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「………と…――俺はずっと貴方にそう言いたかったのです。」
「……、…、…」
ユンファさんの目を伏せたままの眉目が翳る。
――『いや…違う』と彼の黒い瞳が曇る。
その人の白い切れ長の上まぶたがゆっくりと下りて、ゆっくりと少し上がる。――『彼、一人称が、“僕”になっていた…、結構昔の話なんだろうか、いや、でもいつの話にしても、…きっと彼は、人違いを、している…。僕が、誰かの手を包み込む…? そんなロマンチックなこと、僕が、するはずがない……』
そうたどたどしく呟いた彼の黒い瞳には、あの日のことを思い出したような、ひらめいた輝きは一向見られない。
「……、…――ふ…、………」
俺は諦めて目を伏せた。危うく泣き出しそうになってしまった。――あの日、本当に貴方は俺にこうしてくれたんだ。
真実なんだよ…――俺は密かに期待していた。
あるいは忘れている様子でも、ユンファさんがあの日の何かを少しでも思い出しくれることを、俺はひそかに期待していた。――といっても仕方がないことだ。
俺だってこのように背もうんと高くなり、この手も初恋の人の片手が包み込めるほど大きくなったのである。――それはそう、あの日が十一年前の古い過去であるからこそなのだ。
ユンファさんが忘れていても仕方がない。
……どうやら「十一年前」という真実を言う前にも、丁半の結果は出てしまったようである。
なるほどね……。
――嘘が必要だ。
いずれ俺はあらためてユンファさんに「十一年前の真実」を話して聞かせることだろう。
しかしその際には真実に織りまぜた「嘘」が必要である。
たとえばこの件における嘘ならば、ユンファさん「が」俺の手に触れてきた――という真実ではなく――俺「が」、ユンファさんの手に触れた。
そして俺は彼のその綺麗な手にまで惚れ込んだ。
なぜ嘘が必要か――?
十一年前のあの日――その真実こそは、俺がユンファさんに誰よりも、何よりも信じてほしい「真実」だからである。
俺はこの美しい手にもまったく惚れ込んだのだという、俺の強い憧憬の初恋の記憶を彼に信じてもらうために、そうした少しの嘘が必要なのである。
もちろん俺もやがてはその「真実」をありのままユンファさんに語ろう、むしろ語るべきだろうとは考えているが、俺の真実の全てを今のユンファさんに伝えるには、どうしても根気のいる時間が必要になってくる。
……俺たちが共に過ごす時間の長さにしたがい、俺とユンファさんとが堅固な信頼関係を築きあげることができれば、すなわち俺の言葉をほとんど信じてくれるようになったユンファさんにならばあるいは――俺は、俺の十二年前の夢をもふくめたすべての真実を、彼にありのまま打ち明けられるかもしれない。
しかし十二年前の夢のほうはともかく、あの日のことに関してはそう時間をかけて伝えるわけにはいかない。というよりか、きっと俺が我慢できないだろうからだ。――今だって俺は、本当はユンファさんにあの日のことを話したくて話したくてたまらなかったから、話したのである。
だから――あの日のことが真実であるとユンファさんに信じてもらうためには、少しの嘘が必要だ。
どうしても信じてほしい。あの日のことは二人にとって、いや、…俺にとっては何よりも重要な真実なのである。その真実こそは真実でなければならない。
信じてもらえない真実など所詮は嘘ともなり下がるものではあるが、俺はよりにもよって初恋の美男子にあの日のことを嘘と見なされてしまうのだけはとても我慢ならない。
嘘と思われてしまっては何の意味も無い。
――仮にもユンファさんにあの日のことを嘘だと見なされてしまったなら、それこそはあの日に再び生まれた俺という存在、俺の命が嘘だとか、無意味だとか、無価値だとかと見なされてしまうようなものだ。
もはやそうなれば俺という人の存在否定ですらある。だから耐えられない。
――今のユンファさんには嘘が必要だ。
真実というものは時として何よりも強力で巨大で、ともすれば何よりも受け入れがたいものである。
……こと過去において、人は「今」という現実に則したものをしか真実とは見なさない。たとえば過去にはもうすでに空飛ぶ車が空を自由にかけ回っていた、というのを提唱する者がいたとしても、誰もが「嘘をつくなよ」とその者をあざ笑うことだろう。
今にはまだ空を飛ぶ車の技術などなく、仮に技術はあったとしても、まだまだそれの実用化は程遠いからである。いや…――「程遠い」と人々が思いこみ、今にまだ実用化も何もされていないその車が、まさか今よりも技術力の劣っていた過去の時代にあるはずがない、と決め込んでいるからである。
しかし誰がありのままの真実を知っているのか?
――その過去の時代を生きたわけでもない現代の人々が、「過去には空飛ぶ車なんてなかった」と、どうして言いきれるのか?
