680 / 689
140 ※ ※微モブユン
ティロリロリロン…ティロリロリロン……――。
遠い場所から突如として聞こえてきたこのチープなメロディは、俺が耳を澄ませて聴けば、なるほど聞き取りやすい甲高い木琴 の音のみで構成されている。
しかしたしかにアルファ属の俺の聴力は狼並みに鋭いが、このチープなメロディはおよそかすかにもユンファさんの耳にも聞こえていることだろう。
この甲高いキンキンとした木琴の音は、たとえその音の発生源が俺たちからは遠くとも聞こえるように、意図的にそのような聞き取りやすい高い音域で構成されている――言うまでもないことだが、このメロディというのは「着信音」でほとんど間違いない。
……それだからその軽快なメロディと同時に、ヴーー、ヴーー、という低い鈍いバイブレーションの小きざみな音も聞こえてくる。
よっぽどの騒音に鼓膜が満たされてでもいない限り、まず聞き逃すことはないであろうある種特異なこの二つの音は、ティロリロリロン…ティロリロリロン…今だ早くしろ、今だ早くしろ…と同じ命令をひたすらに繰りかえし、ヴーー、ヴーー…何をぼーっとしている、早く我を殺せ、早く我を殺せ…持ち主が自分の息の根を止めるまで喚 くのが己の使命と、早く殺せと死ぬまで本能を急かすような金切り声をあげつづける――あるいは、ある意味での赤ん坊のようなものとも例えられる。
日々三時間も眠れていない母親が自然心地よい眠りに落ち、疲労の度合いからしてもやっと得られた束の間の安息の深い眠りのさなかにおいても、結局は赤ん坊の泣き声 を聞くと耳から本能を刺されるように刺激されて飛び起き、また我が子の世話にいそしむ他にはない――といったような、種類はさまざまあれど本懐はすべて同じ――このメロディとバイブレーションの音は、少なくとも現代人のそのほとんどが本能的に精神を急き立てられるに違いない。
ティロリロリロン…ティロリロリロン……――。
「……は、…、…、…」
……これを聞いたとたんにユンファさんが怯えた険しい顔をし、眉をひそめながらその目もぎゅっとつむる。彼はベッドのかけ布団のなかで俺と向かいあったまま、その肩を丸めるようにして震えながら縮こまっている。
ユンファさんのこの反応からも見るように、今着信をうけているのは俺のスマートフォンではない。
そもそも俺のそれはサイレントモード(着信の折にも無音・無振動となる静音モード)に設定してある上、俺はこのようなメロディなど聞き慣れない。
――今着信をうけているのは間違いなくユンファさんのスマートフォンである。
またこの音がアラームということもあり得ない。
アラームならば彼がここまで怯えるはずがないのである。――ましてや風俗店のキャストたちは、接客の終了時刻なん分か前にアラームを設定する人もいるそうだが、しかし今宵のタイムリミットが来たにしてはまだあまりにも早すぎる。
……更にいってそうともなれば、今ユンファさんに電話をかけてきているその人物というのも、まず『DONKEY』のスタッフではないことだろう――風俗店のほとんどは終了時刻かその少し前かに、スタッフがキャストに電話をかけて確認を取るそうである――が、仮にそうであったならば何かしら急用であるというのに、……
「…んふ…、…ユンファさんのスマートフォンが鳴っていますけれど…――お電話ではない…? 出なくてよろしいのですか……?」
「……、…、…」
ユンファさんは何も答えない。今やそうした余裕さえもないのである。
目をぎゅっとつむったまま小さく縮こまり、青ざめたその顔に冷や汗をかきながらただ震えているユンファさんの心臓は今、凄まじいストレスを受けて、痛々しいほどにドクドクドクと強く速く動悸している――人がしばしば朝の訪れを知らせるアラーム音を忌み嫌うのは、その特定のアラーム音に心身の嫌な記憶や緊張の感覚などが紐帯 しているせいである。要するにそのようにして、彼にとってもこの着信音は恐 ろ し い 何 か と結びつけられているということだ――。
