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第2章:性奴隷編 第2話

 目を覚ました時、寝台には圭以外誰もいなかった。フカフカのベッドの中、重い瞼を開いたり閉じたり何度か繰り返す。 「…………ぃ……たぁ……」  寝返りを打った瞬間、ビキリと腰が音を立てた気がした。尋常でない痛みに悶える。  腰だけではない。全身が怠くてしんどい。後孔は未だに何か挟んでいるかのように酷い違和感があるし、ヒリヒリしている。  腕を上げることすら億劫に感じながらも、いつまでも寝ている訳にはいかない。まず、ここがどこかすらも分からないのだから。  ミシミシと音を立てそうな体を何とか宥めすかしながら上半身を起こす。真っ白い天蓋と、ドレープカーテンの奥に見える景色には記憶があった。  昨夜、ここで見知らぬ男に抱かれた。  思い出して全身が真っ赤に染まる。恋愛対象は女の子だし、男なんてまっぴらごめんだ。  しかも、出会ってほとんど間を置かずにセックスするなんて考えられない。そんな貞操観念が緩いという自覚はない。当然のごとく童貞だし、処女だったのだから。  そこまで思い至って今度は羞恥で頭を抱える。自分に対して「処女」という言葉を使う日がやって来るとは考えたこともなかった。  更に、それが失われるなんてもってのほか。  尻のジクジクとした痛みが昨夜の記憶を裏付ける。夢ならどれだけ良かったことか。とんでもなくデカい男の象徴を、体の中に受け入れただなんて。  ガクリと首を垂れる。そして目に入った自分の体にギョッとした。  胸元に散る真っ赤な痕。散った花びらのようにところどころ肌を赤く染めている。一見、そんな病気かと勘繰るくらい大量に。 「な、なんだよ、これぇ……」  そして、ガサガサに枯れた声。全身の痛みに気を取られていたが、酷使しすぎた喉も痛い。  散々喘いだ昨夜の記憶は鮮明だった。よく見れば、弄られ過ぎた胸の尖りは普段よりも紅い気がするし、ぷっくりと膨れているようではないか。嫌と言うほど噛んだり吸われたりしたことは記憶にも残っているし、何より体が覚えている。  自他共に吐き出した精液が全身に残っているようで気持ちが悪かった。早く洗い流したい。ズリズリとベッドの上を這うようにして移動する。キングサイズだろうか、無駄にでかい。ベッドサイドまでにじり寄り、立ち上がろうと足を床へと下ろす。しかし全く力が入らず、カクリと膝からくず折れた。 「わっ!」  ドサリと体が床に落ちる。フカフカのカーペットが敷き詰められており、痛くはないがその場から動けず見悶えするばかりであった。 「おや、起きたのですか?」  カチャリと音をたてて扉が開いた。長く美しい銀糸を背中で一纏めにしている長身の男性だ。眼鏡の奥の瞳は切れ長で涼しげだが、目尻の下がったタレ目のお陰で昨夜の男性よりも穏やかな雰囲気を纏っている。細く流れた眉に、ターコイズブルーの瞳。シュッと高く伸びた鼻も全て美しい造作を作るのに役立っていた。無体を強いてきた美丈夫よりも体格は細身で、インテリ紳士風の男性だった。 「おや、まあ……散々な……」  切れ長の目を見開き、フッと苦笑する。何を指摘しているのか分かるが、身を隠せるような物など辺りには見当たらない。せめてもと、股間だけは見えないよう床に手を突いて隠す。 それでも、何も身に着けていない圭の裸体は男性の目に全て晒されていた。  風呂好きの祖父の影響を受けて近所の銭湯巡りをすることはよくあった。風呂場では全裸なんて全く誰も気にしない。それに、小中学校の林間学校や修学旅行を通して友人たちと大浴場ではしゃいだこともある。恥ずかしいなんて感じることは皆無であったが、今はそういう状況ではない。  しかも体中には大量のキスマーク。先程ベッドで垣間見た時は掛け布団で隠れて胸元だけしか見えなかったが、よくよく見れば腿などにまで付いている。涼やかに見えて、とんだ執着心の持ち主だ。 「うっ……」  初対面の人物に情痕にまみれた淫らな裸体を見られて体が強張ったからだろうか。ドロリと後孔から何かが流れ出てくるのを感じる。昨夜この場所に注がれたものを思い出し、一気に顔を真っ赤に染める。 「……ふむ、まずは身綺麗にすることから、ですかね」  クールビューティーの眼鏡の奥が何かを考えるように細められる。男性は胸元から鈴を取り出すと、音色を奏でる。