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第2章:性奴隷編 第4話

 食事が終わると、部屋に控えていた女性たちが料理の皿を片付けてくれた。そして一人、部屋にポツンと残される。  勝手に出て良いかも分からないため、とりあえず部屋の中で待機していた。豪華な食事まで出してくれたのだから、酷い扱いはされないだろうと期待を込めて。  しかし待っても待っても誰も戻って来ない。喋り相手もおらず、退屈からか段々と睡魔に襲われる。 「ちょっと寝ても良いかなぁ」  誰に言うでもなく呟いてみる。フワァと大きなあくびが出た。昨夜、無体を強いられた体はまだ疲労を残していた。いくら食事をしたと言っても、全回復には至らない。  ベッドのある部屋へと向かってみた。いつの間にか綺麗に整えられている。 「とうっ!」  巨大なベッドに向けてダイブした。スプリングが気持ち良い。絶対高級品だと再認識する。  ベッドの中央まで這って行き、ゴロンと仰向けになった。真っ白い天蓋が視界に映る。  そして、同時に思い出される昨夜の情事。一気に顔が赤くなる。 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」  思わず両手で顔を隠してゴロゴロと左右に転がった。どれだけ転がっても広いベッドからは落ちない。  ひとしきり悶えた後、ピタリと止まる。羞恥に苛まれても終わってしまったことはどうにもならない。  それより問題は、昨夜の人物だ。  何故あんな事をしたのか。素性も。名前すらも知らない。 (俺、名前も知らない会ったばっかの奴とあんなことするなんて……)  頬が熱い。何だか、下腹もジクジクと違和感を訴えているような気がした。  枕へと顔を埋める。恥ずかしくて穴があったら入りたかった。  顔を突っ伏したまま暫く悶えていたが、気が付いた時には夢の中へと入り込んでいた。 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆  一面の銀世界だった。どこを見ても吹雪いていて、何も見えない。  しかし、寒くはなかった。掌の上に乗った雪が瞬く間に溶けた。冷たさを感じる間もなく。それどころか水滴すら残らない。  キョロキョロと辺りを見渡したが、ホワイトアウトしてしまっているこの状況で目印になるようなものは何一つとしてなかった。 「誰か……誰かいませんかー?」  叫んでみた。当然のように返答はない。不安になって何度も方向を変えて怒鳴ってみた。やっぱり結果は変わらない。声は雪の中に溶けてしまったかのようだ。  無音の世界は不安をかき立てる。この場にいたくなくて、とりあえず前へと進んでみた。ズボリズボリと足を深く取られる。覚束ない足取りも怖くて、手で雪を掻きわけるようにがむしゃらに動かした。  段々と体が埋まっていくような気がしていた。前にある雪を押し固めて乗り上げる。そして、またズボリと体が沈み、泳ぐように何とか前へとゆっくりながらも前進を試みる。 (何これ、怖い!)  知らない男たちに囲まれていたのも恐怖を感じたが、誰もおらず、何もないというのもまた別の怖さがあった。  ずっとここに閉じ込められて、誰からも気付いてもらえずに死んでしまうかもしれない。そう考えただけでゾクゾクと背筋が凍る。寒いわけではないのに。 「誰か! 誰かぁ!!」  目の前の雪をかき分けながら必死になって叫んだ。そうしないと気が触れてしまいそうだった。  どれくらいの時間が経っただろうか。時間という感覚が失われていた。  本来なら、こんなに雪の中にいれば手はかじかんでいただろう。そもそも寒さで凍死している気がする。  しかし闇雲にずっと動き続け、叫んでいた体はしっとりと汗ばんでいた。  心細さから諦めそうになってしまう。もう誰もいないのではないか。この雪に覆われた何もない世界には、自分以外何も……。  そう考えた途端に腕が止まってしまった。これ以上先へ進めなくなる。  気力が湧かず、その場にへたり込む。吹雪は小康状態になっていたが、それでもしんしんと積もる雪は音もなく周囲の雪嵩を増す。  上半身を倒し、その場に大の字になった。降り続く雪に瞳を閉じた。 (俺、ここで埋もれて死んじゃうのかなぁ……)  誰にも看取られず、孤独に死ぬのかと考えて瞼が熱くなった。  今思えば、圭の周囲にはいつも必ず誰かがいた。自宅には家族が。学校には仲の良い友人が。通っていた体操クラブには良きライバルであり、励まし合える仲間たちが。  学校の登下校も同じ高校に進学した近所の友人と通っているし、専業主婦の母親と祖父母もいるため、自宅がまるっきり留守になることなどほとんどない。  それに、一人よりも誰かと一緒にいる方が楽しくて好きだった。