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164 ※微
大浴場とまではいかずとも、二人用にしては広々とした印象のあかるい浴室の壁と床は、美しいブルーチーズのような青みがかった白地に、青黒い亀裂のもようが張りめぐらされた大理石でできていた。
さてもロマンチックな甘いジャスミンの馨 しい薫 りが、湯気にしめってなお甘やかに満たされている。――それは出入り口の扉から対面にある、白い清潔な縦長の浴槽に満たされた湯のみなもを埋めるように、おびただしい数うかべられた白いジャスミンの生花、それが放っている薫りにちがいない。
また底面から放たれる黄金の光が、その白い小さい花びらの隙間を抜け、ゆらめく湯気を明るませながら、幻想的な煙のように漂っている。
さて…――俺は今、出入り口から入ってすぐのひらけた洗い場に置かれていた木製の風呂椅子、それにむき出しの下半身を落ちつかせながらも、…真上に仮面をかぶせた顔をむけていた。
「……、…、…」
なお当初の約束どおり、俺の上半身は今浴室にあっても黒いパーカを身につけたままである。――先ほどユンファさんが俺の顔を見てくださったなら、それこそ俺の背に刻まれた「九条」の字をも彼の目に映すことはやぶさかではなかったが、残念ながら「次には必ず」という返答であった以上、今夜においては「九雀 」をふくめたその字は秘匿させておくに越したことはない。
「……あの…」と、俺の足下に正座しているのだろうユンファさんが、かるく困惑したような笑みを含ませて話しかけてくる。
「どうして…ずっと上を向いてらっしゃるんですか……?」
「ど…どうしてって、……」
……ユンファさんが、…長年憧れてきた初恋の美男子が裸だから――いや、厳密にいえば「ほぼ」裸だから、である。
俺はこのようにして言うまでもなく、先ほどの「一緒にお風呂に入りませんか」とのユンファさんの誘いに応じた。
……そのときも内心かなり動揺していたが、しかし初恋の美男子と一緒にお風呂…――そんな垂涎 必至の蠱惑 的なシチュエーションを、それも初恋のその人ご本人から提示されてなお、それでも紳士ぶってそれを固辞できるほど、俺は大人の男ではなかった。
それで、まずは二人で脱衣場へ――。
さて、と俺と向かいあって立っていたユンファさんが、ちらりと(あまりにも愛らしい)上目遣いで俺を見やって、それからはにかんで目を伏せながら――ぷつ、ぷつ……自分の白いカッターシャツのボタンを一つ一つ、上から順に外していった。
……俺はそのさなか、唐突にスウェットパンツと下着をズルリと脱ぎ(なお実は、彼に脱がしてあげますね、と事前に言われてはいたが)、ユンファさんの肩を両方がっしりと掴んで、矢継ぎ早にこう言った。
『せ、…せめてカッターシャツは羽織ったままでお願いします。それではお先に。失礼。』
『…へ…? ぁ、…あ、…ちょっと、』
……ユンファさんは驚いた顔をしたが、俺は構わずそそくさと先にこの浴室へ入った。
見ちゃ、駄目。
……また出そう…――鼻血。
そうしたわけで…――俺は下半身は裸、上半身には黒いパーカを着けたまま先にこの浴室へと入り、いっそもう先にさっさと体を洗って出てしまおうかとシャワーを出した。
のだが…すぐさま俺を追いかけてきたユンファさんが、そっと浴室の引き戸をカララ…と開けて入って来、そして後ろ手にそれを閉めてから、
『はは…、あの…わかりました。何となくですが…――僕、あんまり貴方の…その…――お恥ずかしいんですよね…、なるべく見ないようにしますから……』
『……、…、…』
違う。どうしてこうも彼は「ド天然」なのか?
