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第9話 謁見の間

それから一週間、街はお祭り騒ぎだった。  「龍神様の降臨」と民は歓喜し、中央広場に龍の彫像を作ろうという動きもあるようだった。  セオドアと再会したのち、二人は濡れた衣を着替え国王陛下に謁見を申し出た。  事の次第を報告すると、国王は大変喜びオルビスは褒賞を与えられた。  何でも願いを叶えるという国王に、オルビスは深々と頭を下げる。 「有難きお言葉、感謝申し上げます。……では、恐れながら二つ願いを叶えていただきたく存じます」 「遠慮なく申せ」 「はい。一つは、私が龍神であることは内密にしていただきたいのです。そして、私をもう一度旧図書館の鍵番として雇っていただきたいのです」  深々と頭を下げるオルビスに国王は顔を上げるように促した。 「そんなことで良いのか? もっと身分を上げてほしいだとか、欲しいものはないのか?」 「はい、元の鍵番に戻していただければ十分です」  国王は声を立てて笑う。 「そうか、そうか。ではオルビス、君を王立図書館旧館の鍵番に任命しよう。龍神であることも内密にすると約束する。容姿の変化に疑問をもつ者もいるだろう。それに関しては例外的だが、余が皆の記憶を操作しておこう」  人の記憶を操作することは上級魔術であり、この国では禁術とされている。それを例外的に認め、しかも国王自身が使用するという。  これは特別待遇以外の何物でもなく、オルビスは感謝の思いで深く頭を下げた。 「父上、お願いがあります」  するとこれまで静観していたセオドアが一歩歩み出て声を上げた。   「何だセオドア。言ってみなさい」 「はい。オルビスは旧館の鍵番をしておりましたが、寝食全てを司書室で行っています。食事も十分に貰えておらず、毎日僅かばかりのパンを食べています」  オルビスはセオドアの言葉に目を見開く。  普段の習慣については話したことがなく、セオドアが僕の生活状況を知っているなど思いもしなかった。  でも、その暮らしに不満があるわけでもないし、身分相応だと思っている。  セオドアが何を言おうとしているのかわからずオルビスは焦るばかりだった。 「なんと。オルビス、それは本当か?」 「はい、しかし、私には十分な暮らしです。寝食をできる場所があるだけで十分です」    国王に対して意見を言うなど、それでなくても緊張するのにセオドアはまだ何か言おうとしているようだった。 「父上。オルビスに部屋を与えてもよろしいでしょうか。私の部屋の隣がちょうど空いています」 「っ……殿下!それはちょっと……」  流石に聞き流すことができずに口を挟むと、なぜかセオドアに睨まれてしまう。  国王は何かを思案するように顎髭を擦っている。 「そうだな。オルビスは公にはせずとも国の救世主だ。そのくらい良いだろう。しかしセオドアは第一王子だ。その隣というのなら対外的な理由も必要だ」 「それでは、私の側仕えにしましょう。それならば昼夜問わず近くに居てもおかしくはないでしょう?」  セオドアの私室は王族の住まうところだ。側仕えといえ、使用人棟に住むのか通常だ。 「ふむ……」  国王は再び顎髭を撫でつつ思案する。  ……流石に無理だろう。そもそも僕はそれを希望していない。 「オルビス、君はどう思う?」 「はい、セオドア殿下のお心遣いは大変ありがたく、身に余る光栄ですが、私は一介の使用人です。そのような特別待遇は遠慮されたいただきたく存じます」    頭を下げて言うと、国王は穏やかな笑い声をあげる。 「オルビス、顔を上げなさい。……君は本当に謙虚な子だ」 「父上、私のわがままです。私がオルビスに側にいてほしいのです。私はオルビスを心から慕っております。友愛を超えた気持ちを彼に抱いています」    オルビスはセオドアの発言に驚愕し、瞠目する。  なんてことを国王陛下の前で言い出すのだ。確かについ先程、互いの想いを告白して想いが通じ合ったが、それを国王陛下に宣言するとなると問題があるだろう。  バルコニーで頭を掠めたお世継ぎ問題や身分、同性であるという対外的な問題。  オルビスは眩暈がして倒れ込みそうになるのを必死で堪えた。  国王の反応が恐くて顔を上げられず、オルビスはひたすら下を向いていた。 「ほお、そうか。」  国王の低い声に肩が揺れる。  セオドアは国王の返答を待っているのだろう。何も言わずしっかりと立っていた。片方の手はいつの間にかオルビスの手を握っている。 「……わかった。セオドア、余はオルビスと二人きりで話がしたい。少し席を外してくれんか。部屋で待っていなさい。話が終わったらお前の部屋に案内させよう」 「それはっ……!」 「大丈夫、悪いようにはせん。いいから、部屋へ行きなさい。……命令だ」  国王の言葉にセオドアは歯噛みをし、オルビスの手を離した。 「オルビス、何かあったら大声で叫ぶんだ。必ず助けに来るから」  セオドアの言葉に国王は溜息を吐く。 「何かあるわけがないだろう。少しは父親を信用しなさい」  そう言った国王は、一国の王ではない『父親』の顔をしていた。

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