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第68話 甍田美吉良

美吉良(よしきら)あああああっ……!」  星川皐月(ほしかわ さつき)の顔面がマグマのようにゆがんだ。  出現した中年女性、それは内閣防衛大臣・甍田美吉良(いらかだ よしきら)だった。  秘密結社・龍影会(りゅうえいかい)の大幹部・兵部卿(ひょうぶきょう)を務め、星川皐月とは幼なじみの関係にあり、同時に不俱戴天のライバル同士でもあった。 「皐月、これ以上の無駄な行動は、慎んでおいたほうが身のためよ? 現実として組織の法、ならびに戒律に触れる可能性があり、それ以前に、閣下の逆鱗に触れることだってありえる。さあ、おとなしく武装を解除するのよ」  甍田美吉良は淡々と、しかしナイフのような視線を送っている。 「ふん、せっかくいいところだったのに、邪魔なんかしちゃってさ。それに言わせておけば美吉良、役職上の立場がわたしよりも高いからって、ずいぶんと偉そうな態度を取るようになってきたじゃない? そもそも兵部卿は、龍影会が開設されて以来、開祖・葉月丸(はづきまる)さまの血を受け継ぐ、われら似嵐(にがらし)の一族が代々守ってきたポジションであって……」 「よく回る舌ね、皐月。葉月丸さまのことなんて、正直どうでもいいくせに。あなたは自分が楽しければそれでいい、そういう人間だわ。実際にその一環として、弟である鏡月にまで手をかけたしね。そこにいるウツロくんに、あなたこそよくも顔を合わせられるものだわ。かわいそうに、あなたのおかげで、彼の人生はメチャクチャでしょう」  二人の中年女性はこのように、静かに、しかし熱量のこめて腹の探り合いをした。  ウツロはおぼろげな頭で考えていた。  入ってくる情報の量が多すぎる……  断片的な単語ですら、聞いたことがある程度なのだから、なおさらだ。  しかし話の筋から、やはり似嵐の家には深い、そして重すぎる歴史があるようだ。  ほとんど自覚すらできないでいるが、俺にも流れているということになる、その血脈が。  何かが起こるというのか?  似嵐の血が巻き起こす、想像もできないような、何かが…… 「ふん、舌が回るのはあなたのほうじゃない? おまけにこんな毒虫にまで何? 同情してるつもりなの? そうやってまた、閣下のポイントを稼ごうって腹なんでしょ? あなたはそういう、こすずるい女だわ。ほんと、メギツネが」 「皐月、わたしに対する侮辱はともかく、どうするの? いまわたしは、閣下の命で動いているのよ?。それに不服を申し立てることの意味は、いくらなんでもわかるわよね?」 「はん、どうだか。ほんとに閣下の命令だって証拠でもあるの? あなたの単独での行動じゃあないでしょうね? あなたは昔から、そういうところはキレッキレだものねえ?」  彼女らはあいかわらず、丁々発止のやり取りを繰り広げている。 「どうやら、話は通じないようね。どうする、皐月? 似嵐家初代・葉月丸さま、そしてわれらが刀子家(かたなごけ)初代・利平太(りへいた)さま。戦国の世から続く、長きにわたる因縁、今宵この場で、晴らしてみせましょうか?」 「ふはっ! 面白い! やってやろうじゃあないの! 来なさいよ、美吉良っ!」  甍田美吉良の挑発に、星川皐月はあえて乗ってみせた。 「お待ちなさい」 「は?」  しかしそれを反らすように、黒衣の麗人はウツロのほうまで視線を伸ばした。 「ウツロくん、初めまして。刀子朱利(かたなご しゅり)の母・甍田美吉良です。娘があなたにたいへんな失礼を働いたらしいわね。母親として、謝罪させてちょうだい」 「は、はあ……」  軽く飛び出した「謝罪」という単語。  ペコリとこうべを垂れる現役大臣の姿に、ウツロはポカンとした。 「そしてウツロくん、あなたそれ、たいへんな出血ね。その量から察するに、早いところ適切な処置をおこなわなければ、命にかかわることは間違いないと思うの」  何を言っているんだ?  ウツロは率直にそう思った。  気づかってくれているらしいことはわかる。  だが、この状況で?  いまのいま、因縁のあるという(みやび)の母と、きなくさい合図を出しあったというのに?  彼にはこの甍田美吉良の人間像が、まったくもって理解できなかった。 「外に出た血は残念ながら、もとの体に返ることはない。まさに、覆水盆に返らずというわけね。ウツロくん、無礼は承知のうえで、使わせてもらうわよ?」 「……」  ウツロの足もとを濡らしている大量の血液が、生き物のようにうごめきだす。  意志を宿したかのようなそれは、たちどころに星川皐月の周りを取り囲んだ。 「しっ、しまった……! これは液体を操る美吉良の能力……」  円を描いた血液は、規則的に屹立する。  それはまるで、大きな赤い王冠のようにも見えた。 「アルトラ、マディ・ウォー」  王冠はすぐに、人の形をなしていく。  そのひとつひとつが、がいこつを模した兵隊の姿に変貌した。 「おのれ、美吉良あああああっ!」  赤い軍勢は手にしている「やり」を、噴火する女医のほうへと突きつけた――

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