今貴方から顔を真横にそむけている俺は「見られるのが」恥ずかしいのではない。
というよりか、恥ずかしいというより――貴方を「見るのが」何 か と マ ズ い のである。
しかしユンファさんはその「事実」に気がつかないまま、『ところで…』
『その椅子にお座りになってくださいませんか』
『……え、……、…、…』
俺はやむを得ずそうしたユンファさんを一瞥 し、しかしすぐさま顔を真上へむけた。――彼は俺の要求どおり、ボタンをすべて開けた白いカッターシャツだけは身につけたまま、しかし(俺を追いかけるため大急ぎで脱いだのか)その生白い細長い下半身はあらわに、…随分セクシーな……。
すると、俺の肉体が飼っている荒馬 という心臓は、いよいよ上 下 二 つ に増えた。
飼っているとはいえ乗りこなせない、勝手に暴れて鼻息荒くいきり立ってしまうその荒馬は、その全身のたくましい筋肉をより雄々しく誇示するように硬くし、それをすさまじい勢いで駆使して熱しながら、ひたすらに疾走している。――鼻先にぶらさげられた何よりの大好物、初恋のその人の、その麗 しい月華 の肉体をただひたすらに追い求めて。
今の俺をコントロールしているのは、俺というよりむしろその「荒馬」のほうであった。――思考という思考はなく、俺はなぜともしれないまま、また顔を仰向かせたままに、入ってきてすぐ位置の把握が済んでいた、彼指定の木製の風呂椅子におとなしく腰かけた。
するとユンファさんは俺の足下に、そっと端座したらしく――床と彼の脚がこすれた音から察したことである――、…そして…こ う な っ た …というわけだ。
さて、ユンファさんは俺が片手に掴んだままのシャワーヘッドに手を添え、「貸していただけますか」と声をかけてくるので、俺はそれをつかむ手の力をゆるめた。
……すると彼は俺の足の甲や脛 のあたりに、そのシャワーのお湯を当てつつ、こうはにかんだような笑みをふくませた声でたずねてくる。
「ふふ…、あの…ちょっと痛い…かもしれませんので…――出来る限りそっと触りますが…、触っても、大丈夫そうですか……?」
「…は、…な、何を…いや、…いやわかってはいます、何 を か は、…」
俺の肉体のうち、真上を向いているところもまた顔のほか「もう一つ」あるのである。そのうちの「片方」のことを、彼は言っている。
「…その…しかし…出、出て、しまうかもしれませんので、…暴 発 とでも言いましょうかその、…ゆ、ユンファさんに触れられてしまっては正直……」
「…大丈夫ですよ…、ふふ…」
と優しいやわらかな声で言ったユンファさんは、シャワーヘッド部分のスイッチで一旦お湯をせき止めた。…そして自前のものだろうか、ここへ持ち込んできていたらしい何かしらの――といってもおそらくは風俗店専用のボディソープだろう(俺が脱衣場に行くさなか、その消毒用ボディソープをぜひ経験してみたい、と要望したのである)――ボトルのポンプをシュコシュコと押しながら、
「その…、むしろ…はは、あ、あの、きっとお辛 いかと思いますので、――もしよろしければ一旦、此処で一度……」
かえって意図的に「暴発」させてしまったほうが楽になるのでは、と提案してくる。だが俺は「いやっ…」とそれを即座に嫌がる。
「ベッドで…大変、…大変魅力的なお誘いではありますが、…ぁの俺といたしましては正直、ベッドで…、ユンファさんを、じっくりと味わってから……」
「……、わかりました…。でも…――もし、万が一…その、ふふふ、――暴 発 してしまったとしても、どうぞお気になさらず。……では失礼します…、まずは足をどうぞこちらに……あっ、♡」
「ぃぎっ…!!」
