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 俺は先ほどの通話をもって、これまで集めてきた膨大な情報、それの点と点が繋がったのである。  敵を完膚(かんぷ)なきまでに打ち倒すにはまず敵のことをよく知り、大小とわず得られる限りの情報を集めてのち、もっとも効果的な攻撃をくり出すに限る。――まして、法で許されている範囲はあくまでも知能戦のみであるからこそ、俺はユンファさんのことを調べるついでに、ケグリのことも調べ上げてきたのであった。  さて、そう…――ケグリはユンファさんを妊娠させることを目論(もくろ)んでいる。  しかしおよそケグリの考えでは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。  とはいえ、もとより言うまでもなく、ケグリはユンファさんに――歪んだ――恋心をいだいている。あの男は(身のほど知らずにも)ゆくゆくは彼と結婚がしたいし、またあの通り彼に自分の子を妊娠させたい。ひと言でいってしまえば、ケグリはユンファさんのことが「どうしても欲しい」のである。  またケグリが彼のことをこうして己れの性奴隷としたのは、その「結婚」という本懐を遂げるためであろう。――ただしケグリは、たとえば、万が一にも彼が『性奴隷契約書』にサインするまえに、『婚姻届』にサインをしていたとしても…――いずれにしろ、彼のことを己れの性奴隷にするべく調教したに違いない。  さて、まずはこの件における総括的な結論から言おう。  ――ケグリは「神になりたい」のである。  ケグリの目論んでいるユンファさんとの結婚――それは厳密にいえば、あこがれの彼と結婚さえできればそれで大団円、といったようなある種尋常のものではない。  まずケグリは、その高嶺(たかね)(はな)――月下美人まさにそれそのもののような清らかでいて魅惑的な、官能的な、世にもまれなその美貌をもち、さらには神性さえ彷彿とされる清廉(せいれん)潔白(けっぱく)、慈悲深く、慈愛の精神をももちながら、由緒正しき五条ヲク家の血統をもち、またかつオメガ属である月下(ツキシタ)夜伽(ヤガキ)曇華(ユンファ)その人こそ、己れの「妻」にふさわしいと考えている(もっとも噴飯物の話ではあるが)。  ……それこそユンファさんほどの人の隣に、「夫として」ならぶというただそれだけで、社会的にも得られるものは多かろう。  しかしそればかりかケグリは、ゆくゆくはユンファさんのことを――自分にとってもっとも理想的な――「無我の絶対服従を誓った妻」にしたい。  無我すなわち無意思・無欲の従順な妻…それをケグリの思想にあわせて言いかえれば、自分に絶対服従を誓った性奴隷の言いなり妻、といったところであろうか。  夫であるケグリの命令を絶対的なものとし、ケグリのためならば――夫の利益のため、夫の機嫌をよくするため、夫の満足のためならば――、命に代えても喜んで何をでもする、どのような自己犠牲的献身をもいとわない、自分は夫のためだけに存在し、夫をよろこばせることだけが己れの存在意義であり、価値であり、生きがいである…――言うもおぞましい話ではあるが、それすなわち、――夫のケグリのためであれば誰とでも寝る、誰の子をでも妊娠する、また誰の子であろうが、何人でもその子らをこの世に産み落とす……。  彷彿とされる神にのみ絶対服従を誓ったシスター、その聖母――神の「妊娠をせよ、その子を産め」との命令は絶対、それを粛々と受け入れる、いや、受け入れるほかにはない聖母の献身…――それもあたかもその天命こそは身に余る光栄とばかりに、あたかも(たぐい)まれなる至上の(よろこ)びを与えられたとばかりに、唯々(いい)諾々(だくだく)と。  いわばそれは究極の支配ともいえることであろうし、またなおかつ「人間には」決して誰にも許されていないことだ。  要するにケグリは「神」になりたいのである。  あの男は傲慢にも神として信奉をされたいのである。自分の言うことは絶対であり、自分という存在は絶対である、というような――夫を立てる以上に、夫である自分を神として崇拝しているかのような、無我の絶対服従を誓った妻…――ケグリはユンファさんの絶対的な夫という「神」になりたい。  しかし「無我」とはいえ、そこには必ず自分へのみ向けられた一途な愛の想いだけはなければならない。すなわちおこがましい話、唯一神への敬虔なる信仰心的な「想い」がなければならない、のである。  それこそ惚れた弱味で夫の命令であればなんにでもなる、なんでもやるような妻――だがそれに必ずともなわなければならないのは、最愛の夫へのいじらしい一途な想い、本当は夫とだけ…と願って流す綺麗な涙…――要するに、『あくまでもユンファは私だけを想っている(から、自分の命令とあらばどれほど屈辱的なセックスだろうが妊娠だろうが甘んじて受け入れる)』というようなのが、あのケグリの理想なのだ。  したがって、ユンファさんが完全なる「無我」となったとき――つまりマインド・コントロールがいよいよ完成されて、彼がケグリの理想通りの「無我の服従を誓った妻」となってしまったとき――ケグリはいよいよ彼を「妻にする」ことであろう。  