……とすると彼はもうすでに、自分に電話をかけてきているその人物が店 の ス タ ッ フ で は な い ことをわかっている、ともいえる。そもそもこのスイートルームに来てすぐのとき、あれほど平然と通話をしていた店のスタッフ相手に、彼がこれほどの恐怖を覚えるはずもない。
要するにユンファさんはこの着信音を、その恐ろしい「特定の誰か」とわかるように――およそその「特定の誰か」から着信を受けたならば、即座に応対せねばならないために――、個別に設定しているということである。
さすがに回りくどいかな――。
ついこういう「探偵ごっこ」を楽しんでしまう癖があるのは、一つ俺の職業病でもあり、一つ頭脳戦が好きな俺の生来の悪癖 ともいえるのかもしれない。
「…俺が思うに…、今、ユ ン フ ァ さ ん の ご 主 人 様 が お電話をかけてきているのでは……?」
と俺はニヤニヤしながらようやっと核心に触れ、ユンファさんの出方をうかがう。
「……ッ、…、…、…」
すると彼はビクンッと肩を跳ねさせ、目をつむったまま恐怖した青ざめた顔をコクコクコクと浅くも何度も頷かせる。――そして彼は怯えきった精いっぱいのかすかな声で、
「でも…でもいいんです…、無視、して……」
……どうやら彼はケグリからの着信に応じるつもりはないらしい。――しかしこの怯えようでは、俺にはどうもその判断が正解とも思えない。この展開にどう対処するべきかを探るため、俺はユンファさんの引かれた顎をつまみ、くっとその顔を上げさせながら、
「少しだけで構いませんから、目を開けてください」
と頼む。
すると、おそるおそると彼の震えている上まぶたが薄く開く。怯えきっているその人の黒い瞳に映った感情、その理由、…なるほどね…――。
ユンファさんはまずケグリの電話に出なければ、それはそれで「お仕置き」を受けてしまう。
しかしそれがわかっていてもなお電話に出たくない、いや、出ようにも出られない理由というのはそう、彼がケグリの命令――彼に惚れている(だろう)客の俺を醜態をもって失望させ、恋やら愛やらのロマンチックなムードをぶち壊し、性奴隷として俺に強姦されろ、…つけ加え、お前は「チョロいバカオメガ」なんだからアルファ男の俺にちょっと優しくされたくらいで惚れるなよ、という例のバカケグリの嫉妬からの命令――を遂行できなかった、…というよりか彼はあの男の命令をきちんと遂行はしたものの、結果としては「失敗」してしまっている。
つまり今俺とユンファさんとはケグリが望んでいた険悪な雰囲気でも何でもないどころか、かえってある意味ではあのバカケグリのおかげで、俺たちははじめよりかもっと仲を深めた状態、いわばケグリが「最悪の事態」と想定している状態――ケグリの命令とは真反対の状態――である。
なんなら彼は叶わないとは思いつつも俺に恋をしてしまっているし、俺は俺で「性奴隷のユンファ」をさえ全面的に受けていれて愛してしまっているし、よっぽどはじめの「作られた本当の恋人同士」の雰囲気よりか、今のほうがそれらしい甘い雰囲気、それらしい甘い関係性と相成ってしまっている。
……というのを踏まえた上で、まずユンファさんはノダガワの家に帰ってから俺が指示した嘘をケグリにつくつもりではあるのだが、しかし今のこの「失敗状態」でケグリの電話に出てしまえば、その嘘 が 嘘 だ とケグリに露呈してしまう可能性がある。――という懸念から、ユンファさんは「(電話に出なければそれはそれでお仕置きをされてはしまうが)今は無視するしかない」と考えている。
