18 / 44

第3章:デート編 第2話

 この世界に来て初めて誰かと一緒に食事を共にした。  いつも食事とは一人きりのものだった。始めの頃、圭が食べている席にユルゲンが同席することはあったが、彼は大抵茶を飲むだけで食べ物を口にすることはない。だから人と一緒に食べられるのは楽しかった。  同じ物を食べて「おいしい」と感想を言い合える。こんな些細なことがこれほど嬉しいなんて知らなかった。 「アレク、ありがとう」 「何がだ?」 「一緒にご飯食べてくれて」  ウキウキした気分が抑えられず満面の笑みで礼を言えば、驚いたように目を丸くされた。不機嫌面が固定されているように普段からあまり表情を変えないアレクにしては珍しい。 「なぜだ?」 「だって、一緒に食べると楽しいじゃん」  至極当然のことを聞かれて今度は圭が驚く番だった。何か考えるように視線を反らしてしまったアレクをよそに、パンと掌を合わせる。 「ご馳走様でした」 「食べる前にも何か言っていたが、一体それは何だ?」 「いただきますとご馳走様のこと?」  緩く首肯される。いつも当たり前のように言っていたから、改めて聞かれて考え込んだ。 「俺の国でのごはんを食べる前後のお約束かなぁ。動物とか植物の命を『いただきます』っていうのと、その恵みに感謝する『ご馳走様』って意味だと思う。……もしかしたら違うかもしれないけど。当たり前すぎて、そんなの考えたこともなかったや」  家族が全員言うから、自然と身に付いた作法の一つである。小学校の頃から給食でも言ってきたし、確かに高校に入ってからはあまり言う友人もいないが、圭は頑なに一人でも食べる前は言っていた。 「命を……いただく……」 「うん、そう。だって、本当だったらその先がある動物とかの未来を俺が奪って生きる訳じゃん。だから、きちんと感謝しなきゃ」  そこまで言ってからハッと口を噤んだ。そう言えば、彼にとって人ですら殺めることなど日常茶飯事であり、大層なことではないのだ。  以前、ユルゲンと勉強中に無理やり連れ出され、山のような遺体のある広間へと放り込まれた経験がある。翌日、ユルゲンから謝罪の言葉と共に聞いたことだが、躯となり果てていた男たちは国に対しての裏切り行為を行った者たちらしい。  アレクは絶対に背信行為を許さない。どんな理由があろうとも、一度誓った忠誠は死ぬまで全うしなければ気が済まないタチ。当然、謀反や寝返りなんてもっての外だ。  内通者には制裁を。反逆者には死を。そこに言い訳なんてものは存在しない。  アレクの信頼を傷つけてはならないのだ。  あのような惨劇は珍しいことではないらしい。あの後、殺された男たちの一族全てが同罪とされて罪に問われ、領地や財産は没収の上、酷い扱いを受けたようだ。それにすら逆らえば当たり前のように死が待っている。  そして、その空いた席へと別の者がなり上がる。野心のある者なんて星の数ほどいる。誰かの失墜は他の誰かの昇進だ。  それよりも、怒りに満ちたアレクを諫める方が他の者たちにとっては懸案事項であったらしい。怒気を収められず、自分たちに飛び火してくることだけは何としてでも避けたい。  そこで体の良い生贄のような扱いになったのが圭だった。そして無事に鎮めることに成功し、事なきを得たという顛末だった。  ユルゲンが常に「陛下には絶対に逆らうな」と言い続けていた意味がよく分かった気がする。 「本当はスマホがあればもっとちゃんと調べられるんだけどさ」 「すまほ?」 「俺の世界の魔道具みたいなやつ。掌サイズの薄ーい板みたいなやつで、何でも調べられて、遠くにいる友達とか家族とも話したりできて、写真も撮れて、ゲームとか、アプリ……えっと、いろんなことができる道具みたいなやつかな? そんなのが全部できるやつ」 「シャシンとは?」 「あ、そっからか。写真はねー、今自分が見てる物を全くそのまんまで絵にできる……って説明で良いのかな?」 「ほう、それは便利だな。だが、克明な絵となると随分と時間と手間がかかるだろう」 「んーん、全然。一瞬だよ。