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第12話 番外編1
雨乞いの儀式からちょうど半年が経った。
雨は程よく降り、今日は秋晴れの気持ちの良い天気だ。
以前は図書館に殆ど籠もっていたオルビスも、しばしば外へ出るようになっていた。
そもそも、王太子であるセオドアの隣室を私室として与えられたので、図書館に籠もってばかりいるわけにもいかないのだ。
王城の離れにある旧館から私室のある王城へ行くには一旦外に出なくてはならない。そうすると、日差しの暖かさや風の心地よさ、草花の香り、様々なものを肌で感じられることに気が付く。それがこんなにも気持ちのいいことだとは思わなかった。
今日の仕事を終え、寝支度をしているとセオドアが部屋を訪れた。
「ねえ、オルビス。明日は休日だろう?」
「ええ、そうですが」
「少し街に行かないかい? デートしようよ」
あれからセオドアはオルビスに対して、とても気さくに接するようになった。
人前では、王太子として毅然とした態度でいるが、二人きりになると、どこぞのお坊ちゃま青年だ。
口調も砕けてとても人懐っこい。
きっとこれがセオドアの素顔なのだろう。
常に冷静沈着で威厳のあるオーラを放ち、非の打ちどころのないセオドア。日頃からどれだけ気を張って生きてきたのかと、少し複雑な気分にもなる。
「街ですか? お忍びでも護衛をつけない訳にはいかないでしょう? あまりに急だと護衛騎士にも迷惑ががかりますよ」
オルビスも二人きりの時は、王太子としてではなくセオドア個人として接するように心がけているため、割りと軽い口調だ。
セオドアからは「オルビスの方が年上なのだから敬語はいらない」と言われたが、それは流石に無理な頼みだ。
オルビスとて貴族の端くれ。貴族社会の上下関係ははっきりしている。しかも相手は王太子だ。いくら恋仲だとはいえ敬語だけは譲れない。どこで誰が聞いているとも分からないのに。セオドアの懇願で二人きりの時は呼び捨てにしているが、本当はそれだってまだ慣れないのだ。
「護衛はもう話をつけたから大丈夫だ。違和感のない衣装で潜んでもらうから。オルビスは行きたくないのか?」
「いいえ、行きたいです。セオドアと出かけるなんてめったにできないですからね」
「よし! では決まりだ。明日の朝、迎えに来る。オルビスの衣装はメイドに用意させるからそれを着てほしい」
そうして、セオドアは機嫌よく部屋に戻っていった。
明日はどこに行くつもりなのだろう。
久しぶりの城外への外出だ。しかもデートらしい。
デート……。
この年になってそんなことで浮かれるなんてと、頭の片隅で聞こえたが、オルビスは確実に浮足立っていた。
翌朝、現れたセオドアはかなり質素な服装だった。
淡色のシャツに、茶色のパンツスタイル。街のどこにでもいそうな格好だが、溢れるオーラは隠しきれていない。
メイドが用意したオルビスの衣装も同じような格好だった。
だが、同じような格好をしているのに、セオドアと違って自分はなんとも平凡。
オルビスはセオドアとの違いにため息がこぼれ落ちそうだった。
「今日のオルビスも可愛いな。街で他の人に言い寄られないように私の側を離れないでくれ」
真剣な表情のセオドアにオルビスは笑う。
「そんなことがあるわけないでしょう。それよりもセオドアの方がご婦人方を虜にしそうですよ」
「それはオルビスも私の虜になりそうだということかな?」
「私は婦人ではないですが。まあ……殿下は格好いいんじゃないですか?」
「私の最愛はオルビスだけだよ」
耳元で囁く声は低く、オルビスの耳を甘く擽る。
あえて『殿下』と余所余所しく言ったのにセオドアは全くもって気にする様子もない。軽い嫌味だと分かったうえで流しているのだろう。
オルビスはそんなセオドアを横目で睨むが、セオドアは爽やかな笑顔。
キラッキラの王子様オーラを安易に放たないでほしい。
「……朝っぱらからそんな色気を放つのはよしてください」
そっけないオルビス態度にもセオドアは嬉しそうだ。
ああ、耳が熱い。
「ほら、そんな可愛い顔してると襲っちゃいそうだよ。そうなったら困るだろう? さあ、行こう」
「なっ! お、おそ……っ、ああ、待ってくださいよ!」
動揺している間に手を引かれ、出発する。
目立たないように王城の物とは違う質素な馬車に乗り込んで街を目指した。
流れる景色をぼんやりと見つめる。
王城、城下町、田畑と移り変わる景色がとても綺麗だった。
「畑の野菜も順調に育っているようだな」
「ええ、青々として美しいですね」
「ああ、これもオルビスのおかげだな」
「いえ……」
セオドアの整った顔立ちでふわりと微笑み褒められると、恥ずかしくてたまらない。
褒められ慣れていないというのもあるが、慣れる日が来るのかは全くもって自信がない。
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