俺は顔を真上に向けている以上、皮のつっぱった首すじに血管もろもろ筋がうかぶほど、奥歯をつよく噛みしめた。――ユンファさんの丁重な両手が、俺の片足をその人の硬いなめらかな両ももの上にのせたのだ。すると俺の足の指先にちょんと、彼の「やわらかい先っぽ」らしき感触が、ふにっと、…
「ごっごめんなさい、…ぉ、思ったより大きくて、――ご不快でしたよね、本当にごめんなさ…」
「いや不快どころか今にも天国に逝 きそうです、…」
めまいがしてきた……。
それも、…思 っ た よ り 大 き く て …――なんて官能的なセリフ…いや、…とはいえ、ほとんど確実に「思ったより大きかった」のは俺の足の話である。
「…天国、に…? つまり…えっと、気持ち…よかったということですか…? ――では…、…ッん、♡ ……は、…ッ♡ …っふ…♡ ……、…、…」
「だ、だめ、ちが、あ゛、ッちょ、…」
いやっ…いやっ…最高だ、最高だが、――ユンファさんのまだ柔軟な陰茎が、にゅるにゅると通常のものよりぬめり気をおびたボディソープとともに、俺の足の裏にくにゅくにゅとこすりつけられている。
「気持ち…いいですか、♡」
「き゛も゛ち゛い゛い゛で゛す゛…ッが、…」
ヤバい鼻血が、…と俺は仮面の硬い鼻を片手でおさえる。
するとユンファさんは「ふふ…」とやわらかい含み笑いをこぼし、「よかった…」と嬉しそうにつぶやくと、時おりビクッと太ももを跳ねさせながらも、そのまま続行してくるので、
「あのっいえでも、そ、その、何かその、ユンファさんの大事なところを踏み付けているようで罪悪感が、…」
と俺が適当な理由をつけ、遠慮がちにやめてほしいと伝えたなり、ユンファさんは、
「じゃあ…、……」
と今度は俺の脛に抱きつくようにして――ぬる、ぬる、ぬるる…と、その硬い上半身のなめらかなあたたかい肌で、足の甲から脛、膝を往復してこすってくる。…ちなみにふくらはぎは彼の両手がぬるぬるとこすっている。
「は…♡ ごめんなさい…僕、体が貧相で…――あまり、気持ちよくはないかと思いますが…――せめて女性のように、柔らかな胸があったらよかったんですけど……」
「とんでもない…っ最高です゛…っ」
と答えるのが今の俺の精いっぱいである。
……というか俺――大変今さらな話だが、今、風俗店の醍醐味 ともいえる洗体 を受けているのか…? 初恋の美男子に……?
今夜ばかりは、というのでも、やっと本当の恋人になれたというのに…――俺の理性はそう一瞬不満をもらすが――、
「……、…、…」
Oh my…OK,Ok Simmer down,Take it easy……(ヤバい、…いや大丈夫だ、落ち着け、落ち着け、もっと気楽に行かねば……)――ちなみに俺は(大学が英語圏であったのも関係しているが)自分の作品を英訳しつつヤマト語での執筆もしつつと、そういった作業を日々行き来しているせいか、混乱するとなお思考に英語がはいりこんでくる、…というよりか、あえて言語を変えることで頭を使い、それによって落ち着こうとする一種の癖をもっているのだった。
が…――俺は次の瞬間、
「ッんぐ、ぅぅう゛、…」
とまたもがき苦しんでいるようなうめき声をあげた。――ユンファさんがおもむろに、俺の脛にまたがってきたために、である。
すると当然ふにゅん…とふわふわのややひんやり、にゅちゅ…と濡れた熱いみずみずしい、むにゅう…とゆたかな二つの、――しかも俺の脛にのっている、先ほどより硬くなった、…そのままくちゅ…ふにゅ…にゅる…むに…すり…とこすりつけられる、……多分いま相当冷静ではない俺は、およそ知能指数が下手な猿より低い。
「ッおかしくなっちゃう…――っ!」
俺は思わずそう天へ向けて泣きそうになりながらもらした。
「…え…? ふふ…――」するとちょっといたずらに笑ったユンファさんは、…そのまましずかに立ち上がり、俺の太ももにまたがってきた。
