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第3章:デート編 第4話
「わぁああああ!!」
閑静な高級住宅街らしき場所を抜け、賑やかな通りに出た。運動会のように青空にはためく様々な旗。それに、食べ物や雑貨など、たくさんの屋台が並んでいる。
喧騒を聞いているだけでも期待でボルテージが上がっていたが、実際に見ることによって興奮は最高潮に達していた。思わず手を離して雑踏の中へと駆け出す。
「おい、待て!!」
むんずと首の後ろの襟元を掴まれ、喉が締め付けられる。
「ギャッ!!」
そのまま上へと持ち上げられて体が宙に浮く。プラプラと脚が空をかいた。
「ぐーるーじーいー」
「勝手をするからだろう。馬鹿者が」
「ギブ~! ギブ、ギブギブ~!!」
何とか気道を確保しようと喉と服の間に指を入れる。必死の訴えが通じたのか、早々に地面へ下ろしてもらい、事なきを得た。
「こんな人混みの中、一回でもはぐれてみろ。見つけ出すのは至難の技だぞ」
「あー、そう言えばそっかぁ……」
周囲を見回した。どこを見ても人・人・人。ごった返してまるで新宿や渋谷の喧騒を見ているようだ。
この状況で迷子にでもなったら、再び合流するのは確かに難しい。スマホがあるならまだしも、連絡手段というものが皆無なのだから。
「選ばせてやる。今みたいに首を持たれて移動させられるのと、手を繋がれるの。どちらが良い」
「こっちでお願いしまぁす」
殊勝な態度で右手を差し出した。コクリと頷き、握り返される。
手を引かれて再度歩き出し始めた。
「わぁ……」
再び感嘆の声が漏れる。どこもかしこもキラキラして見えた。行き交う人たちの笑顔も含め全てが輝いている。
「今日って、すごく特別な日なんだね」
「ああ、生誕祭だからな」
「あっ、ねぇねぇ! アレ何!?」
アレクの手を引き、今度は圭が先導するように走り出した。
「だから急に走るなと言っているだろうが」
「ねぇ、これなぁに?」
とある屋台の前で立ち止まる。アレクは大仰に顔を顰めていたが、圭は全く見てもいなかった。
屋台には色とりどりの果実を透明な飴細工のようなものでコーティングした食べ物が並べられていた。元の世界での杏子飴に似ている。
「これが欲しいのか?」
「んー……食べてはみたいけど、お金持ってないし、いいや……」
地元の祭りなどで欠かさず食べていた杏子飴を思い出し、郷愁にふける。甘くていつも幸せになれる味が好きだった。
しかし、祭りに連れて来てもらっただけでも贅沢なのだ。何かをたかるなんてことはお願いできない。
「この程度、良いに決まっているだろう。店主、これはいくらだ?」
「大銅貨2枚ですよ」
「釣りはいらん」
アレクは女性店主へと銀貨を一枚差し出した。女性は大きく目を見開き、何度も瞬きを繰り返していたが、ペコペコと頭を何度も下げていた。
「ほら、好きな物をとれ」
「どれでも良いの?」
「構わん」
「じゃあねー、えーっと……」
店に並ぶ杏子飴もどきを眺めながら悩む。赤、黄、白などカラフルな果物たちに迷ってしまう。城の中で食べたことのある物もあれば、見たことのない物もある。
「じゃあ、コレにする」
ウンウンとしばらく悩んだ末、真っ赤な果実を指さした。最も杏子飴の形状に近く、馴染み深かったから。
「はいよ、坊や。今日はカッコ良くて若いパパと一緒にお祭り来れて良かったねぇ」
「坊や!?」
「パパ!?」
ほぼ同時に圭とアレクが素っ頓狂な声を出した。あまりに驚いた表情をしていたからだろうか、女性店主も軽く驚く。
「ああ、ごめんねぇ。もしかしたら、歳の離れたご兄弟だったかしら? 仲良く手を繋いでいるから親子かと勘違いしちゃって。ごめんなさいねぇ」
苦笑しながら商品を手渡してくる女性に礼を言って受け取るも、やはり「坊や」と呼ばれたことに少なからずショックを受ける。
確かに元の世界でも背は小さい方だったし、この世界の住人はそもそも発育が良い。
それでも「坊や」と呼ばれるほど幼く見えるとは思ってもいなかった。
高校生として、さすがに傷つく。
