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ユンファさんを仰向けに寝かせた俺はその人の隣で肘枕をし、もう片手のひらで彼の目もとを覆っている。
俺の手のひらの下でそのまぶたを閉ざしたユンファさんの、その両目のまつ毛がふるふると震えて、俺の手のひらをくすぐってくる。――彼の毛質のしっかりとした眉毛が刈りたての新鮮なさわやかな芝生 のようにチクチクとしている。そのやや熱い目もとはしっとりとして俺の手のひらに吸いついてくる。その目と目のあいだの高い鼻骨はごつごつとしている。
……俺は自分の手のなかにあるそれら全てを慈しみあたためている。
「…さあ…次にユンファさんのその目が見るもの、それとは――きっと、“夢”です。」
と俺は多少演技がかった丁寧な調子で言う。
「…それは俺が創り出した夢の世界……」
なお先ほど俺は「二人で創り出した」というようなことを言ったが、あえてここでその設定を変更しておこうと思う。――それというのは、むしろ俺のほうにそうした多少の強引性があったほうが、何かしらユンファさんの気持ちをなごませるような可笑しみもあることだろうし、またそのほうが、きっとその人の心にかかるプレッシャーも少ないはずだからである。
「……あぁところで、貴方はご存知かどうか知りませんけれど……」
さてこのようにして、俺はお得意のちょっとした馬鹿らしい演出をかけてみる。
「――実は俺、物 凄 く 悪 い 魔 法 使 い なのです。」
「……、え……?」
とユンファさんが、唐突な俺の「自分は悪い魔法使い」という自称を不思議がる。俺はわざとらしい「ふふふ…」と悪ぶった妖しい含み笑いを彼に聞かせる。
「だから仮面で顔を隠していたのですよ…。そしてそれだからこそ俺は、この暗がりでしかその仮面を外すことが出来ない…――“オペラ座の怪人”にも見るように、仮面を着けている男は大概悪い奴だと、そのように相場が決まっているものでしょう…?」
「……、…」
ユンファさんの肉厚な桃色の唇がなにか物言いたげにわずかに開いた。しかし彼は何も言わない。俺はこの暗闇のなかで微笑みながらこう続ける。
「そして“オペラ座の怪人”、そのエリックのように…俺は世にも美しい王子様…そう、貴方をこの暗闇の中へと連れ去り、そして此処に閉じ込めてしまいました……」
俺は今に即興で創ってゆく物語を、まるで幼子に絵本を読み聞かせるやさしい父親のようなやわらかい、丁寧な弁舌で語ってゆく。
「その悪い魔法使いは、自分の醜さを自覚していても尚、身の程知らずにも美しい王子様に恋をしてしまったからです…――美しい貴方に愛されないことをわかっていても尚…、俺は貴方という世にも美しい王子様と結婚がしたいからです……」
「……、…」
俺の手のひらの下、ユンファさんの片方のまぶたからにじみ出たあたたかい涙の雫が俺の手のひらに吸いつく。――俺は低いやさしい響きの声で物語りをつづける。
「…親にさえ愛されなかった醜怪 な男…、その世にも恐ろしい醜貌 を仮面で隠し…人目を避けて、この暗闇の中に一人ぼっちでいる他にはない孤独な仮面の男…――しかし暗闇を棲家 とするファントムの醜さは、その恐ろしい容貌のみに留まらない……」
俺はかの有名な「オペラ座の怪人」のエリック、そのファントムに多少感情移入してしまうところがある。俺のほうは決して容貌が醜いわけではないが、ファントムの孤独には俺の孤独な過去と共鳴するところがある。――俺の中には醜悪な獣が、その孤独なファントムが棲みついている。
「その容貌よりも何よりも恐ろしく醜悪なのは、その男の内側に潜んでいる貪婪 な獣の孤独な魂…――例えば人殺しをしようと、例えば貴方と貴方の美しい恋人との間を引き裂き、貴方のことをその恋人から強引に奪おうとも…――もはや手段など選ばず、美しい貴方という王子様を手に入れようと目論 む仮面の男……」