そのままぬるる…くちゅ…ふにゅ…むにゅ…――と腰を前後に往復させる。
「少しは…その…ぇ、えっちな気分に…なっていただけていますか、あの…――僕の…体の、感触で……」
と、そしてユンファさんは自信なさげな小さな声でそう、俺に尋ねてくるのである。――これ以上ないほど勃起している俺に。いや、も う こ れ 以 上 血 は 溜 め ら れ な い ……。
「いや我ながらえっちな気分になり過ぎています。もはやキャパオーバー気味です。」
「…本当ですか…? はは、嬉しいです…――実はその…、僕も…正直、すごく…むらむらしてきていて…、…だ、抱いていただきたいくらいです、今すぐに……」
「…何てことを仰言 るの……」
と俺がつぶやくように言うと、ユンファさんはうれしそうに「ふふふ…」と笑う。
「…えっと、じゃあそろそろ…、ぉ、おちんちん…洗ってもいいですか……? あっただ、もちろん極力見ないようにはしますので…――でもその…出来たら、貴方の目が見ながら……」
「……、…」
俺は上向かせていた顎を下げ、ふとユンファさんを見た。
彼は真っ赤な顔をうつむかせ、はにかみ笑いで目を伏せていた。――透けている。…かろうじて乳首をおおう程度までひらかれた白いカッターシャツが、しかしぐっちょりと濡れて彼の白皙に張りつき、彼の薄桃色の乳首とそこについた銀のリングピアスが、ほとんどあらわとまで透けて見えている。
「……、…、…」
エッ…ロ………。
「……、…あ、あの、ごめんなさ……」
しかし自分の胸もとを凝視する俺の目に、ユンファさんの片手が透けている二つの薄桃色を隠したそうにさまよう。
「ぁ、あまり…その…酷い、体ですから……」
「とんでもない…、最高過ぎます…、何とお美しい…、何と、艶 めかしい……っ」
「……、…」
するとユンファさんの胸もとをさまよっていた片手が、ひく、として、迷いながらもおそるおそると下がってゆき――彼は「ふふ…」と幸せそうな含み笑いをもらすと、か細いひそひそとした小さな声でこう言う。
「も…もしかして、その…僕の体に、こ、興奮…して、いただけて、…」
「ええご 覧 の 通 り 。」
いよいよつーー…と俺の上唇を濡らす熱い鉄味がある。――ここでユンファさんは俺の目を見、その陶然 と潤んだ薄紫色の瞳でじっと見つめてきながら、ふとあまりにも美しく微笑した。
「嬉しいです、本当に…、幸せ……」
そう言う彼の瞳には、このようなほとんど恍惚とした心情が宿っている。『いつもなら、自分の体をじろじろ見られたり…、それで勃起されたりすると、正直、気持ち悪いとしか思えないというのに……どうしてだろう…、相手が彼だと、本当に嬉しい…、幸せ……むしろ、もっと興奮してほしいくらいだ……』
そしてユンファさんはやや前のめりに、俺の目を見つめながらこう意欲的に聞いてくる。
「あ、あの…どうしたら貴方にもっと興奮していただけますか、…僕何でもします、本当に何でも…どんなに恥ずかしいことでも、何でも…」
「ははは…何とお可愛らしい…、しかし、ユンファさんは何も特別なことをなさる必要は…」
ない。と俺が言い終える前に、ユンファさんは「あ…」とあ る こ と に気がつき、…さあ…と青ざめてゆく。彼の視線は俺の顎のあたりにある。
「あの、あの、あっ…あっ…? また、…」
「…あぁ、やっとお気付きになられました? ――そうなのです。」
そうなのだ。
……俺の仮面をまとったままの顎からは、ぽた…ぽた、と血がしたたり落ちている。
「んっふふふ、これは失礼。…艶めかしいユンファさんの全てに興奮し過ぎたあまり、俺、また鼻血を出してしまいました――。」
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