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第1章:出会い編 第3話

 チャプリチャプリと水音が耳の近くで聞こえてくる。湯の中にいるのが分かった。瞼をゆっくりと時間をかけて持ち上げた。視界に入るのは、真っ白い泡。 「……風呂?」  呟いたのと同時に心地良い温度の水がゆるりと波打った。湯の上を覆う泡が揺蕩っているのをボンヤリした頭で見ていた。 「おっ、目ぇ覚めたみてぇだな」  しゃがれた男の声が右側から聞こえてきた。声の方へと首を回す。男の姿を見て困惑した。  まるで洋画の中に出てくる中世の海賊のように見えた。ずんぐりむっくりとした中年の男は色黒で口の周りを無精髭で覆われている。青い瞳と赤茶けた髪。どう見ても日本人ではない。 「あの……誰、……です、か?」 「兄貴、こいつ、目まで黒いぜ。こんな奴、見たことねぇ!」  男の言葉にギョッとした。見た目だけでも映画の下っ端俳優のような外国人だというのに、彼の発する言葉は理解できる。  ただ、驚いたのはそれだけではない。動いている唇と聞こえてくる言葉が合っていないのだ。  それこそ、まるで吹き替え映画のような不思議さがある。  しかし言葉は理解できるというおかしな現象に戸惑っていた。 「本当かぁ? ……ああ、マジか。こりゃすげえ、どこの大陸の民族のモンだ?」 「んんっ」  顎を取られ、強引に左へと顔を向かされた。右隣にいた男よりも大柄な男に顔を近づけられてマジマジと顔を覗かれる。酒臭い息がかかる。圭は眉間の皺を寄せた。 「あの、やめてください。痛い、……です」  男の伸びた爪が頬に食い込んでいた。手が自由なら振り払ってやったのに、やっぱり後ろで拘束されたままだった。目を覚ます前の出来事が夢じゃなかったと落胆する。 「兄貴ぃ、こいつ、ルレベルク大陸の奴かね?」 「いやー、ルレベルクにこんな黒髪黒目の人種がいたなんて聞いたことがねぇ」 「じゃあ、ブラムニッツか?」 「あそこなら少数民族がごまんといるからいないとは言い切れないが……それでも、なぁ?」  左右からジロジロと無遠慮な視線に晒されて居た堪れない気持ちになってくる。男たちの視線から逃れたいとばかりに湯の中へと隠れるように潜った。 「おい、何してんだ」 「ブハッ」  髪の毛を掴まれ、湯から引っ張り上げられた。容赦のない手つき。痛みで涙目になる。 「何すんだよ。いってーだろ」 「おー、気ぃつえーなぁ」  ガハハハと大声で笑われ、胸糞悪い思いに顔を顰めた。 「気ぃつえーのも良いが、ちゃんと大人しくしてねーと痛い目に遭うぞ?」 「ふ、ブハッ」  今度は頭を押されて湯の中へと顔を浸ける。突然のことに対処できず、ブクブクと息が口から零れた。唯一自由な足をバタつかせていると、再び髪を引っ張り上げられる。空気が肺へと入ってきて咳き込んだ。耳の奥がツンとする。ハァハァと荒く息をしていると、再度湯へと頭を押し付けられた。 「んー! んんー! んー!!」  僅かに頭を揺する。それでも強く掴まれている髪は男の手を振り払えない。目の奥がジンとする。引っ張られる髪も痛いし、満足に吸えない息も苦しくてツラい。  限界を感じる直前で頭を引っ張り上げられ、息ができるようになる。それを何度も繰り返されて段々と意識が朦朧としてきた。 「おい、いい加減にしとけよ? 売り物だってこと忘れんな」 「へーい」  左隣でタバコをふかしていた男の声に従うようにパッと髪を掴む手が離された。やっと自由を得て、咳き込みながら息をする。 「おい、『ごめんなさい』は?」 「え?」  顎を掴まれ、またしても自分の意思とは無関係に顔を向かされる。下卑た笑みを浮かべた顔に気分が悪くなりそうだった。 「ご・め・ん・な・さ・い・は?」 