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第2章:性奴隷編 第5話

 瞼が上がる。視界に入る白い天蓋。 (この光景……)  ぼーっとしながら何度か緩慢な動作で瞬きを繰り返した。肌に触れる布団の感触。  寝台に横になったまま、右へと頭を動かした。大きな窓から見える外は既に暗くなっている。 (俺、飯、食って……それから、ベッドに寝て……)  随分と長い夢を見ていた気がする。絶望的な吹雪の中で藻掻く夢。そして不思議な女性に出会ったこと。 「おや、起きましたか」  左側から声が聞こえて、そちらの方へと頭を動かした。眠る前に会った人物だ。確か、ユルゲンと呼ばれていたはずだ。 「えっと、俺……」  上半身を起こし、右手の甲で瞼を擦った。まだちょっと体が怠い気がする。寝すぎだろうか。確か、眠ってしまう前はまだ明るかったはずだ。  ファァと一つ大きなあくびが出た。頭の中がボンヤリする。正直まだ眠たかった。しかし、ベッド横にいるこの男性は、きっと圭が目覚めるのを待っていてくれたのだろう。そんな待ち人がいるにも関わらず、もう一度寝ることなんてできるはずもない。  男性は膝の上にあった分厚い本を閉じた。随分と年期の入った本だ。紙は黄ばんでいるし、装丁も古めかしい。  よく見れば、彼の周りには他にも古書とおぼしき本が多数積まれていた。そのどれもが厚くて圭では手に取ろうなど微塵も思わないような物ばかりだ。 「ああ、これですか。あなたのことを調べていました」 「俺のこと?」  目をパチパチと何度も瞬かせる。一気に眠気が吹っ飛んだ気がした。  自分に関係ないことなら正直興味はなかったが、それが己のことであるというなら話は別だ。 「ええ。この大国シルヴァリアを知らず、それどころか我々が全く聞いたこともないようなことを言い出した。そして、何よりもその見目。見たことのない黒髪に黒目。そんなの子供のおとぎ話や伝説でくらいしか聞いたことがない。……だから古い伝記をいくつか調べてみたんですよ。まあ、自分でも馬鹿げているとは思いましたけどね」  ポンと膝の上に乗せている本を軽く叩き、男性は自嘲した。積まれている本の理由が分かり、圭はなるほどと心の中で呟いた。 「そうしたら随分と過去のお話に、あなたのようなことが書いてありました。『見目は大陸の者と異なる特徴を持ち、摩訶不思議な話をする』……ね? まさにあなたのようなことでしょう?」  目を見開いてコクコクと首肯を繰り返した。まさに自分が感じていたことと同じである。  本当はマリアに聞きたかったこと。何でも知っているという彼女なら答えをすぐに貰えると思ったが、まさか別方向からその解答を得られるとは思っていなかった。 「そうしたら何と書いてあったと思います? 『別の世界からやって来た』なんて荒唐無稽の話が書いてあるんですよ」  苦笑しながらしおりの挟まれたページを開き、圭へと見せてくれた。しかし、そこに書いてある文字は全く理解できない。何かの暗号のようで、きっと文字なのだろうが分からなかった。 「……読めません」  フルフルと首を横に振って眉尻を下げた。動かしている口の形は違えども、話している言葉の内容は分かるのに。文字になると一切解読不能になる。この不思議な状況に困惑は深まるばかりだった。 「いくら下賤の身の上の者であったとしても、全く文字が読めないなんてことはないでしょう。せめて数字くらいは分かりますよね?」  本の一部を指さされるも、そこに書かれている見たことない記号のような物に見覚えはない。算用数字であれば世界中で使えるのだから、子供にだって分かる。  男性が眼鏡の縁を持ち上げながら、フゥと一つ溜め息を吐き出した。 「あなた、学校は行ったことがないんですか?」 「あります! ちゃんと受験勉強だってしたし、俺、立川第一高校ってとこに通ってます!」 「タチカワ……?」  男性が怪訝な表情をした。外国人には立川という地名自体、馴染みがないかもしれない。圭は右手で握りこぶしを作り、左手の人差し指をその横に出す。 「えっと、立川ってのは東京の左側で、23区ではないんですけど結構栄えてて、中央線で一本で行けるから都心出るのもすっごく楽で……」 「ああ、もう良いです。分かりましたから」  男性が軽く俯きながら首を振った。分かってくれたのかとホッとする。  しかし、その後に飛び出してきた言葉は圭の想定外のことだった。 「あなたが違うということはよく分かりました」 「違う?」  