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第5章:裏切り編 第4話

 地下へと続く階段を走り降りた。久しぶりの全力疾走は身体にこたえる。運動不足が祟っている証拠だ。  それも仕方がない。あの部屋から出たのは、たったの2度だけしかないのだから。  今思えば、何か月あそこに閉じ込められていたかすら分からない。そんな中、たったの2度だ。体のいい監禁だということは分かっている。 「はぁ……はぁ……」  息が切れる。肺が悲鳴を上げていた。  それでも止まることは許されない。一刻も早くこの場から抜け出さねばならないのだから。  扉が見えてきた。アレクがやっていたことと同じように止め板を外し、横にかかっていた鍵を奪うように手にする。  ガチャリと扉が開き、地上へと駆け抜けた。鍵を開けて外へと飛び出す。空き家の庭は今日も鳥の声や虫の音が響くだけで、平穏な空気を漂わせていた。  あの日のように塀沿いの勝手口を開き、外を確認する。誰もいない。 「えっと確か城から見て、あっちの方だったから……」  地図は何度も読み込んで頭に叩き込んだ。念のため持っては来ていたが、開く必要すらない。  城の方角を確認し、一気に駆け出した。  圭の髪の色はこの世界には二人としていない。だから頭からすっぽりとマントを被り、できる限り人と顔を合わせないようにした。  走ること約30分。人気のない場所へと道は繋がっている。あまり治安が良いとは言えないが、ここが帝都であることや今が昼間であること、それに圭自身が人目につきたくないという3条件からあえてこの道を選択する。 「……ここ、かな?」  肩で息をしながら一つの建物を見た。廃墟に近いような古ぼけた建物だ。恐る恐る扉を開いてみる。バルの名残であろうか。テーブルや椅子などが散乱し、荒れ果てた印象が強い。 「ケイ様、よく抜け出せましたね!」 「はい、何とか」  室内には男が3人たむろしていた。あまり見かけは良くない。小汚い服を着て、城で見た人たちとは雲泥の差だ。 「多分、あまり時間がありません。バレたらきっと、街中に近衛兵が溢れちゃいます」  生誕祭の日のことを思い出す。あの日もそんなに長い時間外にいた訳ではないというのに、あっという間に逃亡がバレてしまった。本当はもっと遊びたかったのに。 「それは困りますね。……それじゃあ、ちょっと眠っててもらいましょうか」 「え?」  口元に布を押し当てられた。息を吸い込んだ途端、意識がグラリと持っていかれる。 「ダメですよ、あまり人を信用しちゃあ。特に、知りもしない人なんてね」  下卑た笑い声が遠くに聞こえる。しまったと思う間もなく、意識は暗闇の中に堕ちていた。 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆  何だか随分と窮屈な体勢を強いられている気がする。重い瞼を開く。薄暗い。両手両足は後ろで一纏めに縛られていて、口には猿轡を噛まされていた。  ガタガタと体が揺れる。この揺れは、何かで運ばれているのだろうか。  自分が箱の中に閉じ込められていると気付くのにそう時間はかからなかった。粗雑な造りの巨大な木箱だ。板の間がぴったりと塞がれておらず、外の明かりが箱の中へと零れている。  しかし、大きいとは言っても人一人を無理やり詰め込んで、動けない程度の大きさだった。つまり自由なんてない。 「んー! んんー!!」  身じろぎという状態に近いが暴れてみた。大人しく捕まっている場合ではない。やれることは何でもやらなければ。 「兄貴、こいつ起きたみてーですよ?」 「放っとけ。あんだけ頑丈に縛ったんだから、どうせ動けやしねぇ」 「だってさ。あんたも可哀想だが、しばらくはそこで大人しくしといた方が身のためだぜ?」  ガハハと複数人の笑い声が聞こえてきた。 (やられた……)  圭の顔面が蒼白になる。「元の世界へ戻れる」という言葉に浮足立って、確認を怠った。  よく考えれば分かるはずだ。国一番の魔術師であるアレクができないことを、どうしてポッと出の人間にできるというのだ。それだったら、城に魔法陣でも描けば良い。 (どうしよう……俺、どうなる?)  不安で体がガタガタと震えてくる。 「んーんんんー! ん~~~」 「あっはっは、何言ってっか全然分かんねーよ。良いか? せっかくだから教えてやるよ。