「うっ、ご、めんなさ……」  無理矢理言わされた言葉ながらも男の手が離れていった。  なぜこんな目に遭っているのか。ここがどこなのか、両隣にいる二人が誰なのか。全く分からず混乱と不安でしょぼくれる。  圭がいるのは白い一人用のバスタブだった。自分だけが風呂に入れられて、見知らぬ男二人に囲まれるというのは嫌悪しかない。  しかも一人は相当に粗暴なようだ。きっとまだ目覚めて三分と経っていないのに、もうそれを嫌というほど知った。 「んっ」  右隣の男が湯に浸かった圭の体をガシガシとスポンジ状のもので擦ってくる。肩から始まり、腕、胸、腹、背中と洗われていく。優しさなど微塵もない手つき。まるで物を扱うような男の様子に、再びじんわりと瞳が熱くなってくる。 「あの……俺、どこで……どうして、ここに来たん……ですか?」  右足をバスタブから引っ張り上げられ、脛を擦られている時におそるおそる尋ねてみた。男の機嫌を損なわないよう自分なりに細心の注意を払いながら。 「おめぇか? おめぇはレントレスの森の木に引っ掛かってたんだよ」  またしても聞き覚えのない地名を耳にして困惑する。先程、男たちの会話の中で聞いたことのない大陸名を話していたが、一体どこの話をしているのだろうか。 「あの……れん、とれす? っていうのは……」 「レントレスはレントレスだろ。リュンデルの東の。お前、どこの田舎モンだ」  やっぱり意味不明な単語が返ってきて困惑を深めるばかりだった。 「じゃあ、木に引っ掛かってたってのは……」 「あー、俺たちが通りかかったらおめぇが大樹の枝に引っ掛かって寝てたから下ろしてやったんだろ。あのままだと夜が更けたら森の獣の餌にでもなっちまう」  ゾゾゾと背筋を悪寒が走る。野生の獣がいるような場所で気を失っていたとでもいうのだろうか。考えただけで恐ろしい。 「ありがとう、ございました」 「礼には及ばねーよ。それより、あの変な服、どこの国のだ? 全く見たことねぇが」 「え……」  圭を洗う手を止めずに質問してくる男を見れば、至極不思議そうな顔をしている。冗談や揶揄っているような雰囲気など微塵もない。  自分の格好は至って平凡な制服のはずだ。学ランこそ着用していないものの、量販店で母親が買ってきたカーディガンも学校指定のワイシャツも、真っ黒い学ランのズボンも珍しい物である訳がない。一般的な公立高校の制服である。 「普通の……制服、ですけど」 「制服だぁ? お前、どっかの団にでも所属してんのか?」 「ばーか。こんなガキが騎士団になんて入れる訳がねーだろが」 「まあ、そうだよなぁ。こんな細っこい体でなぁ」  足首を持たれたままブラブラと振られてムッとする。確かにガッシリとした男たちの体に比べれば頼りないが、それでも受験でやめるまでは体操を続けてきた。そんなナヨナヨしているとは思っていない。  辞めてからしばらく経つため、全盛期の頃のように筋肉があるとまでは自分でも思ってはいないが。 「それに、礼を言われるようなことにはならないから安心しな」 「え? それってどういう……? うわっ」  一通り全身をスポンジもどきで擦られたかと思ったら、脇の下に手を突っ込まれて引き上げられる。後ろを向かされ、バスタブの縁に顎を乗せられた。  自然と腰を突き出す格好になって赤面する。初対面の相手に対してとるポーズではない。 「やめ、て、くださ……ヒッ!」  太腿を撫でられてゾッとした。 「こりゃ、初物だよなぁ」 「そうでないと困る。今晩のメインにならないだろ」  尻タブを掴まれ、左右へと開かれた。あらぬ場所に空気を感じてゾワゾワと悪寒が走る。 「ちんこもツルツルでちっせーし、この見た目だろ? こりゃ稚児狂いの変態には堪んねぇだろうなぁ」 「こんなガキ見たことねえ。