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第2章:性奴隷編 第8話

第8話  朝食を食べながら今後のことについて話し合った。  どうやら、これからしばらくは日中、この国の歴史や常識などについて学ぶ「座学」の時間を設けられるらしい。圭はこの世界のことを何も知らない。それでは何かあった時に困るからという理由だった。  その提案に関してはありがたかった。別に勉強は好きでも嫌いでもないが、だからと言って何もやることなく毎日ボーッと過ごすのもツラい。でも、できるような仕事もない。  それに勉強を教えてくれるのはユルゲンらしい。初日に会った女性たちだったら恥ずかしくて顔を合わせづらかったが、ユルゲンならばこの国の中ではまだ知った仲だ。 「そして、これが一番大切な話ですが」  前置きをしてコホリとユルゲンが咳払いを一つする。デザートを食べ終え、食後の茶をすすっていた圭も何だか重要な話になりそうだと居住まいを正した。 「貴方のことは今後、国の最重要機密として扱わせていただきます」 「さ、最重要機密~??」  自分に相応しいとは思えない言葉が飛び出してきて、思わず手にしていたティーカップを落としそうになって慌てる。 「え、俺、そんな大層なもの?」 「これを御覧ください……あ、すいません。読めなかったんですよね。ええっと、ここですね」  テーブルの隅に置いていた一冊の分厚い古書を手に取り、ユルゲンはパラパラとページを捲った。真ん中付近のページを開き見せてくれるものの、やっぱり何が書いてあるかは全く分からない。  ユルゲンは右ページの下の方を指さした。 「異界より来た人間によって、当時、混乱を極めていた世界が統率されたと記されています。読み進めていくと、どうやら争いに塗れてどの国も存亡すら危ぶまれる程の大戦を収めたのがその異界人であったそうです」 「ええええええ!?」  そんな大それたこと自分にできるはずがない。ブンブンと手を振り、無理だとアピールした。  ユルゲンは首を振り、ページを捲る。 「ただ、その者が何かをしたという訳ではないようです。その者が来たことによって争いが収まり、和平が結ばれたと。つまり、この異界人の存在自体が重要だった、ということです」 「えええ……」  呆気に取られ話についていけない。 「えーっと、とりあえず、俺は別に何もしなくても良い、……んだよね?」  コクリと頷かれ、ホッとする。高校生に世界平和的な何かを期待されても困る。そんな方法知っていたらノーベル賞ものだ。 「で、どうして俺のことは内緒になるの?」 「私も書物で読んだことなので、一般人がそうそうこのことを知っているとは到底思えませんが、知る者がいないとも限らない。そうすると、異界人が来たことによって国の内外で不和が生じると勘ぐる者が出てくるかもしれない。そうなった時が厄介です。一度ついてしまった火というのはそう簡単に収まるものではありません。大火になり、帝国の転覆などに繋がるようなことは絶対に避けなければなりません」  ユルゲンは手元の茶をすすった。その姿だけでも映画のワンシーンのように絵になっている。 「国のあちこちに不穏分子がいることは分かっています。それを無理やり押さえつけ、統制しているにすぎません。それは陛下の絶対的な御力があってのこと。この均衡を崩す訳にはいかないのです」  椅子に座っていたユルゲンが立ち上がった。圭の横へと歩み寄ると、その場に膝をつく。相応の地位にあるであろう人にかしずかれ、慌ててしまう。 「え、ちょ、そんな、やめてください!」 「ケイ様」  そっと手を取られた。クールビューティーな見た目に反して意外とゴツゴツしている。あの暴君と同じだった。 「どうか、この国を。良き方向に導いてください」 「待って!? 俺、本当に何もできないってば」 「良いんです。あなたがここにいることが大切なんですから。陛下のお傍に」  ギュッと握り締められた手は意思の強さを物語る。否など言えぬ雰囲気だった。反射的に頷いていた。 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆  食事の後から早速、座学の時間が設けられた。  まずはこの世界の常識から。3つの大陸からなるこの世界。最も大きな大陸がシルヴァリアのあるヘルボルナ大陸。その半分程の敷地面積を持つのが、お隣、ルレベルク大陸。そして更に小さいブラムニッツ大陸。そこには小国が乱立しており、未開の地も数多くあるらしい。  圭の世界との最大の違いは「魔法を使える人間」がいるということ。  