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第6話 儀式当日
儀式当日。早くに目を覚ましたオルビスは、ベッドの横に立て掛けたキャンバスを見つめる。
キャンバスの中で大空を舞う龍神を見つめるセオドア。
国の皆が助かればいい。そうすればセオドアの憂いは無くなり、きっとまたあの曇りのない爽やかな笑顔を取り戻すことだろう。
セオドアには幸せであってほしい。
いつまでも国民から慕われる王子様であってほしい。
そして、いつかは王様になるのだろう。子どもだってできるかもしれない。そうなればこの国は安泰だ。
彼の未来のためなら何だってできる。
気づけば考えることはセオドアのことばかりだった。
司書室に迎えに来たセオドアは、絵に描いた通りの正装だった。
空軍に籍を置くセオドアの青い軍服が良く似合っている。
「オルビス……」
「そんな顔をしないでくださいよ。殿下には笑顔が一番お似合いなんですから。僕なら大丈夫です。やり遂げてみせますよ」
普段は礼儀から「私」と言っていたが、もう素の自分でいたかった。
きっとセオドアは「僕」を見てくれている。
その変化に何かを感じ取ったのだろう。
心痛を現すかのような表情だったセオドアは、一つ息を吐くと「オルビスには敵わないな」と呟き、そして笑った。
神殿には王族が集められた。
第三王子は別の任務で不在だと聞かされたが、それ以外の成人王族は皆揃っているようだった。
神殿の中央。
セオドアが国花であるスズランから抽出した聖水で陣を描いていく。
複雑な陣だが、迷いなく描く姿は凛としていて美しい。
やはりセオドアはどこから見ても非の打ちどころのない美しさだ。でも本当のセオドアが年相応の幼さを見せることがあることもオルビスは知っている。そのギャップがまた魅力なのだ。と、これから生贄になるというのにそんなことを考えていた。
僕はいつの間にかセオドアのことが好きになっていたんだ。
そのセオドアの役に立てる。こんな嬉しいことはない。
陣を描き終えたセオドアに手を引かれ、陣の中央に立つ。
セオドアの視線が迷いを見せた。
「(大丈夫、後悔はしていないから)」
声には出さないが、セオドアに伝わる様にしっかりと頷いて見せた。
最後にセオドアが僕の手を握る手に力を籠める。
その温もりが幸せで切なかった。
名残惜しそうに手が離れ、セオドアは陣の外に出ると自身の指にナイフを向け小さな傷を作る。
滴った赤い雫が陣に落ちた瞬間、陣が発光しオルビスを包み込んだ。
「うっ、……あ゛ぁぁぁぁ!!」
熱い。燃えるような熱さと胸を締め付けられるような苦しみ。
息が苦しい。意識が飛びそうだ。
視界は奪われ、耳鳴りのような甲高く激しい音が頭に響く。
耐えろ……っ
「オルビスっ!!」
遠くで聞こえる声。セオドアだ。
沈みかけていた意識が突如浮上する。と同時に、身体の内側から破裂するような衝撃。
もう駄目だ……っ
「う゛……あ゛ぉぉぉぉ!!!」
自分の声とは到底信じられないような叫び。太く重たく響く叫びは咆哮と言った方が正しいかもしれない。
藻掻き苦しむ中で感じた浮遊感。
何かがバシンと床を叩いた。
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