相当に高く売れるだろうよ」  両方から上機嫌な笑い声が聞こえてきて心底胸糞悪い思いに満ちる。奥歯をギュッと噛みしめた。先ほどの水責めを思い出す。悪態を吐けば同じことを繰り返されるだろうことは明白だ。 「ひうっ!?」  落ち着け、我慢だと何度も自分に言い聞かせていた時だった。突然、尻穴に何かが挿入り込んできた。 「な、にこれ……。や、だっ!」  尻を振って異物を振り払おうと藻掻くが、タバコをくゆらせていた兄貴分であろう男に腰を掴まれる。ガシリと力強く固定されるばかりか、より高く尻穴を上へと向けられた。 「兄貴ありがとよ。ほら、やっとかねぇとお前がしんどい思いするだけだぞ」 「あっ……うぁ、ぁ……」  気持ちの悪さでゾワゾワと全身が泡立った。多分、入れられているのは男の指なのだろう。節くれだった芋虫のような指が後孔から中へと侵入してくる。ゆっくりとした動きだが、それがまた男の気色の悪い指の形を伝えてくるようで吐き気がする。 「あー、こりゃ初物だ。兄貴、高く売れるぜ?」 「これなら、白金貨50……いや、60はいけるか? ……いや、70吹っ掛けるか」 「70!? そんだけありゃ、しばらくは遊んでられんじゃねーか」  頭上で飛び交うセリフが耳に入るも、意味をなして理解できない。込み上げる嘔吐物を必死に喉で堰き止めるので精一杯だった。  吐しゃ物を吐き散らかしてやろうかとも思ったが、そんなことをしたら次はどんな目に遭うか分からない。ちょっと言葉が過ぎたくらいで殺されるかもしれないという思いをしたのだから。 「うっ、ぁっ!」  ズボズボと容赦なく指が注挿を繰り返した後、二本に増やされる。圧迫感に眉間の皺が深くなる。 「まあ、このままでも良いが、もっと高く売るために薬でも使っとくか。上手くすりゃ、80……100まで吊り上げられるかもしれねぇ」 「そりゃ良い! おい、せいぜい高く買ってもらえるようにちゃんと尻振って変態に媚びてくれよ?」 「うぅっ」  ズボリと抜き出された指に僅かに安堵する。クパクパと質量を失った後孔が何度も開閉を繰り返している。無理矢理に擦られた直腸が痛みを訴えていた。  風呂から上げられ、ガシガシと乱暴に布で拭かれる。元々色白の肌が薄っすらと赤くなっていた。 「あの、俺の服……」  裸のまま椅子へと座らせられた。体を拭いた大きな布を肩に掛けられてはいるものの、体を隠せてなどいない。縮こまった性器も晒されたままで羞恥心から腿に力を入れる。少しでも見えないようにと思いながら。 「服だぁ? いらねーだろ。そんなもん」 「でも……」 「あのなぁ、お前はこれから変態野郎に売られんだ。奴隷に服なんて必要ねぇだろ」 「そんな……」  何となく男たちの口ぶりで薄っすらと察してはいたものの、言葉にされてしまうと絶望する。 「やだ……やだっ、やだっ!!」  椅子から立ち上がり、扉の方へと走り出す。拘束された腕ではドアを開けないことくらいは分かっている。それでも、ここに大人しく座っていることは我慢できなかった。 「てめぇ、何してんだ」  腕を掴まれて床へと転がされた。 「あー、めんどくせぇな。アレ、かがしとけ」 「へーへー」  弟分らしき男が棚の中から小瓶を取り出す。蓋を開けると、圭の口元へと瓶の口を持っていき、強引に突っ込んだ。 「んっ、んっ」  流れ込んでくる液体を拒むことができない。トロリと意識が霞んでいく。 「兄貴ぃ、俺、たまには帝都でたらふく美味い飯食いてぇ」 「おー、飯でも何でも存分に食え。俺は女だな。帝都の極上の女を抱いてみるのも悪くねぇ。久々に娼館通いでもするか」  薄れゆく意識の中で聞こえてくる言葉に嫌悪を抱きつつも、途切れる記憶になすすべもなかった。
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