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「…知ってる、知ってるよ、……貴方を知ってる、俺は、…ユンファさんのこと、よく知ってるよ……」
俺は両目に涙をにじませながら、悲しく震える頬でユンファさんに微笑みかけた。もちろん今俺は仮面をつけている。たとえ彼がこれで目を上げたところで、彼には俺の潤んだ水色の瞳しか見えない。
「…っ知ってるわけない、!」とユンファさんが涙目で俺を睨みつける。
「知ってるわけない、知ってるわけない、知ってるわけない、知って……、……」
と…そこでユンファさんは目を見開き、俺の潤んだ瞳を水鏡として、俺のこの水色の瞳のなかに自分の過ちを見た。しかし俺はそれがユンファさんの過ちだとは少しも思っていない。
途端に怯えた彼は目を見開いたまま、小刻みにゆれる群青色の瞳で俺を見ている。
「…貴方は…あなた……あな……あ、…あ、…」
「謝らなくていいよ。」
俺は先んじてそう言った。
そして俺は涙目でユンファさんに笑いかけながら、彼にこう頼みこんだ。
「謝らないで…。もう謝らないで、お願いだから…」
「……ごめ、…ごめ、なさ…――」
しかし、無駄だった。ぎこちなく段階的にうなだれたユンファさんは、ガタガタと震えている手で頭を抱え、髪を緩慢にかき乱しながらゆらゆらと前後する。
「ごめんなさい、ごめんなさい、…ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、…」
「…ユンファさん、…」
それでも――それでも俺は、ユンファさんに笑いかけた。俺は彼のゆらゆらと危うく揺れている肩をしっかと掴み、
「ユンファさん、ねえ、…ねえユンファさん、…」
と目を覚まさせるためにその肩を小刻みに揺する。
「ねえ、貴方は何も悪くないよ、…そうでしょう、貴方が何をしたというの、? 貴方は何も悪くない、貴方はなんにも悪くないでしょう、…」
しかし俺のこの声がまた聞こえていないユンファさんは、深くうなだれたまま、自分の黒髪をぎゅうっと握っては「ごめんなさい、ごめんなさい」と依然としてくり返す。
「許してください、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、どうか、どうかお許しください、…お願いします、何でもします、僕に罰を与えてください、どうかユンファにお仕置きしてください、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」
「…ユンファさん、…ユンファさん、…貴方は謝る必要なんかないよ…罰なんかとんでもない、お仕置きだなんてとんでもないよ、…」
俺はもちろん覚悟をしている。
此処に来るまでにも俺は覚悟を決めてきた。
――俺のこの覚悟は当然、今夜かぎりのものではない。これは俺の一生の覚悟である。この傷だらけの銀狼を伴侶としたい俺には、今夜にとどまらず、根気強くユンファさんのこの状態に向き合う堅固な覚悟があってしかるべきであった。
「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…」
「……っ、……――はは、……っ」
だけれど、――初恋の人のこの姿は、
……ちょっと、辛い。ちょっと、だけね――。
「だって、…だって貴方は何も悪くないんだもの、貴方は何も…――貴方は何も悪くないんだよ、ユンファさん、…」と俺は泣きながら何度も彼に笑いかける。
しかし俺の声はユンファさんに聞こえていない。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」
しかし俺の姿は、ユンファさんの瞳に映っていない。泣きながら呻 くように「ごめんなさい」とくり返す、うなだれたまま頭を抱えている彼は、あらぬ下方に見開いたその黒紫のうつろな瞳からぽた…ぽた…と涙を落としている。
「ねえ…もう謝らないで、もう謝らなくていいよ、…俺怒ってない、俺、ちっとも怒ってなんかいないから…ユンファさん、…っユンファさん、ユンファさん!」
俺は切実に彼の名を叫んだ。
