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158 ※モブユン
ローテーブルの上に燃える焚き火の火影 が妖しく揺らめき、二つの透明なカクテルグラスの、その逆三角形のうち側に伝い落ちるお互いの涙の色の雫 を、ねぶるようにして煌 めかせている。
見かけに騙される――それはあるいは蟻 地獄か、あるいはガブリエルのラッパかもしれない。
ずるりずるりと藻掻 けど足掻 けど落ちて落ちて、少し上がれたと思えば砂に狙撃され、落ちきれば必ず、骨の髄 までしゃぶられ喰らいつくされ、さあ地獄行き…――はたまた有限の体積・無限の表面積、第七のラッパ、死者の復活、無限の幸福、祝福された復讐、屈辱と苦難が報われるときの訪れ、神聖なる契約の実現、その絶対的勝利と栄光、地上にもたらされし天国行き……。
今の「盲目的リアリスト」のユンファさんには、それとこれとの見分けはつかない。
――俺たちは広いバルコニーに出た。
この春もまだその気配の弱い季節の夜は、鋭い深々とした冷えこみが、酔いにほてった頬のかすかなしびれを鎮静させてゆく。
……俺はウッドデッキの床をギシ…ギシ…ときしませながら、鉄とガラスでつくられた欄干 に両腕をかさね、そこに顔を伏せているユンファさんの、その白いカッターシャツの背中にゆっくりと歩みよってゆく。
「……、…」
そのさなか俺がなんとなしチラリと横目に見たのは、白いパラソルの下、木製の円 いテーブルに置かれた銀の灰皿――黒いたばこの吸い殻が山になった灰皿――、そして青銅製の向かい合わせの二脚の椅子である。
……俺は前に目をもどす。いまだネオンのきらびやかな夜景の広がるそこで、ひ、ひ、と揺れているユンファさんの、そのやや丸まった背中へ――。
俺に「貴方が好きです」と思わず、多少なり気をゆるませる酔いのまま愛を告げてくれたユンファさんは、しかしその直後、悲しげに顔をしかめた。――そして、慌ててもたれていた俺の肩から頭をどかし、彼はうなだれると、ポロポロと泣きながら『ごめんなさい、本当にごめんなさい、』と何度も俺に謝り、無理にも笑った。
『ちょっと、酔いすぎて、しまったみたいで、…お酒のせいで、身の程知らずな、…ひ、酷いことを言ってしまいました、…ごめんなさい、…忘れてください、決して本気なんかじゃありませんから、…烏滸がましくも浮かれてしまって、…本当に、…本当にごめんなさい、――ちょっと外で酔いを冷ましてきますね、…ごめんなさい、…』
と、そしてユンファさんは俺から逃げるようにさっと立ち上がると、俺を置いて足早に一人このバルコニーへと向かった。
……もちろん俺もすぐ立ち上がり、『待って』と引き留めようとした。『どうして謝るのですか』と、謝る必要などない、俺はむしろ嬉しいとユンファさんに告げた。
だが彼はそのときほとんど混乱しており――何一つ取り柄のない性奴隷のくせに、ちょっと優しくされたからって、まるで「普通のデート」のようなロマンチックなことをしてもらったからって、馬鹿みたいに調子に乗って、浮かれて、なんて恥ずかしい、なんておこがましいことを言ってしまったんだろう、という悲しい罪悪感、…
僕にそう言われて本当に喜んでくれるはずなんかないのに、きっと拒まれてしまう、困らせてしまう、彼(俺)の反応をまともに見たくない、というあくまでも杞憂にすぎない恐怖心、…
そして、俺の前でこれ以上泣いてしまったらまた俺に迷惑をかけてしまう、といういじらしい憂慮、…
……それらが複雑に絡みあった混乱のせいで――俺の言葉は、彼の耳に聞こえてはいても取り合われることはなく、…俺も手をつかむなどそこまでのことはしないで、…ひとまずはただこうして追いかけてきたのである。
「ユンファさん…?」
と俺は優しく声をかけながら、しゃくり上げているユンファさんの背中に、そっと自分の黒いチェスターコートをかける。
「っは、…あ、ごっごめんなさい、あの大丈夫で…、……」
するとユンファさんは頭を上げ、俺のその心ばかりの気遣いを遠慮しようとしたが――そのまま俺に後ろから抱きしめられると絶句し、その涙の雫がやどった長いまつ毛を伏せながらうつむいて、じっと固まる。
