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第6章:別れ編 第11話

「マリア! 久しぶり!!」 『ケイ、達者だったかい?』  久しぶりに見た夢の中。大好きな人に出会い、思わず抱き付いた。  相手も圭を受け入れてくれ、抱き締め返してくれる。マリア特有の爽やかで少し甘い花のような香りが鼻孔をくすぐる。 『今日はケイに話さねばならないことがあって呼んだんだ』 「もしかして、ここに来るのってマリアがいつも呼んでたの?」  湯気の立つ茶を淹れながらマリアが鷹揚に頷いた。その答えに圭も至極納得する。いつも会いたいと思ってもなかなか会えなかったのはそのせいだったのか。 『まず、我はケイに謝らねばならない』 「え? 何で?」  圭の前に湯呑が置かれる。今日の茶菓子はおはぎや大福、抹茶を使ったスイーツなど、和テイストだ。祖母が和菓子を好きでよく自宅でおやつの時間に出ていたため、圭も和菓子は大好物だった。  しかも出された飲み物は緑茶。やはり和菓子には緑茶が合う。一口飲んで圭は口角を上げた。 「これ、絶対良い茶葉だ」  まろやかな舌触りと強い甘み。多分、玉露だろう。そんな高級茶葉、滅多に飲ませてもらえない。せいぜい、新茶のシーズンに新しい茶葉を買ってもらう程度だ。  おはぎに手を伸ばす。もちもちとしたもち米の感触と、優しい甘さが絶妙にマッチしている。食べているだけで自然と口角が上がってしまう。 「うっまぁ」  おはぎを一つ食べ終え、茶で流した。口の中が幸せだ。思わず頬を押さえた。 「良かった、頬っぺた落ちてない」 『ふふっ、ケイは今日も愉快だこと』  マリアが唇の端を人差し指でトントンと叩く。何かと思って同じように圭も同じ場所を触れてみる。あんこが指についているのを見て、照れ笑いを浮かべながら指先を舐め取った。 『……元々、ケイをこの世界に呼んだのは、我だ』 「ええっ? マリアが!?」  どら焼きへと伸びていた手がピタリと止まる。思い詰めたような表情をしたマリアに、物を食べながら聞いて良い話ではなさそうだと考えて手を膝へと戻した。背筋をピンと伸ばす。 「えっと、何でかって聞いても大丈夫?」  マリアが頷いた。圭に緊張が走る。ピリピリと張り詰めた空気が重たく感じた。 『この世界は、元々我が作り出したものだ』 「どええええええ!?」  マリアの美しい唇から唐突に飛び出した言葉に目を剥いた。世界を作るなんて大それたことができるなんて、常人であるはずがない。 「ま、ままままマリアって、何者なの!?」 『そうだな、人は我を神と呼び、崇め奉る』 「か、かかかかかみぃ!?!?」  想像していた内容のとんでもない斜め上の話をされて、混乱しそうだ。頭の整理が追い付かない。  しかし、出会った時にも神という言葉を使っていたことを思い出す。すっかり記憶の端に追いやってしまっていたが。 「待って待って待って待って!? その神様が、何で俺をこっちの世界に呼んだの!?」  神だというのなら、人間一人を異世界に転移させるくらい造作もないことだろう。しかし誰彼構わず移動させるという訳でもないはずだ。 「もしかして俺、実はすっげー能力を持ってて、そのチート能力使って世界救っちゃったりするやつ!?」 『いや? そんなものはケイにはないが』 「ないんかーい!!」  思わず新喜劇並みにツッコんでしまった。そして、ツッコんだ後になって相手が神様であることを思い出す。 「……ごめんなさい」 『いや、構わない。ケイと我の仲であろう。今更だ。そんなかしこまらないでおくれ』  もっと気楽に聞いてほしいと促され、先程手を伸ばしかけたどら焼きを手に取る。どら焼きを頬張るも、この後どんな話が飛び出すのか気が気でなくて、正直味が分からなくなっていた。 『我は人の営みというものが好きでね。この世界を作り、そこに人間を生み出した。そして、その中の一部に我の血を与えたのだ。それが魔法を使うことのできる、ごく一部の一族だ』 「はぁ~、なるほど……」  アレクたちの血族が魔法を使えることに対してやっと納得がいった。ずっと不思議ではあったのだ。どうして魔法を使える者と使えない者に分けられるのか。 『一度作りだした世界に我のような強大な力が干渉するのは世界の理を乱す。だから基本的に我は世界に対して何もしない。