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第8話 再会
「……何を泣いているのですか?」
オルビスはセオドアの背後に立っていた。
「オルビス……」
驚き肩を揺らしたセオドアが振り返る。
その手は震え、何かに耐えるように唇を引き結ぶ。
「僕だとおわかりになるんですね」
オルビスは龍の姿から人型へ戻ることができたが、以前の姿とは異なっていた。
茶色く短かった髪は、所々青みがかり腰ほどまでに伸びた。茶色の瞳も青く輝いていた。
「わからないはずがないだろう」
「泣かないでください」
「……本当に、君なんだな」
「ええ。僕も驚きました」
セオドアはオルビスをきつく抱きしめる。
「濡れたままでは風邪をひきますよ」
「それは国民皆同じだ。ほら、見てごらん」
バルコニーから外へ視線をやると、皆ずぶ濡れになりながら踊り、歌い、お祭り騒ぎだった。
セオドアは僅かに身を離し、オルビスの頬を撫でる。
その表情は苦し気でなんとも痛々しかった。
「すまなかった……」
「何を謝ることがありますか」
「私は儀式の後、心から後悔した。いくら国のためでもお前を生贄にするなど……」
「僕が望んだことですから、殿下が気に病むことはありません。それにほら、ちゃんと戻って来られました」
オルビスが笑って見せると、セオドアも眉を下げて笑う。
「ああ、そうだな。本当に……本当によかった……」
「ふふ、殿下の涙が見られるなんて貴重な経験です」
「……笑うな。私は本当に……もう君に会えないんじゃないかと。私がオルビスの命を奪ったのだと思ったんだぞ」
「そうですね。でもほら、結果はこの通り。僕は生きています。雨も降りました。終わりよければ全て良し。そうでしょう?」
オルビスはセオドアの腕に抱かれたまま、その手をセオドアの背に回し少し力を入れる。「もう全て終わった。大丈夫」だと言うように。
「っ……!」
抱きしめ返された腕の力は強く、胸からは規則的な鼓動が聞こえる。
その温もりにオルビスは安心したように頬を擦り寄せた。
「そんな可愛いことをしてくれるな……もっと触れたくなってしまう」
「もっと……?」
「こんな風に」
「っ!!」
自身の唇に柔らかく触れたもの。
確かめずともそれはセオドアの唇だった。
見た目は薄く涼し気な口元だが、それは思いの外柔らかく温かかった。
「すまない。我慢できなかった」
「我慢って……」
「私はいつのまにかオルビスのことを愛しく思っていたようだ。……嫌か?」
オルビスよりも上背があるにもかかわらず、上目遣いで不安げに瞳を揺らすセオドア。
なんだか仔犬のようだとオルビスは笑う。
「嫌ではありません。僕も……殿下にもう一度会いたかった。離れるのは嫌だと思ってしまいました」
「本当に?」
「ええ。こんなことで嘘なんて吐きませんよ」
「では、相思相愛と。そういうことでいいのだな?」
「改めて言われると恥ずかしいですね」
お世継ぎ問題や身分など多くの問題が頭を掠めたが、オルビスはそれらを今は見なかったことにした。だって、こんなにも幸せそうに笑うセオドアが目の前にいるのだから。
僕を想ってこんなにも幸せそうに笑ってくれる。
今だけは二人しかいない。この初めて感じる熱い想いに浸ってもいいじゃないか。
オルビスは再び降ってきた柔らかい温もりを穏やかに受け入れた。
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