「……、…、…」
「…貴方に〝好き〟と言っていただけて、俺はとっても嬉しかったですよ。――ははは…それこそ天にも昇るような、とでも言いましょうか、とにかく今もとても幸せな気持ちでいっぱいです。」
わかってはいるのだ。
……今のユンファさんには、恋人を作るという自由がない以前に――ただの恋心、恋人になりたい、好きな人と結ばれたい、その人のそばにいたい、――いや、そうした「望み」をともなわない、ほんのささやかな、秘めやかなものでさえ――恋をする心の自由さえも、ないのだ。
ケグリどもに奪われてしまったからである。
それは俺もよくわかっている。――彼は否定しなければならないのだ。決して認めてはならないのだ。…自然に、どうしたって生じるときは生じてしまう、自分のその恋心をさえも、今の彼は否応なしにも全否定し、押しとどめるどころか、必死にそれの息の根を止めようとしてしまう。
しかしそのような状態にあるユンファさんが、俺に「好き」と言ってくれたのだ。
酒の力を借りてでも、また言ってすぐに後悔し、こうして俺から逃げてしまっていても、それでも彼は自分の気持ちにほんの少しでも正直になれた。――いや、無理をして正直になってくれたのだ。きっと俺のために。
……不安だろう。だがもう少し安心させてあげられれば、あるいは――。
「…はは…と、なれば…――どうやら俺たち、奇 し く も 両想いのようですね…?」
そうして「奇 しくも」などと俺が冗談めかした白々しいことを言って、笑わせようとしても、――しかし、ユンファさんは悲しげに濡れた黒いまつ毛を伏せたまま、その下の蒼い瞳を小きざみに揺らしながら、そっと眉をひそめた。
「いいえ、…いいえ…、両想いでは…――ぼ、僕 も 、本気じゃありません…から、…」
「なるほど。…それではまだ現段階では、俺の本 気 の 片想いのまま、ということですね。…だけれど…こうして俺に優しく抱き締められ、俺の体温に冷えた体をあたためられるのも、お嫌ですか…――貴方の心は、今何と仰言っているのです…?」
……俺の目には視 えている。
彼の伏せられた蒼い瞳は『嫌じゃ…ない、』と忍び泣きながら言っている。――『まさか、…嫌じゃない、……嫌じゃない…、…むしろ、すごく…嬉しい……溶けて、しまいそう……どうして、…どうしてこんなに幸せなんかを感じてしまうんだろう、…決してゆるされないことだというのに、…どうして僕はこんなにチョロいんだ、なんでこんなに僕は頭が悪いんだろう、僕というのは、どこまで救いようのない大馬鹿者なんだろう、…………』
「……、…」
俺の目にも視えないものはあるのだ。
それとはすなわち、その人が想起する「過去の記憶」だ。――それに関しては普通の者と同様、話して聞かせてもらうでもしない限り、俺にも知りうる方法がない。
ただし、喜怒哀楽どんな感情の記憶なのかは視える。……いや、しかしそれを正確に知りうるには、「話して聞かせてもらう」のが一番よい方法なのだ。そうすれば俺にも鮮明にそれが視えるからである。
……ユンファさんは今何か悲しい記憶を思い出し、またそれによってこう決断した。
『…もうこんなに甘い夢、見たくない…、…しっかりしろよ、…こんな有り得ない、こんな馬鹿げた夢からは、もう目を覚ますべきだ、…』
……ということでユンファさんは、わざと迷惑そうな渋面を作ってこう言った。
「嫌です…、……き…、……気持ち…悪い、…だから、離してください……」
「…そうですか…。んっふふ……」
もちろん俺は別段落ち込んでなどいない。
ひときわ熱く燦爛 と輝いた、「月の真実」が視えていたからである。
それだからユンファさんから離れることもしない。つまりうしろから彼を包み込むように抱きしめたままだ、ということである。
「貴方って、そういう嘘はお下手なのですね。そんなところもとっても可愛いけれど」
「……っ」
ユンファさんはふいっと俺から顔を背けた。
そして彼は精いっぱい平静をよそおい、低い声でこう言うのである。
「いや嘘なんかじゃ、…ほ、本気であるはずがありません、…だ、だって、…何故なら僕には、――もう…結 婚 を 見 据 え た 恋 人 が い る から、です……」