それこそお仕置きをされる原因が二つに増えて、余計にそれの内容が残忍なものとなるよりかは、「あのとき犯されていたので電話には出られませんでした」くらいのことを言って、その原因を一つにしておいたほうが、よっぽどマシだというのである。
……と、ここで着信音がやんだ。
まあいい。かけ直せばよいのだから。
俺はユンファさんの不安げに怯えた黒い瞳を真剣な思いでまっすぐに見据える。
「早いところ電話をかけなおしましょう。…俺には策があります、俺は貴方を助けたいのです。――ユンファさんもどうか俺に協力してください。」
「……、…」
しかし何ともいえずにふと目を伏せたユンファさんは、こみ上げてくる不安と恐怖と罪悪感から逡巡 している。――やはりいざとなるとご主人様であるケグリをだまくらかすというのには抵抗があるようだが、…しかしこれはあくまでも彼の安全のために必要なことだ。と俺は強引にこう押し切る。
「これは命 令 だユンファ…俺の指示に従いなさい。」
「……、…はい…――。」
すると今度ばかりは幸いにも、俺の目をふと見たユンファさんの黒い瞳が、性奴隷のすべてを諦めた隷属の虚ろさを帯びる。――といっても俺はまだ若干ある懸念が拭いきれないが、何にしても時間がない。俺はユンファさんのその瞳を真剣に見つめる。
「では…――俺 た ち は 今 か ら セ ッ ク ス を し ま す 。構いませんね」
「……え……?」
とユンファさんは目を瞠っておどろいたが、
「ぁ……、ぁ…はい……」
じわりとその白い両頬をあわい薄桃に染め、とたんに期待に潤んだ目をはにかんで伏せる。
「…わ、わかりました…。勿論、…勿論…抱いて、ください……僕なんかで、ょ、よろしければ……」
「……んぐかわぃ、…いえ、…というのも…――。」
……それでは、今から大急ぎでユンファさんに計画内容を伝え――早急にセ ッ ク ス を 始 め よ う か?
×××
ユンファさんは夜空の帷 に包みこまれたベッドの上で四つん這いになり、後ろから俺に腰を掴まれて犯されている。
「…あっ…あっ…あっ…あっ…」
ギッ、ギッ、ギッ、ギッ、ギッ、――ベッドスプリングが呻 くのと同時、俺の恥骨が自分のお尻に打ちつけられるたびに官能的な声を発するこのユンファさんは、…先ほど自分のスマートフォンを、おそらくはソファ近くの床に置いていたバッグから取って、そして再び俺の待つこの遮光カーテンに囲われた暗がりのベッドに戻ってきたのである。
ティロロロ…ン、ティロロロ…ン――。
四つん這いになったユンファさんの両手のあいだに置かれている彼のスマートフォンからは、電話の発信音が鳴っている。彼は俺の指示をもって、相手の声が俺にも聞こえるようにとそれをスピーカーモードにしているのである。
ティロロ…――プッ。
「あっ…あっ…ぁ、もっもしもし、ご、ご主人様…」
数回のコールで電話が繋がった。
ユンファさんの緊張気味の呼びかけに、その人のスマホからは案の定ノダガワ・ケグリの応える声が聞こえてくる。
『…ユンファか?』
と、不機嫌そうなケグリのこの低い声は、やはり肉声よりももっとザラついたノイズを帯びている。
「は、はい…っユンファです、…あんっ」
『…何だ、ヤっとるのか?』
「…ん、はい…はぁ…、はぁ…ご、ご主人様…、あぁ…あ…、あ…っ」
ユンファさんはケグリの問いかけを喘ぎながら肯定すると、俺が掴んでいるその細い腰をくねらせ、たっぷりと媚態 を含ませた声でこう続ける。
「ゆ、ユンファ…ユンファの、…おちんぽ大好き淫乱ぉ…おまん、こ……、ご主人様の、ご命令通り…あ…っ、…ぁ…ぉ、お客様に、…犯して、いただいて、ます……あっあっ…レイプしていただいて、…あんっ…ご、ご主人さまぁ…ゆ、ユンファ、ユンファのメス犬まんこ、…メス犬らしく後ろから、交尾みたいに犯していただいて、ご主人様以外のおちんぽに、ユンファのマゾ犬まんこ、めちゃくちゃに犯していただいてます、んう…っ」