そのため一人っきりになりたいと思ったことがほぼ皆無であった。  だから孤独というものに縁がない。誰もいないという状況が最も不安をかき立てていた。 (やだなぁ……やだなぁ……)  ズビリと鼻をすする。なんだか、この訳の分からない場所に来てから泣いてばっかりな気がする。  普段、泣くことなんてほとんどないというのに。最後に泣いたのだって、小学校中学年の頃、飼っていた愛犬のポチが死んだときくらいだ。幼い頃から一緒に過ごしていたため、家族の中で最も可愛がっていた。もはや家族と言ってもおかしくない。  さすがにその時は昼夜問わずワンワン泣いた。皆勤賞を狙っていたのに、初めて学校も休んだ。  あんまりにも泣くものだから、見かねた祖父が新しい犬を買ってきてくれた。小さな豆しばの子犬だった。喜び勇み「チビ」という名前を付けて可愛がっている。  頑張った体操の大会だって負けても泣くことはなかった。友人たちの前で号泣するのは恥ずかしかったから。  負けたのは自分の努力が足りなかったから。相手は自分よりもっと努力をしたのだろう。  豆の潰れて硬くなった掌を握りながら、精一杯笑顔で仲間を励ました。  だから、こんなに泣き虫な自分なんて知らない。 「なんだよぉ……俺、何かしたってのかよぉ……」  散々な目に遭ってばかりだ。神様の馬鹿野郎!  昨夜は神頼みをしたばかりなのに、掌を返したように悪態を吐く。  閉じていた瞼の裏に光が見えた気がした。  パッと目を見開く。圭の上には薄っすらと雪が積もり始めていた。  勢い良く上半身を起こした。キョロキョロと辺りを見回す。すると圭が歩いてきた方向、ずっと奥の方に光が見えた気がした。 (誰かいるかもしれない!!)  一気に気分が昂った。こんな所でウジウジ寝てる場合ではない。  立ち上がり、元来た道を戻っていく。幸い、通って来た場所は雪で埋もれていない。はやる心を抑えきれなかった。時折、雪に足を取られながらも必死に光目指して進んでいく。  体感で30分ほど経った頃だろうか。まだまだ遠くはあるが洞窟のようなものが見えてきた。光はその奥から見えている。 (誰かいる!!)  一面の銀世界に迷い込んでから一番の興奮を感じていた。この付近は通った場所よりも奥だったため、また雪をかき分けるように進んで行かねばならない。  しかし、そんなことは全く意に介さなかった。目的地があるというだけでもやる気に繋がる。  泳ぐように雪の中をかき分け続け、やっと洞窟の入り口まで辿り着いた。雪塗れになってしまった全身を払う。光を求めて奥へ奥へと歩いて行った。 『おや、辿り着いたのかい?』  光のたもとにいたのは、堅そうな岩に肘をつき、寝そべった一人の女性だった。白銀に近い髪は長く、女性の身長と同じくらいあるのではなかろうか。こんな雪の中だというのに真っ白いキャミソールワンピースを身に着け、肌は驚く程に白い。  小さな顔に整然と並べられた目や鼻などのパーツは完璧な造形を作り出し、まさに絶世の美女と言わざるを得ない。  そして何より驚いたのが、口の動きと言葉が合っているということだ。 「すげえ! 日本語喋ってる!!」  興奮しながら女性の傍に近寄り、しゃがみ込んだ。寝室で見たメイド服姿の女性たちも大柄だったが、近くで見るとこの女性もそれなりに大きい。  開口一番の圭のセリフに驚いたのか、美女は一瞬目を瞠った後、コロコロと笑い出した。 『面白い童よのう』  相好を崩したその顔もあまりにも綺麗で。ぽーっと見惚れてしまった。 「あ、あの、俺、安達圭って言います! 立川第一高校1年3組、出席番号1番です!」  正座して大きな声で自己紹介すると、女性は更に楽しそうに笑う。 『本当に愉快な童だ。我はそなたの師ではないぞ?』  人に出会えたことも嬉しかったが、こんなに綺麗な人が笑ってくれているというのが何よりも心躍る。 「あ、あの……」 『何だい?』  聞きたいことは山のようにある。一体ここはどこなのか。どう見ても雪なのに、なぜ寒くないのか……。  目の前の女性に関しても不思議は尽きない。何者なのか、どうして日本語が話せるのか。こんな所で何をしているのか。  どれから聞けば良いのか。むしろ何から聞くべきなのか。分からず戸惑っていると、ポンポンと頭を撫でられた。唐突な行動に面食らっていると、女性はニコリと優美に笑んだ。 『何を聞いても良い。我は何でも知っている。既知の神だからな』  穏やかな手付きで髪を撫でられて気持ち良さに目をうっとりと細めた。思春期の男子高校生として子供扱いするのはやめろと普段なら言ってしまいそうだが、なぜか自然と受け入れられた。 「あの、あなたは一体何者、ですか? どうしてこんな所にいるんですか? それに、どうして日本語話せるんですか?」  聞きたかったことをとりあえず羅列する。もしかしたら一つずつ聞いていった方が良かっただろうか。