「……、…」
俺は仮面の下で眉をひそめた。同時ほとんど衝動的にぐっと、ユンファさんの顔をこちらへ向かせた。
「……っ?」
「……、…――。」
俺は驚いて目を瞠 っている彼の、その二つの青白い瞳を、睨むというほど凝視する。
「……。恋人…ね」
「…は、はい…」
「……そう…、んふ…それなら当然、その恋人の連絡先も知っているのでしょうね……」
俺はこの目をやわらかく細め、ユンファさんの揺れているその潤沢な蒼い瞳に微笑みかける。と彼は強気をよそおい、わざとむっとしてコクコクと頷く。
「え、ええもちろん、…もちろんです、彼氏の連絡先を知らないわけが……」
「じゃあ電話して。今すぐ。」
「…え…?」
ユンファさんは呆気にとられ、その目も口も開いた驚きの顔で固まった。が、すぐにその顔はまたむっとし、伏せられる。
「…い、いえあの、…こ…っこんな、時間に、…もう流石に寝ているかと…」
「あぁそうですよね…、ましてや彼氏がいらっしゃる身で、こんな最高の色男と二人っきり…それもこんなに親密なデートをしているだなんて…――それほど疚 しいこともありませんしね……?」
俺はおもむろにユンファさんの片耳に、仮面の青い唇を寄せる。
「だけれど…、恋愛においていえば、そう冷静になりすぎるのも損なものです…。貴方からのお電話には、間違いなくその彼氏とやらも喜ばれることでしょう…――深夜、何の前触れもなくかかってきた愛しい貴方からのlove call…、〝寂しくて我慢が出来なかったんだ。ほんの少しだけ君の声が聴きたくて…〟――まあ何て可愛らしいことでしょう…。ましてや貴方ほど美しい人からの熱烈な、かつ愛らしいも過ぎるほどの求愛…、それに欣 ばない男などいるでしょうか…?」
「……いやそ、そういうの、嫌いな人なんです、…それに僕…今、仕事中で……」
「そう慎重にならず…、俺がよいと言っているのですから、どうぞご遠慮なく…――ふふふ…、それに〝嫌い〟というのも、案外貴方の思い込みかもしれませんしね……」
俺はユンファさんの脚のつけ根をするりと撫で…、撫でながら――スラックスのポケットに入っていた彼のスマートフォンを取りだし、彼の胸の位置に持ちあげて示す。
「さあどうぞ…?」
「……、いえ…」
しかし、ユンファさんは困惑の横顔を自分のそれに向けて下げるが、手に取ろうとはしない。
「ですから、こんな夜中に電話なんか出来ません…、…寝ているところを起こしてしまっても悪いですし…」
「それなら…、メッセージを送ってみてはどうです……?」
俺は片腕でユンファさんの鎖骨を抱きよせるようにし、彼が両腕を自由に動かせるように解放した。
「この時間であっても…メッセージというlove letter一通であれば、迷惑とまではいかないかと……」
「……いやっそ、そういうのは、…」とユンファさんの横顔が迷惑そうにゆがむ。
「貴方の指示で送るようなものじゃありませんから、…おかしいじゃないですか、そんなこと、…」
「うぅん、これは一本取られました…流石。さもありなんですね、それに関しましては…、……」
と俺は言いつつ、ユンファさんのスマホを改めてまじまじと見る。今それの画面は暗い、が――今さらながら、随分…使い込んでいらっしゃる、というか……このケースなど装着されていない銀のスマホは、液晶画面のガラスも派手にヒビ割れ、また型も初代から何番目か、というかなり古いものである。
まあ一応国内シェアNo.1の高性能スマホメーカー、一かじりされたトマトのアイコンでよく知られるPomodoro 社製、通称PomPhone …ではあるが…――ぜひこの俺が最新型に買い替えてあげなければ。…もちろんその折には「要らないデータ」も全て消去して……。
そういえば最新型のPomPhoneには薄紫色があったか。たとえケースを着けるにしても、あの綺麗な薄紫色はユンファさんにぴったりである。
「と、とにかく…」――ユンファさんは目を伏せたまま、険しい迷惑そうな顔をつくる。
「今までは仕事だと思って、そのことを伏せてはいましたが、…僕には本当に恋人がいるんです、…それも結婚を視野に入れている、その、――せ…誠実にお付き合いさせていただいている彼氏が、…ですから僕は、貴方のお気持ちには応えられ、…」