『…ふん、だから何だ、このバカヤガキめが。レイプされていようが何だろうが、主人である私の電話にはすぐに出ろとあれほど……』
「あっご、ごめ、…なさい、…で、でも…でも、僕……」
はぁ…はぁ…と甘い熱っぽい吐息を吐いては弱々しく吸うユンファさんの唇が、おもむろに彼のスマートフォンに下りてゆく――そうして頭だけを下げた格好となったユンファさんは、スマホを顔の前にベッドへ片頬を着け、ギッ、ギッ、ギッと絶えず俺に後ろから犯されながら、
「あっ…あっ…あっ…、だっ、だって…」
『何だ』
「は…排卵日、が…ち、近い…からぁ……」
「……、…」
ん…? と俺は腰を振りながら小首をかしげる。
……ユンファさんのその「排卵日が近いから」というのは、その実俺たちの打ち合わせにはないセリフであった。――いやまあ確かにユンファさんのオメガ排卵期を計算済みの俺も、それが事実であることは知っているのだが(ちなみに予定通りであれば三日後である)。
そしてユンファさんは、あえてケグリに媚びるように声をワントーン高く出しながらも、か細い哀れっぽい震え声でこうケグリに哀訴する。
「ユンファ…んっ…、ユンファ…本当は…、…ご主、人様の…おちんぽ様と、ザーメンだけが…おまんこに欲しい、のに…。んっん…、ごめんなさい…僕、恥ずかしかったんです…――はぁ…はぁ…、…貴方様以外の人に、レイプされてるのに……ユンファ、変態マゾだから…、ああ…っ他人棒にも…いやらしく、感じちゃ…っ」
「……ふ、……」
なるほど…?
……俺はマインド・コントロールされているユンファさんが、その罪悪感から結局ケグリに本当のことを明かしてしまうのではないか、との懸念があったのだが――どうやらその心配はなさそうである。
ものすごく簡単に言うと――ユンファさん、案外ノリノリだ。
「だから…ご主人様のお電話に出るの、僕どうしても辛かったんです、…ごめんなさい、…聞か、ないで…っ、どうか聞かないでください、ご主人様ぁ…っ――お願い、…お願いします、…僕の恥ずかしい声、…貴方様以外のちんぽで感じてしまう、馬鹿なユンファのいやらしい声、…お願い、聞かないでぇ……」
『…………』
ケグリは黙り込んでいる。
――おそらくだがこの男、惚れた美男子の甘い官能的な媚態とその切ない求愛(の演技)に興奮しはじめ、およそニヤつきながらユンファさんのセリフを聞き置いて悦に浸っているのだろう。キッショ。
……ユンファさんはその豊艶 なお尻に俺の恥骨をバスバスとぶつけられながら、ベッドに伏せたその横顔の頬を赤らめてはいながらも、冷静な目色のその目を伏せている。
「あっあっ…ユンファ、…はぁ…、ユンファ…本当は、…ごめんなさい…、正直…ケグリ様、だけに、…抱かれ…たいんです、…んっ…、は、排卵日…近いから…、ユンファのまんこと子宮が、ケグリ様のおちんぽ様とザーメンだけを、求めているんです……」
『…ぐふ、このバカタレが…』と言うケグリの声からは(幸い、なのだけれどどうも俺は悪寒がするものの)すっかり怒りの感情は消えうせ、それどころか上機嫌そうな粘っこい甘味を帯びている。気持ち悪い。
『何を言うんだ全く…なあ、ユンファは私の命令でレイプしてもらっているんだろう…? なあ…、私のおちんぽだと思ってきちんとご奉仕しなきゃあ……』
「…はい、ごめんなさい…。今おまんこに挿れていただいているおちんぽも…、ご主人様のおちんぽ様だと思って、ユンファ…はぁ…、精一杯、まんこでご奉仕させていただきます……あんっ…あっ、あっ、あっ…」
俺がギッギッギッギッと動きを速めると、ユンファさんの官能的に歪んだ横顔が小さい幅で前後し、ともなってベッドに着けられた彼の片頬やその黒髪がずりずりと前後にこすられる。