外国人であると言いたいのだろうか。それにしては深刻な雰囲気を醸し出している。  インバウンド需要が伸びて、外国人なんて今や珍しくもない。よほど未開の地の民族などでもない限り、ある程度の人種には出会えるだろう。  説明が悪かったのだろうかと再び口を開きかける。それを遮るように男性が見つめてきた。 「私もおかしなことだとは分かっています。『異界から来た』だなんて、言ったとしても誰が信じると思いますか?」 「い、かい……」  日常生活をしていて普段使ったことがないような言葉が飛び出してきて、驚くよりも呆けてしまう。冗談なんて言いそうもない真面目な見た目の人が口にするような発言だとは到底思えなかった。 「分かってますよ? 私だって。あるはずもない馬鹿なことだって。今時、子供だってそんなこと信じませんよ。でも、そう考えたら、あなたの存在を肯定することができてしまうんです」  パチパチと瞬きを繰り返した。至極真剣な面持ちで言われて、「ドッキリでは?」なんてとても言える雰囲気ではない。  ただ、圭自身も腑に落ちる部分があった。見たことのない衣服や場所、それに何より一瞬で移動をした昨夜の彼の行為。それは説明のしようがない。彼と圭は赤い光の渦に巻き込まれた時、一歩たりとも動かずに別の場所へと移動していたのだから。 「あ、の……俺からも……聞いて良いですか?」  おそるおそる小さく右手を上げた。ユルゲンはコクリと首肯して圭へと話を促してくれた。 「ここは日本でもなくて、それどころか、全然違う世界……ってこと?」 「そもそもニホンというのは何ですか? もしも国であったとするなら、そんな国は世界中どこを探してもありませんよ」  ゴクリと生唾を飲み込んだ。背筋を冷や汗が流れ落ちる。  そこから先はもはや御伽話の世界だった。圭が今いる国の名はシルヴァリア帝国。3つある大陸の中でも最も大きいヘルボルナ大陸の約3分の2を占め、この世界の中心とも言える超大国だった。  そして昨夜、圭をこの場所へと連れて来た人物がアレクサンダー・フォン・トイテンヴェルグ。シルヴァリアの頂点に君臨する皇帝陛下。 「そんな人が、どうしてあんな場所に……」 「ああ、陛下は気分屋なところがありましてね。あのように時折発散をさせて差し上げねば、公務……と言いますか、生活に支障が出ます故」  ハァとここまでで一番大きな溜め息を吐いてユルゲンは肩を落とした。その様子が、自分たちにまで飛び火してくると暗に語っているように見えて少なからず同情する。大人というのは大変なんだなぁと、その時ばかりはまだ学生という身の上に感謝する。 「あと、ここまで俺たち一瞬で来たんですけど、それってどういう仕組みなんですか?」 「転移のことですかね」 「ててて、転移ぃぃぃぃぃぃ!?!?!?!?!?!」  今日一番の大声が出た。ユルゲンが耳を押さえて迷惑そうな顔をしているのを見て、ペコリと頭を下げる。 「あ、あ、あの、て、転移……って……」 「ああ、あなたの世界でも転移は珍しかったですか? 私たちの世界でもそうです。転移なんてできるのは本当に一握りの……魔術師レベルだけですね。我が国も広しとは言え、そんな芸当ができるのは陛下お一人になります」  ブンブンと首を振る。人数が少ないとかいう問題ではない。そもそも、転移なんてゲームや漫画などの世界でしか聞いたことがない。 「陛下は我が国最高位の魔術師に相当いたします」 「で、でも、あの人、剣持ってたけど……」 「騎士顔負けの剣術まで習得されていらっしゃいますからね。国内に騎士こそ掃いて捨てる程おりますが、陛下のお相手をできる方と言えば、団長か副団長か……」  指折り数えてはいるものの、薬指を折ったところで止まる。  つまり、昨夜の相手はとんでもない大国の中で最も偉くて、とんでもない魔法が使えて、腕までたつというのか。 「ああ、話し込んでいたら、すっかり時間が経ってしまいましたね」  腰に付けていた懐中時計を確認して、ユルゲンが立ち上がった。  正直、まだまだ聞きたいことは山のようにある。ほとんどと言って良いほど聞けていない。  寝室の扉から出て行ってしまったユルゲンを引き留めようとしたが、彼はさっさと歩いて行ってしまう。追いかけようかどうしようか悩んだが、このまま疑問ばかりが残ったままでは先へ進めない気がする。  広いベッドから降りようとベッドサイドまで行くと、ユルゲンが戻ってきた。安堵している中、グラスに入った水と薬包紙を渡された。 「お飲み下さい。必要になりますから」  男たちに飲まされた変な液体の記憶が蘇り、気が進まなかった。