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第4話 古書
翌日、彼はいつも通りの時間にやってきた。
「はぁ……何かいい方法は無いのだろうか。このままでは本当に国中の民が飢え死んでしまう」
「あの……これを」
オルビスは彼の横に立ち、昨日見つけた一冊の書物をテーブルに置く。
古ぼけ、表紙はところどころすり減っている。
「これは?」
「私も調べました。五百年ほど前の記録です。この頃、大規模な干ばつがあったようです。その際に所謂、雨乞いを行ったと記されています」
「雨乞い……それは闇魔術ではないのか?」
「はい、闇魔術ではありません。……まあそれに近しいものですが」
オルビスは一呼吸置いて、その頁を開く。
神殿の中央に王族の中で魔力の強いものが雨降らしの魔法陣を描く。
そして、その中心に生贄を立たせる。
それは王族の支配する国民でなければならない。
王族が陣に一滴血を滴らせると陣が発動。
記録ではその三日後に龍神が大地を潤した。とあります。
「国民から犠牲を出すなどありえない」
「儀式は……王族である貴方なら可能かもしれません」
「気づいていたのか」
「ええ。私は成人以来ここからほとんど出ておりませんし、幼少期に社交の場に連れられたこともありません。なので、気づくのが遅くなってしまいました。高貴なお方に対して無礼をお許しください。セオドア殿下」
「いや、今までどおりで構わないよ。むしろ君とはもっと親しくなりたいと思っているんだ」
気づいたのはあの中庭で別れた後。
いつものように、パンをもらいに厨房を訪れた時だった。
「ほら、お前にも見せてやるよ」
そう言って調理人から差し出されたのは、小さな肖像画の写しだった。
「なかなか手に入らない王太子殿下の肖像だぞ。抽選で当たったんだ。羨ましいだろう」
そんな自慢する声は、途中からオルビスの頭をすり抜けていった。
王太子……つまり第一王子。
なるほど、それならあの優雅な身のこなしや気品にも頷ける。
……僕、何か無礼なことはしなかっただろうか。
いや、向こうも名乗っていないのだから咎めるつもりはないのだろうけれど。
王太子であれば、国の困難にあれほど真剣なのも当然だ。
僕が力になれれば良いのだけれど……。
そう思って調べ、辿り着いたのが雨乞いの儀式だった。
「私が生贄になりましょう」
「駄目だ」
オルビスの提案は即座に退けられる。
「どうしてです。私一人が消えても何の問題にもなりません。旧館の鍵番なんて誰でもできるでしょう。私には悲しむ家族もおりませんし、適任だと思いますが」
「私が嫌なのだ」
「え?」
「もっと自分を大事にしろ」
「しかし、国民の飢餓はそこまできているのでしょう? 殿下が毎日くたくたになるまで調べても解決策は見いだせない。違いますか? 一人の犠牲で国を救えるんです。しかも本人も納得の上で。これほど良い話はないのではないですか?」
王太子に対してなんて無礼な物言いだろうと自分でも思う。
でも、ここで不敬罪だと言われれば尚のこと都合がいい。
罪を償うということで生贄になれるだろう。
そう思ったのに。
セオドアは憤慨するどころか、哀しみを堪えるかのように口を結んだ。
「私は……もちろん国を救いたい。そのために日々調べていた。しかし、それだけではない。国難の時に呆れられるかもしれないが、君と会えるのを楽しみにもしていたんだ。そんな君を生贄になどできるはずがないだろう?」
セオドアの言葉にオルビスは目を見開く。
今までの二十七年間、自分といることを喜んでくれる人なんていなかった。
手が温かい。いつの間にかセオドアに両手を包み込まれていた。
その手元をぼんやりと見つめる。
人の体温とはこんなにも温かかったのか。
オルビスは嬉しかった。
自分を必要としてくれている。自分の存在を認めてくれている。
「泣くな」
「そう言われましても……」
頬を流れる温かい雫は止まることを知らないようで、セオドアは掌で頬を包み込むようにそれを拭った。
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