79 / 244

第78話 降臨

「バカな、これは……」 「魔王桜(まおうざくら)……」  似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)とウツロは、うめくように口走(くちばし)った。  魔王桜――  人間の前に出現し、異能(いのう)の力・アルトラを植えつける、異界(いかい)の王。  それが桜の森の空間を破壊して、姿を現したのだ。  面前(めんぜん)の者たちは、激しい戦慄(せんりつ)を禁じえなかった。 「あの女が、グレコマンドラが言っていた……」  誰かに動かされるように、似嵐鏡月が口を(ひら)いた。 「魔王桜は、人間の持つ悪意を主食(しゅしょく)にすると……そして、その悪意を効率よく生み出すため、人間にアルトラを発動させるのだと……」 「……なぜ、アルトラ使いを作り出すことが、悪意を生み出すことにつながるのでしょうか……?」  (ふる)える体を(だま)らせながら、ウツロは()にたずねた。 「アルトラの能力とはすなわち、精神の投影……もし、強い願望なり欲望なりを持つものがアルトラ使いとなれば、より多くの悪意を吐き出させることが可能となる……」 「願望……それでは、まさか……!」 「ああ、魔王桜にとって、われら人間は『食い物』でしかないのさ……しかも、より長く味わえる『あめ玉』であるほどよい……」 「そん、な……」 「やつがいったい何者で、どこからやってくるのかまでは、わからんがな……」  魔王桜はあやしい妖気(ようき)を振りまいて、呼吸でもするかのように、どろどろと(うごめ)いている。 「魔王桜め、一度アルトラを与えた者たちの前にまた現れるとは、いったい何を考えて……まさか……!?」  似嵐鏡月は自分で放った言葉に、愕然(がくぜん)とした。  ウツロもそのこと(・・・・)に気がついた。 「アクタ、逃げろっ!」 「――?」 「わしとしたことがうかつだった! この中で魔王桜に会ったことのない、アルトラ使いになっていないのはアクタ、お前だけだ!」 「な……」 「きゃつめ、おそらくお前にアルトラを植えつけるため、出現したのだ! 逃げよアクタ、逃げるのだ!」 「そんなこと、言われてもよ……体が、ん……っ!」  皮肉なことにアクタは、彼の身を案じる父・鏡月に受けたダメージのせいで、満足に体を動かすことができない。 「くそっ、お師匠様! 俺がアクタを、な……っ!?」  アクタのもとへ走ろうとしたウツロの足が、根を張ったように動かない。 「これは……!?」  文字どおり、根を張っていた(・・・・・・・)。  いつの間にか地面から顔を出した魔王桜の「根」が、彼の足をしっかりと(から)()っていたのだ。  そして太い枝の一本がゆっくりと、その先端を()()まし、ウツロのほうへ向かってくるではないか。 「ヤロウ、邪魔しようとするウツロをまず始末する気だぜ……!」 「ウツロっ! くそっ、こうなったらわたしのゴーゴン・ヘッドで、な……っ!?」 「な、なんだ、こりゃあ!?」  なんと南柾樹(みなみ まさき)星川雅(ほしかわ みやび)の体までも、魔王桜の「根」によって(ふう)じられてしまった。 「柾樹っ、雅っ!」 「ならば僕のイージスで、わ……っ!?」 「きゃあっ!」 「ぬぬぬ……」  やはり真田龍子(さなだ りょうこ)と弟・虎太郎(こたろう)も。 「みんな! くそっ、こんな『根』なんかに、ぐあ……っ!?」 「ウツロっ! くそ、わしの体さえ動けば……」  「根」は歯向かおうとするウツロを、さらに強く()めあげた。  似嵐鏡月はなんとか助けようとするが、やはり皮肉なことに、ウツロから受けたダメージのため、うまく体を動かせない。 「あ、あ……」  魔王桜の(するど)枝先(えださき)は、目玉のようなおびただしい数の花を()かせ、ウツロの目前(もくぜん)まで(せま)ってきた。 「くっ……!」  恐怖のあまりウツロは目を閉じた。 「……」  何も起こらない。  ゆっくりとその目を開くと…… 「……」  似嵐鏡月がそこに立っていた。  全身の半分、いや、三分の一にも満たない程度が、山犬(やまいぬ)の姿に変わっている。  残されたわずかな力を()(しぼ)り、「息子」を守るため、アルトラ「ブラック・ドッグ」を使ったのだ。  その(むな)もと、心臓の(あた)りを(つらぬ)いて、枝の先端がウツロの目の前で止まっている。  ウツロの顔が(くず)れた。 「父さん(・・・)……っ!」 (『第79話 父と子と』へ続く)

ともだちにシェアしよう!