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 究極の、最後の、至高の――最上級こそふさわしい月下(ツキシタ)夜伽(ヤガキ)曇華(ユンファ)がまさに口にするべき――カクテル。  そういった「これ以上ない」という意味をもつ「XYZ」というカクテルは本来、ホワイトラム、コアントロー(ホワイトキュラソー)、レモンジュースを用いて作られる、無色および白濁(はくだく)色のカクテルである。  しかし他の多くのカクテルのように、XYZには色の規定がない。つまりそれなら水色でもよいわけである。  そこで今回俺は、コアントローをブルーキュラソーという、その名の通り鮮やかな青色のリキュールに置き換えて、そのカクテルを作ってくれるようにと注文した。  ……もちろんユンファさんにはバレないように――ルームサービスを頼むため、カウンターに繋がった電話口、まるで悪巧みでもしているかのようなひそひそ声で。  永遠に貴方のもの――貴方は永遠に、俺のもの。  世にも美しい俺の王子様は、その水色のカクテルに隠されている、毒々しい意味や俺の想いなど知る(よし)もないまま――まるで悪い魔女にそそのかされて、何も知らずに毒林檎をかじってしまった白雪姫のように――それを飲み干し、その神聖な体内に「俺」をすっかりと取りこんでしまった。  しかし俺の愛を拒みたいこの王子様が、もし事前にXYZに込められたその酒言葉(魔法)を聞きおよんでいたら、およそそれを飲むのを逡巡したことであろう。――それを知っている上でそのカクテルを飲んでしまえば、すなわち自分が「永遠に俺のものになる」という俺の願望を、俺の愛を、まるで俺に永遠の愛を誓うかのように受け入れたと、俺にそう捉えられてしまっても無理からぬことだからである。  もっともこれは、あくまでも()()に過ぎない。  ほとんど(げん)(かつ)ぎの域から出ないものである。――だがこの言霊(ことだま)(さき)わう国ヤマトでは、言葉というものが魔法になる。  ましてや願掛けもより真摯(しんし)な誓いともなれば、人はしばしば酒の満たされた(さかずき)と口付けを交わすものである――。  ……しかし、…俺は先ほどいささか陶酔をしすぎた。  時すでに遅し…とでもいおうか――俺はうっかりその水色の、blue eyes blueに擬態したXYZの最後の一滴が、ユンファさんの唇のなかへとすべり落ちてゆくのを見届けてしまったのだが、…しまった、うっかり彼の一気飲みを許してしまった。  その実、XYZのアルコール度数は25から30パーセントほどと、その比較的飲みやすい味のわりにかなり高い。赤ワインでさえ15パーセントほどである。  もっともカクテルグラス一杯の容量はおよそ70ミリリットル、飲酒量が少なければ相対的に摂取するアルコール量も少なくなるので、まあそこまでの心配はいらないことだろうが…――しかしもとより、どのような酒においても一気飲みは危険な行為である。悪ければ命にも(かか)わるような、それはいわば飲酒における禁忌(きんき)といっても過言ではない。  それだから俺はユンファさんに「舐めろ」と「命令」したというのに――すなわち「舐めるようにちびちび、少しずつ楽しんでくださいね」と言ったつもりであったのだが…――途中できちんと止めなかった俺も悪いが、おそらくカクテルというものを初めて飲んだのだろう彼は、たとえば喉ごしを楽しむビールやハイボールなどの調子で、ましてや喉の渇きもあったか、いきおいゴクゴクと飲みほしてしまったのだろう。  何より、ユンファさんがその「魔法入り」のカクテルを飲む決断をしたのは、なかばヤケになってのことでもあった。――(欲情にはかかわらない)惚れ薬と聞いて、彼は『どうせ』と諦めまじりに考えた。『それなら()()()()()()()()()()し…、何よりそんなの、彼のちょっとした遊び心に違いないし…』  それにしてもユンファさんは、本当に酒がお好きらしい。――いくらそのカクテルが比較的に飲みやすい口当たりであるとはいえ、たしかにあったはずの、アルコール度数25パーセント以上のある種のドギツさ、ひりつく刺激、苦味等をものともせず、まさか一気に飲み干してしまうとは。  ……しかも俺が「駄目ですよ、一気飲みなどしてはお体に悪いから…」と先ほど慌てていさめたなり、彼は開口一番、「すみません、美味しくてつい…」と――素直に反省してはいたのだが、嘘偽りなく「美味しくて」つい一気飲みしてしまった、と言ったのである。  ちなみに俺はそのとき慌ててピッチャーからコップへ水をくみ、それをユンファさんに手渡したので、今その黒スラックスの両ももの上におかれた彼の両手には、そのコップが包み込まれるようにして持たれている。彼は(また俺の命令をもってではあるが)それをいくらか飲んでくれた。  しかしいくら酒に強い人であろうとも、当然強い酒を飲めば酔うには酔うもの――ましてユンファさんは先ほど、多少のフルーツくらいのものしか胃の中に入れていなかったのも手伝って、 「……はぁ……」  とその赤味のいささか増したふくよかな唇から、熱気をおびたため息をつく…、とろんとした伏し目がちに…――すなわち今、俺の隣で微醺(びくん)の様相である。  しかし、その酔いでユンファさんの姿勢がゆるむことはなく、彼は今もなお尾てい骨から頭の頂点までを気高くまっすぐに伸ばして、上品にソファに腰かけている。  その伸ばされた長めな白い首の高潔さが何よりもそそられる。――この高嶺の華たるゆえんの姿勢は、しかし見るに無意識である。ツキシタ夫妻の教育の賜物(たまもの)か、その凛とした姿勢が彼にとっては通常の姿勢なのであろう。  それでいて微醺によるある種の恍惚が、その造りの鋭い美しい横顔にただよっている。――この上品な、上質な色香はまさに月下美人のそれである。  そのまるで騎士の(つるぎ)尖先(きっさき)のようなつくりの横顔にうかぶ、月下美人のしっとりとみずみずしい花びらの色気が、そのあわいうす桃色がにじんだ痩せた頬が、その伏せられている白い切れ長のまぶたの、うち側からにじみ出たようなベロアのような艶気が――彼が小さく…ゆっくりとしたまばたきをするたびに揺れる、黒い長いまつげに宿った小さな艶の光が、そのたび俺の目の奥を(くすぐ)るようなバタフライ・キスをしてくる。 「…ユンファさん…?」 「……、ぁ…はい……」  俺に呼びかけられてはたと我にかえり、そのやわらかくゆるんだ半目開きで俺の目を見てくるこの美男子の、その薄紫色の瞳は今、まるでうち側から少しずつ熱をおびた蜜を溢れさせているかのように、しっとりと濡れて艶めいている。  とろとろと…琥珀(こはく)色の蜜を上からたっぷりと垂らされ、その蜜にまみれた瑞々(みずみず)しい白い花びらの先からそれを垂らしている、そのようなうっとりとした艶々しい濡れた質感が、もはや全身からにじみ出しているかのよう――世にも稀なるこの月の男神、この月下美人、この美男子・ユンファさんのあまりにも濃艶(のうえん)容色(ようしょく)は、何にもまさる酒の(さかな)である。 「……、…()()()()()()()()()()()……」  俺は今そうしたユンファさんをじっくりと眺めながら、軽く仮面の顎をもちあげて浮かせ、自分のカクテル――blue moonをひと口舐めたのである。  そうして「月下(ツキシタ)夜伽(ヤガキ)曇華(ユンファ)の味」を、舌の上で転がしてじっくりと味わう。  別称「飲む香水」とも(うた)われるこのカクテルは、その華やかなすみれと薔薇(ばら)の芳香にそえられた柑橘の爽やかなアクセントと、それらにねっとりと絡みつくバニラ、アーモンドの甘く濃厚な香りが、蜜のような甘味とともに舌に絡みつく。――さらには俺の舌にしみ渡るその甘味、酩酊をそそのかす苦味、高潔な酸味、――そしてこの美しい薄紫色……。  そのカクテルの名はblue moon――。 「んっふふふ…、……」  俺は鼻の下で、カクテルグラスをかるく回すようにして、やさしくその薄紫色を揺らす。この甘く華やかな芳香にさえ酔いそうだ…――完璧である!  あまりにもこのカクテルは、月下(ツキシタ)夜伽(ヤガキ)曇華(ユンファ)そのものである。  月下(ツキシタ)夜伽(ヤガキ)曇華(ユンファ)が俺の一部となってゆき、俺の指先まで熱を生ませるエネルギーとなる。