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                   俺は組み敷いたユンファさんのその色深い紫いろの瞳をじっと見下ろし、真剣な低い声をだして彼にこう尋ねた。   「俺は本当に、貴方のことを抱いてもよいのでしょうか」    もちろん俺たちのあいだでは、今しがたに「お互いに初めてのえっちをしよう」という話になっていた。が、俺はあらためてユンファさんにその確認をした。――それはあたかも初体験らしいムードを演出するため…というのもなくはないにせよ、それよりも圧倒的に、いまの俺のなかには彼を抱いてよいものかどうかという迷いが生まれはじめている。  ……俺のその迷いの原因はユンファさんの瞳の中にあった。先ほどまで彼は「(俺のことをヴァージンであると勘違いしている上で)俺の初体験をできる限り素敵なものにしてあげたい」と、屈託のない純然な親切心からそう考えてくれていた。    ところが、俺が「じゃあ今から二人の初めてのえっちをしよう」と彼のその提案にのると、彼のその紫いろの瞳にはとたんに怯えた色の濃い影が差した。    ユンファさんはにわかに()()()()を思い出したのである。  ――そして今の彼は()()を恐れている。    だから俺はユンファさんに確かめた。  ――俺は本当にこのまま貴方を抱いてもよいのでしょうか、と。    しかし彼は、俺の目を見あげるその瞳を「ある恐怖」から小刻みに揺らしながらも、その震えあがるような恐れを俺に隠してしとやかに微笑し、しかし覚悟をもってコクリと頷いた。   「……はい…。……」    そしてユンファさんは目を伏せる。  彼のその微笑は青ざめ、恐怖による怯えと重圧による緊張から強ばっているが、伏せられた美しい白い切れ長のまぶたのしたで諦観の静けさを見せるその黒紫(くろむらさき)いろの瞳は、これから俺に自分が振るわれるであろう()()()()()()をすでに受け入れている。――すると俺のなかの迷いは、彼のその黒に近くなった紫の瞳に色濃くなる――が、かといって、まさか俺が、いま彼が予想しているような「暴力」を彼に振るうことはあり得ない。    既に俺はわかっている。  ――()()()()()()()()()()()()。    俺はわかっていて今もユンファさんを抱こうとしているし、全てをわかっていたうえで彼を神の前へまで連れて行った。  ……つまり、ユンファさんがあのケグリに背負わされたその「罪」に、俺が今さら激昂するなどという展開は起こりえない。…むしろ俺はもうすでに彼のその「罪」を受け入れている。――しかし、それでユンファさんが(つら)い思いをしてしまうというのならば、俺は彼のことを抱くべきではないのかもしれない。   「…本当にいいんですか。怖くはありませんか」   「……いいえ、全く怖くありません」    ユンファさんは諦念の目を伏せたまま、虚ろに微笑をしたままにそう言った。――それは彼の嘘である。   「…優しくしますね…。俺は貴方のことを、努めて優しく抱きますから…」と俺は、せめてユンファさんのその荒々しい怒涛(どとう)の恐怖を少しでもなだめたいと優しい声で言う。   「ですから…もし嫌だったり、痛かったり……あるいは中断してほしい、やっぱり俺には抱かれたくない…――もし貴方が少しでもそう思われるようならば、どうか遠慮せず俺に言ってください。…それは例え最中であったとしても、どのようなタイミングであったとしても…――必ず、言ってください。」   「……、…」    コクとユンファさんが目を伏せたまま頷く。  ……しかし、と俺はこれを付け加える。   「…とはいえ、“言え”と言われても言い(にく)いかもしれませんね…。もし言い難い場合であれば…そうですね、俺の体のどこかを、トントントン…と三度、指で叩いてください。――それを中断の合図としましょう。…」    こう言う俺ではあるが――その実、このたびにユンファさんと最後までたどり着けるという予測は、いささか早計と見ている。  