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俺の耳にはある「罪の音」が聞こえていた。
……ユンファさんが俺のほうへ歩んできたその際に、シリコンとポリエステルが擦れる、サリサリとした耳障りな音を。
俺の鼻はある「罪の悪臭」を嗅 ぎとっていた。
……ユンファさんが歩いて動いているうち、次第に彼の膣内のバイブを伝って溢れてきたのだろう、精液の青臭い臭 いを。
俺の「神の目」は、その「罪」を見透かしていた。
……あのケグリに背負わされ、とてもこの状態では神の御前 には立てないと、ユンファさんのことを縛りつけ苦しめていた…その「罪」を――。
あぐらをかいた俺の対面で横座り――膝を曲げた両脚を斜めに倒すすわり方――をしているユンファさんは、真っ青になったその血の気のない蒼白い顔をうつむかせ、その怯えた目を伏せて、ふるえたか細い声でこう言う。
「スイッチを…入れてみてください…」
「……はい、わかりました。…」
俺は先ほど彼から受けとったバイブのリモコン、ショッキングピンクの細長い長方形のそのリモコンを見下ろし、スイッチである黒いつまみをカチリと上の「ON」に数ミリ押し上げた。
――すると聞こえてくるヴヴヴヴ…という濁った鈍い機械音は、今彼の膣内で振動をはじめたのだろうバイブの音で間違いない。このリモコンにはいくつかのボタンが取り付けられているが、単に電源を入れただけならば振動を始めるだけのようである。
そしてその振動が始まるなり、にわかにユンファさんはビクンッと上半身を跳ねさせながら深くうなだれた。
「……ふ…っ、ク……、…」
彼の黒いスラックスの内ももがすり…とこすり合わせられる。そして彼は「ん…」とわずかな色っぽい声を鼻からもらしながら、白いカッターシャツのボタン部分の胸もとあたりを、上下にならべた両方の拳でぎゅっと握りしめる。それこそ、その生白い手の甲の皮膚がピンと張るほど強くそこを握りしめて、彼はそれをもってひたすらにこの恥辱 に耐えしのんでいる。
……俺はカチリとスイッチを切った。そして手にあるリモコンをぽいっと軽い力で捨てた。それはあぐらをかく俺の片膝のやや進んだ先にポスと落ちる。
――もとよりそのバイブの存在を知っていた俺には何ら意外性や驚きが無いのもあれ、そもそもさほどの興味もないのである。
「……、……?」
するとユンファさんがふと顔を上げ、涙に濡れた群青色の瞳で俺を見る。
「……ぁ、あの…?」
「…何です…?」
俺は小首をかしげる。
「……、…」
むしろユンファさんのほうが俺のこの自若 とした態度に意外性を感じている。
なお『DONKEY』では、客がオプションとして注文をすると、事前にキャストの体にバイブなどのアダルトグッズを装着させた状態でその人と会うことができる。――とはいえ、もちろん俺はそのようなオプションはつけていない。
つまりユンファさんは、客の俺がオプションとして注文していないバイブを、自 ず か ら 膣内に装着して俺と会ったのである。
「……、…、……」
はたとユンファさんは俺の手にリモコンが無いことに気がつくと、それを探して俺のあぐらをかいている周りをきょろきょろと見回す。
ややあってそのリモコンを見つけたユンファさんは一旦四つん這いとなり、俺に捨てられたリモコンを拾ったのちにまた腰をおろしては、一旦それを自分の横に置く。
そして立てた両膝を合わせて内また気味に座りなおし、深くうつむきながらまずは両足に履いている黒い靴下を脱いだあと、彼はカチャカチャと両手でベルトのバックルをいじり、それの締め付けを緩めようとしている。
「……、…」
衣服を脱ごうとしているユンファさんを止めるべきか否か、その迷いが一瞬俺のなかに漂ったが――しかし、俺はここはあえて制止しないことを選んだ。
ユンファさんが己の「罪」であると罪悪感を覚えているそれは、一旦ここで全てを明らかにしてしまったほうがよいと思ったからである。膿 は出しきってしまったほうが傷の治りは早い。