しかし、それよりも複雑な表情を浮かべているのが、圭の手を引く人物だった。
「パパ……まあ、俺の歳なら子の一人や二人……いや、でも、こんな大きな子供……」
ブツブツと呟いては溜め息を繰り返している。こちらはこちらで傷が深いらしい。
広場の噴水へと足を運び、その縁に腰かけた。噴水から吹き出される水がアーチを描き、薄っすらと虹がかかっている。
手にしていた杏子飴もどきを口にした。口内に甘みが広がる。果実の周りにコーティングされているのは水あめのようだが、齧ってみた果実は酸っぱくなく、ただただ甘かった。
予想とは少し外れたが、それでも美味いことには変わらない。
「おいしい」
ほっこりと頬が赤く染まる。女性店主に言われたことなど忘れ、夢中で杏子飴もどきに齧りついた。
「そうか。良かったな」
しばらく落ち込んでいたアレクであったが、圭が飴を美味しそうに食べているのを見て、その表情が和らぐ。
飴を食べ終わる頃、噴水の近くで大道芸が始まった。今度はアレを見たいと言ってみれば「好きにすれば良い」と首肯を返される。
明るい派手な色の衣装を着た大道芸人たちによるマジックショーや楽器の演奏、パフォーマンスショーなどに大きな拍手を送る。久方ぶりに見たエンターテイメントショーに心の底から夢中になる。
ずっと部屋の中に閉じ込められて、楽しみらしい楽しみなんて何もなかった。朝起きてから勉強して、夜にセックスするだけの生活。
人としての心が死にかけていると思っていた矢先の外出に心が弾む。
大道芸人たちのやっていることは物珍しいものではない。動画サイトにはもっと過激な内容の芸などもたくさんあるし、それらを見慣れてしまっている。
それでも、実際に目の前で見られて楽しめるというのが嬉しかった。
大道芸人の虜になっていた時、圭は気付いていなかった。
隣に立つアレクが芸ではなく圭のことを見続けていたことを。
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「楽しかったなぁ、大道芸!」
「ああ」
「何が好きだった? 俺はねぇ、一番最初にやってたボールが消えるマジックの……」
夢中になって話していると、向かいから歩いてくる集団にぶつかりそうになる。
「わわっ……」
アレクが自分の方へと引き寄せてくれたお陰で何とか回避できたが、これだけ往来する人が多いのだ。もう少し注意深く歩かねばならない。
「ありがとう」
「もう少し気を付けて歩け」
「えへへ、分かってるよ。……あっ! ねぇ、アレ! アレ!」
子供たちで賑わう屋台を見つけてアレクを引っ張る。手を引かれるアレクの顔は、もはやチベットスナギツネの表情だ。
「ねえ、これ何?」
「これは弓当てだろ」
「弓当て?」
「弓で射た商品が手に入る」
「へー」
もはや呆れて小言を言う気力もなくなったのか、アレクは店主の男性に銀貨を手渡し、小さい弓矢を圭へと手渡した。
弓と言っても、矢じりの代わりにボールのような柔らかい緩衝材が取り付けられている。余程のことがなければ景品が壊れたり、万が一、人に当たったりしても大怪我の心配はなさそうだ。
他の子供たちの真似をして弓矢を引いてみる。放った矢は放物線を描き、景品まで届くことなくポテリと落ちた。ならばもう一回と、今度はもう少し強めに弓を引いてみた。やはり景品の並ぶ棚までは全く届かなかった。
「おじさん、これ本当に届くの?」
「馬鹿言っちゃいけねぇよ。今日だって何回も景品が出てる。むしろ生誕祭だから少しサービスしてやってるくらいだぜ?」
「えー……」
確かに隣の少年の矢は景品には当たらないまでも棚には届いている。その隣の少女も。更にはその奥の少年は圭よりもずっと幼く見えるが、手前の棚に置かれていた菓子の箱を倒していた。
何が悪いのか全く分からない。同じようにやっているというのに。
「どれ、貸してみろ」
自分の弓と他の人の弓を見比べて唸っていると、アレクが手を差し出してきた。言葉通り弓と矢を手渡すと、アレクは矢をつがえる。その格好すら絵になるようで惚れ惚れした。