ただし魔法を使えるのは本当に一握りであり、そのほとんどが皇帝に近しい者。魔力の程度もそれぞれで、指先にほんの僅かな炎を灯すので精一杯の者もいれば、いくつもの火球を作り出し、街一つくらい難なく滅ぼしてしまう者もいる。  後者を意味しているのは皇帝だけであるが。  皇帝、アレクサンダー・フォン・トイテンヴェルグという人物はとんでもない化け物級の人間であるということがよく分かった。魔力はほぼ無尽蔵で尽きることを知らない。16歳で成人してからは率先して戦場へと繰り出し、他に類を見ない活躍を見せたらしい。  それまでシルヴァリアはヘルボルナ大陸の半分程度の領土であり、周辺国との小競り合いが絶えなかった。しかし、彼の破天荒な躍進によって次々と対立国を撃破。その他の国も同盟国として和平を結ぶか自ら傘下に下り、シルヴァリアはあっという間に大陸の3分の2を占める大国になったという。  それだけではない。腕も立つのに頭までキレるらしい。それまでの他国との貿易の仕方を根本から見直し、流通制度の改革に踏み出したそうだ。その手腕も鮮やかで、最短ルートで最も効率良く物資を運び、交易することを可能とした。  もちろん、それまで各国の悩みの種だった山賊や海賊などの壊滅も同時期に成し遂げてしまったらしい。  身の安全を保障され、経済的にも豊かになった。そのどちらかだけでも大きな功績だというのに、その2つを短期間の内に一気に成し遂げてしまった皇帝陛下への民の信頼は絶大だった。  だから、ある程度の暴挙は見て見ぬ振りをされる。  誰だって混沌の時代に戻るのは嫌だから。 (えええー、ちょっと待てよ! そんなん、チートじゃん)  話を聞いているだけでお腹いっぱいになってくる。 (普通、チート系って、異世界転移した奴の専売特許じゃねーのかよぉ)  日本で流行りのアニメや小説で人気の設定で言えば、そんな超人的な力を持つのは圭であるはずなのに。そんな力、微塵もない。頭だって学校内では中の中だ。役立てられるようなライフハックも思いつかない。少しだけ自慢できるのは、高校受験前まで続けていた体操による柔軟性くらいのもの。 「てゆーか、そんな力あるなら、俺いらなくない?」 「言ったでしょう。貴方は『いるだけで良い』って。そんなことには期待していません」 「あっ……、そうですか……」  そこまできっぱり言い切られると少し悲しい。体操教室で「やればできる」と言われて育ってきたから、正直そこは嘘でも少しは否定してほしかった。 「ここまでは良いことばかりをお話ししてきましたが、もちろん良い面ばかりではありません」  フゥと溜め息を吐き出し、ユルゲンは伏し目がちになる。銀色の長いまつ毛が窓からの光を受けて影を作っていた。 「陛下は他を圧倒する力と頭脳でこの世界で横に並ぶ者などおりません。そのため、少々気性が荒く、自己中心的な面があることも否めません」 「あー……」  何となく言わんとしていることが分かる気がする。人の言うことなんて聞かなそうな雰囲気がある。 「たてつく者は容赦なく切り捨てますし、人を殺めることすら何とも思わない。行っていることが全て今は上手くいっているから良いのですが、一つでも間違えれば転落しかねない。そんな危うい薄氷の上にいると私は思っています」  どこか遠い所を見ながら語る言葉に胸が痛んだ。何だか寂しい人だという印象が拭えない。 「何にも執着せず、周囲に置かない。それがアレクサンダー陛下です。……でも、そんなあの御方が初めて貴方に対して興味を持たれました」  唐突に触れられてドキリとした。期待を込めた眼差し。目を離せなくなる。 「もしかしたら、陛下の何かが変わるかもしれない。良い方向に。それを私は期待してなりません」  手を握り込まれる。この硬い手は、これまでどれほど苦労してきたのだろうか。この人は文官だと言っていた。そんな人でも、こんなに掌の豆が潰れて硬くなるほどの出来事を乗り越えてきたのだろう。  時に知識で。時に武力で。  自分が生きてきた凡庸な世界とは違う。覚悟を決めて乗り切っていかねばならない。そう決意を固めさせるような眼差しだった。 「期待……応えられるか分かんないけど……。俺、頑張ってみるね」  自然と笑みが浮かんだ。  この世界で生きていく。そんな決意が少しだけ芽生えたかもしれない。  だって期待されたから。その求めには応えたい。  何ができるかなんて分からないけど。  全力でぶつかれば、きっと何とかなるはずだから。
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