しかし、依然としてユンファさんはうなだれたまま自分の頭をぎこちなく掻きむしり、「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返しているだけだった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、…」
「…ユンファさん、――ユンファ…ッ!」
と再び叫んだ俺は、やむを得ずユンファさんの両頬を捕まえ、彼の顔をぐっと無理やり上げさせる。
必然的にユンファさんの瞳、そのグラグラと揺れている彼の黒紫いろの瞳は俺に向いたが、その人の瞳のなかに俺は映っていない。しかし、それでも俺はユンファさんのその瞳をしっかりと見据え、
「ユンファ、ユンファ、…お願いだユンファ、ユンファ俺を見て、――見て、俺の目を見てユンファ、…ユンファ…ッ」
何度も、何度も、何度も、何度も呼びかける。
――ユンファ、ユンファと、それでも俺は貴方を見捨てない。俺の執念は凄まじいでしょう、ねえ……。
「…ねえユンファ、俺を見て…――ユンファ…ッ! お願い、…ッ俺を見て!」
「……は、…、…、…」
するとユンファさんが、カタカタ震えている桃色の唇を開けたまま言葉を失う。――彼の揺れている黒紫の瞳が、小刻みに揺れながらも紫色に明るくなる。
俺は少しは正気を取り戻したようなその紫の瞳に、目を細めて微笑みかけた。
「ユンファ、…大丈夫、俺は怒っていないよ。…俺はユンファのことを殴らない。俺はユンファを無理やり犯したりしない。俺はユンファにお仕置きを与えない。…俺はユンファに、罰を与えたりしない。――俺は絶対に、絶対にそんな酷いことをユンファにしない。…大丈夫だから…大丈夫、謝らなくていいよ、ね……もう大丈夫だからね…、……」
俺のこの必死の訴えは、しかしユンファさんに伝わっているのかどうかもわからなかった。
とたんに白々とその美貌を凍りつかせた微笑、すなわち無表情に白けた彼の虚ろな黒い瞳の中に浮かんでいる感情、それはただ――。
「はい…ごめんなさい、僕は大丈夫です」
――『僕は大丈夫。僕は大丈夫。僕は大丈夫。僕は大丈夫。僕は大丈夫。僕は大丈夫。僕は大丈夫。僕は大丈夫。僕は大丈夫。僕は大丈夫。僕は大丈夫。』
ユンファさんは俺のセリフの中に含まれていた「大丈夫」という言葉を聞き、反射的に、その『僕は大丈夫』という言葉で自分のなかを埋め尽くしている。
これも彼の自己防衛本能の働きの一つである。
たとえば自分が今「大変な状況にある」と認識してしまえば、その苦痛をより鮮明に実感してしまう。
そこで彼は「自分は大丈夫(自分は今大変な状況ではない)」とその苦境や苦痛を否定することで、少しでも自分の身に降りかかる苦痛の程度をやわらげようとしている。
ユンファさんは放心したその虚ろな笑みを凍り付かせたまま、正座しているその体もいまだガタガタと震えて強張っているが、「僕は大丈夫、僕は大丈夫」とぶつぶつ繰り返している。
「…僕は大丈夫です…僕は大丈夫です…僕は大丈夫です…、僕は大丈夫…僕は大丈夫…僕は大丈夫…僕は大丈夫……」
「…いいや、…貴方は今、全然大丈夫じゃない、…」
これで、大丈夫なわけが、ないのである、……ましてや――ユンファさんは、あのケグリにこう言わされている。
ユンファさんがこうしてパニックになったとき、あのケグリは「お前は大丈夫だ、これくらいのことで何を泣いているんだ、何を馬鹿みたいに騒いでいるんだ、お前は大丈夫だろう。そうだろうユンファ」と言いながら、彼の頬を何度も何度も叩く。
ユンファさんは「大丈夫だ」と言わなければならないのである。言わなければお仕置きをされるからだ。
そしてユンファさんは、誰にも迷惑をかけてはならないのだ。ケグリに「迷惑だ」と言われたからである。
……のみならず、彼は自分で自分に「大丈夫」と言い聞かせ、そうして自分で自分を洗脳でもしなければ、とてもこの苦境に耐え切れないのである。
これは――俺の「問題無い」と同じだ。
だからわかるよ、痛いほどわかるよ、悲しいが、今の貴方は俺とまるで同じだ。
「……ごめんなさい…」
とユンファさんが虚ろな微笑のまま、また俺に土下座をしてきた。
「ご迷惑をおかけして本当にごめんなさい…。僕は大丈夫です…、あはは、僕は大丈夫です…。あはは、僕は大丈夫です…。ご迷惑とご心配をおかけして……」