パンッと小気味良い音と共に弓が放たれ、奥の棚の中央にある巨大なぬいぐるみが倒れた。
「あちゃー、アレ持ってかれちまったか! 今回の目玉だったってのに。あんた良い腕してるなぁ」
「どうも」
男性店主はガシガシと頭をかきながら大きく笑っていた。悔し気というよりも、良い物を見せてもらってまんざらでもないと言った表情だ。
弓と引き換えに景品のぬいぐるみを手渡される。特段これが欲しかったわけではないが、「今回の目玉」という言葉に嬉しくなった。
「坊主、弓の上手い親父さんに感謝するんだな」
「坊主!」
「親父!」
またしても声が重なる。フカフカのぬいぐるみを抱えながら、気持ちは晴れやか……とはいかなかった。
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広場のベンチに腰掛けながらジュースを飲む。隣には景品で手に入れた大きなぬいぐるみと、未だショックから立ち直れていないアレクと共に。
「うーん……」
隣でウジウジと悩んでいる男は放っておいて、マジマジとぬいぐるみを凝視する。真っ白な毛で覆われ、ウサギのように長い耳を垂らしている。大きな赤い瞳がチャーミングなぬいぐるみだ。
「よし、お前の名前は今日から『ウサ太郎』と命名しよう」
「ウサタロー?」
「良い名前だろ」
キリッとした顔で言えば、プッと吹き出される。そんなにおかしなことを言っただろうか。
「名前など付ける必要はあるのか?」
「あるよ! 何でも名前を付ければ愛着っての沸いてくるだろ? こいつは今日の思い出」
ウサ太郎の頭を撫でる。触り心地の良い毛並みに自然と笑みが浮かぶ。
高校生にもなってぬいぐるみ遊びをする趣味はないが、自分の物が何もないこの世界で初めて一つだけ手に入れた所有物だった。
きっと、これを見るだけで今日の楽しかった記憶が蘇るだろう。そうすれば、つまらない退屈な日常も少しだけ明るくなるかもしれない。
待っていれば、またこんな風に楽しいことが訪れると。そんな期待を抱いていても良い気がしてくるのだ。
ジュースを飲み終え、空いたカップをアレクに手渡した。自分の分と一緒に捨てて来てくれるらしい。ゴミ捨てくらいしてこようかと提案したが、迷子になられると迷惑だからとキッパリ断られてしまった。正論過ぎてグゥの音も出なかった。
ウサ太郎を膝の上に置き替え、ベンチでアレクの帰りを待つ。段々と広場に人が増えてきた。ベンチが空いている時間に来られて良かったかもしれない。
「お兄ちゃん、花冠はいかが?」
「花冠?」
声をかけられた方へと視線を寄せる。小学校低学年くらいの女の子が籠の中に花冠を入れて立っていた。
「ごめんね。俺、お金持ってないんだ」
「えー……」
少女の顔がクシャリと歪む。申し訳なく思うが、どうしようもない。代わりにウサ太郎を渡しても良いが、きっと邪魔になってしまうだろう。
困っていると調度アレクが戻って来た。
「どうした」
「えっと……」
「あっ、おじちゃん! 花冠はいかがですか?」
「おじ……」
またしてもショックを受けた表情を受けていたが、少女から金額を聞き一つ購入する。
「おじちゃん、ありがとー!」
大きく手を振りながら少女が去って行った。アレクは手にしていた花冠を圭の頭の上に置く。
「俺?」
「俺に花冠など似合うと思うか?」
「似合わないと思う」
ハッキリ言えば、ギロリと睨まれる。ハハハと笑いながら頭上に置かれた花冠を手に取ってみた。白や水色の花で織り込まれた冠は手作りらしい不器用さも見られる。あの少女が作ったのだろうか。そうだとしたら籠の中の量を作るのは大変だったはずだ。
「ありがとう」
頭の上に再び乗せて礼を言えば、ムスリとした顔をしたままアレクは顔を反らした。少し頬が赤く見えるのは照れているからだろうか。ほんのちょっとだけ可愛いと思ってしまったが、さすがにそれを口に出すほど馬鹿じゃない。
しばらくベンチで休んでいると広場でダンスが始まった。北欧の民族衣装のようないでたちで若い男女が躍っている。その頭の上には皆、花冠を乗せていた。
(あー、これか。あの子が売ってたの、ディズニーの耳みたいな感じ?)