ここで俺は「ですから…」とユンファさんに甘ったるい声で話しかける。
「…王子様…? 悪い魔法使いのこの甘い声に騙されてはいけませんよ…。これを“天使の声”などと思うこと勿 れ…――ともするとこの声は、悪魔に魂を売った悪い魔法使いの“悪魔の声”かもしれませんから…、ね…?」
「……、…」
ユンファさんのその肉厚な桃色の唇が、また何かものを言いたげに薄く開いた。その上下ともふくよかな唇は、何かしらを言葉にしたそうに小さい開閉を何度かくり返したが、やはり彼は何も言わなかった。
「…ふふ…何か仰言 りたいの…?」
と俺が聞くと、ユンファさんは「貴方は…」とかすかな弱々しい声で言う。
「…貴方は…本当に…“悪い魔法使い”、ですか…」
むしろそれを否定したそうにそういうユンファさんだが、俺は「ええ」となかばおどけた風のしずかな声で言う。
「俺は悪い悪い魔法使いです。…そしてその悪い悪い魔法使いの俺は、世にも美しい王子様である貴方に、先ほど“ある悪い魔法”をかけてしまったのです……」
「……悪い…魔法…?」
まるで親の読み聞かせる絵本の物語に夢中になっている幼い子どものような、わずかに怯えたような無垢な調子でそう聞きかえすユンファさんに、俺は「そうです…」とそれらしく読み聞かせをする大人の、盛り上げるためにちょっとだけ彼を脅すようなわざとらしさをもって肯定する。
「…そう…“悪い魔法”です。…悪い魔法使いのその“悪い魔法”のせいで、王子様はたちまち眠りに落ちてしまいました…――そして、王子様がその目を開けたそのときにはもう…王子様は、悪い魔法使いが創り出した暗闇の夢の世界に拐 われてしまったあとだったのです。…この夢の世界には悪い魔法使いと、世にも美しい王子様の二人しかいませんから、王子様がどれほど大声で“助けて”と言っても、誰も王子様のことを助けてはくれません……」
「……、…」
俺の手のひらの下から溢れたあたたかい涙は、つーとユンファさんのこめかみへ伝い落ちていった。
「そうして悪い魔法使いは…自分が創り出した暗闇の夢の世界に、美しい王子様を連れ去ってしまいました…――それどころか…」
「……、……」
そこでユンファさんがわずかな動きでその顔を横に振った。しかし俺は物語りをつづける。
「魔法使いは、もう一つ王子様に“悪い魔法”をかけていたのです。…それは…――“王子様が眠りから覚めたとき、一番最初に見た者に恋をしてしまう”という魔法…――この手を退かしたその瞬間、貴方のその美しい両目に映るもの…――それは、悪い魔法使いの俺が創り出した夢の世界…、夢……、………」
……俺はそっとユンファさんの目もとから手のひらを上げ、現れたその人の閉ざされたまぶたを見下ろす。
「……、…」
するとその密生した黒い長いまつ毛、その艶美な黒い扇がゆっくりと少しずつ上がってゆく。
薄くあけられた伏し目から徐々にその全貌をあらわすその黒紫の美しい瞳、やがて力なくも開けられたその切れ長の両目――彼の透きとおった紫いろの瞳には、夢のような極ちいさな星々と青白い月の円 かな光が宿っている。
「……はぁ…――。」
ユンファさんは静かに息を呑んだ。
彼の潤んだ瞳の紫の夜空のなかに浮かぶ蒼い月、星々はゆっくりと巡っている。
「……ふふ…この俺が創り出した夢の世界は、お気に召していただけましたでしょうか…世にも美しい王子様…?」
「……、…」
ほろ、とまなじりから涙をこぼしながら隣の俺のほうへ向いた彼の顔、彼のその透きとおった紫の瞳が俺の目を見る。
……まだ涙は止まらないようだが、随分落ち着きをとりもどした静かな目をして俺の目を見てくるその紫の瞳には、星々や月ばかりか、俺の瞳の青白い光の欠片も小さく宿っている。
「…何が見えました…?」
と俺はその美しい“タンザナイトの瞳”にうっとりとしながらそっと尋ねる。するとユンファさんも、俺の青白い光を放つこの瞳にどこかうっとりと見惚れながら、吐息っぽいかすかな声でこう答える。
