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弐 ─に─
「どうしよう……」
目が覚め、朝に変わろうとする町を格子窓から眺めながら、琥珀は呟く。
大鳥に身請けされれば、この鳥籠から安全に抜け出すことが出来る。
出たくないかと問われれば、ここの商品たる陰間や遊女はたいてい出たいと答えるし、琥珀も例に漏れず出たいと答える。
「けど身請けされるって、ただ鳥籠が変わるだけじゃないか……?」
身請けは金持ちだけに許された、お気に入りの吉原の商品を独占する為の手段に他ならない。
その商品の年齢、位、その他芸事など、価値によって値段が上下し、そしてその商品の持っている負債を肩代わりすることによって、ようやく成すことの出来るものである。
「悩み事かい、琥珀」
「そう……」
「なら、僕が聞いてあげようね」
「いや……、って……!!??」
いつの間にかすぐ近くにあった枯森の顔に、琥珀は仰け反った。大声を出しそうになるも、日の出が近いこの店では他の陰間達もそろそろ寝ようとしているだろうことを思い出して口を噤む。
「お前、なんでっ、いつから……っ!?」
「いつからと言われると、君が窓を見てため息をいたところからだろうか」
「最初からじゃないか……」
「うん、そうだねぇ」
枯森はのほほんと笑って暖を取るように左右どちらとも着物の袖に手を突っ込み、琥珀の顔を見つめた。
「あの男は、やめておいた方がいいだろうね」
「は……?」
「あの男には、死相が出ているから」
「大鳥様は……死ぬのか……?」
普段は特別神出鬼没なだけで、ただの人間にしか見えない枯森が、今ばかりは別の何かに見えて、琥珀は息を飲んで真剣に尋ねる。 すると、枯森はふっと笑って首を傾げた。
「琥珀はあの男が好きかい?」
「え……いや、そんなはず……」
「隠さなくてもいい。琥珀、気づいているかい? 君はあの男の名を口にする時、特別な感情が籠っているよ」
「でも、あの人の申し出にすぐに頷けなかった。それに……、聞いてただろ、俺はさっきだって鳥籠が変わるだけだと……」
言い募ろうとする琥珀の口を、白くしなやかな美しい指が止める。
「僕には分かっているよ。君は彼に特別な情を向けている。それが恋とは限らないが」
「恋じゃない……特別……?」
「考えてみなさい。ただ、何度も言うけれど、僕は琥珀があの男に着いていくのはやめた方がいいと思うよ。特別な情の答えがわかっても、ね」
「……」
琥珀が戸惑っていると、枯森はまた笑い、琥珀の太くなりきっていない青年になりかけている首を両手で撫で下ろし、琥珀が着ていた着物も肩からずらしてゆっくりと布団へと押し倒した。
「久しぶりに、僕に君を売ってくれないかい?」
「……今回だけだぞ」
「ふふっ、それは光栄だ」
首元に顔を埋める枯森を琥珀はぼんやりと眺める。よくある茶色く枯れた葉のような色なのに本当に綺麗な髪と、白い肌だ。
(聞いてくれた礼だと思えば、なんともない。金以外だと俺はこれしか知らないし、あとのことがなければ、こいつのことだって嫌いじゃない)
「琥珀……」
「ん、ぁ……、あ……」
日が登り出す外に耳を済ませながら、琥珀は久しぶりに枯森から注がれる優しい愛情のような愛着のような視線と身体と感情に身を委ねた。
穏やかに眠る琥珀を眺めながら枯森は呟く。
「彼だけには、琥珀はやれない……」
死相が出ている寿命が近いはずのない健康な男は、大抵ろくな死に方をしない。
恨みを買って刺されて死ぬか、誰かを巻き込んで死ぬか、妖の類いに取り憑かれて惨い死に方をするか。はたまた……。
そんな危ない命に何より大切な琥珀を差し出す訳にはいかない。自分が手に入れる方がまだマシなくらいである。
「君は覚えていないだろうね、翡翠の瞳を持つ、可愛い可愛い僕の┈……」
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