板の決まった場所押せば、すぐにできる」 「そんな優れ物があるのか。しかも、その大きさで」  圭が薄さや大きさの説明をする際に指先で厚さを示したり宙に長方形を描いたりしたことで、大きさを知ったアレクが派手に驚く。楽しくなってドヤ顔で説明を続けた。 「それだけじゃないぜ? アプリがあれば何でもできる。すっごいたくさんある数字の計算も一瞬だし、地図アプリ使えば行きたい場所まで案内してくれるし、明日の天気も分かるし、買い物だってできるし……」 「いや、待て。そんな国宝級の魔道具、庶民では手に入らないだろう。まさか、ケイも実は王族や豪族の出なのか?」 「違うよ。俺の世界だと誰でもスマホはみんな一台持ってるよ。学校でも一人一台タブレット配布されるし」 「たぶれっと?」 「えっと、スマホのもっと大きいやつ。大きいから、本とか読むのに便利」 「そんな物を誰もが持っているとは、とんでもない富豪ばかりの国に住んでいたのか?」 「うーん、多分貧しくはないとは思うけど、だからって大金持ちって訳でもないと思う」  明日の命も危ぶまれる程の貧困で苦しんでいるとかはないが、世界にはドバイなどのような富裕層の多い国もあるし、とりわけ大富豪だと思ったことはない。 「俺の世界の人はみんな魔法を使えないけど、その代わりになる方法がすっごく発達してるんだよ。空を飛ぶ乗り物とか、海の底まで行く乗り物もあるし」 「……相当な技術を持っていることは分かった。そんなに便利な物なら、手に入れられるならどんな事をしてでも手に入れてみたいものだ」 「あはは、どこでも売ってるよ。道歩いてればショップなんていくらでもあるし。まあ、スマホって良いことばっかじゃないとも思うけどね。そもそも、ここだと調べものとか誰かと話すのはできないし、使える機能は限られちゃうから。それに、スマホがないと情緒不安定になっちゃう『スマホ依存症』っていうのも社会問題になってるし」  圭自身は依存症というレベルにまでは到達していないと思っているが、たまに友人たちとラインで長時間やり取りを続けていると、両親などから苦言を呈されることもある。特に、食事中にスマホを触ると「行儀が悪い」と怒られるため、食事中は絶対触らないようにしている。  それに、スマホでのやり取りも嫌いではないが、実際に会って顔を見ながら話すのが一番好きだ。相手の細かい機微なども分かるし、そもそも誤解を生みにくい。 「また今度じっくり教えてくれ。ケイの世界には我々の知らない物がたくさんありそうだ。何か国の役に立つ物を作る参考になるかもしれない」 「うん、良いよ! 俺も知らない物たくさんあるし、教え合いっこしようぜ!」  何だか少し対等になれた気がして心が弾んだ。  やっぱり会話は必要だと思うし、コミュニケーションの中で最も大切だと実感する。こうやって話すことで、通じ合えるものがある。  本当はもっとたくさんの人と話してみたいが、まずは身の回りの人から。  そう、いつも一緒にいる相手を知ることが大切だ。 「そろそろ出かけるとするか。今度は俺がケイの知らないものをたくさん見せてやろう」 「やったぁ!!」  いよいよお出かけだ! アレクが慣れた所作で使用人を呼び、皿を片付けさせる。そして最後に夕方まで誰も部屋に近づかないよう忠告をした。圭の腰を抱きながら。  そんなことをすれば勘違いされるだろう。しかし今日ばかりはそう思ってもらわなければ困る。恥ずかしかったがコクコクと大きく何度も首肯した。  使用人は承諾した旨を告げ、綺麗に礼をして去って行く。シンとした静けさが広まった。 「行く? 行く? ねぇ、早く行こうよ!」 「待て。その格好で行く気か?」 「あっ……」  ハタと気が付いた。これしか着せてもらえたことがなかったから当たり前のように思っていたが、布を纏っただけのようなこんな格好で外出などしても良いのだろうか。 「俺が言うことじゃないけどさぁ、アレクだって普通に外出たら偉い人ってバレない?」  圭のことは世間に伏せられているため頭からすっぽりマントでも被れば身バレの心配はないと思うが、さすがに皇帝陛下であるアレクが外出すれば気付かれるだろう。  