「ユンファさん…」
俺は耐えきれず彼の肩を掴み、その人の頭を上げさせた。今度は抵抗がなく、彼は俺の意のままに頭を上げてくれた。彼は「あはは」と言 っ て い た が、その顔は虚ろな凍りついた微笑のままであった。
「…僕は大丈……」
「大丈夫じゃない、…」
泣きやんでも拗ねた子どものような声で言いながら、俺はさっと膝立ちになり、ユンファさんを抱き締めた。もうこれ以上彼に「僕は大丈夫」だと言わせたくなかったのである。
「大丈夫じゃない、ユンファさんは全然大丈夫じゃない。」
「……は、…」
すると息を呑んだユンファさんの体は、俺の腕の中でガタガタと震えている。――もしか俺の両腕が震えているのかと錯覚するほどの、大きな震えである。
「貴方は今、少しも大丈夫じゃないよ。」
と繰り返す俺の声は悲しみと怒りのあまりに固く、低く、鋭く、そして震えていた。
「…いいえ…僕は……」
「ユンファさん、俺に抱き着いてみてください」
俺は唐突にそう言った。
「……え……?」
「俺にぎゅうっと抱き着いてみてください。…すると少しは、気持ちが落ち着くかもしれませんから…」
というのも……ハグというのはストレス軽減効果やリラックス効果など、荒だった気持ちを落ち着かせる効果があるそうなのである。
安心感を得られるセロトニンやβエンドルフィン、癒やしと安らぎを得られるオキシトシンの分泌が促進され、またそれら「幸福ホルモン」はコルチゾールというストレスホルモンの分泌を抑制する効果もある。
なおそれは必ずしも人相手でなくともよいらしい。それこそ、ただふかふかの可愛いぬいぐるみを抱き締めるだけでもそういったハグの恩恵は得られるそうなので、まあ硬くて大きな体格の俺であっても、多少の効果はあるのではないか。
「……ハグというのは、気持ちが落ち着くホルモンが出るんだそうです。…それも三十秒くらいでリラックス効果を得られるとか…――ですから…三十秒で結構ですので、もし貴方がお嫌でないのならば……」
俺は言葉を切らせた。
――嫌じゃない――そうとでも言うかのように、おずおずとユンファさんの震えている両腕が、迷いながらも俺の背中にまわってきた。俺はユンファさんの正座した腿をまたぎ、より彼の上体と自分の上体を密着させる。
「……嫌じゃ、ありませんか…?」
俺は少し恐れながらユンファさんにこう聞いた。
彼が俺の好きな人、だからである。彼が俺の、初恋の人、だからである。――するとユンファさんは、あえかな声でこう答える。
「……いい、え……いいえ……」
「……、…よかった…、……」
俺はひとまずの安堵をした。
そうして俺は改めてぎゅっとユンファさんを抱きしめるが、彼は虚ろな声で「ごめんなさい…」と俺に謝ると、
「でも、もう…大丈夫…です…。ごめんなさい、ご心配を…ご迷惑…ごめんなさい、ごめんなさい…――もう、僕は…」
と俺の背中から腕を退かし、背中を後ろへ引いて、俺から離れようとする。彼はこれ以上俺に甘えてはいけないと思っているのである。しかし、ユンファさんの体はまだガタガタと大きく震えている。精神のほうも先ほどよりかはマシかもわからないが、あくまでも「マシ」という程度ではないか。
俺はぎゅっと彼を抱きしめて離さない。
「駄目、まだ大丈夫じゃない…。これは俺の我儘です。ですから、もう少しだけこのままで……」
「いいえ…ぼく…僕は大丈夫です…、僕は大丈…」
「大丈夫じゃない、貴方はまだ全然大丈夫じゃないんだよ、…貴方がわからないのなら、俺が教えてあげる。……」
俺は一旦鼻から息を吸いこんだ。
今のこの勢いのまま続ければ、俺は怒っているような声を出してしまいそうだった。だが、俺はいま優しい声を出さなければならない。間違ってもユンファさんを怯えさせないように、だ。
ユンファさんの前ではこと直情的で、さらに癇癪 持ちの俺にはいささかの不安があった、が、落ち着いて…優しく…俺なら完璧にできる、だって愛するユンファさんのためなのだから――俺は心の中で自分をそう鼓舞してから、腹のなかでじっくりと響かせたやわらかい低い声で、彼の耳にゆっくりとこう囁く。
