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壱 ─いち─
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琥珀は、夢を見ていた。
それは十年も昔、まだ親に売られておらず、貧しいながらも幸せだった時の夢。
「どうしたの?」
声が変わってしまう前、まだ高く幼い声で祠の近くで蹲る、毛先だけが黒くなっていた白髪を持つ男に声をかけた。
「おなかが、へってるの?」
「……」
男は何も答えない。むしろ何も知らない少年を憎むようにきつく睨みつけた。
その眼光に一瞬怯むも、少年はその綺麗な琥珀色の瞳に見とれる。
「きれい……。お兄さん、きれいな目だね」
「……!?」
その言葉に動揺を見せるも、気を取り直したように男はさらに鋭く少年を睨み直した。しかし少年はもう怯むことなく男に近寄って、腰に下げていた籠から母が待たせてくれた弁当を取り出し、笹の葉に包まれた握り飯二つのうちひとつを男に差し出す。
「……っ」
「あげる。おれのだけど、お兄さんにあげる。おなかがへるとかなしいもんね」
「……!!」
少年のその言葉に目を見開くと、その男は差し出された握り飯を奪うように受け取ると、そのままがつがつと食べ始めた。
すると段々と男の姿は薄くなっていき、次第に見えなくなっていく。最後には少年が綺麗だと褒めた瞳を少しだけ細め、笑ってたように見えた。
目が覚める。
琥珀にとって見慣れたこの部屋は普段琥珀が過ごし、陰間としての仕事をする部屋でもある。しかし、普段より視界が高い。
「……?」
段々と意識がはっきりしてくると、体を動かしにくい事に気がついた。
両手首はひとつにまとめられ固定されて、上に引っ張られているらしい。左足は自由だが太ももは長襦袢から出てしまって冬に変わり始める十月では少し肌寒かった。原因は右足だけが手首同様縛られ上に引っ張られているからだ。
「……この、感じは……」
寒気がした。もちろん部屋が寒いのもある、しかしこの寒気と鳥肌は、琥珀の勘が悪いことに反応しているからである。
その勘の答え合わせはすぐにできた。
「やあ、琥珀。久しぶりだねぇ」
「てめ……っ! 枯森 ……っ」
「嬉しいな、出禁にした僕のこと覚えててくれたのかい?」
嬉しそうに笑う薄い枯葉色の長髪の男は、ひと月も前に出禁にしたはずの琥珀の客だった男だ。
枯森はどこかの店の跡継ぎ息子らしく、金払いは良い。最初は琥珀も上客だと喜んだものだが、しかしながら、性癖が怪しかった。
殴ったり蹴ることはないものの、今現在琥珀がされている状態での行為、蝋を垂らしたり、どこから持ってきたのか大きな異国の玩具を琥珀に使わせて自慰をさせそれを眺めたり。その上、枯森は持っている一物が巨根のそれで、毎回琥珀の一晩をまるっと買い上げ一晩中攻め立てられ、翌日の晩は仕事に悪影響が出てしまい、客が怒って帰ってしまうのだ。
「お前のせいで、商売あがったりだったんだ!! 出禁にして正解だった!」
「いや、悪いとは思っているのだけどね。それでも不調をおくびにも出さず仕事をするのが専門家じゃないのかい」
「それでも限度ってものがあるだろ!! お前のせいで穴がガバガバになって他の客が……ひぅッ」
琥珀が最後まで言い終える前に枯森は長襦袢から出ていた左の素足に流れるように指を滑り込ませ、尻を揉む。どさくさに紛れるように後孔にも指を軽く入れたり抜いたりして琥珀の反応を見てしたりと笑った。
「お、ま……ぁん」
「ふふ、可愛いね琥珀♡」
琥珀の目の色をそのまま写したような翡翠色の目を細め、枯森は尻を揉むのをやめて琥珀の後孔に3本の指を入れてしまう。
「あ……っ、ぃきなり……あ、アァ……ん"ッあ"」
「ここだろう、琥珀?」
「や、やめ……っ」
抵抗しようとするも両手も片足も縛って上げられ、動けない。
前立腺を3本の指で代わる代わる違う触り方で攻め立てられ、琥珀の腹と中心が熱くなりその熱を吐き出そうとしたとき、一階から女将の声が響く。
「さあ、あんたたち!! 開店するよー!、今日もしっかり働きなー!」
「……!!」
店が開く。つまりは仕事の時間だ。枯森のせいで後ろ以外、まともに用意も出来ていない。
琥珀は文句を言ってやろうと枯森を睨もうとするが、枯森はもう既に部屋にはおらず、いつの間にか手足も自由になり着物も整えられていた。
「あいつ……どこ、から……?」
一階で常に入口付近にいるはずの女将の出禁客への怒鳴り声も聞こえないということは、この店唯一の出入口から出ていないという事である。まさか、と部屋の格子窓に目を向けるも当然開くはずのないその窓が破られたりはしていなさそうだ。
「……」
あと残る可能性は、枯森が人間ではないというもの。しかし、さっきまで触れられていた後孔に感覚が残っている。幽霊とは、人には直接触れることは出来ないものではなかったか。
琥珀はそこまで考え、頭を回転させるのを辞めた。
店が開いたのだ、すぐに客が来る。出禁にした元客が神出鬼没だろうが、関係ない。
(今日はあの人が来る日だ。気合い入れよう)
気を取り直して小指に付けた紅を唇に塗りながらそう思ったのとほぼ同時に女将に呼ばれ、琥珀は一階へと降りていった。
「来たね、琥珀。お客だよ」
「はい、女将さん」
女将に返事を返してお客へ微笑みかける。
「大鳥 様。お待ちしておりました」
「ああ、琥珀。三日ぶりかな? 会いたかったよ」
「ふふ、俺もです」
優しい声で甘く囁き、微笑みを返してくれるのは、町で有名らしい問屋である大鳥屋の末息子である大鳥清治 だ。跡継ぎではないものの、金払いは良く、態度も柔和で行為も甘く溶かすようにゆったりとしていて、琥珀はとても好ましく思っている。
「さ、部屋へどうぞ」
「ああ」
軽く腕を組み、身体を寄せて促した。大鳥は琥珀のその仕草に嬉しそうに頷き、歩き出す。
その晩の大鳥は、行為の後の様子がいつもとは少し違い、真剣な目で琥珀を見つめていた。
「大鳥様? どうしましたか?」
「……清治と呼んでくれないか、琥珀」
「え? は、はい。清治様……」
言われた通り呼び方を変えると、大鳥は琥珀の手を握り、いつもより甘いような、毒を帯びたような声で囁く。
「琥珀……。私の屋敷へ来てはくれないか?」
「そ、れって……」
「お前を身請けしたい。妻は性別上難しいが、恋人として私の傍に一生いてはくれないか。……お前が望むなら、私は一生、お前の他に妻を娶らないと誓おう」
「……!」
真剣さより危うさが勝ったように見える大鳥の目を、琥珀は見返した。
身請け。それはこの夜の町で唯一、鳥籠から安全に抜けることの出来る方法である。
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