――俺のカロリーはやはりこの麗しき月の男神、…我慢できない、もう一口。 「…? あの…、僕が…美味しい……?」 「……あー美味しい、……」  ユンファさんを眺めながらユンファさんを体内に取り入れてゆく…――ゴクゴクと、あぁ止まらない。  ……結局俺まで飲み干してしまった。一気に。別名「恋の媚薬」を――なるほど、であるから俺はこんなに貴方にぞっこんなのか。貴方自体が「恋の媚薬」であったのだ! 「……はぁー…、ご馳走様。これ以上ないほどに美味でした。…流石です、()()()()()()()本当に、大変華やかで甘美なお味がしましたよ。」  と俺は満足して言いながら、(から)になったグラスをそっと目の前のテーブルに置く。それから隣のユンファさんに顔を向ける。 「…は…? ……??」  ……ユンファさんはとろんとした顔ながら、『何…? なんて…? どういう、…ことだ……??』と、俺の言っている言葉の意味が――()()()()()()――いまいち理解できていないようである。  しかし、そんなのは大した問題ではない。 「ところで…」と俺はさりげなくユンファさんの肩を抱き寄せながら、やさしいささやき声でこう尋ねる。 「先ほど一気飲みなんてされてしまったから…、体調はどうです…? お悪いようであれば、どうかご無理などなさらず…――どうぞ、こちらへ……」 「…え…? ぇ、あ、あの…」  すると俺に肩を抱き寄せられ、無理やりというほど強制力はないながら、俺のほうへ体がかたむくまま、いよいよとん、と俺の肩にもう片方の肩を触れさせたユンファさんは、 「あの…いや、いやその、べ…別に…その…、いえ、た、体調…悪くは…」  と困惑とはにかみにぱっと頬をより赤らめながら、伏せられた長いまつ毛の下でその薄紫の瞳をゆらゆらと揺らし、――しかし俺の手にやさしく側頭部を押され、そうして俺の肩に頭をあずけるようになっても、彼はドキドキとしながらその頭をもたげようとはしない。 「悪…くは…、ただ少し…だけ、ふわふわして…ぼんやりというか…――僕、あの…大丈夫です…、でもお酒にはこれでも強いほうで……だから全然…、よ、酔っている、だけです…、今は、少しだけ……」 「……んふふ…、それならいずれにしても…こうして俺という大樹に(もた)れていたほうが、やはり楽なのではない……?」  ……この俯瞰(ふかん)の角度からみればなお、その高い骨っぽい鼻の端正さ、また黒々とした秀眉の下、生えそろう扇状の黒いまつ毛のその見事な美麗さが際だち、俺は思わず見とれてしまう。  それと…チラリ、誘惑にかられて目を下げる――彼の白いカッターシャツの開かれた立て襟からつづく、そのV字の谷間がこの角度から見るとやや浮いて、…()()()()()。  真っ白ななめらかな胸板、そのうす桃色の小さな……これは大変。非常に眼福だが、…俺は強いて目を戻し、彼の長いまつげを凝視する。 「でも、あの…、あの、……、…、…」 「すみません。」  しかし俺は慌てて手を浮かせた。  ――ユンファさんのその、深めに伏せられたまつ毛の下の赤紫の瞳が困惑しながら、『これって…僕を抱き寄せたのって、つまりそういう…下心…? を、もってくださって……だ、だから、つまり、…こういう場合、僕はどうし…』と、いやしい「下心」があるのではないかと、この俺に! 「愛しい貴方を困らせてしまったようで申し訳なく思っております…が、…俺は今あくまでもユンファさんのお体を多少なり楽にして差し上げようとしただけであって、間違っても秘密()の下劣なセクハラ目的などでそうしたのではありません。――ですからどうぞ、もしそのようなお考えがあるようであれば、そのような勘違いはここに訂正くださいますよう。」  いや、下心がないなどというのは大嘘である。…だが俺のその下心は情欲によるものではない。だから俺は先ほどユンファさんの胸から目をそらしたのだ。  まあたしかに、なんとも()まわしきことに、ネットの恋愛アドバイスなどでも『男性のボディタッチは120パーセントあなたの体を求めてのことです』だなんぞとよく説かれているので、彼にはそうした酷い勘違いをされてしまったのかもしれないが。 