「貴方は今、とても辛いはずなのです…。貴方は今とても怖くて、悲しくて、不安で…貴方は今、とても辛いのです。――ですからユンファさんは今、全然大丈夫…といえる状態ではない。ユンファさんは今…全然、少しも、大丈夫じゃない……」
どうか伝わって……俺の腕のなかで震えているユンファさんの硬い背中を、俺はぎゅうっと強く抱きよせた。――すると多少は伝わったらしい、俺の腕の中で、ユンファさんが夢の中にいるような朦朧とした調子でこう聞いてくる。
「…ぼく……だいじょうぶ……じゃ、…ない…?」
俺は「そう…そうだよ…」と涙を呑んでこたえ、今のユンファさんにもわかってもらえるようにと根気強く、さらに同じ内容を繰り返す。
「…だから無理に、“僕は大丈夫”だなんて言ってはいけないよ…。…ユンファさんは今、全然大丈夫じゃない…。貴方は今辛いんだよ…貴方は今、とても、…っとても大丈夫じゃないんだ、ユンファさんは今、とっても辛いんだよ、貴方はつら、…――っ」
駄目だ、と俺は震えてしまう唇を一度固くむすんだ。――胸から涙の波が押し寄せてきて、今にも嗚咽してしまいそうだった。
「……ごめん、…」
違う、俺じゃない、
辛いのは俺じゃない、…俺が、今自分はとても辛いんだとわかってほしいのは、そのことを自覚しなければならないのは、ユンファさんだ。――俺が泣けば、きっとユンファさんは俺の涙に気を取られ、俺への心配を優先し、自覚するべき自分の悲しみを押しのけてしまう。今の彼からは悲しみや苦痛を奪ってはならない。
自分の悲しみを自覚するということは――今のユンファさんの状態ならばなお――結果として、その悲しみを癒やすことにも繋がるからである。
「……、ない、て……ないている…んですか…? だいじょうぶ…ですか……」
案の定、だった。
ユンファさんは意識が朦朧としているというのに、俺の涙に聡 く勘 づくと、今のとても誰かを気にかけてなどいられない状態でも精一杯俺のことを心配し、気遣ってくれた。
「ううん、…泣いてないよ、っごめ…、…、……っ」
……どうして、…どうして、どうして――どうしてこんなに心優しく、素晴らしい人が、…どうしてあんな目に、遭わねばならなかったの、?
涙をこらえて震えてしまう俺の背を、ユンファさんが力ない両腕で抱き――震えている彼の手のひらが、俺の背をゆっくりと撫でさする。
「……だいじょうぶ……だいじょうぶ……」
「……――っ」
大丈夫じゃ、ない、
……どうして貴方だったの、どうして貴方じゃなければいけなかったの、どうして――どうして、……
「っごめん、ごめんね、俺、…俺、そう、俺、俺辛いよ、…ごめん、貴方が一番辛いのはわかっているのに、……俺も、…っ辛くなってきちゃった、ごめんね、……」
俺の耳もとで、ユンファさんが「つらい…? つらい…つらい…」と虚ろな声で何度か繰りかえした。そして彼は、
「……だいじょうぶ、ですか……?」
と、俺が辛いんだと、また俺ばかりを気に掛ける。
虚ろながらも優しい声、そのたどたどしい質問に、俺は「違う、…」と悲しい力を込めて否定した。
「貴方だよ、…貴方が、貴方が辛いんだよ、…わかってユンファさん…――俺じゃない、貴方だ、…貴方が今、辛いんだよ……」
「……いいえ…」
「……、…え……?」
俺は一瞬思考停止し、目を見張った。
――「いいえ」と言ったユンファさんの声に、やわらかい笑みが含まれていたからである。
「……ぼく…いま……」
とユンファさんがやはりふんわりとした笑みを含ませて言う。
「……しあわせ…です……」
「……、…」
俺は仮面の下で唇を開けたが、…何も、言えない。
それは――ユンファさんの本心だと、そう俺の耳には聞こえた。…俺の瞳がくらくらと揺れ、俺の視界がくらくらと揺れる。
「……あなたが、…あなたが……」
とユンファさんが、俺の耳もとで、更にもつれ気味の舌で何かを言おうとしている。そして彼はこうやわらかい声で言った。
「……あなたが……おしあわせで……ありますように……」
ユンファさんのその声は、どこまでも清らかだった。心からの祈り、微笑する聖母マリアのような神聖なやわらかさをもつ、とても美しく無垢な声だった。
「……、…、…」
俺は、仮面の下で唇を開けたまま、やはり、何も言えない。