「……夢…星空、…それと…貴方が…、貴方の…綺麗な、青い目が……」
「……ふふ…、……」
ユンファさんはまるで夢を見て…――いや、すっかり俺の創り出した夢の中にいる瞳で、俺の目を見つめ返してくる。――俺は微笑んだ。
「ええそうなのです…、眠りから覚めた王子様が一番初めに見たものとは、そう…、ふふふ…悪い魔法使いの男の、この魔力を宿した瞳でした…――どうも初めまして…悪い魔法使いの俺に拐われてしまった、世にも美しい王子様…――俺はこの暗闇の夢の世界に住んでいる、とっても悪い魔法使いです。」
「……、…」
ユンファさんはあたかも俺に拐われてきた王子様のように、どこか不安げながらも透きとおった無垢な紫の瞳でぼんやりと俺の目を眺めている。
「…おやおや…どうやら王子様は、悪い魔法使いの魔法にかけられて…――俺に恋をしてしまったようですね。…」
「……、ぁ…――あの、…」
はたとユンファさんが俺の目を見ながら眉をひそめ、申し訳なさそうに眉尻を下げる。彼はまた「ごめんなさい」と俺に謝ろうとした。自分なんかが俺に恋をしてしまってごめんなさい、と。――しかし俺は悠々と微笑んでそれを言わせない。そのためにこの「悪い魔法」を彼にかけたのだ。
「…そして世にも美しい王子様は、悪い魔法使いの…そのとってもとっても悪い魔法のせいで、悪い魔法使いの男に恋をしてしまったのです…――ね、ユンファさん……」
俺はユンファさんのその澄明な紫の瞳を見つめながら、かけ布団のなか、彼のみぞおちに力なく置かれていたその人の片手を取り、その爪の根もとにちゅ、とキスをした。
「…貴方の恋心はね…つまり全部俺のせいなのですよ。…俺が貴方にかけた悪い悪い魔法のせい…、ですから、どうぞご自分を責められませんように……」
「……そんな…、……」
俺の目を見るユンファさんの瞳がくらりと揺らいだ。彼はかすかに悲しそうな顔をした。――俺は目を細めて彼に笑いかける。
「…それに…この夢の中では、全てがゆるされます。人には時に自分の悲しみに浸り、何の気負いもなく涙を流す時間が必要なのですよ…――そう…それは例えば、こうして自分で創り上げた悪夢の中でばかりは、恥も外聞 もなく泣き叫んでいる俺のようにね……」
「……じゃあ此処は…悪夢の中、なんですか…?」
ユンファさんはそれを否定したそうだった。
いや、むしろ俺にそれを否定してほしそうだった。
――しかし、それを決めるのは俺ではない。
「…そうかもしれませんね。違うかもしれませんが…ふふ…貴方が素直に涙を流せる夢ならば、結局のところはどちらでもよいのです。…此処ではご自分の涙を堰 き止めようとはしないでください。…悲しいのならば、ご自分のその悲しいというお気持ちを決して否定しないで、今はありのまま受け容れてください。――俺は悲しんでいる貴方を抱き締め、貴方の頭を撫でて慰め…貴方の涙を拭き…、そうして俺は、貴方の綺麗な涙を独り占めしたいのです。」
とユンファさんに微笑みかける俺は、彼の胸板のうえでその人の片手をやさしく握りこむ。
「…そのために俺は、貴方をこの夢の世界に連れ去ったのですよ。――ほらね…随分身勝手な悪い魔法使いでしょう…?」
「……、ふふ……」
ユンファさんがその切れ長の目からまたほろ、と涙をこぼしながら微笑した。
俺の胸はその美しい微笑みにドキッとする。
彼は微笑をしたままたどたどしい調子でこう言う。
「…いいえ、悪い魔法使いさん…? でも…きっと貴方は…悪い魔法使い、なんかじゃありません…。それに此処は、きっと…悪夢でもありません…――僕、むしろ…叶うのなら、ずっと…此処にいたい……」
俺を見るユンファさんのその潤んだ紫の瞳、その幸福げにゆるんだ切れ長のまぶたには、夢見がちな甘い美しさや色っぽい火照りがやどっている。