とはいえ、いずれにしても俺は、このことを彼にしっかりと伝えておくべきであるとも考えている。  ……人に体を許すという折、これはその誰しもが持っていてしかるべき「権利」であるからだ。  それがたとえ、その権利を決して認められてこなかった、性奴隷のユンファさんであったとしても――いや、むしろ今性奴隷とされてしまっているユンファさん相手であるからこそ、俺はこのことをしっかりと彼に伝えておかなければならない。   「それを合図に、俺はいつでも…今していることを全て中断します。…そして…場合によっては、行為そのものを()めます。――言葉でもどちらでも構いません…。どうか貴方の“NO”を、必ず俺に教えてください。…いいですか…?」   「……、…」    ふとユンファさんが虚ろな紫の瞳を上げて俺を見た。――『彼は』とその人は疑問に思っている。  ――『彼は、何を言っているんだろう…。僕なんかに、彼は何故そんなことを仰られるんだろう…。  途中でやめてもいいということか…? 僕が嫌がったら、セックス自体しなくてもいい…ということか…? まさか、あり得ないはずだ…。彼はなぜ性奴隷の僕に、そんなことを仰られるんだろう――。』    俺の目はこの悲しみに煽られた炎のような愛情、ユンファさんへの愛情が燃えて力む。   「俺は貴方が大切なのです。そして貴方の体も、俺はとてもとても大切なのです。…この世にあるどれほど高価な宝石より、この世に存在するどれほど希少な神秘の宝物より…よほど、愛すべき自分よりも――俺は、貴方が大切なのです。…」    俺は自惚れ屋の、人によれば嫌味なほどの自信家だ。…しかし――俺のこの言葉には何一つ嘘がない。  俺は本当に、心からユンファさんを愛している。自分よりも愛している。   「俺は…貴方を、心から愛しているのです…――ですから、俺と約束をしてください。…貴方は嫌なら嫌だと言ってよいのです。やめてほしいのならば、そう言ってよいのです。…もし最中にそう思われたのならば、そのときはどうか貴方の“NO”を…何らかの形で、必ず俺に教えてください。――俺と約束、してくださいますか。」   「……、はい……」    とユンファさんが目を伏せ、震えたか細い声でうなずく。――彼は俺のこの優しい男のセリフに、内に秘めたる恐怖をますます色濃くしてしまったらしい。…これによって彼を安心させようという俺の思いに反し、むしろ現状の彼にはまったく逆効果だったということである。……すると俺の迷いもまたより深まってゆくが、……  だが、ここで「やっぱりやめようか」と言うほうがユンファさんを傷つけ、苦しめてしまうことだろう。  いっそのこと――ユンファさんのその「罪」は、今に明らかにしてしまったほうがよい。    たとえどうなったとしてもである。  依然として俺は少なからず、今回は彼を最後まで抱けないだろうな、と、そのように考えている。  ――といっても決してそれは残念ではない。しかし無理だろうなと、少なくとも彼の抱えているその重苦しい忌々しい「罪」、それによる彼の恐れをまずどうにかしなくては、およそ俺は彼を抱くことは叶わないだろう。  ……俺はそれで構わない。その機会などこれからいくらでもある。――いま自分の男を押しとおすつもりはない。まず最優先するべきはユンファさんである。  誰よりも何よりも、それこそ自分なんかよりも、俺はユンファさんのことが本当に大切なのである。    ユンファさんの為になることを、俺は何だってしてあげたい。   「……約束」    と俺は、ユンファさんにゆるく小指を立てた右手を差し出した。   「……、…」    ふとユンファさんが虚ろな表情で俺の目を見、それから差し出されている俺の小指を見下げた。俺は彼に微笑みかける。   「…俺と指切り、しましょう。…ね」   「……、…」    ユンファさんの眉が罪悪感にわずかひそめられる。  ――『できるわけが、ない』と彼の悲痛に揺れる濃い紫色の瞳がいう。