100 / 244

第18話 保健室の鼎談

 保健室へと移動したウツロ、真田龍子(さなだ りょうこ)星川雅(ほしかわ みやび)の三名。  とりあえず星川雅は、真田龍子が()った(きず)手当(てあ)てをしたあと、自分自身の手当てもした。  処置が終わり、一呼吸(ひとこきゅう)()れたところで、彼女は語りはじめた。 「さて、何から話そうか」  星川雅は少し考えて、次のように切り出した。 「二人はたとえば、この国を影で掌握(しょうあく)している組織がある……なんて言ったら、どう思う?」  ウツロと真田龍子は顔を見合わせた。  何を言いたいのか、さっぱりわからなかったからだ。 「バカバカしい……日本は法治国家(ほうちこっか)だぞ? そんなマンガかアニメみたいなものなんて、存在するとは思えないな」  ウツロはこのように、星川雅に反論した。 「アルトラは?」 「……!」  彼は心の中で(うな)った。 「ね、アルトラだって、マンガやアニメの世界でしょ? でも実際にある。それと同じように、その組織もね……」  星川雅の口調(くちょう)が、だんだんと重くなってくる。 「日本を影で掌握している組織……それが実際に、存在するってことなんだね……?」 「あは、龍子のほうがずっと、ものわかりがいいよね」  真田龍子の言葉に、星川雅は(かん)のよさを認めた。  ウツロはムッとした表情になる。 「いいから、話を続けろ」 「ふん……」  星川雅は続けた。 「その組織の歴史は長いんだ……戦国時代のころにはすでに誕生(たんじょう)していて、数々(かずかず)(いくさ)(らん)を起こさせ、諸大名(しょだいみょう)を影で(あやつ)り……とまあ、そんなことを()(かえ)しながら、いまでは一国家(いちこっか)を掌握するまでに、巨大な成長を()げたってわけ」  話を聴いていた二人は、あまりの突拍子(とっぴょうし)のなさに、呆気(あっけ)に取られてしまった。 「……その組織が、どうつながるんだ……?」  ウツロはいぶかしげにたずねた。 「話は最後まで聴いてよね。刀子朱利(かたなご しゅり)のママ、現内閣防衛大臣・甍田美吉良(いらかだ よしきら)は、その組織の中で『七卿(しちきょう)』と呼ばれる大幹部(だいかんぶ)のうち、兵部卿(ひょうぶきょう)というポストについてるんだよ。理解できると思うけれど、組織が政府を思いどおりにコントロールする一環(いっかん)として、送り込まれてるってわけ」  あまりにもぶっ飛んだ話に、二人は言葉が出なかった。 「ああ、ちなみに、氷潟夕真(ひがた ゆうま)もね。彼のパパ、現内閣官房室長・氷潟夕慶(ひがた ゆうけい)も組織の一員(いちいん)だよ。ヒエラルキーでは七卿の一つ下、中務大輔(なかつかさたいふ)というポストにある。七卿の中の中務卿(なかつかさきょう)()ぐ、中務省(なかつかさしょう)のナンバー2ってとこだね」  わけのわからない専門用語が連発(れんぱつ)され、ウツロは戸惑(とまど)った。 「待ってくれ、それじゃまるで、平安時代の官職(かんしょく)じゃないか……いまは21世紀だぞ?」  星川雅はブラック・コーヒーを悠々(ゆうゆう)とすすっている。 「さあ、(あそ)(ごころ)()しいんじゃない? なんでもそうじゃん」  ウツロはすっかり固まってしまった。  そんなことを信じろというのか?  そんなバカげたことを?  日本を影で支配している組織があって、その幹部は平安時代の官職を名乗っている――  バカげている……  あまりにも…… 「なんで……」  真田龍子がおそるおそる口を(ひら)いた。 「なんで、雅は……そんなことを、知ってるの……?」  ウツロはハッとなった。 「……確かに、龍子の言うとおりだ……雅、どうしてそんなことを……?」  星川雅はマグカップをデスクの上に置き、深刻(しんこく)な顔つきをした。 「わたしのお母様もだからだよ、ウツロ。似嵐家(にがらしけ)代々(だいだい)、その組織の大番頭(おおばんとう)をやっている家柄(いえがら)なんだ。実際にお母様も、典薬頭(てんやくのかみ)というポストについている。組織のトップである、閣下(かっか)のご典医(てんい)としてね……」  はじめて知った似嵐家の情報――  それに、『組織のトップ』というフレーズに、ウツロは反応を(かく)せなかった。 「閣下、だと……いったい、それは何者だ……それに、その組織の名前(なまえ)もまだ聞いていない……雅、教えてくれ……」  ウツロはしどろもどろになりながら、そうたずねた。 「(いや)だ」  星川雅は、はっきりとそう言った。 「な……」  その態度にウツロは言葉を()まらせた。 「だって、それを言っちゃったら、わたし、始末(しまつ)されちゃうし?」  始末――  その平凡(へいぼん)単語(たんご)が、心の中をかき(みだ)す感覚を、ウツロは味わった。 「わたしだけじゃない。おそらく似嵐(にがらし)一族郎党(いちぞくろうとう)、皆殺しにされるでしょうね。もちろん、『秘密(ひみつ)』を知った、あなたたちもね(・・・・・・・)……」  星川雅の言葉が鋭利(えいり)刃物(はもの)のように()()さった。  それは鼓膜(こまく)から、(のう)の中心へと。 「それほどに、おそろしい存在なんだよ? あの組織は、あのお方(・・・・)は……」  あのお方――  その単語にウツロは言い知れない恐怖を感じ、体が寒くなってきた。 「人間がアリを()(つぶ)しても、気づきもしないように……あのお方も、人間の存在を消すことに、(いた)みすら感じない……ウツロ、あなたなんか、あのお方にかかれば、ものの2秒で肉の(かたまり)になる……断言(だんげん)してこれは誇張(こちょう)なんかじゃない……それほどに、おそろしいお方なんだよ……」  星川雅は語り終えると、深い呼吸をした。  ウツロは顔を()せてしまった。  いまの話はまるでおとぎ話……  だが雅は、わざわざそんなことを言うような人間じゃない。  存在するというのか……?  この国を影で掌握する組織とやらが……  組織というからには『元締(もとじ)め』がいて(しか)り……  そんなおそろしい組織を(たば)ねる『閣下(かっか)』なる人物……  いったい、何者なんだ……?  そもそも、『人間』なのか……?  まるで想像もつかない…  雲を(つか)むような話だ……  この世には俺の知らない世界が……  いや、知ってはいけない(・・・・・・・・)世界があるのかもしれない……  ウツロはこんなふうに、延々(えんえん)思索(しさく)循環(じゅんかん)(おちい)った。 (『第19話 (しの)()(かげ)』へ続く)

ともだちにシェアしよう!