……しかし面倒くさい男のケグリは、どうも本当はユンファさんに「いやぁ…ご主人様のおちんぽだとはとても思えない、ユンファご主人様がいいの…」くらいのことを言われたかったらしく――要するにユンファさんの「わかりました、(ケグリと思って)ご奉仕します」という返答が癪 だったようで、…とたんにまた不機嫌そうな低い声でこう言う。
『酷い勘違いをしおってからにユンファ、…お前のまんこは何だ。』
いくら俺がいまだ一言も声を発さないとて、人前であっても下劣な支配欲を隠すつもりがないケグリの、この威圧的な声を聞いたとたん――ユンファさんはビクンッと怯えたなり、これまでの彼自身の意思が消えうせたとろんとした目つきをすると、その横顔に無理やりに引き攣った笑みを浮かべる。
「ごめんなさい…、ユンファのまんこは公衆便所です、ユンファはご主人様のご命令とあれば、どなた様のおちんぽでもザーメンでも喜んでおまんこのなかに生で受け入れさせていただきます…、ユンファのまんこは公衆便所です、ユンファは公衆肉便器です、…ご主人様のご命令通り、生ちんぽハメていただいています…――ユンファの汚い肉便器まんこなんかをお情けで使っていただきありがとうございます…」
「……ふぅ…、……」
俺は舌打ちをしそうになったが、かすかな音のため息ばかりで何とかこらえる。ひとまず腰の動きも止めた。
――ケグリは粘着質な唾液の音まじりに、機嫌よさそうに、しかし憎たらしい驕 った態度でこう言う。
『そうだ。安っぽい肉便器の癖して調子に乗りおって。お前の大好きな私のおちんぽもザーメンも、ご主人様の命令をきちんと守った性奴隷のお前に、ご褒美として与えられるもんなのだよ。』
「はい、ごめんなさい…、僕の便器まんこなんか何の価値もありませんが、どうぞお好きなように、お好きなだけお使いください…」
「……、…」
絶対ぶち殺してやるからなケグリ。と俺の片頬がビクビクと引きつる。しかし今は堪えねば、今ここで俺が癇癪を起こせば水の泡、帰ったなりユンファさんはこれよりも酷い虐待をされてしまいかねない。
しかしそれにしてもユンファさんはほとんど思考停止し、自己防衛のためにただひたすら性奴隷のしぐさでケグリにおもねているのだが、先ほどの彼らの会話は微妙に話が噛み合っていなかった。
そのせいでケグリはいまだ腹の虫が治まらないのだろう、いよいよこのように音割れするほどの声量で怒鳴る。
『…ユンファぁ! お前はレイプされるくらいで丁度いい、むしろちんぽ挿れてもらえるだけ有り難いブス肉便器だろうが! 言えユンファ、“僕は不細工です、僕は女にも劣る不細工なメス奴隷です、レイプされるくらいが丁度いいブス肉便器です、こんなブスの便器まんこを使っていただきありがとうございます”、…』
「……、…」
まさかそんなことをユンファさんに言わせたくはない――が、
……言わせなければならない。俺は悔しさに眉をひそめ、血が出ようと構わず下唇の裏を噛みしめる。
「…はい…」
とユンファさんはスマホの前にあるその横顔に、まるで球体関節人形の作られた微笑のような、美しくも虚ろな例の凍り付いた微笑――無表情――を浮かべると、何を見ているとも知れない虚ろな遠い目をしながら、か細い弱々しい声でケグリの命令に従う。
「…僕は不細工な肉便器です…。僕は不細工です…僕は不細工です…僕は不細工です…僕は不細工です…僕は不細工です…、僕…僕、メスです…女性にもなれない…オメガとしても出来損ないの…不細工な、メス奴隷です…、僕はレイプされるくらいが丁度いい、最低な…どうしようもない…性奴隷、…汚れた肉便器…で…まんこしか取り柄のない、役立たずのブスで、ごめんなさい……セックスくらいしか役に立たないブスの、こんな…ブスでも…、ブスの僕の…公衆便器まんこを使っていただき…こんな酷い不細工の僕なんかを、わざわざレイプまでしていただいて、本当に…ありがとうございます…、嬉しいです、幸せです、ありがとうございます……」
