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第2章:性奴隷編 第7話

 目を開いた時、寝室の中には窓から降り注ぐ光で満ちていた。  誰もいないベッド。ジクジクと痛む腰。その痛みの原因には十分すぎるほど覚えがあった。 「うっ……」  起き上がろうとするも、全身が気怠く言うことを聞いてくれない。小さく身じろぎしたことでドロリと後孔から漏れ出た粘液が気持ち悪い。何もできず、仕方なくボーッと天蓋を眺めていた。  また犯された。同じ男に、二度も。 「…………ッ」  涙ぐむ。もう、男としての矜持などズタズタだ。性の象徴を突っ込まれ、みっともなく喘がされ、何度も射精して。吐き出せなくなってもずっと責め続けられて。射精を伴わない絶頂が終わらなくて。男にヤり殺される恐怖に晒されながらも、快感に気が狂いそうになって。  ズビズビと鼻の奥がぐずる。恥ずかしくて布団を頭の上まで被った。 「もう起きましたか?」  ガチャリと扉の開く音がした。優しさ混じりのテノール。ソッと布団を目が出る位置まで下ろす。柔和な笑みを浮かべたユルゲンが寝台の傍へと近づいてきた。 「お勤め、ご苦労様でした。陛下も喜ばれていたようですよ」  ベッドの端に座り、フフフと上機嫌に笑う。何を意味しているのか分かり、眉尻を下げた。 「湯を張らせてあります。体を洗いに行きましょう」  フルフルと首を左右に振った。  確かに、全身汗でベトベトして気持ちが悪い。しかし、それ以上に昨日のように洗われるのは嫌だった。  そんな圭をユルゲンは不思議そうに見つめている。 「…………女の人、やだ」  しばしの沈黙の後、一言だけ呟いた。やっぱり今日も声は枯れていた。でも、今はそんなことどうだって良い。あのトラウマ並みの入浴を回避する方が大切だ。 「分かりました。仕方ありませんね。御自分で全部できますか?」  今度はコクコクと首肯する。一人で入れるのならさっさと風呂に入りたい。あの男の感触を早急に拭い去りたかった。  しかし、体は言うことを聞いてくれない。このままでは一人で浴室なんてたどり着ける気がしない。 「失礼します」 「わっ」  布団を引っぺがされる。服なんて昨夜から身に着けていない。咄嗟に股間だけはと両手で隠す。  苦笑したユルゲンが近寄ってきて、圭の膝裏と背に手を差し込んだ。フワリと体が浮く。  ユルゲンは涼しい顔のままお姫様抱っこの状態で圭を浴室へと運んだ。  こんなイケメンに抱きかかえられたなんて、女子なら絶対この人のことを好きになってしまうだろう。もはや王子様だ。  しかし、生憎と同性である圭にとっては胸のトキメキなんてものは一切感じない。  むしろ軽々と持たれて恥ずかしい。ついでに全裸も。  運び込まれた浴室は、昨日の日中と同じくラベンダーの香りに満ちていた。 「今日も疲労回復の湯を張っておきました。ゆっくりと浸かってください」  丁寧に湯の中へと身を沈められ、温かさに目を側めた。 「薬草茶です。体の中から回復しますよ」  しばらくボーッと湯に浸かっていると、一度浴室を退室していたユルゲンがティーカップを乗せた盆を片手に戻って来た。礼を言って受け取る。鼻孔をくすぐるハーブの香り。コクリと一口嚥下する。ぬるくて飲みやすい薬草茶はスーッと体に染み入るような清涼感があった。ハッカに近いかもしれない。 「陛下は普段、夜伽の相手のことなどお話になんてならない御方なのですが、相当お気に召されたようですね」  空になったカップを手渡すと、ユルゲンが話しかけてきた。圭は眉間に皺を寄せる。 「今宵も貴方で良いとおっしゃっていました。昨夜のことも驚きましたが、よっぽど相性が良いのかもしれませんね。陛下が同じ相手と夜を共にするなど今までにないことですから。それに、連日連夜なんて、ね」  クスクスと軽やかに笑う相手を小さく睨む。そんなの全然嬉しくない。むしろ迷惑だ。 「夜伽の相手探しというのもなかなかに大変なんですよ? なんせ帝国の頂点の御方ですから。それも、大陸一のシルヴァリア。国土広しと言えど、その中から夜毎のお相手となると相当に難しいものです。処女でなければならないということもありませんが、商売女のような者でも困る。粗相があれば女子供でも容赦なく打ち首ですし、いくら毎夜ではないと言え、こちらも手を尽くしつつあった、というのが本音です」  空になったティーカップへと茶を注ぎつつ、ユルゲンは大きく溜息を吐いていた。 「でも、俺だって……そんなの、困る……」  再び薄茶の液体で満ちたカップを受け取り、茶の表面を見つめた。困った顔をした自分の顔が見える。 「考えてごらんなさい。異界から来られた貴方はこの知り合いもいない世界でどうやって生きていくつもりですか? それもお一人で。何がお出来になりますか?」  痛いところを突かれて更に眉尻が下がる。  まったくもってその通りだった。