そして、それは今のユンファさんの、精一杯の「貴方が好きです」だったのだ。しかし自分の関与しない「貴方が好きです」だったのだ。更にいえば、彼の精一杯の「ありがとう」だったのだ。
俺はユンファさんの片耳の側に片耳を寄せるほど、ぎゅうっと彼を強く抱きしめ直しては、彼の後ろ頭を優しく撫でる。
「……貴方が、…っユンファさんが、お幸せでありますように、…誰よりも、誰よりも貴方だけは、お願いだから、貴方だけは、お幸せでありますように、……」
俺のこれも心からの祈りであった。
神にこの祈りが届くのならば、どうか、どうかと、泣きそうになりながらも真心から祈った、祈りという名の俺の切実な願いだった。
「……いえ……」
ユンファさんの力ない吐息のような声がそう言う。
俺の脇の下から回っているユンファさんの両腕が、彼の手が、俺のうなじの下の布をきゅ…とか弱く掴み、震えている。
「…もう…ぼく……もったない…しあわせ…です…」
「……お、俺は、……」
俺は悲しい怒りを感じている。
貴方は今、俺に抱き締められていることに、溶けてしまいそうだと思うほどの幸福を感じている。
好きな人に、俺に抱き締められている幸せ――だが、たったそれだけの幸福を、貴方はとても自分の身の丈に合わない幸せだと言う。…誰が俺たちの今のこの幸福を高望みの幸せだと糾弾するだろう、嘲笑するだろう、侮辱するだろう、許さないだろう、誰が、誰が…――誰が、俺たちの幸福を、奪うんだろう。
俺は絶対にそいつをゆるさない――。
「…っ俺はね、…」
俺はユンファさんをぎゅっと抱きしめながら、片目からほろと涙をこぼした。
「…俺は、貴方の絶対的な味方です、…貴方が仮に何か間違いを犯してしまったとしても、俺は絶対に、貴方の幸せを第一に考える絶対的な味方です、…そして俺は、貴方が悲しんだり、苦しんだりするようなことは、少しも望んでいない、…むしろ貴方が悲しみ、苦しんでいたならば、俺もまたとても悲しくて、とても苦しいよ、…今もとても、…とても辛いよ、――俺は、…俺はユンファさんには、この世界の誰よりも幸せであってほしい、…」
俺の目はきっと険しい。
俺の目からほろ、ほろと涙がこぼれる。
――赦 さないから、絶対に赦さないから、俺は絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、お前らをゆるさないから、――俺の愛する人を不幸にしたお前らのこと、俺は絶対に絶対に絶対にゆるさないから、
「っ例えこの世の、……っ」
俺は嗚咽がこらえきれずに言葉を切った。
……ややあって、はぁ…っと口から息を取り込み、俺はあらためてユンファさんに言葉の続きを真剣に、しかし詰まり詰まり伝える。
「…っ例え、例えこの世の誰が不幸になろうとも、…ユンファさんの、幸せのために、…例え誰が踏み台になろうとも、…俺は構わない、…例え、例えその踏み台が俺であったとしても、俺は構わない、――例え、…例え誰が、どれほど不幸になろうとも、…俺は、…俺はね、…ユンファさんにだけは、絶対に幸せでいてほしいのです、…」
ほろ、と俺の片目からまた涙がこぼれ落ちた。
「……、…」
「……、は、……」
……静寂、俺の喘ぎと、それから高鳴る――。
「……、…ぼく……」
トクトクと高鳴る、ユンファさんの胸の音。
彼の優しい指が、俺のえり足をひとつまみ摘む。
……俺は目をつむった。
「…ユンファさん…――俺は貴方を愛している、誰よりも…誰よりも、俺はユンファさんだけを愛しているよ、……貴方が好きだ、ユンファさんが大好きなんだ、俺…」
「……、…ふ……」
ふと微笑したようなユンファさんの両腕が、もう少し力をこめて俺の背をぎゅ…と抱きよせる。彼は、はぁ…と幸せそうな儚いため息をつく。
「……あなたが、だれよりも……おしあわせで……ありますように……。…あなたの、うでが……」
「……、……」
俺のまぶたの暗闇から、またほろと熱い涙が溢れ落ちる。
「……いま、だけ……、…おゆるし、ください……」
貴方が、どれほど、壊れてしまっているのだとしても――。
「…いいえ…。俺のこの両腕は…永遠に、貴方のお側に…――。」
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