――『どうせ破るしかない約束だ』――『どうして……』   「……はは、…はい、…」    ユンファさんは目を潤ませながら、ひそめたままの眉尻を下げて無理に笑うと、俺の小指に自分のふるえている長い小指を力なくからめる。――『どうして彼、…こんなに優しいんだろう、…今から僕は、こんなに優しい人を裏切らなきゃいけない、…余計に辛くなってしまう、…』    ……大丈夫。――と俺はユンファさんの小指を、自分の小指で固く締めつけた。  例えこのあとどうなったとしても、俺は絶対に貴方に失望したりはしない。貴方は何も悪くないのだから、俺は絶対に貴方に怒ったりもしない。言葉の、肉体の暴力など、俺は絶対に貴方にぶつけたりはしない。――俺は絶対に、貴方の背負うものも何もかも、その全てを受け入れてみせるよ。  ……俺はユンファさんの涙にうっすらと濡れた紫の瞳を見つめながら、目を細めて微笑んだ。   「約束ですよ。」    と、絡まった二本の小指を揺らしながら。   「…はい、…ありがとうございます、…」    ユンファさんが苦しそうに笑う。  ……その笑顔は見ていてつらくなる。…さあ、と俺は指をほどく――ひとまずは事を進めよう。   「……では約束通り…嫌だったら、ちゃんと言ってくださいね…、……」    と俺はあらためて、ユンファさんのカッターシャツの両開きに指先をのばした――いつの間にかそのカッターシャツのボタン部分は、その人の両胸を隠すようにだけ閉ざされていた――が、混乱しているのか、彼は自らおそるおそるとその両端をひらき、自分の胸もとを俺に見せてきた。   「……ふふ…、俺に、貴方の体を見せてくださるのですか…?」   「……、……え…?」    とユンファさんが虚ろな目で俺を見上げる。  彼はおよそ無意識にそうしたらしい。   「…改めて、貴方の体を…俺はこの目で見てもいいですか…?」    もちろん俺は、全てではないにしろ、もう既にユンファさんの体を見ている。――しかし俺はそう確かめたくなった。…彼の裸体は誰しもが見られて当然などというような安いものではない。  その輝かしい裸体を見せてもらえるというその特別な許しは、俺があらためて得るべきものだった。――ユンファさんは、はたと少し驚いた顔をした。   「ぁ…ぁ、はい、ぁ、あの…正直、貧相でみっともない体ですが、それでもよろしければ、…どうぞ……」    戸惑いがちに目を伏せたユンファさんは、およそこのような確認をされた試しもなかったのだろう。  しかし誰よりも彼自身が、自分の裸体になどさほどの価値がないと決め込んでしまっている。  誰もがその神聖な白皙を目にして当然であり、また誰しもがその白皙を好きにする自由を持っている――美術館に飾られた裸の彫像というのならばまだしも、彼の認識では所詮その裸体など駅前で配られるポケットティシューのようなもので、その白さを目にしても誰も何も思わない、その白い安い紙は相手が好きな用途に使用して、終われば捨てる、それほどの価値しかない。    と、今のユンファさんはそう思い込んでいる。  しかし俺はユンファさんの裸体に「綺麗だよ」と言うことだろう。言うべきである。いや、実際に誰の裸体にも(まさ)って彼の体は綺麗なのだから、俺は()()とも忘れてそのとおり「形容」することだろう。  俺は「ありがとう」とむしろより深まった心からの礼を言い、再びつとに憧れてきたその胸もとへ目を下げた。     「……、…――。」      ――何度見ても、美しい。  我が月の男神の胸もとは、それだけで絵に描いたような神々しさをはなっている。  蒼白いというほどに澄みわたった白い肌、青年らしい胸筋のあさいふくらみ、小さい薄桃の乳輪の中央に粒立った乳頭には、銀のリングピアスが貫通している。……俺の脳裏に聯想(れんそう)される、ジャン=バティスト・グルーズ作『壊れた(かめ)』という絵画――。    その絵画の縦長楕円形の背景はうす暗く妖しい、誇張のない夜空の灰色で染まっている。  