ただ見守るだけだ。……それでも良かった。人の子らの営みを見るのは楽しかったし、滅びる国があり、繁栄する国があり、それもまた営みの中の流れであったからな』  そこまで言ってマリアは手にしていた湯呑をあおった。穏やかに語るマリアは本当に楽しそうで、そこに嘘偽りなどはないであろうことが手に取るように分かる。  神様というのならば、圭たちには想像もつかない程の長い年月を一人で生き続けてきているのだろう。「正確な年齢が分からない」と言っていたこととも通じる。それなら、そんな楽しみを見出したくなる気持ちも分からなくはない。  そして何より、マリアが生み出してくれたからこそ、アレクという存在に出逢えたのだから感謝しかなかった。 『しかし、この世界に、一人の異端が生まれてしまった。それがアレクだ』 「え?」  唐突に出てきた名前に手にしていたどら焼きを膝の上へと落としてしまう。呆然として拾い上げる気にもならなかった。 「待って? それってどういうこと?」 『アレクは我の血が濃く生まれ出でてしまった。先程も言ったが、強大過ぎる力というものは世界の理に影響を及ぼす。その力を間違った方向に使わなければ問題などなく、むしろ国の繁栄へと繋がるのだが、アレクはそうではなかった。何故か分かるかい?』  フルフルと首を横に振った。もう話の次元が違っている。圭はほとんど宇宙猫状態になっていた。 『魂がね、欠けていたからさ』 「魂が欠ける?」  マリアが頷いた。  また次元の違う話が飛び出して来た。もうダメだ。理解の範疇なんてとっくに超えている。  圭は考えることを放棄した。深く思案したところで分かりっこなんかない。義務教育で習っていないのだから。  そう思ったら一気に気が楽になった。どら焼きを膝から拾い上げてパクリと噛みついた。口の中に粒あんの甘味が広がる。美味い。やはり美味しい物はきちんと美味しく食べないといけない。ウンウンと一人頷いた。 『アレクの魂は生まれながらに欠けていた。それが育ってきた境遇と相まって彼を暴走させる。このままいけば、国が傾くこともやむを得ない程にな。もちろん、それもまた歴史の流れの一つだと言えばそうだ。かつて滅んでいった数多の国の一つになるに過ぎない。……ただ、我が見ていられなかった。血を分け、生まれながらにしてそれが濃いというだけで失ってしまうにはあまりにも大きすぎると思ったのだ。それは誰のせいでもなかろう』  呆けながら聞いていたものの、ハッと我に返って何度も頷いた。 『だから、その原因が欠けた魂のせいだと分かった時、思い出したのだ。かつて同じように欠けた魂を補った方法を』 「そんな方法あるの?」 『ああ、それがケイだ』 「おれぇ??」  またしても宇宙猫になりかける。意識が離れようとするのを必死で食い止め、何とか留めた。 「何で俺が補えるの?」 『ケイとアレクは二人で一つの存在なのだよ。それが近くになかったせいでアレクの魂は不安定になり、暴走しかけていた。その二人を同じ場所にいさせてやれば、互いに魂が干渉し合って安定する。だからケイが必要だった』 「はぁ……、なる、ほどぉ……」  圭自身のことを言われているというのに、なぜかあまり実感が持てない。そんな風に感じたことがなかったし、そもそも魂だなんだと言われても目に見えない物を信じろと言われてもすぐには難しい。 『ただ、アレクはケイに惹き付けられすぎたようだね。魂を逃さないようにと無茶ばかりを強いた。だからケイも嫌になってしまったし、戻さざるを得なくなった』  俯いたマリアが何を指しているか分かり、圭もしょんぼりと頭を下げた。あの時のことを思い出す。チクリと胸が痛くなった。  そして、それが恋心ではなく、魂によって引き付けられていたのだと分かり、心がモヤモヤした。 「アレクが俺のことを好きだって言ってくれたのは魂のせいなの? そしたら、それって本当に俺のこと好きじゃないのかな?」  零れた呟きは思った以上に落ち込んでいた。対面に座っていたマリアが圭の隣へと移動してくる。そしてギュッと圭の頭を抱え込んだ。 『確かに、きっかけとしてはあったかもしれない。体の相性が良かったり、互いの見目が好みだったり。でも、それはあくまできっかけさ。そこから育んだ想いはケイたちが紡いだものだ。