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第19話 地獄の番人

龍門(りゅうもん)さん、あなたずいぶん万城目日和(まきめ ひより)にこだわりますね。なぜそのように執心をしているのですか?」  総理官邸の執務室で、3人の男女が談話をしていた。  内閣総理大臣で秘密結社・龍影会(りゅうえいかい)の大幹部・征夷大将軍こと鬼堂龍門(きどう りゅうもん)、そして警察庁長官でやはり組織の大幹部のひとり・大警視こと鬼鷺美影(きさぎ みかげ)、もうひとりは検察庁検事総長で同じく大幹部・大検事こと囀公三(さえずり こうぞう)だ。  万城目日和に執着する鬼堂龍門に対し、上座に陣取る鬼鷺美影は、長い黒髪を揺らし、ねめ下げるような視線を送った。  彼女は龍影会前総帥である故・刀隠影聖(とがくし えいせい)の実の姉であり、つまり現総帥・刀隠影司(とがくし えいじ)の伯母に当たる人物なのだ。  甥っ子を幼少期からずっとサポートしてきている事実もあり、組織の中ではもっとも強大な発言権や影響力を担保している。  実際、あの刀隠影司でさえ、重要な局面では彼女の助言を仰ぐほどの立ち位置なのだ。  したがってこのように、「表向きのヒエラルキー」では上の立場にある鬼堂龍門を、一族の血脈とは無関係という理由だけで、ほとんど見下すようにふるまっているのである。 「はは、美影さま、どうかご無体をなさいますな。美影さまであれば重々おわかりのはずです。あの少女、万城目日和が龍影会にとり、いかに有害な存在であるかを。しかるに彼女を見つけ出し、処断を試みようとしている次第なのでございます」 「ふん、果たして、それだけでしょうか?」 「……」  電動車椅子がキリキリと動く。  腰かけているの小太りの男性が口ひげをさすった。  その男・囀公三は禿頭を光らせ、ギョロっとした目でパチパチとまばたきをする。 「まあまあ、美影さま。総理は何よりも、組織のことを憂慮なさっているのです。彼にかぎり下心などございませんでしょう」  このように鬼堂龍門をフォローした。 「囀大検事のおっしゃるとおり、この鬼堂、龍影会のことを思えばこそ、組織に土足で踏み入ろうとするきゃつを、何とかせねばと思索しているのでございます」 「そうですか。そうであるのならば、何も問題はないのですが」  鬼鷺美影はあいかわらず不遜な態度を取っている。  ああ、めんどくせえ。  死にぞこないのババアがよ。  刀隠家のゴッド・マザーだからと、いい気になりやがって。  こんなふうに鬼堂龍門は悶々とした。 「しかし龍門さん、万城目日和は生かして捕らえるのです。龍影会を1ミリでも踏みにじったとが、このわたしが、直々に裁かなければ気が済みません」 「なるほど、確かに……心得ました。万城目日和は生け捕りということにいたしましょう」 「頼みましたよ。この世に生を受けたことを後悔するほどの苦痛を与えてやらなければ」 「はは……」  こえええええっ!  ババアのお家根性、そしてこの粘着質!  いかんいかん、間違ってもバレねえようにしなけりゃな。  この俺が、組織の乗っ取りをたくらんでいるだなんてことは…… 「どうしましたか?」 「は、美影さまの組織を、そしてお家を思うお気持ち、この鬼堂、感服の極みでございまして……」 「当たり前でしょう? これだから家柄の貧しい者は始末に困ります。神君・龍影公の御名に誓い、この刀隠美影(とがくし みかげ)、すべてを賭けてお家を守る所存なのです」  うわあ、胃が痛えええええっ!  鬼堂家だってけっこうな名門なんだけどなあ。  ああ、やべえ。  このババア、俺がやらなくても絶対誰かにしてやられるぞ? 「龍門さん!」 「は、は!」 「あなたはいやしくも、一国の内閣総理大臣なのですよ? シャキッとなさい、シャキッと!」 「はっ、ははあ……!」  死にそう……  誰か助けて…… 「囀大検事」 「は」 「われわれのアルトラは遠隔操作が可能です。ぜひとも協力をお願いしますよ? わたしの影鰐(かげわに)はすでに放ってあります」  鬼堂龍門はハッとした。  鬼鷺美影の「影」が分裂して、小型ではあるが無数の「サメ」の形を成していく。 「アルトラ、シャドウ・オーシャン」  黒いサメたちは建物の中を這いながら、すうっとどこかに消えていった。 「ほほ、ではわたくしめも。ほい、おまえたち」  鬼堂龍門は再びハッとした。  気がつくと執務室の中が、極彩色に輝く鳥の群れであふれかえっている。 「アルトラ、イゲロン」  爛々としたまなこの鳥たちは一斉に飛び立つと、やはり部屋を透過していずこかへと消え去った。 「はは……」  味方とはいえおそるべき能力者たちに、鬼堂龍門は縮みあがって冷や汗をかいた。 「万城目日和、見ているがよい。貴様にはしかるべき断罪を加えてやる。このわたしが、地獄の番人の二つ名にかけてな。ふふっ、はははは!」 「美影さまのいつものお手並みを拝見するのが楽しみですな。ほほっ、ほほほい!」  萎縮する国家のトップを尻目に、二体の異形は高らかに笑いつづけていた。

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