高いがよく響くリンという音の後、男性が入ってきた扉と同じ場所からメイド服姿の女性が二人、姿を現した。 「わー! ちょ、ちょっと!」  床に転がったまま身を縮こまらせる。女性にこんな姿を見られるなんて堪らない。露出狂の気はないのだから。 「彼を湯に」 「「かしこまりました」」  見事に声の重なった二人の女性は男性へと一礼をすると、圭へと近づいてくる。 「え、ちょ、あの、まっ……」  圭よりも身長の高い二人の女性に囲まれ涙目になっていた。  一人の女性に脇の下へと無遠慮に手を突っ込まれて体を持ち上げられたかと思うと、もう一方の女性に左右両方の足首を持たれる。フワリと浮いた次の瞬間、足早にその場から移動させられる。 「ちょ、ま、あの、俺、おれぇ……ッ!」  見知らぬ女性に持ち運ばれているのも恥ずかしいが、全裸で局部を隠せないというのが何よりもツラかった。 (もう、お婿に行けない~~~~~!!!!)  顔を隠したかったが、それすらもできずになすがままにされる。  女性二人に連れて来られたのは、ベッドの置かれていた部屋の隣にある浴室だった。  この浴室ですら圭の家の自室よりも広い。中央にドンとこれ見よがしに置かれたバスタブからはホコホコと湯気が立ち上っている。淡い乳白色の湯からはラベンダーのような香しい中にも清涼感のある香りがして、嗅いでいるだけでリラックスできる。  周囲に誰もいなければという条件付きではあるが。  湯舟の中へと運び込まれ、両側に陣取った女性たちに腕を洗われる。この世界では、風呂というものは誰かに洗われるのが普通なのだろうか。拒否しようとしたが、半ば強引に腕を取られて断念した。女性だというのに圭よりも力が強かったためである。  しかし、体を洗う手付きは至極丁寧であった。滑らかなスポンジが肌を優しく擦ってくれる。おぞましい出来事の前にされた忘れたくなるような男たちによる洗浄とは雲泥の差だった。  これだけであれば極上のスパ体験のようだった。女性たちに丁寧に体を洗われ、心地の良い湯加減に目をそばめる。 「ユルゲン様、アチラはどういたしましょうか」  後ろを向かせられて背中を流してもらっていると、圭の右側にいた女性が口を開いた。話しかけたのは圭ではなく、浴室の扉の前で書類へと目を通していたクールビューティーへだ。 「そちらもお願いいたします。そのままでは腹を壊してしまいますから」  ユルゲンと呼びかけられていた男性は手元の分厚い書類の束から目を離し、圭たちの方へと視線を向ける。綺麗な眉を困ったように下げて苦笑している。 「「かしこまりました」」  再び重なる二人の声。よく躾けられていると感心してしまう。  しかし、そんなことを考えていられたのもその時までだった。  またしても脇の下に手を入れられて体を引き上げられる。背後に回った女性がグイと圭の腰を突き出させるような格好へとさせてくる。  これに似たポーズは記憶にある。 「ちょ、や、やめ……うっ」  後孔へと女性の指が入ってきた。昨夜散々咥え込まされた男根のように太さはないが、それでも異物感というのは全くと言って良いほど拭えない。 「うぁ……やぁ……」  ゾクゾクとした怖気が背筋を昇る。細い指に中を弄られ、それまで湯の中で味わっていたスパ気分から一転する。  後孔の中からかき出される精液の感触が気持ち悪くて仕方ない。身の毛もよだつ体験というのはまさにこの事だった。  小汚い中年男にされた時も心底嫌だったが、だからと言って女性にされても気持ちの良いものではない。  唯一、昨夜のあの時以外は。 (違う! あの時は変なクスリ使われてたから!)  ブンブンと首を横に振って心の中で否定する。許容なんてできる行為ではない。自分の中に他者が入り込んでいる状況など。 「あぁ……あ……」  嫌なのに。女性の指が直腸の中のイイ場所に触れてしまう。それだけで昨夜散々放った陰茎が頭を擡げ始める。  生理的な現象に涙が浮かんだ。触られれば誰だって良いとでも言うのか。そんなの体を売るような人たちと一緒だ。  こんなのイイはずがない。それなのに体は至極正直だった。  今一番嫌なのは、背後にいる女性が圭にその反応をさせようと意図していないことだ。ただ、中からかき出すだけに蠢かせられる二本の指。  昨夜の名残からか、きつくはない。単純に気持ちが悪かった。 「うう……」  ボロボロと落ちる涙が湯に落ちる。でも、この場にいる誰もそんなこと気にしてすらいない。