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第3章:デート編 第3話

 その後、鏡台で確認してみると、頭髪や瞳の色もアレクと同様に落ち着いた茶へと変わっている。マジマジと見入った。  校則で禁止されていることと、姉が明るい茶髪にしていることを祖父母があまり良く思っていないことなどから、圭は今まで髪を染めようと思ったことがない。  大学生くらいになったら一度くらいはとも考えたが、兄から「髪を染めるとバイト先が限られる」などと言われたことで諦めた。特段、明るい髪色に憧れがある訳でもない。  もちろん、友人の中には髪を染めている者もいるし、それに関して意見することもない。校則の禁止事項とはいえ、思春期はおしゃれを楽しみたい年頃だ。異性からもカッコよく見られたい。その辺りに関しては個人の自由の範疇だと考えている。自由がウリの校風だし、そこまで厳しく指導されることもない。少し厳しい教師から小言を言われる程度だ。  だから、髪色が変わるとこんな感じなのかと思った。一度見ることができたし、それなりに満足はした。 「どうした」 「んー、何かちょっと不思議な感じだなって。俺、髪染めたことないし、カラコン入れたことない……あ、えーっと、目の色とかも変えたことないから」  茶色の髪の毛の先を指先で摘まみしげしげと鏡の中の自分を凝視する。背後から鏡を覗き込むアレクと視線が合った。 「……ケイはいつもの方が似合っている」 「あはは、そっか。ありがとう」  振り返って礼を言った。こっちの方があか抜けて見えて良いかとも少し思ったが、普段の圭を肯定してくれる言葉に嬉しくなった。 「ねえ、これならもう行ける?」 「ああ」 「じゃあ、早く行こうよ! 祭り、もう始まってるんでしょ?」  外から聞こえてくる賑やかな声が食事前よりも大きくなっている気がする。それに初めての外出だ。なるべく長く楽しみたい。 「でも、どうやって行くの? 普通に出たら城の誰かに見つかっちゃうよね? また転移ってやつするの?」  いくら見た目を変えているとはいえ、城の中に一般人が入り込んでいれば不審者だと思われて都合が悪い。出かける前から揉め事や大事になるのは勘弁してほしい。  そうすると以前、人身売買の会場から城へとやって来た時のような移動方法になるのだろうか。 「いや、転移のような大術を使えば魔術の残滓が強いし、城内にいる者に気づかれる。だから皇族だけが知る隠し通路を使用する」 「隠し通路!?」  ワクワクする単語が現れた。目を輝かせながらアレクへと詰め寄った。 「万が一のことを想定して、この部屋には古くから隠し通路が作られている。その存在を知る者はごく僅かで、隠し場所などは皇族しか知らん」  アレクは書斎の本棚に置かれている分厚い辞典のような本を一冊取り出した。その本を棚の別の段に移動させる。そんなことを3度繰り返すと、棚の裏からカチリと音がした。  そして本棚を右へとスライドさせる。天井近くまである大きな本棚が動き、それにも驚いた。どうやら、決まった方法を実行することで、棚が軽々と動かせるようになる仕組みらしい。 「うわぁ!」  本棚の裏から現れた鉄の扉。その扉を開くと、下へと続く階段が姿を見せる。暗く、先が窺えない。 「真っ暗……」 「モタモタするな。行くぞ」  少し不安になっていると、アレクが先頭を歩き出した。アレクに反応したように、壁に取り付けられていたランプが明かりを灯す。まるで人感センサーのようだ。 「本棚とか扉って、あのままで良いの?」 「あれは勝手に元に戻る仕組みだ」  確かに、背後からゴゴゴと音がしている。振り返れば、すぐそこに闇が迫っていた。怖くなってアレクの服の裾を摘まむ。後ろに引かれている袖に気づいたのか、アレクが背後にいる圭を振り返った。 「何だ、怖いのか」 「こ、こわくなんか、ない……ょ……?」  煽り文句に最初は語気を強めたものの、言葉尻になるにつれて弱弱しくなる。そんな圭を見て、ハハハと楽しそうにアレクが笑った。  そして圭の右手を握ってくる。  アレクの突然の行動に訳が分からず困惑する。 「え、ちょ、何?」 「怖いのだろう。ならば、手を繋いでやる」 「!? いいよ! こ、怖くなんかないったら!!」  売り言葉に買い言葉。そんな風に言われてしまえば、明らかな子供扱いにムッとしてしまう。  しかし、相手は更にカラカラと笑いながら振り解こうとする圭の手をギュッと握り込んだ。 