ただの平凡な高校生である自分にできることなんて何も考えつかない。親の庇護のもと、平々凡々に生きてきた自覚はある。いきなり一人で生きていけと放り出されても、どこで何をして良いか全く見当つかない。  しかも見知らぬ土地に一人きりで。 「加えて、その見た目でしょう。その辺をフラフラしていても、人攫いにでも遭ってそこらの変態に買われて玩具にされるのが関の山ですよ」  ピシリと指摘されて落ち込んだ。分かっている。そんなこと。わざわざ言わなくても良いではないか。 「それに引き換え陛下はお顔立ちも良いですし、何よりこの国の頂点。気に入っていただければ欲しい物だって何でも手に入りますよ? 貴方のような身の上で、これ以上のことってありますか?」  衣食住全てを保証され、生きていくのに何の不都合もない。  生きるだけならそれでも良いかもしれないが、それだけが人生の全てではない。 「あんなこと、もう、したくない」 「それは無理です。体を差し出すことが、あなたのお仕事ですから」  間髪入れず、またしてもきっぱり言い切られる。ジクジクと心臓が痛んだ。 「じゃあ俺に体を売れって言うのかよ。生きてくために!」 「そうです」  至極当然のように言われてカッとなった。思わず、持っていたカップを湯の中へと投げつける。水の抵抗で割れたような音はしなかったが、やってしまってから少しだけ後悔した。  いくら激情的になったからと言って、物に当たるなんて情けない。やってはいけないことだ。  暴力に訴えてはいけないと、幼い頃から両親や祖父母に言い聞かせられてきた。暴力は何も解決しない。それはとてもみっともなくて恥ずかしいこと。  人は話し合えば解決できる。それが動物との一番の違いなんだよと。 「…………ごめん、なさい」 「いいえ、結構です」  湯の底に落ちていたカップを拾い、手渡す。苦笑しながらも受け取ってくれた相手に小さく感謝の言葉を告げた。  しかし、やっぱりモヤモヤとした気持ちは拭えない。バツが悪く感じてブクブクと鼻の下まで顔を沈めた。 「貴方が憤慨するお気持ちも分からなくもありません。でも、体を差し出すだけで生きていけるなんて、幸せなことなんですよ」  何が『幸せ』だ。そんなこと不幸極まりない。文句を言ってやろうと睨みつけたが、綺麗な顔をツラそうに顰めているのを見て言葉を紡げなくなってしまった。 「この国は陛下の即位前まで様々な場所で小競り合いが起きていました。戦争をするということは、人が死ぬということ。その多くは兵や民です。親や住処、財産の全てを失った子供たちは、どうすると思いますか? その身一つで生きていくしかないのです。何か取柄でもある子ならまだ良い。住み込みで働くこともできる。でも、それすらない子たちがどうするか分かりますか? その多くは酷い肉体労働で安くこき使われるか、人買いによって奴隷に堕とされるか、人には言えない仕事をさせられるかくらいでしょう。貴方よりも幼い子供が性のはけ口にされていることだってザラですよ」  胸が痛かった。心臓の前でギュッと拳を握り締める。  日本にいた時だって、紛争地域の子供たちが餓死したり人間とは思えないような生活をしたりしていたことは知っている。  しかし、それは全くと言って良いほど自分とは関わりのない世界であった。  社会が悪い。国が悪い。自分のせいじゃない。  知ってはいても目を背けていた。  それが自分の身に降りかかってきた。ただ、それだけの話。 「貴方のような見た目の子供は、物珍しく重宝されるかもしれません。でも世の中そんな善人ばかりではない。むしろ悪人の方がよっぽど多い。そんな世界で貴方は一人で生きていけますか?」  その問いはズシリと圭に重く圧し掛かった。突きつけられた現実はナイフよりも鋭く胸を抉る。 「物は考えようですよ。貴方自身がこの国を〝利用〟すれば良い。陛下を利用して生き抜くのです。そうすれば、いつか必ず転機が訪れますよ」 「転機って、いつ?」 「そうですね……明日か、明後日か、はたまた一年後か……。諦めなければ、きっといつか」  ユルゲンの言葉は何だか圭に言ったというよりも、ユルゲン自身に言い聞かせているように見えた。  この人に当たったところでどうしようもない。この人は圭を貪る相手ではないのだから。 「ごめんなさい」 「素直な子は好きですよ」  にっこりと笑んだ顔が本当に美しく赤面する。透明感のある中性的な美貌を兼ね備えたこの人物は人を惹き付ける魅惑のようなものを持っている気がする。  だからと言って、男色でない圭にとっては「抱きたい」と思う対象ではないが。 「おや、少し湯あたりしましたか?」 「えっと、いや、その……あ、はい」  ごまかすように頷いた。早く出てくるよう釘を刺し、ユルゲンはティーカップなどが乗った盆を持って浴室を出て行った。
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