作為的になされたものではない』 「そっかぁ……そっかぁ……」  目頭が熱くなってきた。マリアが豊満な胸の中に圭の顔を埋める。 「俺、ちゃんとアレクのこと好きで良かった。この想いが、本物で良かったぁ……」 『ケイ、ありがとう。我の血族を好いて、支えてくれて』  後頭部を撫でられ、その手付きの優しさに涙が零れた。  しばらくの間、マリアの腕の中で泣き続け、やっと頭を上げられた時には瞼は涙で腫れてしまっていた。 『フフッ、ケイは泣き顔も可愛らしいが、いつもの笑顔の方が我は好みだよ』  マリアの手が優しく光り、瞼の腫れをとってくれる。まだ少し涙が零れたが、手の甲で擦り取った。 『ケイ、元の世界に戻りたいかい?』  フルフルと首を振る。もうそんなことは思わない。ずっと共に歩む相手を見つけたのだから。  圭の反応にマリアが満足気に笑みを浮かべた。何だか少しアレクと似ていると思うことがあったのは、マリアの血のせいなのだと知って納得がいく。 「俺をこの世界に呼んでくれてありがとう」 『いや、無理に呼んだのはこちらの方だ』 「でもさ、今思うと元の世界にいたとしても、あのクソ野郎のせいで俺、お先真っ暗だった訳じゃん? こっちの世界に呼ばれてなかったらあそこまで吹っ切れなかったと思うし。そしたら、ずっとあいつのいいようにされたまんまで、どうなってたか分かんねーし」  マリアが遠くを見るような視線をしていたことで、圭の中に一つの考えが浮かんだ。 「……ねえ、まさか、マリアは知ってたの?」  視線を左右に泳がせた後、小さく頷かれる。その姿を見て圭は目を見開いた。 「じゃあ、もしかして俺のことも……助けて、くれた……?」  マリアが小さく笑った。それで全てを察する。 『ケイにとっても欠けた魂というのは影響するものだ。……あのまま不幸になっていく姿を見るに堪えなかった』 「ありがとう! マリア!!」  ギュッと抱きついた。抱き締め返され、また涙が出そうになる。必死に涙を喉の奥へと飲み込んだ。せっかくマリアが癒してくれたのだから、またしても手を煩わせる訳にはいかない。 「……ん? 待って? マリアっていつも俺たちのこと見てるって言ってたよね?」 『ああ、そうだが?』 「じゃ、じゃあ、アレクとのあんな事も、そんな事も見てる……ってこと?」  力強く頷かれる。今日一の笑顔を浮かべながら。 「えええええ! いや、マジ、無理! 見ないでよぉ!!」 『大丈夫だ、ケイ』  マリアがソファの下からうちわとペンライトを取り出した。うちわには「アレ圭しか勝たん」と派手な文字で書かれている。 『ケイたちは我の推しカプだからな。推しは推せる時に推す。何なら課金もいとわない。ケイの世界ではこういうのが流行っているのだろう?』  ペンライトを光らせながら楽しそうに振っている姿を見て、ドッと疲れが出てきた気がする。あの重苦しかった空気が少し懐かしい。 「でもさぁ、さすがに全部見られてるってのは……ちょっと……」 『いや、割と萌える。こないだのベランダHも良かったし、ちょっと激し目のも……』 「わぁぁぁぁ!! ストップ! ストップぅぅぅぅぅ!!」  マリアの口を両手で押さえた。もはや別の意味で涙目だ。羞恥で顔から火が出そうだった。 「ちょっと、そういう時は見ないって選択肢ないの!?」 『あるはずない。むしろ今が一番見ていて楽しい。ちょっと鬼畜なプレイも、ノリノリなケイも最高に推せる』  口を押えていた圭の手を自力で外し、マリアがドヤ顔でうちわをひっくり返した。今度は「アレ圭もっとヤって」とハートマークに塗れた文字が躍っている。 「うわー! 無理ー!! 見られてるって分かって、もうどんな顔してアレクと寝ろってんだよ~!」 『ケイ、推しカプの濃厚なスケベからしか得られない栄養というものもあるのだぞ? ファンサービスというのも重要だ』 「別に俺たちアイドルでも何でもねーし! ファンサとかしねーよ! あーもー、せっかく神様ってゆーからなんかすげー感じだったのに、一気に今日でマリアが腐女子に成り下がったぁ!」 『ふむ、これが腐女子というのか。まあ、悪くはないな』  まんざらでもない顔でニヤリと笑うマリアとギャーギャー騒ぎ立てる圭のやり取りはその後もしばらく続くのだった。
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