「はははっ、それなら俺が怖いから手を握っていてくれ」 「そういうことなら別に良いよ。……でも、ちょっと痛いから、もっと優しく」 「ああ、そうか。それはすまないな。どうにも力加減が難しい」  痛い程に握り締められていた手から力が抜ける。調度良い塩梅になって安堵する。  男らしい大きな掌。女子なら、きっとこんな手に憧れるのだろう。力強く導いてくれる、そんな安心感に。  前を行く男の背を見た。広く、逞しい。何があっても大丈夫だと。自信に満ちたその背が雄弁に語っていた。  彼はとんでもない暴君かもしれない。  でも、その絶対的な強さと信頼感は、きっと誰にも負けない。  だから誰もが彼についていくのだろう。  その先がどんな未来かは分からずとも。  それが運命的な選択肢であると信じて誰も疑わずに。  ……では、彼は一体何を信じて、何をよりどころにして生きているのだろうか。  迷うことはないのだろうか。判断を疑うことはないのだろうか。  揺るぎない自信があるというのなら、それはどこから生まれ出るものなのだろうか。  先を進むこの人に僅かながらの興味を抱く。  もしかしたら今日、普段は見せないような顔を見せてくれたからかもしれない。  ちょっとだけかもしれないが距離が縮まったように感じるのは圭だけだろうか。  「知りたい」と思った。純粋に。彼のことを。  どこまで続くのか不安になり始めた頃、アレクが立ち止まった。そこには古ぼけた木製のドア。つっかえ棒のような形で扉と壁を固定していた太い木の板を外し、扉の横にかかっている鍵を手に取った。  ギギギと古めかしい音をさせて扉が開く。地下室らしい窓のない部屋へと繋がっていた。  その部屋を通り抜け、更に階段を昇って行く。やっと天然の明かりを浴びられる部屋へと出て、圭は目をそばめた。  空き家のような家は家具などなく、ガランとしていた。アレクは慣れた足取りで進んで行く。  ガチャリと鍵を開ける音の後、ゆっくりと開かれる玄関扉。遠くの方から街なかの喧騒が聞こえてくる。  城へと繋がっていた空き家がある家は、緑でうっそうと覆い隠されるように建っていた。それなりに敷地面積も広そうだ。背の高い木々に覆われている。鳥やカエル、虫などの鳴き声も聞こえてくる。城の中から見えていた景色の中にはチラホラと自然の残る場所も見えてはいたが、その一つなのだろうか。 「モタモタしていると置いて行くぞ」 「う、うん。待って、すぐ行く」  アレクは既に大きな門の近くにまで行ってしまっていた。地下階段を抜けてからは鍵を開けるなどしていたため、手を離していた。だから、こんなに距離ができているとは思っていなかった。久々に近くで見る自然の風景に見入っていたのだ。  小走りで駆け寄る。アレクは圭が近くに来るまで待ち、再び歩を進め始めた。  3メートルはありそうな塀沿いを歩いて行くと、小さな勝手口のような扉がある。その扉を開錠し、塀の外へと出た。  周囲は緑豊かな場所だった。しかし、ポツリポツリと住宅も建ち並んでいる。そのどれもが豪邸と言える豪奢な建物ばかりだった。  アレクがスタスタと進んで行く。脚の長さの違いから小走りで駆け寄っては距離をつけられ、もう一度駆け寄るを繰り返していた。 (……ったく、こいつ少しは相手に合わせるってこと知らねーのかよ! ……ああ、そうですよねー、知らないですよねー、俺様アレク様ですもんねー)  上がる息に段々イライラしてきていると、圭の様子に気づいたようにアレクが後ろを振り返った。 「……ああ、そうか、短足は足が遅いのか。悪かったな気付かず」 「◎$♪×△¥●&?#$……言い方!!」  立ち止まったアレクに対してポカポカと拳を叩きつける。全く痛がる素振りもなく、アレクはその手を取ると再び握ってきた。  今度は力加減を間違えずに。 「……もう怖くないんじゃないか?」 「短足を引っ張ってやらねばならないからな。それは長身の役目だろう」 「◎$♪×△¥●&?#$!!」  怒りに任せてギュウゥと握られた手に力を込めたが、返り討ちに遭い涙目で睨みつける。それすらもおかしいとでもいうように声を上げて笑う相手をただただジト目で見続けるしかなかった。  こんなに相手が笑っていることなど、初めてだということも気付かずに。
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