やっぱり二人で祭り見物なんて無理なのかとしょげかけていると、アレクの掌が白く光り出す。 「うわわわわっ!?」  フワリと着ていた服が浮いたかと思うと、RPGゲームで見るような町人の服へと変わっていた。 「わー! 何これ!! ……って、えー!!!!」  アレクの格好を見て驚愕した。普段、軍服でしっかりと決め込んでいるアレクも、ラフな格好へと変化していた。  クリーム色のシャツに茶色いベスト、それに、ダボついた真っ黒いズボン。普段の格好がカッチリしている分、ラフさが際立つ。  そして、目立つ金髪は落ち着いた茶へと変わっている。長い襟足は後ろで一つに束ねられていた。 (うーん、でも、それでも何となく感じるオーラっていうか……)  どんなに服装を質素にしても、その整った顔や佇まい、それに溢れ出る皇族の気品のようなものは隠せていない気がする。どう見たって普通じゃないし、こんな人が歩いていたら周囲から注目されっぱなしではなかろうか。 (こんなカッコいい人がいたら、女の人とかほっとかないんじゃないか?)  スラリとした長身に逞しい体躯、着痩せして見える体はシュッとしてモデル体型だ。どう見たって一般人ではないし、圭の世界で見てもモデルか俳優と思われても仕方がないだろう。  女性に囲まれてキャーキャー言われている光景が頭に浮かび、モヤモヤする。何だかおもしろくない。ムスリと顰め面をしていると、そんな圭の様子に気づいたのかアレクが圭の両頬を軽く摘まみ、横へと伸ばした。プッと笑われ、その腕をバシバシと叩く。 「にゃんだひょぉ」 「いや、これから楽しいことをしに行くというのに、つまらない顔をしていたから、ついな。それとも、やっぱり部屋で別の〝楽しいこと〟でもするか?」 「行くに決まってんじゃん!」  腕を無理やり頬から引き剥がした。軽く摘ままれていただけだが、ちょっとだけ痛い。 「てゆーか、服とか髪の毛は普通でも、アレクは絶対顔バレしない?」 「そんなの、目立たないようにする魔法をかけているに決まっているだろう。ケイから俺はいつも通りに見えているが、他の者からは取るに足りない顔に見えている」 「へー! そんなことまでできんだ!」  胸のつかえが取れたように安堵した。それなら想像したようなことにはならないだろう。 (……あれ? 俺、どっちにホッとした?)  皇帝陛下とバレて大事になることに対してか、それとも女性に囲まれてまんざらでもない様子を見せるアレクにか。 (いやいや、そんなの、前者に決まってんだろ。……あー、あれだ、逆ナンとかされるのが羨ましいってのはあるかも! だけど)  自慢ではないが、圭は16年間生きてきて、逆ナンの類をされたことが一度としてない。  友人たちと遊びに行く際に待ち合わせている最中、男に話しかけられたことなら何度もある。その度に「男だから」ときっぱり断るが、中にはそれでも構わないとしつこい奴もそれなりにいた。無理やり連行されそうになって、遅れてきた友人に助けられるなんてこともしばしばあった。  その度になぜか「危機感がない」などと理不尽に怒られる。そして、まずは遅れてきたことを謝れと喧嘩になった。  それでも、そんなやり取りもすぐに終わり、速攻で仲直りをして遊びに行くのだが。  財布の準備などをしているアレクを見ながら、ぽーっと見惚れていた。 「……あー、マジ、かっけぇよなぁ……」 「何か言ったか?」 「え!? いや!? な、何でも!?!?」  心の声が漏れていたなんて思ってもいなかった。赤面しながら顔の前で大仰に手を振る。  ツカツカと圭の前までやって来たアレクが今度はジッと圭の顔を覗きこんできたものだから堪らない。至近距離で見つめられ、恥ずかしくてモジモジと視線を反らす。 「……何だよ」 「いや、一応男児の服にはしてみたが、女児の方が良かったか?」 「……◎$♪×△¥●&?#$!!」  意味のない言葉を喚きながらポカポカと胸板を叩く。そんな圭を見てアレクは声を上げて笑っていた。
ロード中
ロード中

ともだちにシェアしよう!