慮るような言葉も、空気すらない。ただ「洗浄」という作業を淡々とこなしているだけだった。  まるで汚物扱いされているようで胸が苦しくなる。昨日から何でこんな目に遭っているのだ。夢なら早く醒めてほしい。とんでもない悪夢でも「夢で良かった」と笑い飛ばせられればどれほど良いか。  どれだけの時間をかけて腹の中をかき回されていただろうか。永遠にも思えるような長さを感じたが、湯が全く冷めていないから、そこまで長時間ではなかったのだろう。  それでも、かき回された体は疲れ果てていた。後孔から流れ出た粘液は背後の女性の手によって肌触りの良いタオルで拭われた。湯を汚さなかったことは安心したが、そんなことどうだって良い些細なことだと自嘲する。  指が引き抜かれ、再び湯の中へと体を沈められた。鼻孔をくすぐるラベンダーの香り。もはやリラックスからは程遠い。最悪な記憶を匂いで上書きするにすぎなかった。  ちゃぷんと湯の表面が揺れる。ポロポロと零れる涙のせいだと気付いても、止める気にはなれない。  せめて涙くらい好きにさせてほしかった。 「もうそろそろ上がりましょう。あまり長湯をすると体に障ります」  ユルゲンと呼ばれた男性が腰のベルト付近に付けていた懐中時計らしきものの表面を確認する。またしても脇の下に手を入れられて持ち上げられたが、もう抵抗する気すら残っていなかった。そんな気力、あれば既にこの状況を打破している。  バスタブから出され、その場でワシャワシャと二人がかりで拭われていく。湯で体が解れたのか、立ち上がれないほど力の抜けていた脚は何とか立つことくらいはできるまで回復していた。あんなにガクガクと生まれたての小鹿のように震えていたのが嘘のようだ。  全身の水分を拭われると、やっと服を着せてもらえた。しかし、服と言っても、圭が着ていた制服ではない。バスタオルのように細長い布を半分に折り、その折り目の中心に頭を通すための穴を空けただけといった簡素な作りであった。一応腰付近をベルトに似た太い紐状の布で縛っているため、横から体が見えてしまうことはないが、ミニスカートのように足元が開放的過ぎて落ち着かない。  しかも下着を与えられていないのだ。気にするなという方が無理というもの。  ここにいる全員が同じ様な格好をしているというのならば、まだ納得もいく。「郷に入れば郷に従え」というもの。  しかし、そうではない。分厚い書類と睨めっこしては時折嘆息を吐きながら痛そうに胃付近を擦っているクールビューティーの格好は、燕尾服のように後ろの裾が長いジャケットを着ている。一部の隙もないほどかっちりとしたその服は皺一つすら寄っていない。圭の格好とは大違いだ。 「お腹は空いていらっしゃいますか?」  腹について問われた直後、グゥゥと浴室に響き渡るほど大きな音が鳴ってしまった。まるでパブロフの犬のようで恥ずかしい。赤面するも、両側に立つ女性たちは全く表情を崩さない。絶対に聞こえていたであろうに。それすらも恥ずかしかった。 「正直でよろしい。すぐに朝食の支度を」 「「かしこまりました」」  ユルゲンに対してお辞儀をした女性たちが浴室を去って行った。クールビューティーと二人きりになり、それはそれで居心地悪い思いをする。 「あの……」  せめて下着をくれとせがんでみようと口を開いたが、すぐそばまで来ていた男性にドキリとする。昨夜の男性ほどではないが、この人物も相応に大きい。2メートルはないものの、多分190センチは優に超えているだろう。実家の兄を見る時よりも目線を上げなければ顔を見られないのだから。 「このままでは風邪をひいてしまいますね」  男性の手が圭の頭へと寄せられる。何をされるのか分からなくて、来るかもしれない衝撃に備えて咄嗟に目を閉じる。フワリとした風がその手から巻き起こった気がした。何だろうと目を開けてみる。既に男性の手は圭から離れていた。男性が触れていた辺りへと手を持っていく。濡れていたはずの髪の毛が乾いていた。 「え? え??」  パチパチと瞬きをする。一体何が起きたのか全く分からない。 (さっきまで濡れてたのに、一瞬で乾いた……?)  唖然としながら男性を見上げていた。男性は圭へと背を向け、浴室の扉へと歩いて行く。ここにいても仕方がない。圭もその長い脚を追いかけるように小走りでその背の後をついて行った。

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