やがてバックルから端を抜きとられたベルトはもう彼の腰骨を締め付けない。そしてユンファさんは手早くスラックスのフックをはずし、ジッパーをおろし、お尻を浮かせて、ずる…とその黒いスラックスを細長い太ももまで下ろし――立てられた膝、脛 、そうしてすっかり黒いスラックスを脱いだあとは、それのポケットのなかからケバケバしいショッキングピンクの何かを取り出してから、そのスラックスを自分のお尻の横へと置く。
……彼がカッターシャツを脱ぎ捨てる。その人が先ほど取り出したショッキングピンクの布とは、俺を扇情 させるためというよりか威 嚇 す る た め の 装 飾 、今その人の白い胸板に着けられたそれは――レースのブラジャーであった。
羞恥、恐れ、そして打ち砕かれた淡い秘めやかな恋心――ユンファさんの真っ赤に染まった泣きそうな顔は深く伏せられ、
「……ご…ご覧、ください……」
ガタガタと震えている彼の生白い細長い両脚が、ぎこちない動きで俺に向けて大きくM字に開かれる。
……ユンファさんはスラックスの下に、黒い網タイツを履いていた。細長い白い太ももの半分より上に黒いレースの縁 がある。その網タイツの縁は、彼の股関節よりやや上にある黒いレースのガーターベルトの紐によって留められている。
そして彼が穿いているケバケバしいショッキングピンクの光沢があるショーツ、それは腰ひもの部分がやけにメルヘンチックな大柄なフリルとなっており、恥骨から彼の陰茎と陰嚢 をおおう部分は粗い同色の編み目となっているので、その細紐の粗いダイヤ模様のポケットのなかにひと纏めにされた、その人のその薄桃の萎えた陰茎やほの白い陰嚢はほとんど丸見えである。
また彼の膣に挿入されているバイブの艶のないショッキングピンクの根本は、円形に近い楕円の板状になって彼のそこを覆い隠しており、そしてその板にはショーツのクロッチ部分のやや太めの紐が一本かかっているだけである。恐らくうしろはTバック形状にでもなっていることだろう。――ちなみに着脱がしやすいように、彼はガーターベルトの黒紐の上にこのショーツを身に着けている。
そして先ほどユンファさんが改めて着用したブラジャーは、そのショーツとセットのものなのであろう、ショッキングピンクのほぼオープンブラジャーというような形をなしたブラジャーである。
なおほ ぼ というのは、ブラジャーの肩紐につり上げられた胸をおおう三角部分のなかがダイヤ模様のピンクの粗い編み目となっており、その三角の輪郭を小刻みなショッキングピンクのフリルが縁どっているというような形状のブラジャーだからである。すると当然、その編み目からはみ出た彼のニップルピアス付きの薄桃の乳首は丸見えである。
ちなみに――ユンファさんのそのショッキングピンクの編み目の下にみえる白い無毛の恥骨には、デカデカと黒い字で『公衆便器』と書かれており、また黒い網タイツを履いている彼の生白い片方の内ももには、『変態マゾメス奴隷』『汚まんこにおちんぽ23本分のザーメン入ってます』――そしてもう片方には『一晩限りの彼氏くん、こんなビッチのバカヤガキでごめんねw』『お仕事だから彼氏くんの粗チンまんこに入れていいよ♡』
「…ふっ…」
――絶対殺す。
「…ぁ、あの、ぼっ僕、…変態なんです、…」
とうつむいたユンファさんが泣きそうになりながら言う。俺はその人の荒波の動揺に対面しておきながら、何ら動じていない。
「…あぁなるほど、それは奇遇ですね…? 実は俺も変態なのです。んふふ……」
こうしたちょっとした諧謔 を言えるくらいには、俺はいま平常心を保っている。愛する美男子のこのような官能的な姿や、それこそかねてより肉眼で見たいと思っていたその人の陰茎を目にしてもなお、俺は興奮さえしていなかった。
今はあまりにもユンファさんが憐 れであるからというのと、このまま彼を抱こうという気が俺にないこと、そしてこれで興奮をしては負けた気になるからである。