「……、へ……?」とユンファさんが頭をもたげ、きょとんとしながら俺を見る。  俺は内心焦りつつ、しかし断固このように釈明しておく。 「俺は貴方に、自分がセクハラ魔のいやらしい男だと思われては心外なのです。…俺ほど貴方を純情に愛している男など、この地球上、いえ、この宇宙のどこを探してもいませんよ。」 「……は…セクハ…、…はは、…」  ややあって彼は眉尻を下げ、面白そうに破顔した。 「いえ、僕はそんなこと少しも思っていません、…むしろ…その…」  とユンファさんのその長いまつげが、嬌羞(きょうしゅう)を帯びて伏せられる。 「…ドキドキして…、それで、どうしたらいいかわからなくなってしまって、…というか別に、セクハラ目的でも僕は全然構いませんが、――ただその…、もしご迷惑でないなら、むしろ…もっと、触っていただけたらな、と…、そう…、…――ですが、ぃ、いいんでしょうか、その…あの…」  ユンファさんはそれでも申し訳なさそうなささやき声で、「ご迷…惑じゃ…」と言うが、 「いいえまさか。それでは遠慮なく。」  と俺が(彼からゆるしを得たので)今度は腰をぐっとつよく抱き寄せ、再び自分にその身をもたれさせると、「あっ…」と驚いた顔をした。が…――。 「俺が自らこうしたというのに、どうして迷惑が掛かるなどとお考えに…? ――有り体に申して、俺は愛するユンファさんがこの身に寄り掛かってくださることを、(おそ)れ多くも幸甚(こうじん)の至りだと考え、貴方の体をこうして抱き寄せたのです。――ですからどうぞご遠慮なく…心ゆくまで、俺のこの肩でしばし(いこ)って……」  と俺が優しくささやくと、ユンファさんはこて…と自ら俺の肩に、その頭をあずけてくれた。その長いまつ毛を恥ずかしそうに伏せ、その切ないようなその困惑の表情をじわじわと赤らめながら。 「……あの…どうして貴方は…こんなに、…どうして僕なんかにも、こんなにお優しくしてくださるんですか……」 「……ふふ…、俺が好きな人である貴方にだけこうして優しくすることの、一体何が不思議なのです…? 貴方は……」 「……好きな…、……」  ユンファさんのその長いまつ毛の下で揺らぐ赤紫の瞳が、『もう…』と思考を放棄しようとしている。――『もう…わからない…、頭がぼーっとして…なにも、考える気が起きない…。…ただ…僕、今すごくドキドキしている…。だが嫌じゃない…、いいや、嫌じゃないどころか、僕はむしろ、今……』  そしてユンファさんは、ある種諦めの恍惚の顔をし、あえかな声でこう言った。 「…何だか僕、貴方がかけた魔法が…効いてきてしまった、みたいなんです……」 「……おやおや…、世にも美しい俺の王子様…?」  俺は自分の半身にあずけられたその愛おしい重みに陶酔しながら、ユンファさんのその側頭部をおおう黒髪をやさしく撫でる。やはりなんとサラサラで手触りのよい…この(からす)の濡れ羽色、その艶美な見た目もさることながら、撫でる手つきに丁重さが自然生まれるほど、触り心地もまた最上級の(きぬ)のようだ。 「貴方はいよいよ魔法のカクテルによって、この悪い魔法使いに恋をしてしまったのですね…」 「……ごめん、なさい…」  ユンファさんはそうささやくように言いながら、絶望に(かげ)った悲しげなうつろな顔の、その美しい伏し目をそっと閉ざした。 「いいえ…。俺に恋することを烏滸(おこ)がましいだなどと…そう思われては、俺は悲しい……」 「でも…僕なんかに、ご迷惑……」 「…迷惑ですって? ふふっ…貴方と結ばれたくて堪らない男が、貴方に恋をされて迷惑がる…? まさか…――嬉しくって今にも大声で叫び出しそうですよ。ははは…」 「……、…」  すると、赤らんだ肉厚な上下の唇をそっと合わせたユンファさんが……、 「……っ、……」  にわかに俺の心臓が驚喜(きょうき)に跳びはねた。  すり…とユンファさんの髪が、甘い桃の香りを立ちのぼらせながら、つまり彼の頭が、俺の肩に甘えるようにすりつけられたからである。  そして彼は目をつむったままほのかに、幸せそうに微笑しながら、ささやき声でこう言うのだ。 