「…誰よりも…誰よりもお優しい、神様のような貴方がいる…――此処にいたい…。叶うのなら、僕…ずっと、此処にいたいです…――ゆるされるのなら…僕、ずっと貴方のお側に、いたいです……」
ぽろ、と下になった彼のまなじりからこぼれ落ちた涙、その雫がチラと月の光を宿して煌 めく。
……その月の涙を見た俺の胸に、情熱的なある思いが迫ってくる。俺はぎゅっと彼の手をにぎり、彼のほうにこの顔をやや迫らせた。
「……俺もだ、…俺もだユンファさん…――ねえ、じゃあ俺と…、……」
しかし――俺はすんでのところで唇を閉ざし、言葉を飲みこみながら目を伏せた。
「……?」
「……、…」
じゃあ――俺と一緒に逃げよう。
俺はもう貴方をあのケグリのところへなんか帰したくない。…何も心配は要らないよ。今貴方が一人で抱えている問題の全てを、俺は、かえって貴方が望んでいる以上の形で解決してみせるから。……だから俺と一緒に逃げて。もうあんな奴のところへなんか帰らなくていいよ、貴方はもうこれ以上耐えなくていい、貴方はもう助かっていいんだ――。
「…はは、…いえ、……」
これを言えば――ユンファさんはきっとまたパニックになってしまう。
彼はもうすでに潜在意識からあのケグリに依存している。すると今夜に無理やりケグリのもとから彼を引き離すことは難しい。
――いや、それが不可能なのではない。
当然だが、俺は今夜に無理やりにでもユンファさんを連れ帰ることはできる。
しかし、それはあくまでも物 理 的 に は 可 能 というだけの話である。
……今や彼の絶対的な権威者であるケグリ、その男の許可もなく、彼を俺のもとへ連れ去るというその行為の危険性は計り知れない。――ここでその二人を無理やりに引き離したなら、おそらく彼はケグリの怒りを恐れて酷く不安になってしまうことだろう。
そうして不安になった結果、彼は安心をもとめて自らケグリのもとへと帰ってしまうか――悪ければ、自ら命を断ってしまうかもわからない。
いわくそういったものらしいのである。
それがたとえ誰の目にもあきらかな苦境からの救済、ある意味では奇蹟とも呼べる好機の訪れ、あきらかな幸福の展開であったとしても――マインド・コントロールをされている者は、自分をマインド・コントロールしている者、言うなれば自分の「生きる術 」を与えている者から引き離されると、精神の根底の部分で「このままじゃ(その加害者から離れたら)自分は生きられなくなる」といった、まるで喉もとにナイフでも突きつけられているかのような、激しい恐怖を覚えてしまうものらしい。
……たとえば…現にユンファさんは、ケグリのいないこの場所であってもなお、俺が差し出した柘榴 ジュースを一口も口にすることはできなかった。
言うまでもなく、飲食という行為は生命維持に必要不可欠な行為である。各々の本能から求める行為、肉体の枯渇から求める行為、すなわち水分を摂るも食事をするも、生死に係 わる生理現象にもとづいた行為である以上、その欲求を管理する者とはあくまでも生ける肉体をもった自分自身である。
もちろんそれも親が食事を与えなければならない、また躾の必要な子どもならば話は別としても、大人ともなれば飲食する・しないの選択はほとんど己の管理下におかれているものであり、本来ならばそれにおいての人の指図など絶対的なものとはならない。
――つまりその選択とは肉体の所有者である自分が決めるべきことであり、たとえ外野が何と言おうとも、その自然な欲求をコントロールするべきはあくまでも自分である。
しかし今のマインド・コントロールをされている彼にとって、ケグリの「命令」という指図は絶対的なものである。
彼はいまやケグリの命令無しには飲食ができなくなっているばかりか、ケグリの命令に「自分の認めない飲食は勝手にするな」というのがあるせいで――自分の意思での飲食はできない、あるいはそれには必要以上の責任がともなうもの(勝手に飲食をしたならお仕置きを受けるもの)と思い込んでいる。…つまり今のユンファさんは、自分の意思で飲食をするということにまで並々ならぬ罪悪感を覚えてしまうようになっている、ということである。
