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第66話 イージス

「イージス……!」  山犬(やまいぬ)似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)の大きな手の中から、緑色のまばゆい光があふれ出た。 「なっ、なんだと!?」  内側から(ふく)らんでくる感覚に、彼は()えきれず、その手を開いた。 「虎太郎(こたろう)っ!」  真田龍子(さなだ りょうこ)(さけ)(ごえ)に応じるように、山犬の(にぎ)(こぶし)の中から出現したのは、緑色の球体(きゅうたい)(つつ)まれた真田虎太郎(さなだ こたろう)だった。 「……あれが、虎太郎くんのアルトラ……」  ウツロは呆然(ぼうぜん)として、その光球(こうきゅう)を見つめた。  光をまとうその姿は、彼に神仏(しんぶつ)の降臨を想起させた。 「やったぜ、虎太郎!」 「虎太郎くん、早く逃げて!」  南柾樹(みなみ まさき)星川雅(ほしかわ みやび)は、とりあえず似嵐鏡月から距離を取るべきだと、真田虎太郎を差し向けた。 「ふん、させるかっ!」  山犬は(ちゅう)()かぶ真田虎太郎を(つか)もうとした。 「うおっ!?」  しかし光球はまるで磁石の反発のように、ひょいとその手を(のが)れ、(わき)死角(しかく)()れる。 「ぐぬっ、こしゃくな!」  似嵐鏡月は必死になって光る球をなんとか掴もうとするが、一事(いちじ)万事(ばんじ)で、いっこうに(とら)えることはかなわない。 「す、すごい……」  ウツロはその光景に、今度は弁慶(べんけい)をかく(らん)する牛若丸(うしわかまる)を思い起こした。 「ふう、ふうっ……なんと、生意気な……このわしを、馬鹿にしくさって……もういい……! ほかの誰かを(しち)にとって――」 「させません! イージスっ!」 「おっ、おお!?」  ウツロは自分の体が、真田虎太郎と同じ、緑色の光球に包まれたことにびっくりした。 「うおっ!? こいつは……!?」  ウツロだけではない、アクタも――  いや、真田龍子、星川雅、南柾樹――  (いか)(くる)った山犬以外のすべて、その場にいる者が、やはり緑色の光に包まれたのだ。 「これは、この光は……なんだか、温かい……」 「ウツロの言うとおりだ……なんだか、この中にいると……体が、楽になってくるような……」  ウツロとアクタは驚きとともに、この光がすなわち、この能力を使う真田虎太郎の、やさしい心の投影なのではないか――  そんなことを考えた。 「ぐ、ぬう……おのれ、ガキがあああああ……!」  似嵐鏡月はハラワタが()えくり(かえ)った。 「貴様っ、許さん!」  性懲(しょうこ)りもなく、また真田虎太郎に攻撃をしかける、しかし―― 「うぐっ――!」  やはりその手は、彼を掴むことはできない。 「おーい、おっさん! えらく間抜(まぬ)けだな! まるでひとりでダンスでもしてるみてえだぜ!?」 「くすくす、叔父様(おじさま)! いまのあなた、バカ丸出しだよ? あはっ、おかしい!」  南柾樹と星川雅は(たけ)った山犬をさらに挑発した。 「ぬぐっ……ぬうううううっ……!」  似嵐鏡月はいよいよ激昂(げきこう)して、顔いっぱいに脂汗(あぶらあせ)を浮かべている。 「似嵐さん、お願いです! 降参してください! これ以上の争いは無意味です!」  真田虎太郎は中学生とは思えない態度で、紳士的な提案をした。 「ぐう、ガキが……なめくさりおって……降参など、誰がするものか……!」  似嵐鏡月に折れる意思はない。 「お願いします! もうこれ以上、みんなを傷つけるのはやめてください!」  真田虎太郎はさらに食い下がる。 「ふん、貴様のようなガキのいうことなど聞くものかよ……!」  そう()えながらも似嵐鏡月は懸命(けんめい)に考えていた。  何か、何かあるはずだ……  このアルトラを、このガキの力を(やぶ)る方法が……  そのとき―― 「――!?」  