「……グッ、ゥ゛…、……ッ」
堪えろ。俺の両目は凄まじい憤怒に強ばりカッと熱くなるが、しかしユンファさんがこれを言う必要はあった。ケグリの機嫌をこれ以上損ねないためである。
……これをしている俺たちの目的というのは、間違っても今腹立たしいからとこの下衆 男にここで盾突き、やり返してやる――生やさしい程度の復讐をしてやる――ことではない。
あくまでもユンファさんがノダガワの家に帰ったあとで、命令に背いたなどとこの男にお仕置きという名の虐待をされないため、それこそがこのセックスにおける目的なのである。むしろその目的しかない行為なのである。
「……、…、…」
悔しい。だけれど、俺は今ここで怒りをあらわにするわけにはいかない。
……いや、今の俺にもせめてできること、それは――俺は怒りのため息を堪えつつも、うしろからユンファさんの背中に覆いかぶさり、彼の上半身をふんわりと包み込むように抱き締める。
「……、……?」
するとユンファさんはその虚ろな瞳を、とろりと蜜が流れるような速度で俺に向けた。俺の青白く発光している目を横目に見たその黒紫の瞳は『ごめんなさい』と、俺に本気で申し訳ないという卑下が含まれている。俺はふる、と顔を横に振った。すると俺の目が放つ青い光もそのように小さく横に揺れる。
『そうだユンファ…身の程を知れよ身の程を、お前のようなブスのメス奴隷を、その方は犯してくださって……』
俺はユンファさんの鼻先にあるスマホ画面のボタンにそっと触れてミュートモードにしたのち、彼の耳にこう囁いた。
「不細工だなんてとんでもない、貴方は綺麗だよユンファさん。それに貴方は男性だし、貴方は完璧な人だよ。…愛してる…、……」
大急ぎでこれだけ言った俺はすぐにミュートモードを解除した。本当はユンファさんにかけたい言葉はもっとあったが、今はこれくらいで我慢しておかなければ、ケグリにミュートにしたことに気が付かれてしまうかもしれない。
しかしなるほどね…――こんなクソみたいな自己卑下の嘘を毎日毎日くり返し言わされつづけて、『僕は不細工だ』と洗脳されないほうがよっぽどおかしい。
『……の程がわかったなら、その無価値な汚いガバマンでも精々しっかりとちんぽにご奉仕しろ。バカヤガキのお前なんぞそれっくらいしか役に立たんのだからな。』
「……、…、…は…はい、ご主人、様……」
と言うユンファさんはしかし、もうすべてを諦めたような性奴隷の目はしていない。俺の目が放つ青白い光をその澄んだ紫の瞳にやどし、俺のやさしい愛を帯びているだろう両目にぽうっと見入っている。
俺は目だけで笑い、『続けましょう』とゆっくりとしたまばたきで合図をする。
「……、…」
俺のその合図に、ユンファさんは俺へ冷静な目で頷くようなまばたきを返した。
俺はふたたび動きはじめる。すると彼はスマートフォンの底辺の部分――マイクが内蔵されている部分――にその妖艶な肉厚な唇を寄せ、「あん…♡」となまめかしい声をあげるなり、すすり泣くような甘ったれた声でこうケグリをおだてる。
「あ、あぁ…♡ ご、ご主人様…♡ でもユンファ、切ないです…、すごく切ないの…、あん…♡ あぁ…子宮が切ないよぉ…――ご主人様のご命令に背くだなんて、ユンファ…絶対にそんなことしません…。でも…でもユンファ、頑張りますから…どうかお願いします…――ユンファ…頑張るために、ご主人様の声、もっと聞きたいんです…。はぁ…はぁ…♡ んん…♡ ご主人様の声を聞くとユンファ、おまんこいっぱい濡れちゃう…♡ それだけで、もっと頑張れるから……♡」
「…ふ……」
さあ、この共謀 を続けようか――。
ともだちにシェアしよう!

