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「いく…、いきま、…っ、は…ばかな、ぼく…いきま……」
ガニ股でしゃがみこんだような体勢はそのままに、しかしユンファさんのバイブを掴む手は止まり、目をつむっている彼は、その顔を歪めて泣いている。
「…………」
あぐらをかいていた俺はベッドに手を着き、四つん這いでユンファさんに近寄る。俺が手を着いたさいにギシッと鳴ったベッドスプリングに彼はビクンッとしたが――俺は彼を抱きしめながら、彼のことを座らせようとやや下に力を込める。
すとん、と力が抜けたユンファさんがベッドにお尻をつき、彼は自然とあひる座り――両腿にふくらはぎを密着させた両脚の側面を、ベッドに着く座り方――となる。
「…綺麗でしたよ、とてもね…」
と俺がその人の耳もとでいうと、ユンファさんは自失したような辿々しい調子でこう言う。
「……え……? でも…ぼく…へんたい…なんです…、へんたい…なんです、へんたい…へんたいで……」
「…そうですか。それはそれでとても素敵。……」
俺は慣れた手つきで彼の背中にある、ブラジャーのホックをプツンと外した。そしてそれをするりと脱がせながらユンファさんの顔を見る。
「…大丈夫ですよ。俺はそれでも貴方が大好きです。」
「……、え……?」
ユンファさんが怯えた顔で俺の目を見る。
俺はこの水色の瞳でユンファさんに微笑みかける。
「…大丈夫。それでも貴方はとてもお綺麗だ。今もとてもお綺麗でした。」
「……、…、…」
ぎこちない段階を踏んでかく、かくと怯えたその顔を伏せた彼は、「……え…?」とまるで理解できないと震えながらわずかに首を傾げる。
「どう、して……どうして……」
虚ろな表情でほろ、と綺麗な涙を伏せられた片目からこぼしたユンファさんは、今の彼なりの痴態をもっても俺が何ら失望した態度を取っていないことが、まるで理解できないのである。
しかし痴態というのはもっと馬鹿らしくなければならない。もっと馬鹿馬鹿しく、もっともっと醜態でなければならない。――ところがユンファさんのあの姿は、彼のその美貌にもまして、まったく胸に迫ってくるような切なくも美しい、哀艶 の様相でしかなかった。まるで痴態などではない。
「…元より貴方がお綺麗だからです。しかし…一糸 纏 わぬ貴方の方が、もう少しお綺麗かもしれません」
と俺はユンファさんの体から取ったショッキングピンクのブラジャーをぽいっと背後へ捨てる。
「……、…、…」
ユンファさんはカタカタと震えている手で、隣に置いていた細長い長方形のショッキングピンクのリモコンを取り、そしてそれを俺に差し出してくる。
「…あ、あの…大丈夫、です……お金は、取りません…。どうぞ…気休めではありますが…――僕で…たくさん、遊んでください……」
「……ふふ…、……」
俺は含み笑いをもらした。
要するにユンファさんは、性奴隷である自分の心身を俺に差し出し、俺が好きに彼のことを玩具 にして遊んでよいというのである。
むしろそうして、まるで叩けば笑うか泣くかで赤子を楽しませる玩具のように弄 ばれることこそ、性奴隷である自分の役割であり――そして、それこそが自分がせめてもできる俺への贖罪 であるという。
……ましてやこうしたとき、ほとんどの男は彼の体のなかで暴れるそのバイブを操作し、楽しく遊んできたようである。
「…お気遣いどうもありがとうございます。…けれども、貴方には大変申し訳無いのですが…正直どうも興が乗りませんので、この度においては遠慮させていただきますね。」
まあユンファさんと遠隔バイブプレイだなんて、それこそ男として俺も是非やってみたいところではあるのだけれど…――今回はあのケグリが一枚噛んでいるだなんて忌々しい事実があっては、興が乗らないどころかかえって興醒めなくらいだよ。
しかし彼はガクガク震えながら、それでもそのリモコンを俺に差し出してくる。
「どっどうか、どうかお願いします、…変態マゾの、…僕、で、…好きに遊んで、ください、…」
「……、…」
仕方がない。ひとまずのところはユンファさんのために受けとっておこう。と俺は、そのリモコンをまた彼の手から受け取り、それをパーカの下腹部にあるポケットに入れておく。
「…では、俺が貴方のことを好きにしてもよいということですか…?」
「…はい、はい、…好きに、して…、……」
コクコクとうなずいたユンファさんは、俺にその上体を抱きしめられると絶句した。俺は彼の耳もとでこうやさしく囁く。
「…じゃあとびきり優しくさせてくださいね…? 愛する貴方に、俺は優しくしたいのです…。大丈夫ですよ…はは、俺も変態ですから…――こんなことくらいでは、別に何とも思っていま…っ」
「……っ!」
しかしユンファさんが俺の胸板を突き飛ばし、
「……っ?」