真田虎太郎たちを守る緑色の光球――  その光り具合が、心なしか弱くなってきている――  似嵐鏡月はそれに気づいた。 「ははあ、なるほどな……」  山犬の顔が再び下品にゆがんだ。 「これは……!?」 「なんだ、光が……弱まってきてるぞ……!?」  ウツロとアクタも遅れてそれに気がついた。 「はあ……はあっ……」  いつの()にか真田虎太郎の呼吸は、ひどく(あら)くなってきている。  思ったとおり――  似嵐鏡月はニヤリと笑った。 「ふふふ、虎太郎くん! そのアルトラは、けっこうなパワーを使うのではないかね? 何せ自分だけでなく……ほかに五人も、その力をかけているのだからな」 「む……」  似嵐鏡月の指摘は図星だった。  これは暗黙(あんもく)了解(りょうかい)であるが、アルトラのパワーとはイコール精神力――  まだ年齢の若い虎太郎には、この強い力を百パーセント自分のものにするところまでには、到達(とうたつ)できていなかった―― 「くく、どうやら君は、そもそもその能力を完全に使いこなせるところまでは、いっていないのではないかね? うーん?」  またも図星をつかれ、真田虎太郎はますます(あせ)った。 「ぬっ……むうーん!」  彼はがんばって力を()(しぼ)り、光球は再び大きくなった。  だが悲しいかな、それはやはり()焼刃(やきば)にすぎなかった。 「ううっ……」 「虎太郎っ!」  姉・龍子が叫ぶ中、緑色の光は急激にその(かがや)きを失っていった。 「うっ……くう……」 「虎太郎っ! もういい! もうやめてっ!」  真田龍子のかけ(ごえ)もむなしく、ついに光は消え失せてしまった。  真田虎太郎はゆっくりと地面に降り、そのまま大地に(たお)れこむ。  弟の窮地(きゅうち)に、姉は無我夢中(むがむちゅう)()()った。 「真田さんっ!」  今度はウツロが叫んだ。  似嵐鏡月が次に取るであろう行動――  そのおそろしい映像が、頭をよぎったからだ。 「虎太郎っ、しっかり!」 「おおっと」 「きゃっ!?」  ウツロの予見は、しかして当たった。  弟に駆け寄る姉の体を、山犬の大きな手が掴み取ったのだ。 「龍子っ!」 「やろうっ!」  星川雅はゴーゴン・ヘッドの髪の毛をしゅるしゅると伸ばした。  南柾樹もまた、サイクロプスの巨体で似嵐鏡月を止めようとした、だが―― 「おおっと、動くなよお前ら? 少しでも動けばこの女が肉の(かたまり)になるぞ?」  およそ考えうるもっとも卑怯(ひきょう)な手段を、似嵐鏡月は取った。 「ぐっ……」 「恥を知りなさい、叔父様……!」  二人はどうすることもできず、ただ歯を食いしばるしかなかった。 「ふん、何とでも言え。さあ、武装解除(ぶそうかいじょ)だ。二人ともアルトラを解いて、元の姿に戻ってもらおうか?」 「……」  星川雅と南柾樹の姿が人間のそれへ戻っていく。  (くや)しいが、こんな状況では応じるしかなかった。 「ふはは! なかなかいい気分だな! さてと――」  山犬は真田龍子を掴んでいないほうの手を、ゆっくりと振りかぶって、力をこめた。 「ぐあっ!?」 「ぎゃっ!?」  その手は続けざまに、南雅樹と星川雅の体を遠くへ吹き飛ばした。  桜の大木に打ちつけられ、二人は気を失ってしまった。 「柾樹っ! 雅っ!」 「お師匠様っ! 何ということを!」  ウツロとアクタは絶叫した、が――  当然のごとく、似嵐鏡月は()(かい)していない。 「ふん、雑魚(ざこ)どもが。青二才(あおにさい)分際(ぶんざい)で、わしに歯向かうからこうなる。当然の(むく)いよ」  山犬は真田龍子を握りしめたまま、傲然(ごうぜん)としている。 「さて、ウツロよ、わしはこれから、いったい何をすると思うね?」  漆黒(しっこく)の山犬が、下劣(げれつ)な顔で舌なめずりをした―― (『第67話 絶体絶命』へ続く)

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