お前は今からルレベルク大陸に運ばれて、変態じじいの慰み者になんだよ。で、俺たちには大金が手に入る。いや~、この計画を打診された時は上手くいくか疑ったが、こんなに簡単にいくなんて思ってなかったぜ」 「大変だったのは、昨日城に潜り込むとこだけだったな」 「あれだって裏ルートをあの女が教えてくれなきゃ無理だったよなぁ」  またしてもギャハハと笑い声が響いた。つまり、圭が自分で抜け出してきたからこの男たちの計画がまんまと遂行されてしまったということか。  確かに、圭を無理やり城から連れ出すのは至難の技だ。人を運ぶというのは目立つし、それが皇帝陛下のお気に入りともなればなおのこと。  しかし、その対象が自分から城下町まで降りてくれば話は違う。後はこんな風に眠らせて、何かで隠してしまえばもうバレない。 「しっかし、本当に黒髪黒目の人間なんているんだな。あの女、ここまで俺たちに危険なことさせて嘘だったらタダじゃおかねぇと思ってたが」 「娼館にいる奴のたわ言だと思ってたが、案外馬鹿にできねぇもんだな」 「おーい、知ってるか? お前のせいでなぁ、女が一人、娼館に堕ちたんだぞ?」  ガンガンと箱を蹴られて困惑する。何の話をしているのか全く見当がつかない。 「あれ? もしかして知らないのか? お前、城に来た頃、話しかけてたメイドいただろ。そいつ、お前と話したってんで城、クビになったんだとよ。で、元々兄弟が多かったのに、両親まで病で倒れたっつって、食い扶持稼ぎに行きついた先が娼館だ。まあ、よくある話っちゃあよくあるが、あんたも人が悪いなぁ。結構な美人だったぜ?」  愕然とした。確かに、城に来たばかりの頃、寂しくて話しかけていた。鈴のような笑い声が印象的だった女性を思い出す。 (俺のせいで……俺のせいで、あの人が……)  目の前が涙でぼやけてきた。  とんでもないことをしてしまった。こんなことになると分かっていたら、そんなバカなことしなかったのに。  配置換え程度だと思っていた。きっと、城の別の場所で働いているのだと。  だって話をしただけでクビになるなんて思わないじゃないか。 「随分、恨んでたぜ? あの女。まぁ、まんこはユルユルだったけどなぁ?」  聞きたくない。もう何も聞きたくない。耳を塞ぎたくても、戒められた両手では塞ぐ手段を持たない。 「ルレベルクまで行けば、いくら皇帝陛下サマと言えど、手出しなんてできねーだろうよ? しかも、ルレベルクの御貴族様が、お前がいなくなるのならって俺たちの分の旅費まで出してくれやがった。本当にお前は良い金づるだよ! 変態じじいも珍しいオモチャが手に入るし、皇帝陛下の妃席も空く。そして、俺たちには使いきれない大金! こんな笑える話が他にあるか?」  ボロボロと涙が幾粒も零れ落ちた。あまりの自分の馬鹿さ加減に反吐が出そうだ。 「お前、本っ当に嫌われてんのな! あの女もそうだったし、御貴族様のお嬢ちゃんも、お前さえいなくなればって、みんな言ってるぜ? こんなに人に嫌われて、よくのうのうと生きてられるよなぁ」  猿轡の布を噛んだ。涙を吸って少ししょっぱい。ダラダラと零れる鼻水をすすった。  人から嫌われたという経験がなかった。いつでも自分は誰とでも仲良くできて、それが自慢だと勝手に思い込んでいた。  会ったことすらない人にも嫌われていたなんて。ショックで立ち直れない。  きっとアレクを慕う女性たちなのであろう。それなら多分その女性だけではないはずだ。  逃げ出す気力がなくなっていく。どこへ行っても、みんなが圭を嫌っているような気がしてならなかった。  アレクから「好きだ」「愛してる」と言われ続け、そのぬるま湯の中で良い気になっていた罰だ。自分だけが気持ち良く、他の人など顧みない。  ああ、確かに罰だと言われれば罰なのだろう。  じゃあ、甘んじて受けねばならないではないか。  ソッと瞳を閉じた。もう何も考えたくない。 (ごめんなさい、ごめんなさい……)  閉じた瞳からも涙が零れ続ける。あんなに素敵に笑う女性の一生を壊してしまった。どう償って良いのかも分からない。 (ちゃんと、罰なら受けるから……だから許してください……)  あの仕事熱心で明るい女性を。  そして、叶うなら馬鹿なことをしてしまった安達圭という愚かな男を。
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