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そう言って渡してきたのは、杖。 え、杖? と思ったミコは懐を探ってみるが、いくら探してみてもそれらしいものは見つからなかった。 何故か顔を逸らすベンゲルを見た後、その杖を受け取り、「何でぼくのだって分かったの?」と尋ねた。 「名前が書いてあんだろうよ」 ぶきゃらぼうに返され、くるりと杖を回してみると、『ミコ・アラタス』と名前が刻まれていた。 確かにミコのだ。 「ぼく、いつの間に落としたんだろう⋯⋯」 「さっきの調理実習の時だろ。杖がなかったから、この後も授業もやれねぇってんのに、何やってんだ」 「うん、本当に。フリグスに迷惑かけちゃうし⋯⋯」 「ルーグロリアぁ? ⋯⋯様は、関係ないだろ。いや、ペアだから関係あるけどよ、人に迷惑かけていると思うよりも、まずは自分のことを心配しな」 オレの用はこれだけだと言って立ち去る彼の後ろを、あっと声を上げた。 「あの! 杖、ありがとー!」 一瞬立ち止まったかと思った足取りはそのまま遠ざかっていった。 調理実習の時、リエヴルとベンゲルのペアは別だったはずだ。それなのにベンゲルはミコの行動を見ていて、わざわざ届けに来たということになる。 普段の彼からでは想像できない行動に拍子抜けしていたミコだったが、その思いやりに少しばかり胸にくるものがあった。 それはフリグスに思うような気持ちに似たもの。 「ミコーっ、何か変なことされなかった? 大丈夫?」 「あ、リエヴル」 振り返ると少し息を切らした様子のリエヴルがそこにいた。 ベンゲルがいなくなってすぐに来たことから、よっぽど彼に会いたくなかったのだろうとよく分かる。 「大丈夫だよ。ただ杖を渡したかっただけみたい」 ほら、と杖を見せる。

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