後ろに尻もちをついた俺がさすがに驚いているうちに、彼はガタガタ震えながら「ごめんなさい、…」と、…その垂れさがった黒い前髪の下で――ぽと、と涙を下へ落とす。
「ごめんなさい、…ごめんなさい、…」
そして彼はやや後ろに引くと、頭を深く下げ、俺に三つ指をつき――土下座をしてきた。
その人の逆三角形に引きしまった真っ白い背中が、骨の浮いているその背中がガクガク震えている。
「ごめんなさい、…変態でごめんなさい、…ど、どうか、どうか優しくなんかしないでください、――屑 の変態マゾの僕なんかのことは、どうか無理やり、ぶん殴りながら犯してください、…」
「……、…」
こ れ だ 。――こ れ なのだよ。
しかし俺は、この初恋の美男子が、あのクソイボガエルの意のままに土下座しているというのはさすがに気に食わない。
「土下座なんておやめください」
と俺は彼の肩からその頭を持ち上げようとしたが、
「っごめんなさい、どうかお願いいたします、…」
しかしユンファさんはやけに力強く抵抗した。
そうしてとにかく頭を沈みこませようとするユンファさんは、俺にむけて土下座をしたまま、更に震え声ながらも不自然なほどスラスラとこう言う。
「僕はどうしようもない変態マゾなので、これよりは僕なんかのことは恋人だなんて分不相応な扱いはせず、…どうか性奴隷として、ただの都合がいい物、オナホ、肉便器、変態マゾメス奴隷として扱ってください…――殴っても何をしても構いません、何をされてもみっともなくまんこを濡らすマゾメス奴隷の僕の体は、どうか貴方様のお気の済むまで乱暴に扱って楽しんでください…」
「……、…」
随分言いなれている。
このかなり淫虐 セリフを――これの裏を返せば、あたかも自己破壊を望むような、いわば『自分のことはどうぞ好きに殺してくれ』というような、そうした死刑宣告を自らに言い渡したかのような自滅的なセリフを――他者からの破壊をむしろ望んでいるかのような、己の死に全身をおもねるかのようなセリフを――凍えたように震えた声ながらも流暢 に言うユンファさんはすなわち、これを何遍 も何遍も繰り返し言わされてきたのであろう。
土下座をしたまま、彼はさらにこうすらすらと続ける。
「…それこそが変態マゾメス奴隷の僕の喜びです、ですからどうか優しくしないでください。どうしようもない淫乱マゾの僕のことは、乱暴に酷く犯してください、どうか貴方様のおちんぽを僕の浅ましいヤガキのまんこにお恵みください、お情けでレイプして僕を孕ませてください…」
ユンファさんは「どうかお願いいたします」とまで言ってから、おもむろに頭を上げる。
そして彼はグラグラと揺れる悲しい群青色の瞳で俺の目をなんとか見ながら、無理やりに引き攣った満面の笑みを浮かべる。
「…せ、性奴隷の僕に、優しくなんて、勿体無いことはせず、…不細工で貧相で、汚くて、何の価値もない肉便器の体ではありますが、…ちんぽ大好きな肉便器の汚いガバマンで大変申し訳ありませんが、…どうか、ど、どうか、無理やりお、犯してください、はは、どうか優しくしないでください、マゾなので、変態、なので、遠慮なく、…ぶ、ぶん殴りながら、僕のまんこ使って、…ください、…はは…は、ははは…」
「……、…」
彼がそうして無理に笑うのは総毛立つほど怯えているからである。笑わなければ酷い拷問が待ち受けていると思い込んでいるからである。
……俺が目を下げた先に見えた――彼の蒼白い両手は、正座したその膝先に指先が揃えられているが、もとは薄桃のその爪の腹はいま力み白くなっている。
「…そう。しかし申し訳ないが、俺はそんなことはしません。」と俺は目を上げる。
「何故ならば、俺がしたくないからです。」
俺がそう断言すると、ユンファさんは頭が真っ白になって引き攣った笑みで固まり、ただ短い危うげな口呼吸をくり返す。
「……は…、…は…、…は……」
「……、…ふふ…――。」
なるほどね。
その暗い紫いろの瞳に雑駁 としたキーワードが見える。――本当の恋人、恋人プレイ、アルファ、オメガ、恋心、土下座、レイプ、変態、美貌の男、ご主人様、社会的成功者――俺はユンファさんの瞳に映るその「ケグリの罪」、今にそれの全貌を見透かした。
「……は、…は…、…は…、……」
「…………」
チョロチョロチョロ……今の重苦しい空気には不釣り合いな、趣きのある静かな水音ばかりがこの広い部屋に反響している。ユンファさんの浅くなった呼吸音はほとんど過呼吸寸前というようである。
……ともかく――俺はユンファさんの肩をつかみ、優しくゆっくりと押し倒してゆく。
「……は、…ぁ……?」
「――兎に角、まずは綺麗にしましょう。…今の貴 方 を 苦 し め て い る も の は全部、この俺が丁寧に掻き出して…清めてあげる。」
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