「それなら、本当にその彼氏とやらがいるということの証明をしてみせてください。――悪いけれど、証明も無しに諦めろと言われても………んふふふ……」
「…しょ、証明…? ……証明って……」
ユンファさんは困惑してまたうつむき、ひとまず自分のスマートフォンを俺の手から受けとる。
「……、…」
が、電源の入っていないそれをじっと見下ろしたまま、微動だにしない。
「……ユンファさん」
俺は悪い予感がした。
しかし予感なのである。――彼はまた悲しい記憶を想起しているが、俺にそれは視えない。
「……、…」
しかし俺の制止するような呼びかけに、余計に意地になったらしいユンファさんは、意を決してスマートフォンの電源を入れ、ロックを解き――いくつかの操作でメッセージアプリを開くと、『モウラご主人様』とのトーク画面をひらき、俺にトーク内容を視認させないための素早い操作をもって、ライブラリからアルバム、そしてそのアルバムを遡 ってゆく。
……俺は思わず目をそらした。その酷すぎる内容に。――その代わりユンファさんの横顔を見る。
「……、…」
ユンファさんはあくまでも無感情につとめ、冷徹なうつろな横顔でそれを見下ろしている。――やがて彼の人差し指が止まる。…止まるとその指はカタカタと震えている。
……彼の呼吸がひどく浅くなっているのが聞こえる。――そしてユンファさんは、何も言わずに俺にそのスマートフォンの画面を見せてきた。
ユンファさんはある動画を再生した。
縦長に切りとられたその画面……おそらくはラブホテルのベッドの上だろう、また暖色のベッドサイドランプだろう灯りばかりの薄暗いなかで、白い枕に後ろ頭をしずめて斜 へ顎を引き、その長いまつ毛を伏せているユンファさんが、真上からの画角で撮影されている。
『…んっ…♡ ぁ、♡ …っあ…♡ は、♡』
彼はそう切ない声をもらしながら、枕の端を両方つかみ、縦にゆさ、ゆさと揺さぶられているので、撮影している男――とは、もちろんあのクソドブネズミ――ノダガワ・モウラに、もうすでに挿入されているのだろう。…が、…俺がそうした回りくどい言い方をしたのには訳があり、…というのもユンファさんは、今も着けられているあの赤い首輪をしているのはもちろんだが、何より上半身に白いカッターシャツを着たままなのである。…それも第二ボタンまでは外されているが、それ以降は止められたままである(ただし生地は若干薄いようで、ほんのうっすらと彼の薄もも色の乳首が透けて見えている)。
『ユンファ、ありがとうは?』――モウラの軽薄な感じの声がそう言うと、ユンファさんは何か慣れたようにカメラ目線となり、揺さぶられながら切ない悲しそうな顔をする。
『ぁ…♡ はぁ…、…はぁ…、も…モウラ、さん、あ、♡ 貴方のぉ、おちんちん…、…な…生の、おちんちん…僕のぉ…おまんこの、なかに…挿れてくれて、ぁ、ありがとう…――すごく、気持ちいい…、おまんこの…奥が…気持ちいい…』
『よく出来ました。…ユンファのまんこもぬるぬるで気持ちいいよ。まあちょっとゆるいけど。』――そう嗤 いながら言い放ったモウラに、ユンファさんは悲しんで目を伏せる。
『ん、♡ ご…ごめん、なさい、ゆるくて…』
『いやいやしょうがないよ。今日も朝から大勢の男とヤッたんでしょ?』
『……、ぅ、うん…、でも、でも仕事で、…好きで…――好きでぇ、えっち…しているのは、モウラさんと、だけ……ぁ、♡』
『嬉しいわーそれは。ほら聞こえる?』
モウラはそこでユンファさんのおへそ辺りを映し出した。――彼のその下腹部には、カッターシャツ越しに透けるほど濃く、殴られたような青あざがうっすらと浮かんでいる。
いや、マイクを近づけたのだ。くちゅ、ぬちゅ、と挿抜による濡れた音を収録するために。
『ユンファのマン汁で、まんこからぐちょぐちょいやらしい音鳴ってるよほら。聞こえる?』
『…ん…うん…、聞こえ、る…』
『僕のちんぽしゃぶってただけなのに、こんな音立つほどまんこからマン汁どろどろ溢れさせて、お前ってホントやらしいね。』
『は…、ぁ…ご、ごめんな、さい…、でも、あの…舐めながらじ、自分でいじって濡らし…』
