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第42話 星川雅と武田暗学

「さすがは龍影会(りゅうえいかい)(ぜん)式部卿(しきぶきょう)ですね、武田暗学(たけだ あんがく)先生?」  星川雅(ほしかわ みやび)の言葉に、着流しの中年男は口角(こうかく)(ゆる)ませた。 「先代閣下が謀反(むほん)をたくらんだあの事件。それに加担した罪で、処刑こそまぬがれたものの、あなたは七卿(しちきょう)から更迭(こうてつ)、組織そのものからも除名された。いまでは一番弟子である坊松総輔(ぼうのまつ そうすけ)氏が後釜(あとがま)となり、式部卿の任に就いている。みじめですね、先生?」  矢継早(やつぎばや)侮辱(ぶじょく)を意に(かい)さず、武田暗学はのんびりと歩き、星川雅とテーブルを差し向いに座った。 「何か言ったらどうですか?」 「雅ちゃん、しゃべりすぎだよ? どこに目や耳があるかなんて、わからないからね?」 「先生こそ、ここの情報を組織に流してるんじゃないんですか? 実際に、わたしたちの動きは閣下に筒抜けのようだし」 「おいおい、勘弁してよ。僕はもう組織とは何の関係もないって。現・閣下のお情けで生かしてもらってるだけなんだしさ。隠遁生活(いんとんせいかつ)を送っているだけの、ただの死にぞこないだよ」 「あきれた。世界を焼き尽くすとまで言われる、おそろしいアルトラ使いさまが。閣下だって、いざというときの手駒(てごま)として、取っておいてあるんじゃないですか?」 「ひどい言われようだな。それに、僕はそんなたいした人間じゃないよ。いくらなんでも、かいかぶりすぎだって」 「言ってなさいよ」 「そういう雅ちゃんはどうなの? ここの情報、全部お母さんに流してるんじゃないの? なんてったって皐月(さつき)はいまじゃ、組織の大番頭(おおばんとう)、閣下の懐刀(ふところがたな)なんだからね。まったく、出世したもんだよなあ」 「ノーコメントでお願いします。お母さまの性格は、先生だってよくごぞんじでしょう?」 「つっこまないよ、あえてね。で、そうするの? ウツロくんが元帥の術中(じゅっちゅう)に落ちちゃったことも、報告するのかい?」 「しっかりつっこんでるし。まあ、そういうことになりますね。このことはすでに閣下の耳に入っているでしょうし、わたしからも情報が上がらなかったら、お母さまの立場があやうくなってしまいますから」 「人形だもんね、雅ちゃんは」 「――っ!」  タブー中のタブーにあえて触れた武田暗学。  星川雅の髪の毛が伸び、あっという間に中年男の頭部を(から)めとった。 「どうしたの? そのまま()め殺しちゃってもいいんだよ?」 「……」  髪の毛の一部からチリッと()げる音がして、彼女はピタリと動きを止めた。 「ま、その前に君は、消し炭になるだろうけどね」  武田暗学は下劣(げれつ)な顔で笑っている。 「食えない方ですね……」 「よく言われるよ」  髪の毛をたぐり寄せ、もとの姿に戻ると、星川雅は深く席についた。 「なんだか騒々しくなってきたし、この調子なら、何か面白いこともあるかもしれないね」  中年男は無精ひげをじょりじょり言わせながら遠くを見つめた。 「面白い、ですか。とんだピエロですね、先生?」 「ピエロか、そうかもね。でもね、雅ちゃん」 「ピエロが王さまになるってことも、あるかもしれないよ?」 「……」  また笑いかけると、彼は片手で合図し、食堂をあとにした。  その場には再び星川雅ひとりが残された。  彼女の首筋から汗が垂れてくる。  くわしいことはわからないが、地獄の業火(ごうか)を操るアルトラだということだ。  お母さまがそう言っていた。  そんなことを思い出していたとき―― 「……」  携帯電話が振動している。  予測どおり、母・皐月からだ。  星川雅はギリッと歯をかみしめた。 「ったく、どいつもこいつも……」  深呼吸をしてからディスプレイをタップする。 「はい、お母さま、わたしです」  彼女はしばらく、予想どおりの(・・・・・・)会話を続けていた。 (『第43話 動き出す魔の手』へ続く)

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