そして、その「自由意思での飲食が難しい」というのは悲しいことに、マインド・コントロールの束縛の氷山の一角である。
他の何かしらにおいてもユンファさんは、ともすれば彼自身にも自覚はなく、あのケグリの「命令」というものに依存していることだろう。
……すると…例えば俺が今ここで「一緒に逃げよう」と言っても――ユンファさんを助け出そうとしても――、彼はその言葉によってあの男の存在を余計に確かに思いだし、さらにはご主人様であるケグリを裏切って逃げる、自分の生殺与奪権を掌握しているケグリと引き離されるその可能性に不安を覚え、それを言われた瞬間にパニックに陥ってしまうかもしれない。
また仮に俺と逃げたところで、いまの彼の瞳の中に胡座 をかいているケグリ――絶対権威者であるケグリ――の存在、ケグリが彼の首に嵌 めた南京錠つきの首輪は、常というほど彼の意識につきまとってしまうことだろう。
ましてや……ユンファさんがケグリのもとから逃げ出すということは、彼にとって愛するツキシタ夫妻を見捨てる、ということを意味してもいる。とてもじゃないが今は応じてくれるはずがない。
もちろんこれで俺が無理やりに連れ帰っても、彼は酷いうつ状態に陥ってしまうことだろう。
……それは最悪――それでなくともケグリの元から逃げ出してしまった(俺に連れ去られた)というのに、これ以上ケグリを裏切るわけにはいかない、(離れていてはされるはずもない)お仕置きの内容がより残酷なものになってしまうのが怖いから、…また両親にも申し訳なくて申し訳なくて、とても自分なんかは食事をする権利さえない……なんて思考に彼が陥ってしまった場合、彼は餓死をするまで飲食物を摂ってくれないかもしれない。
もちろん栄養剤や点滴やと彼の餓死をふぜく方法などいくらでもあるが、その前にユンファさんの精神が今以上の崩壊をむかえてしまう可能性がある。
悔しいが、もどかしいが…ここはユンファさんのために慎重にならなければならない。――例えばツキシタご夫妻の生活や安全を保障したうえで、ユンファさんが俺のもとへ来ることを、彼のご主人様であるケグリが許すか、あるいはケグリの命令でその展開となれば、まだ多少はマシだろう。…またそうなれば、少なくとも彼にはケグリの命令に従っているという大義名分があるので、ケグリの怒りを恐れて不安になる、というのばかりは避けられるはずである。
……しかし…するといずれにしても、やはり今夜中にはユンファさんを救ってあげることはできない…――悔しくてため息が出そうだ。
「……、…」
「……?」
目を伏せて黙り込んだ俺を不思議がるユンファさんの視線に、俺ははたとその人の紫の瞳を見やる。
「はは…すみません、ちょっと考え事をしてしまいました…。……俺が“神様みたいな”だなんてとんでもない…、俺には奇蹟なんて起こせませんしね…――例えばもし…貴方の目には、俺が神のように見えたのだとしても……それはきっと、悪い魔法使いの俺が見せた幻ですよ…。俺はちょっとした魔力をもっているだけの、優しい神様のふりをした…悪い悪い魔法使いですから。はは……」
「……、…ふふ……」
きょとんとしていたユンファさんが微笑をしたその拍子に、その細められた切れ長の目からはまたぽろ、と涙がこぼれ落ちる。
「…いいえ…。貴方は、神様です…」
「……それは…どうかな、はは…、……――。」
俺は悔しいあまりにまた目を伏せた。
たとえば俺に奇蹟を起こす神の力があったなら、俺は今すぐにでも貴方をあのケグリの元から連れ去ってしまえるのに…――貴方の神様にはなりたいが、結局俺はただの無力な人間なのである。
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