47 / 244
第46話 狂態
「ドチクショウがあああああっ!」
地面に両手をつき、天を仰 いで、少女は咆哮 した。
「なんでだっ!? なんで思いどおりにならないんだっ!? わたしが支配者だぞ!? 帝王はわたしなんだ! なのに、なのにっ! なんでだあああああっ!」
星川雅 が抱 える異常な支配欲求――
それが満たされなかったときの成 れの果 て。
幼児性 と狂気 の暴発 である。
もはや自分ではコントロールできない。
制御不能 となった彼女は、機械のようにひたすら大地を殴 った。
だだをこねる子どもと同じように――
この様子に似嵐鏡月 は面白くてしかたがない。
「ははっ、これは傑作 だ! 雅、それがおまえの正体 、おまえのすべてだ! 人格 までも母の劣化 コピーなのだ!」
「うるさいっ、うるさあああああい!」
「ああ、滑稽 だ! 滑稽なピエロだ、おまえは! お前は姉貴 の、操 り人形 なのだあっ!」
「言うな、言うなっ! わたしはあいつの、クソババアの人形なんかじゃなあああああい!」
「あはっ、ははっ。クソババアだって!? 雅よ、おまえ本当は、そんなふうに思っていたんだなあ! ああ、最高だ。ざまあみろ、姉貴いっ! あんたは弟も、娘さえも不幸にする、不幸製造機なのだっ! あーはははははあっ!」
腹を抱 え、歯をカチカチと鳴らしながら嘲笑 する。
その異様 すぎる光景 に、一連 の流れを見守っていたウツロとアクタは、逆に冷静になった。
これが夢であったらどんなに楽 だろうか?
あのお師匠様 が、強くてやさしいお師匠様が、こんな風になるなんて――
事情はともあれ、少女ひとりをいたぶり、あろうことかそれを楽しんでいる。
子どもだ、まるで――
星川雅と似嵐鏡月。
姪 と叔父 どうしで、こんな狂気の沙汰 を演じるとは。
ウツロとアクタは自分たちが受けた仕打 ちのことも忘れ、ただただ眼前 の出来事 に戦慄 した。
それほどの狂態 だった。
「ああ、はは。いやいや、楽しませてもらった。天にも昇 る気分とはこれだな。こんなに笑ったのは久しぶりだ。はーあ」
「ふう……ふう……」
やっと笑いを落ち着かせた似嵐鏡月に対し、星川雅は伏 したまま、全身で荒 く呼吸をしている。
「ああ面白かった。面白かったから、雅――」
軍靴仕様 のブーツをじゃりじゃり鳴らしながら、深くうなだれた少女のほうへ近寄 る。
「ひとおもいに一撃 で葬 ってやる。ありがたく思え。似嵐家伝承 の宝刀 にかかって死ぬのは、屈辱 の極 みだろうがなあ」
ウツロとアクタは途端 にハッとなった。
それだけはダメだ。
いくらなんでも、叔父が姪を手にかけるなど、あってはならない。
それだけはなんとしても避 けなければ――
「お師匠様っ、おやめください!」
「相手はまだ少女でございます!」
二人は必死に叫 んだ。
なんとかして止めなければ――
それだけをただ念じていた。
「うるさいぞおまえら、空気を読め。こいつを始末 したら、次はおまえらの番なんだからな。いまのうちに念仏 でも唱 えておけ、この役立たずども」
絶望した。
正気 じゃない。
いや、これがお師匠様の「正気」なのか?
これがこの人の本当の姿 、本当の気持ちなのか?
わからない、何もかも。
いったい何を信じればいいんだ?
頭がおかしくなりそうだ。
どうすれば、いったいどうすれば――
ウツロもアクタも憔悴 あまって、どうすればよいのかいっこうに判 じかねている。
「さあ、おねんねの時間だよ、雅ちゃん ?」
そうこうしている間 にも、似嵐鏡月は彼女の頭上 に黒彼岸 を振りかざした。
「やめてくださいっ!」
「お師匠様あああっ!」
絶叫 での制止も、彼の耳にはもう入っていない。
「死ねい、雅っ!」
刀 を握 る手に全力 を込め、一気に振り下ろそうとした――
「……」
「ああ、なんだと? 聞こえんな」
「……間合 いに入ってんじゃねーよ、バーカ」
「な――」
星川雅の髪の毛がしゅるしゅると伸 びて、似嵐鏡月の体に絡 みついた。
「なっ、なんだこれはっ!?」
意思を持ったかのような乱 れる黒髪 が、腕 を、胴 を、首を、がんじがらめに縛 りあげる。
星川雅はくつくつと笑いはじめた。
毛髪 の下からのぞく双眸 は、爛々 と赤く輝いている。
「ウツロ、見せてあげる。これがわたしのアルトラだよ」
(『第47話 ゴーゴン・ヘッド』へ続く)
ともだちにシェアしよう!