きっと、このダンスの仮装のようなものだったのだろう。アレクが少女に支払っていたのは銀貨2枚。多分この花冠一つに対しては高価だろう。祭りならではのご祝儀価格みたいなものだろうか。
「ねえ、何でみんなこの花冠つけてんの?」
「それは、国が花で溢れて皆に幸せが訪れるようにと願った生誕祭の願掛けのようなものだ」
「へー」
祭りのしきたりであれば頷ける。
広場で踊る男女は皆、他の人たちよりもずっと幸せそうにキラキラして見えた。今が人生の中で最も幸福だとでも言わんばかりの笑顔に満ちている。
羨ましくなるくらいに。
「……そろそろ戻るか」
「え? もう?」
まだまだ見足りない。回っていない場所だってたくさんある。
「もう時間切れだ」
「あっ……」
アレクが顎で指し示す方を見れば、城の近衛兵らしき人物たちが焦ったように辺りを見回していた。膝に乗せていたウサ太郎で咄嗟に鼻から下を隠す。
「急ぐぞ」
コクリと頷いた。人気のない場所まで移動すると転移で一気に城内へと戻った。部屋の中には、憤怒の顔をしたユルゲンが仁王立ちしていた。
「お早いお帰りで」
「早かっただろう。気を遣ってやったんだ。もっと感謝して良いぞ」
「生誕祭で休みをいただいていた中、急に呼び出された私への謝罪はなくてもよろしいですか?」
「俺は夕方まで誰も寄り付くなと言ったはずなんだがな」
言い合いを続ける2人を放って、圭はキョロキョロと部屋の中を見渡した。調度良い椅子を見つけて窓辺へと運ぶ。その上にウサ太郎を置き、頭に花冠を乗せた。
「今日からお前の定位置はそこな」
ポカポカと日の当たる特等席だ。気のせいかもしれないが喜んでいるように見える。
ユルゲンとのやり取りはその後しばらく続いていたが、アレクはげんなりした顔をしながら変化の魔法を解き、執務へと向かって行った。圭へとかけられていた魔法も同時に解かれる。
「これはどうしたんですか?」
「これ? アレクが弓当てで取ってくれた」
「いえ、それではなく、その上の」
「花冠? アレクが買ってくれた」
「そうですか……陛下が……」
目を大きく見開き、ユルゲンがまじまじとウサ太郎を凝視している。そして頭上の花冠を手に取った。
「これを買った場所では、男女が躍っていませんでしたか?」
「あ、うん! 踊ってた! 有名なんだね、アレ」
「ええ、生誕祭の名物ですから。今年結婚する、もしくはこれから結婚を控えている男女なんです。花冠を贈り合うのは愛の証明。フフッ、随分と陛下から気に入られたようですね」
「えー、多分、そんなんじゃないよ。これ売ってた女の子が困ってたから買ったとかそんなんだよ」
「まあ、どちらでも良いではありませんか。せっかくですから、枯れない魔法をかけておきましょう。結婚する男女も、こうして花冠に魔法をかけてもらって永久の幸せを祈るんです」
ユルゲンの掌が白く光る。渡された花冠は何も変わらないように見えるが、きっとこれで萎れることはないのだろう。つくづく魔法というのは不思議な力である。
「花冠を共に渡し合うから、結婚する男女は花婿、花嫁というのです。ケイ様も早くお互いに渡せるようになると良いですね」
「えー……」
仮に渡し合うとしても、それは可愛い女の子が良い。間違っても自分より大きくて逞しい同性ではない。
しかし、あれほど怒り狂っていたユルゲンがここまでご機嫌になってくれたのをまた損ねるようなことを言うのは得策ではない。喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
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