歴史に残っていなかったからとはいっても、たとえばその技術は何らかの理由で埋 もれてしまっただけかもしれない。あるいは過去本当にそれはあったが、その技術力をどこぞの国が国家秘密としてあたかも端から存在しなかったかのように隠蔽しているだけかもしれない。案外俺たちの知っている普遍的な歴史とは「偽史 」かもわからない。――まあこのような例えであると、どうも都市伝説的なロマンたらしい話になってしまってあまりよくはないが、……いずれにしても、すべての人の中には「あり得ない(現実的ではない)」という思い込みがあり、そして、人はしばしば自分のその思い込みをもって真偽をジャッジしてしまうものなのである。
そしてそれはユンファさんも同じではあるが、彼の場合はなお悪いといえる。
今の彼の「真実」はあのケグリ、彼のそのすべてを諦めた伏し目が見据えているものはケグリが見せている虚構の現実、その人の“タンザナイトの瞳”は、もうとてもではないが甘い夢など見られやしないと、ひたすらにケグリの創りだしたまやかしの事実を見留めている。――彼は今や朗らかな好青年だった頃の自分をさえ忘れている、いや、今の彼は過去の健全だった自分を直視することがとても辛いので、「過去の自分」に目を塞いでいる。
だから今もユンファさんは『僕がそんなロマンチックなことをするはずがない』と決め込んでしまった。
それこそ今のユンファさんに、俺がどうしても真実として信じてほしい「十一年前の真実」をそれと捉えてもらうためには――嘘が必要だ。
今の貴方には嘘が必要だ。
あたかも真実と聞こえる嘘が、必要だ。
――しかし、貴方に俺の真実をそれと信じてもらうために――俺にも、嘘が必要だ。
……そのことがわかっただけで、今は良しとしましょうか――。
俺は目を伏せたまま、ユンファさんの片手を両手で包み込んだままに微笑してこういう。
「…ふふ…俺は夢想家 なのです。…きっとユンファさんは今、どうも身に覚えがないと困っていらっしゃるのでしょう…――ですが、それは貴方が覚えていないだけのこと…。間違っても“人違いだ”などとは思われませんように……」
ここで俺は微笑をしたままつーと瞳だけを上げた。
ユンファさんは図星を突かれたと若干バツが悪そうな顔をして俺を見ている。
「…これは俺ばかりのことではなく、およそ誰しもがそうでしょうけれども…、まず貴方の、その唯一無二の美しい瞳を見間違えるはずがないのです…――ふふ…貴方はご自覚されていらっしゃるかわからないが、貴方のその瞳は唯一無二だ。」
「……、えっと、それは……」
とユンファさんが困惑して目を伏せる。
「…た…確かに、たまに“変わった瞳”だと言われることは、…あ、あるんですが……」
「…“変わった瞳”、ね…、……」
変わった瞳――? それどころではない。
――ユンファさんのその美しい神秘的な瞳は、代々五条ヲク家の当主が受け継いできた、いわば特別な“タンザナイトの瞳”なのである。
まあ実は唯一無二というといささか言いすぎではあるのかもしれないが(五条ヲク家当主が引き継ぐ瞳である以上、彼の実母であるチュンファ氏や彼の祖父もこの瞳をもっている。…が、俺にとってはユンファさんのその瞳は間違いなく「唯一無二」だ)、しかし、少なくとも世間一般のヤマト人が持ちうるはずもないこの瞳の特徴とは、言うまでもなくその多色性である。
「…ご存知でしたか…? 貴方の瞳の色は…あらゆる光と影の加減によって、神秘的にも様々に色が変わるのです。…そう…まるでタンザナイトのようにね……」
「……、は、はあ……」
ユンファさんは伏せられたその黒い瞳で『そもそも』といぶかる。『今、この雰囲気では聞けない、が…タンザナイトって、何だ…? というか、そうなのか……?』
「でも、僕の目ってその…薄い青、というか…紫、というか……?」
「…ふ……」
やはりその瞳の多色性の自覚はなかったようだが。
しかし、そもそもその瞳の色が薄紫色というだけでも、一般的に黒〜茶の瞳をもつ人が多いこのヤマト人のなかで、やはりその色とはとりわけて珍しい色である。
「何にしてもね…そもそも薄紫色の瞳というだけでも、貴方は随分珍しい目の色をしていらっしゃる…。人違いだなんてまさか…俺がその美しい瞳をもつユンファさんと他の誰かとを見間違えるはずはありません。そうでしょう…?」
と俺が優しい声で確かめると、ユンファさんは目を伏せたままやや渋々といったように「そ、それは…」
「……そう、かもしれません…」
「ええ。…しかしまあ…貴方は何も覚えてらっしゃらない…、ふふ…勿論それでよいのです――つまるところが…貴方が忘れてしまわれるほどの昔に、俺と貴方は出逢っている…ということですよ……」
「……、…」
