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第5話 貴方の愛する国のため

「殿下……お願いがあります」 「なんだ?」 「やはり、私を生贄にお使いください」 「っ、駄目だと言っているだろう! 自分を大切にしろと」  オルビスは視線を上げ、セオドアとしっかりと視線を合わせる。 「だからです。最初は確かに自棄になっている部分もありました。しかし、今は違います。殿下に私の存在を認めてもらえ、私といることが楽しいとおっしゃて頂けた……。私はずっと必要とされたかったのです。決して自棄になっているわけではありません。私を認めてくれた殿下のお役に立ちたい。殿下の愛する国を守りたい。それが私の願いなのです」  一気に言い切ったため、息が上がってしまった。  こんなにも喋ったのは久しぶりだ。  オルビスの真剣な訴えに、セオドアはまだ迷っているようだった。 「君の気持ちはわかった。……少し考えさせてくれ。……父上にも相談しなくては……」 「はい。ありがとうございます」  数日後、オルビスは謁見の間に呼び出され、正式に儀式の執り行いが決まった。  儀式の日まで一週間。セオドアは変わらず毎日オルビスの元を訪れていた。  セオドアは敢えて儀式の話はせず、一緒に茶を飲み、他愛のない話をする。  二人の共有する時間はとても心地の良いひとときだった。    いよいよ儀式を翌日に控えた早朝。  オルビスはキャンバスに向かっていた。  人生最後の絵を描きたかったのだ。  筆を取り、無心でキャンバスを撫でるように彩る。  大空を舞い、大地に恵みの雨を降らせる龍神。その下には……龍神を見上げる正装をしたセオドア。  なんとも似合いだ。美しい。  この景色を僕も見たかった。  想像することしかできないが、この世で最も神聖で美しいのだろう。  オルビスは溢れ出した涙を拭うこともせず、ただただその絵を見つめ続けた。  なぜ涙が出るのか。オルビスにもわからなかった。  自分の境遇に悲観しているわけでも、儀式により自身の命が終わるかもしれないことに恐怖を感じているわけでもない。  では、この涙はなんなのだろうか。  そこで、はたと気付いた。  そうか。もうセオドアと二度と会えないかもしれないから。  彼の笑顔、少年のような少し拗ねた表情、優しく響く声、手の温もり。その全てを失うことが淋しいのだ。  オルビスは自分にもまだ欲があったのだと一人小さく笑った。
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