そして画面むかって右中央の、不気味な獅子のような黒い獣の口から水が噴きでる噴水の前、白サテンのドレスを身にまとう愛らしい色白の少女が(たたず)んでいる。――彼女の胸もとは誰ぞに暴かれたかのようにはだけ、向かって右側の、まだ女らしいふくらみのない乳房(ちぶさ)にいたっては薄桃色の乳首まで覗いて見えている。そして彼女は、自分の白いドレスの(すそ)のなかにたくさんの桃色の薔薇を抱えもち、むかって左側の肘には濃い灰色の割れた甕を下げている。    どうやら彼女は誰かしらに(あば)かれてしまったばかりのようである。しかし彼女の顔にはある種恍惚とした色気も見える。彼女の表情は微笑んでいるようにも見え、虚ろな無表情とも見えるようだが、少なくとも悲しげに顔をしかめているわけでもなく、さめざめと泣いているというわけでもない。  ――とすると彼女は、暴漢にあばかれたのではなく、ひょっとすると恋人の男と初体験を済ませたばかりであるのかもしれない。    この絵画の絶妙なのは少女のその表情である。  一見すると、豊かな白い頬を桃色に上気させている少女の表情は微笑んでいるかのようだ。しかしあえて彼女の唇だけに注目すれば、その初心(うぶ)な柔らかな桃色の唇は微笑んでいるようでもあり、単にもとの唇の形が口角が上がっている、すなわち無表情の形をなした唇とも見える。    彼女の目元だけを見ても同様だ。  この黒い大きなつぶらな瞳はどこか虚ろではありながらも爛々(らんらん)と輝いているが、まともにその両目を見つめようとすると――彼女と目が合わない。見ている側に違和感を与える両目である。  彼女の瞳は左右で別の方向を向いてはいないか。    そこでむかって右側の顔だけを見ると、彼女はまるで妖艶にほくそ笑んでいるかのようだ。彼女は今に何か()()()()()()を知り、ちょっとした悪賢さを得たのである。――ところが左側の彼女の顔は、気高いレディの凛とした真顔と見える。彼女は女としての理性と自信をもっている。    この絵画のタイトル『壊れた甕』の示す通り、彼女の右腕(画面むかって左側の腕)にぶら下がった灰色の甕が割れていること、そして彼女のはだけた白いサテンのドレス、さらには彼女が大切そうにドレスの裾に抱えている数多のこわれた桃色の薔薇、それらが示唆するものとはそう――すなわち破瓜(はか)である。    つまり彼女は初めて男と通じ合ったばかりなのだ。    しかしこの少女は美しい。  今もなお美しいままである。  ――むしろ彼女はその経験を()て賢くなり、女としての理性を、自信を得た。    すべてのヴァージンの前には、神秘の経産婦(あるいは経産夫)があるものである。  処女を神聖視し、あるいは破瓜を凡俗への成り下がりと見なす――性とは果たして本当に穢れか、本当に罪なのであろうか?    神聖な官能美が必ずしも処女の傍らにあるなどと勘違いしてはならない。処女であるから可憐なのでも、神聖なのでも、清廉なのでもない。…処女が必ずしも聖女の精神を持ち合わせているはずはなく、娼婦が必ずしも毒婦の精神を持ち合わせているはずもない。  ――何も知らない肉体をそれだからといって神聖とするべきではなく、多くを知っている肉体をそれだからといって穢れているなどとするべきではない。    聖堂の神聖性を疑う人などいるだろうか?  むしろ慈愛の神こそはおよそ厳密な禁足地の聖域よりか、祈るために日に何百人と訪れる聖堂のほうに鎮座していることだろう。  官能とは、美とは、清廉とは、神秘とは、神聖とは、処女性とは、……今一度考えてみたい。    全ては経験である。多ければ良いとも少なければ良いともない、単なる経験である。――その上で何を得たか、何を手放したか、それこそが全てだ――経てきた経験のなかで何を得て、何を捨て、どのような魂が形作られたか、魂は人の精神にあらわれ、精神は人の肉体にもあらわれる、例え擦れた肉体をもっていようとも、魂が神聖であれば、その人の肉体もまたどうであれ神聖な神秘の美を(たた)えているもの……それによって、それら全ての有る無いが物語られる。    