せっかちだと思われていないだろうか。なぜか少し恥ずかしくなってきて僅かに赤面していると、ヒョイと抱え上げられる。驚く間もなく膝の上に座らせられて、いよいよ本格的に子供扱いされ始めたことに戸惑っていた。 「え、ちょ、あのぉ……」 『ふふっ、愛いな。久方ぶりに人の子と絡むが……うむ。新鮮だ』  今度は頬を撫でられ、まるで犬や猫を可愛がるような素振りに困惑する。それでもやっぱり嫌ではないから不思議だった。 『この言葉は〝日本語〟と言うのかい?』  コクリと首肯した。その質問自体が答えになっておらず疑問が増す。 『我の言葉は、その者が普段から喋っている言葉で聞こえるのだ。お前の母国語はその日本語とやらではないか?』  目をまん丸に見開きながらコクコクと何度も首を縦に振った。話し相手によって聞こえる言葉が違うなんて、そんな不思議なことがあるのかと驚きながら。  彼女の名はマリア。ずっとこの雪山にいるらしい。何をする訳でもなく、ずっとここに。  それも驚いたが、それよりも驚愕したのはマリアの年齢だった。 『歳、か……。ふむ、一体いくつであろうな。3000くらいまでは何となく覚えていたのだが、そこから先は面倒になってな。誰に聞かれるということもないし』 「さ、さんぜん……!?」  思ってもない数字が飛び出してきて度肝を抜かれた。どう見たって20代前半くらいの見た目である。圭を撫でる手もきめ細かく滑らかで美しいし、年齢を感じるようなところはどこにもない。 「じゃあ、3000年以上マリアは一人でここにいるの?」 『いや、そういう訳じゃあない。ここへ来たのは2000……くらい、か?』  本当に分からなさそうに考え込むマリアを見ながら呆気に取られていた。人間の寿命なんかとは遥かにかけ離れている。自分たちを超越した存在であることを悟った。  何をされても文句の一つも感じないのは、咄嗟に彼女の異質性を察していたからかもしれない。相手が同じような立場であれば反発をしてしまいそうなものでも、同じ土俵に立っていないと分かれば同じと考えることはないのだから。 「えっと、マリア……あっ、マリアさん、は……」 『フフッ、マリアで良い』 「ふはっ、ありがとう」  柔和な微笑みにつられるように圭自身も自然と顔が綻ぶ。なぜだか分からないが、彼女の傍は本当に心地が良い。穏やかな気持ちで接することができた。初対面であることなど忘れてしまうかのように。 「マリア、俺ね、自分がどうなったか全然分かんないんだ」  そこから拙いながらもこれまでの経緯を話し始めた。文化祭の準備をしていたら屋上から落ちたこと。気付いたら知らない部屋にいたり、変な格好の男たちに洗われたり、人身売買とおぼしき場所に連れて来られていたりしたこと。見たことない軍服姿の男性たちが会場に押し入ってきて、目の前で人が殺されたこと……。  そこまで話してゾッとする。何のためらいもなく、あの人は男たちを殺めていた。  日本では考えられないことだ。戦争をしている訳でもない。人が死ぬということは大事であり、いかなる事情があろうとも殺めればそのほとんどは罪に問われる。だから殺人なんて滅多に周りで起こるようなことではないし、圭自身が身近な人で殺されたなんてことはない。  何だか薄ら寒く感じてきて、二の腕を擦った。埋もれそうな程の吹雪の中でも全く寒さは感じなかったというのに。  フワリとマリアの腕に身が包まれる。胸元へと引き寄せられた。ふくよかな胸に抱かれ、少しばかりドキドキする。  ポンポンと頭を撫でられながら抱き締められていた。大きく息を吸い込むと、彼女の纏う花のような香りに包まれて陶酔する。  こんな風に女性から抱き締められたことは幼い頃以来だった。両親を始め「可愛い」と言われながらよく小さい頃は色んな人にハグされた覚えがある。段々その言葉で抱き締められるのが嫌になって逃げ回っている内になくなってはきたが。 『怖かったかい?』 「うん」  頷くとマリアの柔らかい胸に顔を埋める。いつもなら役得とか思って浮かれるような状況だが、今はそんな気分ではなかった。  後頭部を何度も掌が行き来する。トロンと目が溶けてくる。がむしゃらに雪の中を進んだからだろうか。何だか疲れが一気に来たような気がする。 『ああ、そろそろ時間か。あまり話せなかったな』  胸の中でウトウトする。意識を手放したくないのに保っていられない。  まだ聞きたいことは何も聞けていないのに。嫌だ嫌だと小さく首を振る。ギュッとマリアの服を握り締めた。 『またおいで。今度はもっと歓待しよう。ただ、我のことは誰にも言ってはならないよ? 話せば、もう会えなくなってしまうから』  その言葉を最後に、意識は深淵へと落ちて行った。
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