…)。
「…でも…あの、もしよかったらなんですが…」
「……はい…?」
ふと見れば、ユンファさんがはにかんだ微笑を浮かべて俺のことを見上げている。
「……折角ですし、お互い初めて同士、みたいな気分でその……えっちしませんか…?」
「……それは…、……」
――名案。
ユンファさんはその切れ長の目を柔らかく細め、こう俺に美しく微笑みかけてくれる。
「正直、初めての相手が僕なんかでいいのかなとは思うんですが…まあ、プレイですし…――その、男性にしても女性にしても、どんな属性の方にしても…初めてというのは、記念すべき瞬間ですから。ね…そういうのもまた、本当の恋人同士だからこそ楽しめるプレイの一つかと。」
「……、…」
そのユンファさんの柔らかな微笑みに含まれている、ほんのわずかな悲しみ――惨 たらしい形で奪われてしまった自分の「初体験」を、彼はかすかに思いだしてわずかに悲しんでいる――しかしむしろそれだからこそ、彼は俺の初体験を『できるだけ素敵なものにしてあげられたらいいんだが』と、そう考えてくれている。
……あまりにも切ない…――。
俺こそユンファさんの初体験を、叶うならば素敵なものにしてあげたいよ。俺なんかでもよいのなら……しかし過去は……過去に戻って、お互いにやり直せれば――いや、そうだな。
「名案ですね――ふふ…ではお互いに、今から初体験……初めて同士のえっち、しましょうか…?」
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