彼は恐怖からガタガタと震えながら、ふるふると伏せている頭を横に振る。
「こ、個人て、個人的な趣味で、…バイブ、挿れてきたんです、…僕は、変態、…だから…お客様に遊んで、い、いただきたくて、――だから、ぉ、お金取ったりしません、…む、無料で、無料ですから、…」
そしてユンファさんは全身をガタガタと震わせながら、伏せたままのしたたるほどの汗をかいた顔に、引き攣った笑みを浮かべる。
「…あの僕、…ご、ご覧ください、…僕の汚いまんこ見てください、お願いします……」
とユンファさんがバイブの板状の尻を指先でつまみ、それをゆっくりと膣内から抜き取ってゆく。
――ぬぽんと抜き出されたそれは、ショッキングピンクのシリコンバイブであった。形状は何となし勃起した陰茎風ではあるが、デフォルメされた亀頭の形のほかには大したそれらしさはない。
……そしてそれが引き抜かれると、ユンファさんの桃色の膣口からは――こぷ…と泡立ち白濁した精液が漏れでてくる。どれほど多い量をそこにため込んでいたのか、時間経過による吸収や無色化をかんがみても、おそよ相当の量の精液を膣内に入れられていたのであろう。
ユンファさんはピンクの粗い編み目にコンパクトにまとめられている陰茎と陰嚢の下、ショッキングピンクの一本の紐を横にずらしながら、自らの両手の指でその精液にまみれた桃色の膣口をくぱ…と開き俺に見せつけてくる。
「ぁ…あの、僕、筋金入りのへ…変態なんです、セックスのことしか考えられない頭の悪い馬鹿な淫乱オメガだから、ヤガキ、ヤガキだから我慢が出来なくて、…その、出掛けに…ご、ご主人様に土下座で頼み込んで、…ちんぽとザーメン、いっぱいいっぱいまんこにお恵みいただいたんです、…それでその…ザーメンが漏れないように、バイブで栓、してきました、…」
「…そう」
俺はあいかわらず自若としている。
ユンファさんはグラグラと揺れている群青色の瞳で俺を見ると、無理やりに満面の笑みを浮かべてこう続ける。
「…ど、どうですか、僕のザーメンだらけの汚い肉便器まんこ、…あ、貴方に、見せ付けようと思って、ご主人様に頂いたザーメン、…こ、この文字も、僕が考えて、か、書いてもらったんです、――あは…はは、…ぼく…ほかのおとこのザーメンまんこにいれて…バイブいれて栓して…こんな変態下着はいて……こんなことからだに書いて……あ、あなたの本当の恋人、えんじていた…最低な…くずの、淫乱にくべんき、なんです……はは、…ははは…」
あまりの失意に呂律さえもつれているユンファさんは、引き攣った満面の笑みの、その強張った怯えた切れ長の片目から――ほろ、と涙のしずくを落とした。…彼の黒紫の瞳は深く傷ついている。
――『彼は、もうきっと、こんな僕には幻滅してしまっただろうな、…最低だって、僕、彼に、嫌われて、しまっただろうな、……しまっ、た…?』
「……、…、…」
ふとユンファさんが目を伏せ、そして拾ったバイブを再び挿入しなおしながら、その黒ずんだ紫の瞳からまたほろりと涙をこぼす。――『どうして……別に、僕…別に、別に僕は、彼のことを、好きになってしまったわけでもないというのに、…どうして嫌われてし ま っ た だなんて、思ったんだろう……』
彼はバイブの尻部分にもある電源のスイッチを二度押す。――『とにかく…このバイブがあれば、僕は、自分が性奴隷であることを忘れないでいられる……』
そしてユンファさんは片手をうしろに着くと、もとよりM字におおきく開いていた両脚はそのままに、両足のつま先でベッドを踏み、かかとは上げ、ガニ股でしゃがみこんだような体勢となると、わざと俺に自分の股間をつき出し――ヴィンヴィンヴィン…という音からして、恐らくヘッド部分がスイングしている――バイブを荒々しい手つきで出し入れしはじめる。
「…はぁ…っ♡ ああ…っ♡ ああぁ…っ♡」
