122 / 244

第40話 火牛計

 その日の夕食後。  食堂に残った真田龍子(さなだ りょうこ)南柾樹(みなみ まさき)星川雅(ほしかわ みやび)は、さっそく今日ウツロの身に起こったことについて、本人から話を聞いていた。 「浅倉喜代蔵(あさくら きよぞう)、通称・鹿角元帥(ろっかくげんすい)……組織のナンバー2が、まさか直々(じきじき)にウツロの前に姿を現すとはね……」  星川雅は指をあごに当てながら言った。  その声はかすかに(ふる)えている。 「しかもお前、殺されかけたんだろ? その『試験』ってのに合格してなきゃ(あぶ)なかったじゃねえか」  南柾樹もウツロを心配して声をかけた。 「でも、さすがはウツロだよね。わたしだったらそんな難しい問題、絶対に解けないって」  真田龍子はウツロを落ち着かせようと配慮(はいりょ)している。 「おそろしい、人だったよ……正体はわからないけれど、彼もアルトラ使いであることをほのめかしていたし。まあ、組織のナンバー2なんて人が、アルトラ使いじゃないほうがおかしいと言ったほうがいいのか……」  ウツロは改めて(せん)だっての出来事を思い出し、体をこわばらせた。 「総帥(そうすい)がウツロに興味を持ってるだなんてね。それはつまり、わたしたちのことなんて、組織には筒抜(つつぬ)けってわけだ」  星川雅のセリフに、一同(いちどう)はゾッとした。  いったいどこで、何者が見ているのか。  あるいはそれも、アルトラの能力でなのか。  そんなことが頭の中を()けめぐった。 「まあとにかく、ウツロが無事でなによりだぜ。不幸中の幸いっていうか、いいほうに(とら)えたほうがいいんじゃねえか?」  南柾樹は()を収めようと()(つくろ)った。 「そうだよ、柾樹の言うとおりだよ。おびえてたって何も解決しないし、とりあえずはウツロに何もなかったことを喜ぶべきじゃない? ね、雅?」  真田龍子も南柾樹の流れに乗りながら、星川雅にもそれを(うなが)した。 「まあ、そうだね……柾樹や龍子の言っていることが正解だと思う。ここで変にびくついてたら、それころ組織の思うつぼだろうし。ウツロ、当事者を前にしてなんだけれど、あなたはどう思う?」  星川雅もやはり同意し、話をウツロに(もど)した。 「うん、みんなの言うとおりだ。そしてありがとう、俺のことを気づかってくれて」  ウツロは軽く一礼した。 「いいって、ウツロ。お前が何かわりぃことをしたってわけじゃねえんだから。リーダー格なんだから、堂々とふるまってりゃいいんだぜ?」 「リーダー格、って……?」  南柾樹の言葉に、ウツロはキョトンとした。 「ウツロ、あなたはわたしたちよりあとからここにきた。だけれど、あなたのその冷静な判断力、確かな決断力、そして戦闘能力などのバランスから総合的に考察すると、(みなと)さんを別とすれば、あなたこそここのリーダーにふさわしい器だとわれわれは思うわけ。まあ、くやしいけれどね?」  星川雅は手を組んでそう告げた。 「そんな、みんなをさしおいて、俺がリーダーだなんて……」  ウツロは困り果てた。  あとからのこのこ加わった身である自分がリーダーだなんて…… 「謙遜すんなって。こういうのは、信頼できるやつに任せるのが一番だからな」 「そういうこと。あなたの性格から鑑みて、ポストにのぼせあがることなんてないだろうしね」  南柾樹と星川雅は念を押すように代わるがわる言った。 「そんな、いいのかな……」 「いよっ、リーダー! ひゅーひゅー!」 「龍子、それは昭和くさいぞ」 「なんだってえ、この毒虫リーダー!」 「なんだよ、それ……」  ウツロと真田龍子のやり取りを、残る二人はほほえましく思った。 「頼りにしてるぜ、リーダー?」 「ふん、わたしはいまいましいけれどね」  南柾樹と星川雅は、改めてウツロにリーダーシップを表明した。 「うーん……」  場の雰囲気にウツロは困惑した。  俺がリーダー、リーダーか……  そんな器じゃないと思うけれど……  実際にというか、俺は伝えていない。  あの男、浅倉喜代蔵から聞いた秘密を。  龍影会(りゅうえいかい)。  日本を影で支配しているという組織の名前。  みんなに危険がおよぶかもしれないことは当然として、もうひとつはなぜ彼がそれをわざわざ教えたのかということだ。  何かまだ、俺を試す意味があるのかもしれない。  秘密を()らすか、(だま)っているかを。  いずれにしても得体(えたい)が知れない、あの男のすることは。  とりあえずいまの段階では後者を選択しておこう、大事を取って。  もちろん、それが愚策(ぐさく)ではないという証明なんてない。  だが、何か引っかかるんだ。  もしかしたら、俺をこうやって混乱させるのが目的なのか?  それが浅倉喜代蔵の策略(さくりゃく)ではないのか?  もうひとつのこと、ここさくら(かん)にトロイの木馬がひそんでいるというのも含めてだ。  これも当然、黙っていたほうがいい。  言ってしまえば身内の中でかく乱が起こることは目に見えている。  スパイはいるのか、いないのか……  ああ、頭がこんがらがる……  俺がリーダーだって?  いや、ふさわしくなんてない、俺なんかには。  なぜなら俺はいま、浅倉喜代蔵の術中(じゅっちゅう)に完全にはまってしまっているかもしれないからだ。  なんなんだ?  この胸騒(むなさわ)ぎは?  これから万城目日和(まきめ ひより)の気配がしたことも伝えなければならないというのに……  それどころじゃなくってしまいそうだ。  うう、気が遠くなりそうだ。  頭がグルグルする……  こんなふうにウツロは、ほかの三人がキャッキャッと笑いあっている中、精神を(むしば)んでくる何かと、ひとり孤独に戦っていた。  その正体こそ浅倉喜代蔵がしかけた(わな)、『火牛計(かぎゅうけい)』の本質だとも知らずに―― (『第41話 這い寄る気配』へ続く)

ともだちにシェアしよう!