『ん? 何が? 本当は?』
馬鹿にしてからかうようにそう言いながら、モウラがまたユンファさんの顔を映し出す。
男は動きを止めたらしい。彼はうつろな顔で目を伏せ、小さな声でこう答える。
『……ごめん、なさい…、モウラさんのおちんちん…フェラしていただけで、濡らして…』
『ふ、教えたでしょーユンファ。エッチの最中は? …ちんぽだろ。…僕のちんぽ下品にじゅぽじゅぽしゃぶってただけで、で、ユンファはどこを何で濡らしたの?』
『ぉ…おまん、こ……ぁ…愛液で…』――ユンファさんは今にも泣き出しそうな、つらそうな顔をして、消え入りそうな小声で言う。
『聞こえないよ』
『お、おまんこ…を…愛液で…濡らして…ごめ、…なさい…』
もう少し大きな声で言ったユンファさんは、眉をひそめ、つと許しを乞うような涙目でモウラを見上げる。
『あ、あのね、モウラさん…、でも、ごめんなさい、僕…は、恥ずかしいな…――あ、あんまり、言いたくない…、そういう…こと、仕事以外では……』
『でも仕事では言ってるんでしょ? 恥ずかしそうにしてるユンファが可愛いから言わせたいだけなのに…――彼氏の僕を喜ばせようとは思わないの、ユンファは?』
……ユンファさんはふと目を伏せ、『ご、ごめんなさい…』といよいよほとんど泣き顔で言った。
『…も、モウラさんのおちんぽ、下品にじゅぽじゅぽしゃぶっただけで、…お、おまんこ、マン汁で、い、いっぱいぬるぬるに濡らして、ご、っごめんなさい…――っい、いやらしい体で…っご、ごめんなさい、……っ』
しゃくり上げはじめたユンファさんに、モウラは撮影機器 を立てかけ、彼の横顔を映すようにセットした。――映り具合を確認しているモウラのドブネズミ顔も映る。
それからその男は『泣くなよもう〜、そうやってすぐ泣くんだから、可愛いなぁ。愛してるよ。言ってくれてありがと、超興奮したよ〜』などと甘やかすような猫なで声で言ってのち、ユンファさんのその唇をいやらしくむさぼる。
『ん…、……んぅ、…ん……♡』
モウラが指を絡めて手をつなぐと、ユンファさんの長く美しい指がぎゅっとその男の手をにぎる。
ギシギシとそのままモウラが腰を振る。『ん、♡ ん、♡ ん、♡』と彼が鼻から切ない声をもらす。
『ふ…、…ぁ、♡ ぁ、♡ ぁ、♡』
……ユンファさんが泣いているような切ない横顔で、至近距離のモウラの――クソ出っ歯ドブネズミ顔の――目を、じっとすがるように見つめている。
『…愛してるよユンファ、可愛いよ、…』
『もっモウラさ、…僕も、あっあいしてる、…あっ…♡ そこっ…激しいのだめ、♡ イッちゃう、♡』
『絶対いつか自由にしてあげるからね? お金貯めてご両親も助けて、絶対いつか僕と逃げようねユンファ、結婚しよう?』――モウラのこれは半笑い、どう聞いても本気のそれではない。
『んっ…♡ ぅ、うん、…嬉しい……っ』
しかしユンファさんは感涙の表情で微笑し…――とここで(やっと)俺は後ろからその動画を止め、いきおいスマホの電源を切った。
それも俺はあまりの憤 りに彼の手からスマホを奪い、ひとまず自分のパーカのポケットに入れておく(無論盗むつもりはないのだが、もうしばらくこれをさえ見たくもない、)。
そしてユンファさんを抱きしめなおす。
「チッ…っグゥゥ゛…っ! おいこの雄 豚 このクソドブネズミめが絶対にぶっ殺してやる、っ俺のユンファによくもこんなに酷い、――失礼。んんっ、…それで……」
「……、…」
……ユンファさんは悲しげな、ぼんやりとした横顔を伏せ気味に、また俺の腕のなかに閉じこめられた彼の体はガタガタと震えている。――彼の伏せられたその片目からこぼれ落ちた涙が、つー…とその青ざめた頬につたい落ちてゆく。
「ユンファさん……」
と俺は後ろからぎゅっと彼の細い体を抱きすくめる。…言いたい言葉は山ほどあるのだが、かける言葉を選んで…選んでも、結局、
「貴方をこうして泣かせるだなんて…碌 でもない男なのですね、貴方の彼氏というのは……」
俺はそうとしか…今はそうとしか言えなかった。――もっと早く動画を止めるべきだった。
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