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第5章:裏切り編 第2話

「……ったく、マジでこれ、どーすんだよ……」  服の下で存在を主張する金色のリングとエメラルドグリーンの鉱石。少し動いただけで揺れて落ち着かない。  特段大きなものではないからそこまで邪魔でないとはいえ、違和感がすごい。しかし初めてピアスを付けた時、友人もずっと気になるように耳を触っていたが、次第にその行動自体がなくなっていった。聞けば「慣れたから」だと得意げに語っていた。  耳のように普段から見える場所ではない。そうそうバレることはないだろうが、逆に誰かにバレた時が怖い。どう考えたって、ただの変態だ。 「あー! もー! いつもは見えないからって、困るだろ! 体育とかさー! 銭湯とかさー! 修学旅行だって、どうすんだよ! みんなと一緒に入れねーじゃんか!」  頭を抱えながらベッドの上でゴロゴロと転がった。そしてピタリと止まる。 「あ、そっか……戻れねーんだから、体育も銭湯もどーだって良いのか」  寝室の中に沈黙が蔓延(はびこ)った。  昼まで寝ていた圭は今日、アレクの采配で「自習日」となっていた。さすがに昨夜はやり過ぎたと思ったのだろう。掘られ過ぎた尻がしくしくと痛む。  だから部屋の中には圭しかいなかった。ユルゲンが来ないのは久しぶりだ。多分、生誕祭以来だろう。  アレクは圭が目覚めた時には既に姿がなかった。昼食を運んでくれたメイドに聞けば、既にいつもと変わらぬ時間からバリバリ働いているらしい。一緒に朝まで行為に耽っていたというのに。  ベッドで昼食を摂り、一人ダラダラと過ごしていた。体は圭が深い眠りについている間に清めてくれたのだろう。あんなに精やら潮やらを噴いたというのに、ベタつかずサラリとしている。  ベッドだって綺麗にシーツが変えられており、あの恥ずかしい失禁の跡すらない。  風呂に入れてくれたのはアレクであろうが、ベッドはその隙に使用人たちが整えてくれたのだろう。 「ああーあー……修学旅行ぉ~行き~たかったな~」  後半は謎のメロディに合わせて即席の「修学旅行行きたかったソング」を作る。  本来であれば高校2年生に上がった5月に北海道へ行く予定だった。そのための積み立て金も毎月コツコツしている。  仲の良い友人たちと共に、あーでもないこーでもないと言いながら立ち寄る先を決めるのを楽しみにしていた。夜のお喋りもワクワクする。  中学校の修学旅行の時には「女子部屋へ遊びに行こう」と誰かが言い始めて、あっけなく廊下に張り込んでいた教師に見つかって大目玉を喰らった。その苦い思い出を来年こそは楽しい記憶へと塗り替えよう! と意気込んでいたのはいつの昼食時だったか。 「てか、今俺、学校だって行ってねーしなー……」  言葉に出して落ち込んだ。ユルゲンがいるため勉強自体はできている。しかし、肝心の友達もいなければ、楽しい思い出を作る機会だってない。  窓辺に置いたウサ太郎を見た。今日も頭に花冠を乗せ、愛らしい表情で椅子に座っている。 「馬鹿だよな、俺も。あんなん、ただのぬいぐるみじゃん」  自嘲の笑いが零れた。  今の圭の唯一の友達。喋らず、動かず、意思もない。生きてすらいないのだから。 「あーあ、みんな元気かな……」  家族の顔が次々と浮かぶ。  一度元の世界のことを思い出してしまうと、ずっと考え込んでしまう。だから、普段は記憶からあえて意識を背けていた。  枕を抱き締める。アレクの髪の香りがする。今は嗅いでいたくなくてポイと放り出した。  勝手に胸にピアスを付けるような暴虐非道な行いをするような奴だ。……でも、怒っていない自分がいた。  昨夜、本当に嬉しそうにピアスを眺めていた彼を見て、怒るに怒れなかった。  圭は自分がアレクに対して甘いことに気付いていた。  しかし、今まで誰も彼に対してしてこなかったことをしてあげたいという気持ちでいっぱいだった。 「やば、今日の俺、超センチメンタルじゃん。女子かよ」  頭の中に往年のアイドルの名曲が流れる。祖父母や母が懐かしんで見ていた昭和の歌謡曲特集で流れており、母が口ずさんでいるのを聞いて覚えてしまった。 「圭はまだ16だから~」  勝手に歌詞を変えて歌い始める。やることもなく暇なのだ。  大声で歌っていると、段々興が乗ってきた。ベッドの上で立ち上がる。 「いーせーかいーさらわーれて~~~」  左手で握り拳を作り、マイクの真似。簡単なダンスだったから振り付けも覚えていた。 「センチメンタル・とーりーっぷぅぅぅぅぅ」  ビシリとポーズが決まった。脳内で拍手喝采が起こる。  しかし、実際にはシンと静まり返った部屋の中。一人ベッドに立ち、ポーズを決めている痛い男子高校生だ。 「ああああああ~~~~~」  それに気づいたら一気に恥ずかしくなった。  ベッドを飛び降り、部屋の中をぐるぐると走り回る。 「うああああああーーーーーー!!!!」  寝室を飛び出し、居間も駆け巡る。  何周かしたところで足がもつれて扉の前で派手にこけた。うつ伏せでぶっ倒れる。 「……いってぇ……」  本当は大して痛くない。部屋にはカーペットが敷かれているから。  ゴロンとその場で仰向けになった。天使の画が描かれた高い天井。どこもかしこも豪奢で、立川の実家とは比べ物にならない。  いや、建物として同義で扱うこと自体が失礼だ。 「……それでも、俺は……実家の方が好きだよ」  口に出してしまった。胸の奥から何かが込み上げてくる。目頭が熱くなった。 (やば……)  ダメだ。泣いたら止まらなくなる。我慢するんだ。喉をクッと締める。手の甲で目をガシガシと擦った。  こんな所でへたり込んでいるのが悪いのだ。上半身を起こす。ゆっくりと立ち上がろうとした時、控え目に扉をノックする音が聞こえてきた。 「はい?」  扉を開く。見慣れぬ男性が立っていた。背が高く、豊かな髭を蓄えている。顔立ちがいつも見るメイドや執事たちとは少し違うような気がした。具体的にどこがとは言えないが、何となく。中国人と韓国人くらいの違い。同じアジア系だろうと言われれば、明確に否定できない程度の違和感だ。 「ああ、ケイ様、やっとお会いできました」 「えっと、どなたですか?」 「あなたを助けに来た者です」 「え?」 「元の世界へ、お戻しする手伝いをする者にございます」  圭は大きく目を見開いた。
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