そして果てにはそう…あのケグリはまず己れの子どもではなく――ユンファさんに、他の男の子どもを妊娠させる。  それもおそらくは強姦や、SMプレイも虐待の程度のそれによって。  それはなぜか――?  自分の実母がそうだったからである。  あの男が深層心理で本当に愛されたい存在は、その実ユンファさんではない。――自分を忌み嫌い、そして自分を捨てた母親である。  ケグリの彼女への想いはまさに愛憎といってよい。  ケグリは母親を――顔も知らぬ暴漢に強姦され、それによって自分を産み落とし、それでいて自分を愛せないなどと嫌って捨てた母親を――憎んでいる。  そしてその憎しみはその男の性的嗜好を歪めた。より淫虐なそれと歪められたのだ。――すなわち、いかにも言いにくいおぞましい話ではあるが、ケグリは潜在意識的に、不義の子である自分を産んだ母親に性的興奮をおぼえているといって過言にはならない。  ……更に、ここまではっきりと言ってよいものかどうか、…正直迷うが言うと、憎んでいる実母を自分もまた実父よろしくレイプして孕ませたい、という歪んだ愛憎の願望も含まれているものと俺には見える。  それだからケグリは欲しているのである。  己れの実父のような男を――美しく完璧な月下(ツキシタ)夜伽(ヤガキ)曇華(ユンファ)を強姦をもって妊娠させてくれる、己れと同じ程度の淫虐趣味を持った男を、ケグリは欲している。  だからケグリは、愛するユンファさんを「売り物」にしてまで他の無数の男らに日々犯させるのだ。――もはや己れ以外の男に愛する人が犯されている、それ自体にもあの男はエクスタシーを得ているのである。それがあの男の生来のエクスタシーの源なのだ。  ……彼のその姿に母親の姿が重なるからだ。  また、そのためにケグリは美しく神聖なほど清らかなユンファさんを、自分でもありとあらゆる淫虐をもってけがし尽くしてやりたいのである。――結婚をしたらケグリも少しはマシになる? とんでもない。いやまさる何をしてもいい「所有物」という優越感に、かえって今よりも酷くなるかもしれない。  しかしそれでいてなおケグリは、あくまでも「愛されたい」のである。  ユンファさんに、自分を唯一絶対の神というほど深く愛させ、また完全なる服従を誓わせたあかつきには、己の「この男の子どもを妊娠しろ」という命令をもって、その不義の子を妊娠させたい。  ――そして彼にその子を愛させたい。  たとえどれほど不幸な経緯(いきさつ)をもって妊娠した不義の子であろうが、絶対的な愛する主の命令によって授かった子であると――彼の神聖な胎内をけがしたい、しかしそれでなお神聖なる母性を芽生えさせ、自分の腹の中でみるみる育ってゆく不義の子を慈しみ、大切がって愛する聖母様相の彼が見たい。  そしてケグリは、不義の子であろうとも愛されているその子に自己投影がしたい。  愛されたいのである。自分の母親という、ユンファさんという「聖母」に――愛されたい。  だから神聖な精神をもつユンファさんに執着する。彼ほど慈悲深い精神をもつ人はまれであるからだ。…するとあるいは彼ならば、その不義の子へも――自分へも――神聖な慈愛を注いでくれるように思えるのであろう。  ケグリは母親のことを憎んでいる。  しかしそれと同時に「母親」というもの、「母性」というものに、神聖視というほどの憧憬(しょうけい)をいだいている。  そしてケグリは、過去受けられなかった母親の愛を――惚れた美しいユンファさんの身を犠牲にして、得ようとしているのである。  ……また本当は誰よりも神聖視しているその人を、その人からの慈愛を、得ようとしている。  そして、それを得てからはじめてケグリはやっと夫として、ユンファさんのことを自分の種で妊娠させることだろう。  ……あれほど彼を孕ませたい孕ませたいと言っているくせに奇妙なようだが、どうもケグリのなかにはそうした順序がある。  そう……だからいまだケグリは、ユンファさんに避妊薬を渡し続けているのである。――まずは「無我の服従を誓った妻」に、それから「不義の子をも愛する()()()()聖母」に、そしてその次に…――いよいよ「自分(ケグリ)という神の子どもを身ごもった聖母」に……。  また、かててくわえてケグリの思惑には、あわよくばアルファ属の子が欲しいというのもあるだろう。  アルファ属の子を得られればその虚栄心を満たせるばかりか、残念なことに、社会的なメリットがいまだ山ほどある。――しかしケグリの潜在意識的にはそればかりか、このヤマトでのアルファ属は「神の一族」――そんなものは所詮昔話ではあるが、一応は神の末裔とさえいわれている。  つまりその子をもってケグリは、己れの「神性」というようなものを証明したい。  しかし、といってあの男も本当は薄々わかっている。いくら己れが十条の血を引いているとはいえ、ベータ属はあくまでもベータ属、それもベータ属は三属性のうち一番の優性遺伝――その特徴がもっとも子孫に引き継がれやすい――、すなわち己れの種というばかりでは、およそアルファ属の子など生まれない。  