わざと滑稽みのある体勢でグポグポグポとバイブを乱雑に出し入れするユンファさんの顔は悲痛な笑みを浮かべている。彼の虚ろな黒紫の瞳は揺れながら、平然とその恥辱の艶姿をながめる俺のことを見る。
――『嫌われなきゃ、嫌われなきゃ、嫌われなきゃ、嫌われなきゃ、嫌われなきゃ、嫌われなきゃ』
「…ああっ!♡ ああ…っ!♡ あぁん…っ!♡」
「…………」
ユンファさんは俺に不気味に思われたいのである。
俺に気持ち悪いと思われたいのである。――『僕のいやらしくて醜い変な声、この馬鹿みたいな、人を不快にしかしない僕の醜い喘ぎ声を聞いてもらえれば、僕は彼にもっと幻滅してもらえる…僕のことを綺麗だとか可愛いだとか、彼はもうそうは思わなくなるはずだ、もう僕なんかのことを優しくなんて扱いたくなくなるはずだ、…』
彼は強張った満面の笑みのその頬をひくひくと引きつらせる。
「…あっ!♡ あっ!♡ あっ!♡ あーおまんこ気持ちいい、♡ おまんこ、まんこ気持ちいい、♡ ユンファのまんこきもちいい、♡ ユンファのバカまんこ気持ちいいです、♡」
「…………」
もはや彼は今自分が風俗店のキャスト「月 」であることをさえ忘れ、無意識にも自分で自分のことを「ユンファ」と本当の名で呼んでしまっている。それだけ彼は今辛いのである。
彼の傷付いている黒紫の瞳が泣いている。
――『バイブでオナニーして、変態で淫乱な本 当 の 僕 を見てもらえれば、彼は僕のことをもっと嫌ってくれるはずだから、もう僕なんかには優しくしようなんて思わなくなるはずだから、…』
「ああっ♡ あっ♡ あっ…♡ あぁっきもちぃです、ご主人さまのザーメン、ザーメンまんこにすり込むおなにーきもちいいです、きもちぃ、あっ♡ あ…っ♡ ああ…っ♡ ああああ…っ♡ ザーメンきもちぃ、っあ…!♡ っあ…!♡」
「…………」
ユンファさんが腰を卑猥に上下させるたび、そのショッキングピンクのショーツのビラビラとしたフリルもまた揺れてはためく。
俺は、ただひたすらに俺に嫌われようと、ユンファさんなりにみっともない痴態 、醜態 を演じているその姿を平然と眺めている。しかし彼の瞳のなかには理性がある。羞恥がある。屈辱がある。――『こうやってすり込めば、なかに溜まっている何人もの精液の存在を忘れないでいられるから、僕が肉便器だってことを、ただの公衆便所だってことを僕は忘れないでいられるから、…』
「…ああぁイく、♡ イくイくイくイく、♡ ユンファのまんこイきます! ユンファのヤガキまんこイく、♡ イくイくイく、♡」
――『嫌われなきゃ、嫌われなきゃ、嫌われなきゃ、嫌われなきゃ、嫌われなきゃ、嫌われなきゃ、嫌われなきゃ、嫌われなきゃ……』
「イきますイきますイきます、♡ ユンファのバカなヤガキまんこイきます!♡」
「…………」
その絶頂宣言は嘘である。
俺は悲しい気分ではあるが、かといって何ら動じない。俺の中で憎むべき存在が明確であり、またユンファさんのこの痴態はあくまでも「演技」であるとこの目で見て知っているからである。
彼の黒紫の瞳がおのれを責めている。
――『僕はどうしようもないバカなヤガキだから、僕はチョロくて頭の悪いオメガだから、僕は馬鹿でチョロいから、もっと嫌われなきゃ、もっともっと嫌われなきゃ、…彼に嫌ってもらえれば、僕は馬鹿な期待をしなくて済む、…どうしようもない淫乱の変態で、どうしようもない肉便器の、僕が根っからの性奴隷なんだと彼にわかってもらえれば、彼に嫌われてさえしまえば、僕は……嫌われるべきだ。嫌われなければならない。嫌われたい、嫌われないと、僕はチョロいから、…嫌われなきゃ、嫌われなきゃ、嫌われなきゃ、嫌われなきゃ、嫌われなきゃ、嫌われなきゃ、…』
――『それなのに、……どうしてだろう、…』
「……っ、…は、……っイ、イきます、…イ…いきます…ばかな、……――っ」
ユンファさんが嗚咽しながら顔を歪める。
――『こんなに、辛いのは……』
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