しかし目の前の人物からは有無を言わせない圧がある。  渋々ながらも薬包紙を開く。中には直径5ミリ程度の黒い丸薬が1粒入っていた。  チラリとユルゲンを見る。ニコニコと貼り付けたような笑みを浮かべているが、その顔に「早く飲め」と書かれているのを見つけて嘆息した。  寝食を与えてくれて、居場所まで作ってくれている人の言葉を違えることなどできない。クンクンと丸薬の匂いを嗅いでみたが、ほんのりと甘い香りがした。  意を決して口の中へと放り込んだ。グラスの中の水を煽り、一気に飲み干す。舌の上にある時間がほとんどなかったからか、大して味を感じなかった。何となく甘かった気がするという程度だ。 「さて、時間がありません。湯浴みをいたしましょう」 「えー! またぁ!?」  寝る前のことを思い出して顔面が蒼白となった。女性2人がかりで全身を洗われ、体の中にまで指を突っ込まれたことはもはやトラウマでしかない。  嫌だ嫌だと駄々をこねるも、言うことなど聞いてもらえず。半ば強制的に浴室まで連れて来られると、バスタブの中はホコホコと温かい湯気がたっている。湯の表面はライトグリーン。香りもスッキリとした森林のような匂いがする。前回とは違う入浴剤が入っているようだ。  散々渋りに渋った末、互いの妥協案として一人で入ることを条件に入浴することになった。  風呂自体は嫌いではない。気持ちが良いし、自宅のバスタブよりも広くて快適だった。  チャプンと両手で湯を掬い上げる。指の隙間から零れ落ちていくのを見ながら、鼻の下まで湯に沈んでブクブクと息を吐き出す。 (あーあ、なんか、とんでもねーことになってる気がする……)  息苦しくなって息継ぎのために湯から顔を出した。溜め息が零れてしまうのを止められない。  この世界がどんな場所かというのは少しだけ分かった。しかし、分かったからと言って、万事解決した訳ではない。むしろ不安が更に募ったと言っても良い。 (何だよ、皇帝って。魔術師って。完璧にゲームの世界じゃん)  年相応にスマホやゲーム機でゲームくらいはする。RPGゲームでどの職業が良いかなどを友人たちとも議論したことだってある。  しかし、いざ自分の身の回りにそんな人物がいても、どうして良いか分からない。  ずっとブクブクしながら悶々と考え込んでいると、ユルゲンから早く上がるように急かされた。慌てて体を洗い流す。  渡されたバスタオルで全身を拭いていくが、肝心の服が見当たらない。 「あの、服……」 「さ、早く」  バスタオルを取り上げられ、全裸のまま寝室へと引っ張り込まれた。ベッドに手を突くような態勢を取らされ、臀部を引き上げられる。 「ちょ、ちょっと!」 「時間がありません」  きっぱりと冷たい声で言い切られ、突き出した後孔に指を入れられた。 「うっ」 「良かった。クスリはきちんと効いているようですね」  クチュクチュと音をさせながら指を抜き差しされる。昨夜のように体の奥がムズムズするようなことはなかったが、漏れる水音が恥ずかしい。  ユルゲンの指は2本、3本と増えていった。圧迫感に昨夜の記憶が蘇る。 「あっ……ぁっ……」  屹立が昂り始める。指は前立腺をあえて避けている。ただ拡張するだけのその行為にすら体が昨夜の快感を思い出し、条件反射のように兆してしまう。  きっと勃起に気づかれているだろう。しかし、あの彼のように恥ずかしい言葉で指摘されないことだけはまだ良かった。 「良いですか? くれぐれも陛下の機嫌を損ねぬように。あなたが生きて明日の朝日を拝みたいのであれば」 「え……」  顔面が蒼白になる。言われたことの物騒さにどういう意味か問おうとするも、それを遮る人物がいた。 「支度はできているんだろうな」 「もちろんにございます」 「あっ!」  指を引き抜き、ユルゲンは扉の方へと深々と頭を下げた。刺激にフルリと尻を震わせ、ベッドへと突っ伏す。勃ち上がってしまった性器を隠すように丸まった。 「よろしい」 「それでは失礼いたします」  近くにいたユルゲンが去って行き、代わりに圭の横にドスンと勢いづけて男が座る。 「ひぁっ、あっ!」  何の躊躇もなく後孔へと指を挿入され、甲高い声が漏れた。 「伽の時間を始めるか。今宵は途中で落ちてくれるなよ?」  指の注挿を速めながら楽しそうな声がする。掛布団を握り締めながら、みっともない声を我慢するのに必死だった。

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