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第2章:性奴隷編 第3話
机の上に並ぶ豪華な料理の数々に圭は目を白黒させていた。どう見たって高級ディナーだ。テレビなどでしか見たことのない見た目も華やかな料理に思わず唾を飲み込んだ。
テーブルの向かいに座る美丈夫を見つめる。もう食べても良いのだろうか。ジッと凝視していると、その視線に気づいたのか、ティーカップ片手に相変わらず顰め面で睨んでいた書類から目を離した。
「ああ、どうぞお召し上がりください」
男性はニコリと貼り付けたような作り笑いを浮かべた。許可を貰い、小さくお辞儀をする。
「いただきます」
パンと掌同士を合わせた。向かいに座る男性はそんな圭を少し不思議そうな顔で見ていたが、過度の空腹と豪華な料理の前には気にする程のことではない。
まずは、ホカホカと湯気を立てている乳白色のスープに手をつける。濃厚なうまみが凝縮された味に目を瞠った。
「うっっっっっまぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
こんなに上質なスープは今までの人生の中で飲んだ記憶がない。長時間をかけて煮込んだであろう奥深い味わいが体に染みる。料理上手な母親が作る家庭的で舌に馴染んだ味噌汁も好物だが、それとはまた違った高級さがあった。
よく考えれば、まともに食事をしたのは文化祭の準備をする前の昼休みぶりだった。成長期の男子高校生が昼食以降、何も食べていないのだ。そりゃあ腹の虫も怒って部屋中に響き渡るくらいの大合唱はするというもの。
次は、メインディッシュであろう肉を食べようとするが、そこでハタと気が付いた。食事のマナーなど全く知らないということを。
よくテレビなどで見るフルコース料理では、一皿一皿出てくるので食べる順番も否応なく分かる。しかし、今日は様々な皿がテーブルの上に乗っているため、そういったマナーが分からない。
一気に出されているのだから、どれから食べても良いのかもしれないが、そもそもナイフとフォークの正しい使い方というもの自体を知らない。そういった店に行ったことがないのだから。
外食と言えば回転ずしか焼肉チェーン店、ファミレスくらいが関の山だった。7人家族でフルコースを食べられるような贅沢などできるはずもない。
圭の前に並べられている幾つものフォークやナイフ、スプーンなど。そのどれをどの料理に使うのが正解なのかも分からない。
「あ、あのぉ……」
「何か?」
物珍し気に圭の食べる姿を見ていた男性が柔和な笑みを浮かべる。先ほど見た作り笑いより、よっぽどこちらの方が良いなと好感を持った。
「お箸、ありますか?」
「おはし……?」
男性がキョトンとした顔をする。そう言えば、外国では箸を使わない国も多いということを思い出し、手で箸を模してジェスチャーをした。
「えーっと、ちゃっぷすてぃっく? こう、長くて、2本あって、ラーメンとか食べる時に使うやつ」
「らあめん??」
男性の顔が怪訝な表情へと変わっていく。これは全く通じていない。箸自体を使う文化はなくても、その存在くらいは知っているかと思っていたが、そうではないらしい。これ以上どう説明して良いものか見当もつかず、ウンウンと数秒唸った後、考えること自体を諦めた。
「箸ないなら、ちょっとくらいマナーとか悪くても許してくれよな」
掌同士を合わせて、ウィンクして見せる。ちょっとおどけたようにすると、大体の大人は「仕方ないな」と相好を崩してくれる。男として「可愛い」と言われるのは癪だが、こういった時はそれを最大限に使わせてもらう。それが処世術だと教えてくれたのは5つ歳の離れた姉である。
「ハシ? という物がよく分かりませんが、構いませんよ。ここには私と使用人しか今はおりませんから」
ニッコリ笑って食べ勧めるよう促してくれる。言外に「お前にそこまで期待なんてしていない」と言っているような気もしたが、気付かなかった振りをする。
一番外側にあったナイフとフォークを手に取り、キコキコと音を立てながら肉を切っていく。本来であれば確か音をさせてはいけなかったはずといううろ覚えの記憶があるが、それは意外と難しい。
肉を全て細切れにしてからフォークだけを持ち、塊を口へと運んだ。鼻孔を抜ける香りと嚙んだ瞬間の甘味が口に広がる。
「…………やっばぁ……、こっちもうっまぁ!!」
食べたことのない味わいに身悶える。家族で行く質より量の薄い焼肉とは訳が違う。クセのない肉が口の中に溶けていくのを驚きながら、夢中で頬張っていく。
皿の上の肉が半分程になった頃、クスリと笑い声が聞こえてきた。ハッとして男性の存在を思い出す。あまりに旨すぎて自分一人ではないことを忘れてしまっていた。
「あの御方がいきなり連れ帰ったことには心底驚きましたが、こういうところが面白かったのでしょうかねぇ」
クスクスと苦笑する姿は美しく、男性だというのに見惚れてしまう。同性だが透明感のある麗しさがあり、中性的な魅力に惹き込まれていた。
「あ、あの!」
「はい、何でしょう」
ひとしきり笑い、カップの茶を優雅に啜った男性へと声をかける。
「俺、今の状況も何もかもよく分かってない……んですけど、ここってどこなんですか?」
ずっと知りたかったこと。今まで聞きたくても聞けなくて、でも気になっていた。
「ここでしょうか? ここは、シルヴァリアの帝都・ヴァレンティアと言えばお分かりになりますよね」
フルフルと顔を横に振る。当然のことのように言われているが、シルヴァリアもヴァレンティアも聞いたことがない。何となく横文字っぽい感じだから、欧米のどちらかと推測するのが精一杯だった。
圭のそんな様子に男性は至極驚いたように切れ長の目を見開いた。
「ヴァレンティアを知らないなんて、あなた、どこの田舎から出てきたんですか?」
「い、田舎って……俺、東京だから別に田舎な訳じゃ……」
「トウキョウ??」
またしても不思議そうに首を傾げられる。東京と言っても立川の方だから確かに都心かと言われれば二の足を踏むが、23区ではないにせよ、そこまで田舎ではない。……はずだ。
それに、数年前にはオリンピックも開かれた。博識そうなこの人が東京を知らないなどとは思えない。
忘れかけていた不安がジワジワと胸の中に溢れてくる。
「あの、ここ、ヨーロッパのどっかとかじゃないんですか? それか、アメリカ?? てか、俺、学校の屋上から落ちたら変な場所にいて……」
自分で説明していてもよく分からなくなってくる。なぜ屋上から落ちたら外国にいるのだろうか。
でも、ここが日本だとはとても思えない。目の前にいる男性もとてもじゃないが同じ民族だとは思えないし、料理だって欧風だ。
何より、段々と慣れてはきているものの、口の動きと言葉が合っていないのが気になる。
男性は暫し考え込んだ後、おもむろに椅子から立ち上がった。
「私は少し席を外します。あなたは食事を続けてください。お食事が終わりましたらメイドが片付けますので」
それだけ言うと足早に部屋を出て行ってしまった。
一人、テーブルに残される。戸惑ったが、その言葉通りに食事を再開した。
一人きりになると何だか料理の味が覚束ない気がする。先程まではあんなに美味しいと感じていたというのに。
チラリと扉の横で微動だにしないメイドたちを見る。構ってくれる雰囲気ではない。
仕方なく食事を続ける。どれを食べて良いか分からなくなるくらい鮮やかで見事な一品ばかりだというのに、何だか食はあまり進まなかった。
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