ユンファさんはその伏し目のなかで迷っている。
――『どの話が、本当の話なんだ…? 遠巻きにしか見られなかった…、それとも、随分昔に会っていて、僕が彼の手に触れた…、あるいは、どちらも、…彼の……嘘……?』
「…訝られるのは当然だ。俺は嘘を吐 いたのです。…けれども――今はどちらが嘘で、どちらが真実であるのか…、あえて秘密にしておきましょう。…勿論、いずれ俺は真実を貴方にお教えしますからね、ユンファさん…、……」
俺は両手で包みこんでいるユンファさんのその片手、その人の中指の爪の腹にちゅ…と口付ける。
「……、…はは…俺は全く、どうしようもない大嘘吐きだな…――。」
先ほどに「遠巻きにしか見られなかった」などと嘘をついておいて、今度は真実を語って、何が真実で何が嘘なのか、今ユンファさんは逆にその真偽がわかりかねている――しかし、今はまだそれでよいのかもしれない。
嘘と真実の中間にあるものが夢である。
夢は嘘ではない。――しかし嘘は夢なのである。
嘘か真実かと決めつけられる前の嘘は夢である。
嘘だったという真実が明らかになる前の嘘は、嘘ではないのだ。
嘘か真実かの確証のない嘘は嘘ではなく、夢なのである。――嘘吐きの俺が吐いた嘘は嘘であり真実ではないが、その真実が彼の目に映されるそのときまでは、嘘は嘘ではなく、「愛のこもった夢」なのである。
俺の背に張り付いた蛹 のなか、それの魂が目覚めるそのときまでは――嘘とは夢なのである。
ティロリロリロン…ティロリロリロン……――。
「……、…」
おやおや……遠くから何か耳障りなメロディが聞こえるね。
××× ××× ×××
(「鍵」のほうにも記載したものとなりますので、そちらでお読みくださいました方はひょひょいっとトバしてくだせぇませ〜〜!)
いつもお読みいただき&応援ありがとうございます…!♡
まずはアップがちょっと遅くなってしまってすみません(´;ω;`) ひそかにそ〜っとやさし〜くお待ちくださっていた皆さま、ありがとうございます…!
実は私生活がめちゃくちゃ変化の連続で忙しかったのもあるんですが、改めて自分の夢(商業デビュー)について考えてしまったらまああた性懲りもなく迷宮入りしちまい、「少しずつだけど皆さまから応援のリアクションはいただけてる(ありがとうございます)、でもこのペースでいって本当に夢叶うんか…?」となってしまい、…というのも実は小説家になろう(ムーンライトノベルズ)のほうでランキング入り! やった〜〜! →下の方に入って終わり、それっきり、みたいなことがありまして……。
いやとはいいますがね、実は我が迷宮入りしているあいだにまたランキング入ってたみたいなんすけど……(じゃあおれなんで迷宮入りしてたの…?)。
そんなこんなでなんやかんやあって我メンタルめしょめしょ(ほんとザコメンタルすぎあたしっていっつもそうよ!!)、かつどシンプル私生活の多忙のせいで我ひ〜んひ〜ん♡♡ みたいになっており、我書けるだけのタイムえんパワーがありませんでした…ちんち…陳謝……謝謝…!
というかですね、ふつ〜〜に杞憂オブ杞憂だったなぁお〜〜このザァコ♡♡♡ と思ったのが、「どぉせぼくの夢なんて叶わないの…もぅむり…この真夜中に禁断のスーパーカップ豚骨味むさぼってやるぅ……っ(※にんにくアレルギーの癖に)(※やけ食いのために薬飲む暴挙)」とかなんやかんやメソメソやらかしているあいだに、なんと皆さまが僕にいっぱいリアクションをプレゼントしつつ待っていてくださっていたっつーことで、…ほ〜〜〜んとにくだらねぇ杞憂ぶちかまして申し訳!! 謝謝!!
なんつ〜かあたい、なんなんだあたい…?
うわ〜なんだこいつ〜〜!! って指さしあざ笑ってください゛、快感なんです゛、お願いします゛!!
まあということで多分なんかこの鹿そのうち夢叶えると思います! い〜〜や僕は絶対に夢かなえるね!
もちろん皆さまのおかげでね…𝓛𝓸𝓿𝓮 𝓕𝓸𝓻𝓮𝓿𝓮𝓻…
あと多分なんだけどさ、僕に足りてないのって運kだと思うんです!! 神様運kください!
ちなみに僕ってすぐめしょめしょするけどふっ切れも馬鹿みてーに早いため、こんな感じでふっ切れ居直り丸をいたしましたので、多分今日からはまた(執筆に詰まらなければ)なんとか早めに上げられると思います! 多分ね! ぼくの遅筆が火を吹かなければね! 僕の右腕(遅筆)が火を吹かないように祈っといて!
さて改めて皆さま、いつも本当にありがとうありがとうありがとうございます! ♡♡♡ こんな話をしてうざったかったらごめんなさい、皆さまのためにがんばりますしか! パワーッ
みんな幸せにしかっ!
あずま!
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