俺が何を言いたいか――語りたくなった。  あまりにも素晴らしい芸術品を目にしたそのときのように、いま俺の目には涙が浮かんでいる。    ……その雪のように真っ白な肌に溶けこむようなほどあわい色合いの乳輪とその乳首、この白っぽい淡い薄桃色はもはや可憐という他にはない。――しかしそのような可憐な、無垢な乳首につけられたニップルピアスの妖しい冴えた銀色がまた、『壊れた甕』の背景の妖しく不穏な気配にも一致している。   「…何て、…っ美しいんだろう、…――。」    ――ユンファさんはあまりにも美しかった。  官能的である。俺は間違いなくそそられる肉体の鱗片(りんぺん)を見た。俺の男の理想が俺の目の前にある。  俺の夢、俺の理想、俺が思いえがく男神の裸体、…いや、俺自身の思い描いていたもっとも美しい裸体の更にその上をゆくユンファさんの肉体、まさしく神聖なる清らかな肉体をいま目の前にして感涙する俺は、結果自身の男を忘れてしまった。    驚いたことに、俺の勃起はすっかり収まってしまったのである。この胸のなかで躍動する感動は俺を清めて泣かせてしまう――これはある種のカタルシスである――完璧な、人とも思えぬ完璧な男神の裸体に俗な興奮を覚えるほど、俺は(おそ)れ知らずというわけでもなかったらしい。  この彼の圧倒的な美、圧倒的な神秘性を湛えている白い、どこまでも白い輝かしい神聖なる肉体、彼の内側にある気高い魂の神聖な月華をはなつこのまばゆい肉体を前にしては、俺の男の欲など滅法くだらないものと成り下がってしまった。    妖しく不穏な空間に佇む体ほど白く妖艶に浮かぶようである。そう…まるであの『壊れた甕』の少女の白皙のように――例えば月も朝の空よりか、暗く深い夜空に浮かんでいる月のほうが白さが際立ち美しい。  神聖な清廉な誇り高い抜けるような白に、性奴隷とされたことで妖しさをも得たユンファさんの肉体ほど官能的で、無垢でありながら妖艶、艶めかしくはありながらも清廉、無垢な可憐さこそ損なわれていないというのに官能を熟知した蠱惑的な妖美(ようび)な肉体、これほどまばゆく美しいと思うような奇蹟の神秘の肉体にはやはり、俺は生まれて初めて出会ったというほどである。   「奇蹟だ、…っ奇蹟、これぞ奇蹟だ、…綺麗過ぎ、……っう、…っ綺麗過ぎるよ、…」    俺は、鼻血のつぎは涙をユンファさんの胸板にボタボタとおとした。――俺は彼の裸体に「綺麗だよ」と言うだろう?  ……とんでもない、本当ならスマートにユンファさんをとろけさせるようにそう言いたいところだったが、実際はその讃美も感激の涙がこのようにともなってしまった。    俺がふと見れば――ユンファさんは唖然としている。   「……あ、あの、…何故泣いて……?」   「っ綺麗゛、っ過ぎて、…ごめんなさい、貴方(あなだ)のお胸が゛、…っあまりに゛もっ(うずぐ)ずぎて゛ぇ…っ、…〜〜〜っ」    涙が止まらない……俺は大分ユンファさんの前であると感じやすい男になってしまうらしい。   「……は、はあ…? えっと、…な、にか…悲しいことでも、思い出し…」   「っ違います゛、貴方の体が綺麗過ぎたのだと俺は言っているじゃないですか、…(まさ)に奇蹟です、この美しさは゛…っ」   「……、…」    ユンファさんはふと表情を曇らせた。  彼はたちまち耐えきれないほどの罪悪感を覚えてしまったらしい――そして目を伏せた彼は、ひどい恐れにその黒紫の暗い瞳から光を消す。   「…ごめんなさい…」   「……何故、謝るんです…?」    ずずと鼻をすすってそう尋ねた俺は、彼のこの謝罪が、()()()()()()()()()()()()ということはもう既にわかってはいる。        ――いや、俺は始めからずっとわかっていた。        

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