だからその血統の濃いユンファさんを、それによっても「自分の妻にもっともふさわしい」と、ケグリはそれもあって彼に執着している。――しかしそれをもっといえば、アルファ属の男が彼を妊娠させればなおより確実に、――いわば神と神のかけ合わせで――その属性の子供(神の子ども)を得られる。  ために先ほどケグリは、 〝『そうだ、…たっぷり排卵日前の子宮に種付けされて孕ませてもらいなさい、…帰ったらちゃんと中出しされたまんこを私に見せるんだぞユンファ、…お前に避妊薬をやるかどうかはその時に決めるからな、…』〟  ……だなんぞと、アルファ男の俺に媚びたのでもなんでもなく、本気でユンファさんに命じたのだ。  あわよくばこれでアルファ属の子を得ようとそのときは思ったのだろう。  そうして、ケグリは仮にもアルファ属の種で彼が妊娠し、そしてその子を――アルファ属のその子を――ひとりでも出産したなり、その子と自分とは姿かたちどれひとつをとっても似ても似つかないくせ、肩をそびやかして臆面もなくこう言いきるに違いない。 『この子は血の繋がった私の子だ』とね…――。 「……、…」  ただ俺が思うに、今度ばかりはユンファさんはケグリから避妊薬を渡されることだろう。  なぜなら彼はここにくる前、ケグリを含めた無数の男の精液を膣内で受けている。つまり彼が今度のことで妊娠するかもしれない子は、アルファ属の俺の子どもとは断定できないからである。――ケグリとて、のちのちそのことに気がつくはずだ。  しかしなるほどね…、とするとこれは妙な推測だが――。  となれば、ひょっとするとケグリは、ユンファさんの身をわりに(やす)く俺のもとへ寄越す可能性がある。  ……アルファ属…――それも九条ヲク家の子を彼に妊娠させるためである。…するとそれはそれはもう、()()()()()()()()になるからね。  なおかつ俺がユンファさんに乱暴して妊娠させれば、もはやあの男にとっては文句なし…――。  ましてや先ほどにも思う通り、ケグリはまず彼が自分を裏切るはずがない、などと思い上がっている。  つまり自分が命じれば彼は素直に俺の子を妊娠するし、そしてその子をお腹にかかえて自分のもとへ帰ってくるに違いないと、ケグリはおよそ――不安もあろうが――ほとんどそう信じていることと思われる。  そうならそれは非常に俺にとって都合がよい。渡りに船というほどだ。  どんな理由であれ、難儀が少ないならそれに越したことはない。  しかし、俺がまさかそんなヘマをするとでも思っているのか? 無論俺が一度ユンファさんを手に入れたら、もう金輪際、お前なんぞの醜い目には彼の美しい姿を拝ませてやることはない。  いや…――といっても、 「……、…」  ……望むらくは今夜、このままユンファさんを連れ去ってしまいたい…――もう離したくない。もうあんな地獄へ、もうあんな男のもとへは行かせたくない。  しかし…俺がここまで抱きしめていてもいまだ、ユンファさんは俺の背中に両腕をまわしてはくれていない。――あんなケグリとの通話のあと、それもあの絶望的な諦観に胸を(さいな)まれていてもなお、今はことひどく心細いだろうに、それでもユンファさんは俺にすがろうとはしてくれないのだ。  少なくとも今は望み薄であろうか。  俺はやりきれない想いから、ユンファさんを組みしいたその格好、彼のわきの下から回した両腕で、彼のことをもっと強く抱きしめる。 「ユンファさん…――愛しています、誰よりも……」 「……、…」  すると、ユンファさんの両手がおそるおそると俺の背中に、遠慮がちに添えられる。  俺はふと希望を見、頭をもたげてその人の顔を見た。――彼はまるで眠っているかのように目を閉ざしている。しかし……、 「……、カナイさん……」  と俺の今の名をあえかな声で呼びながら、ユンファさんはその黒い(おうぎ)状の長いまつ毛をそっと上げて、その目を開け…――俺の青白い光をはなつ二つの瞳を、じっとそのうつろな濃い紫の瞳で見つめてくる。 「…………」 「……、…」  俺はこの暗闇をいいことに眉をひそめた。  ――『どうせ妊娠させられるのなら…』と彼の瞳はなにもかもを諦めて言うのだ。『もしかしたら…今度こそ僕は、避妊薬をもらえないかもしれない…。それに…帰ったらまたご主人様の玩具(おもちゃ)だ…、ご主人様のちんぽとザーメンのことしか考えていない発情した馬鹿なオメガ…、媚びたくもないあの人に全身全霊で媚びを売って、思ってもないようなことを笑いながら口にしなければならない…――それは自業自得だ。…でも、それでもし、今度こそ本当に孕ませられるというのなら……』  ユンファさんは俺の目を見つめたまま目を潤ませ、無理にも精いっぱい微笑した。 「抱いてください、カナイさん、…」  そして俺をぎゅうっと抱き寄せてきた彼は、そうして涙を隠しながら、俺の耳元でこう言うのだ。 「どうか僕のことを抱いてください、――僕のこと、どうぞ孕ませて……」

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