「こうしていると…、何だかすごく、落ち着きます…――だからもう少しだけ…、あともう少しだけ……こうしていても、いいですか……」 「…いいえそう遠慮なさらず…どうぞ、寧ろ永遠に」 「……ふふ、…」  すると俺の返答が可笑(おか)しかったか、ユンファさんは薄桃の微酔(びすい)をにじませた頬をほころばせた。 「正直、永遠には、困るんですが…」 「…なんとお可愛らしいのでしょう…」  と俺がユンファさんの髪を指ですきながらささやくと、彼はそっと優美に薄目を開けた。そしてぽうっとしたその伏し目を、ゆっくりとまばたかせる。 「……、まさか、それ…僕が…ですか…」 「…ふ…逆に俺がこの瞬間、どうしてユンファさん以外の何かを〝可愛らしい〟と形容しましょう…? ――貴方は本当に可愛い…、可愛すぎて、食べちゃいたい……」  Blue moonを飲み干すというメタファー(暗喩)ばかりでは物足りなくなってきた…――この月の男神の肉はもっと甘かろう…blood moonとなってもさぞ美しかろう…いっそのこと本当に、――まずい、俺は大分酔いが回ってきている。 「ふふふ、…信じられません、」とユンファさんはその伏し目をきゅっと愛らしくせばめ、はにかんで小さく肩を揺らした。俺の言葉が嬉しかったのだ。  それがまた何とも愛らしいのだが、…彼はつぎに困ったように眉尻を下げた。 「…いや…、でも…僕が可愛いだなんて…そんな…――僕よく言われますよ、ムカつくって…、…他のオメガの方のように可愛らしいわけでもないし、図体(ずうたい)ばっかり大きくて、目付きが悪くて、…不細工で…――性格のほうも…こうやって卑屈で…面倒で、のろまで、可愛げがない…、…あはは、ほ、ほんと僕、良いところなんか本当に何一つとしてないんです、…」  そうユンファさんは無理に笑ったが、言いながら回想したこれまでの罵倒の言葉に傷ついて、今にも泣き出しそうな伏し目をしている。  そして彼は困り笑顔で、「だから…」 「…ごめんなさい…、僕が可愛いだなんてそんな…有り得ないのに、…ごめんなさい、…つい真に受けて、一人で浮かれてしまって……」 「……有り得ない…?」  とすでにやわらかな否定の含まれた声でいう俺の手のひらの皮膚が、余すところなく、そのうす桃色の片頬にやさしく吸いついた。しっとりとした熱を帯びたユンファさんの頬は、その瑞々しい感触さえあでやかである。  と、ユンファさんは俺の肩にもたれたまま顎を上げて、やや上目遣い気味に俺を見てきた。――先ほどよりも酔いが回ってきているらしいユンファさんの、そのつぅと俺を見上げてきた上目遣いには、しかしなんら媚びたものはない。単に俺のことを見ただけといっていい。  だのに、あまりにも可愛い上目遣いである。 「ほら…その上目遣いもすごく可愛い…。可愛いですよ、ユンファさんは…本当に可愛い…」 「……、…、…」  その小刻みに揺れている薄紫色の瞳と見つめ合いながら、俺はこの両目で彼にやわらかく微笑みかける。 「有り得ないだなどと、そうしたとんでもないことを仰言るべきではありません…。事実、俺は貴方ほど可愛い人を知らないのだから…。ユンファさんはそもそも極上に美しいし、ときめいておかしくなりそうなほど可愛らしいし、惚れ惚れとするほどとても恰好良い…、貴方は決して不細工などではなく、美人とでも申しましょうか、とにかく見惚れてしまうほど本当にお綺麗な人だ…――だけれど、今の貴方は(こと)に可憐です…。今俺は、ユンファさんが愛おしくてたまらない……」 「……、悪い…魔法使いさん……」  そう少し舌たるいささやき声で俺を呼んだユンファさんは、「はい…?」とこたえた俺の胸が切なく締めつけられるような、儚げな、悲しげな顔をしている。 「ごめんなさい、…僕……――。」  じわじわと涙の膜が厚くなってゆく、その潤沢な薄紫色の瞳がじっと、どこかうつろに、悲しげに――いや、それでいて陶然(とうぜん)――俺の目を見つめてくる。 「……貴方が、好きです……」  ほろり、彼の片目から涙がこぼれおちた。

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