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番外編アツメターノ① かまくらを作ろう

 窓から外の景色を眺める。手にはホコホコと湯気の立つココアの入ったマグカップ。絶妙な甘さ加減でいくらでも飲めそうだ。 『どうした? 外に何かあったかい?』 「んーん、何もない」  声を掛けられ、振り返ってフルフルと首を横に振った。  マリアの部屋から見える光景は今日も白一色。圭がこの夢の世界にやって来た日同様、今日も相変わらず吹雪いていた。時折ガタガタと音をさせながら窓が震える。相当に強い風が吹いているのだろう。結露している窓を指先で擦る。 「ねーねー、今度かまくら作って遊ぼうよ」 『カマクラ?』 「うん。雪で作った家みたいなの。雪を集めて丸い山みたいの作って、そこに人が座れるくらいの穴開けて、中に色々持ち込んで飯食ったりすんの。昔話とかだったら、火鉢? とか置いて、そこで色々焼いてさ」  指で窓に丸を描く。その丸の中に更に円を記した。  圭の住んでいる立川はそんなに雪が降らない。10センチも積もれば大雪だし、大抵の電車は止まる。八王子まで行けばチラチラと雪も降るが。  生まれてこのかた立川にしか住んだことがなかったため、雪との生活は無縁だった。シルヴァリアも温暖な地域だし、ご縁はなさそうだ。 「火鉢で餅焼いて、汁粉に入れんの。あと、甘酒! 考えただけで楽しそう」  口内に涎が満ちる。久しく和風な物を口にしていない。あんこの味が恋しくなる。 『ケイはカマクラとやらをよく作っていたのかい?』 「んーん、俺の住んでた場所はあんまり雪降らなかったから、作ったことない。作れるほど雪も降らないし」  実際作るとなったら相当大変だろう。身長よりも高く雪を積まねばならないし、穴を掘るのも一苦労だ。やってみたくはあるが立川では現実的ではない。しかし、やったら絶対楽しいだろう。家族総出で作ったり、友人たちと過ごしたり。愛犬のチビもはしゃいで走り回りそうだ。 『では、次に会う時はカマクラとやらを作ってみるか』 「マジ!? やった! めちゃくちゃ楽しそう!」  窓辺から離れてソファへと戻る。  また楽しみが増えた。少しずつではあるが、生活に潤いができるのは嬉しい。 「ついでに、雪だるまとかも作ろうよ」 『それは賑やかになりそうだ』  フフッと笑うマリアは今日も優雅に茶を啜っていた。 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆ 「おおおおおおおおお~」  数日後。目が覚めた時、目の前にはパチパチと火の爆ぜる横長の七輪が置かれていた。七輪には金網が乗せられていて、その上には白い角餅と小鍋が2つ。香りなどから、汁粉と甘酒だろう。ぐつぐつと良い感じに温まっている。  キョロキョロと周囲を見渡せば、真っ白い壁。円形にくりぬかれ、天井はそんなに高くない。  かまくらの中は温かいが、入口からは今日も吹雪が見える。 「かまくらだー!!」  圭は目を輝かせた。  よく見れば、格好もきちんと冬仕様になっている。頭にはニット帽を被っているし、長いマフラーとダッフルコート。それに、足元はモコモコのブーツを履いている。フワモコ素材の手袋も気持ち良く、圭は自分の頬を掌で包み込んだ。 『ケイの言っていたカマクラというのは、これで良かったかい?』  七輪を挟んで対面に座るマリアもしっかり冬装束だ。いつものキャミソールワンピースも素敵だが、着こんでいる姿も綺麗で可愛い。 「バッチリ! すげ~、マジちゃんとかまくらってる!」  満面の笑みを向ければ、マリアも満足そうに笑んだ。  さっそく器の中に焼きたての餅と汁粉を入れてもらう。口に入れると、餅が伸びて久しぶりの感触に更に破顔する。 「すげー! こーゆーの、一回やってみたかったんだ~」  ハフハフと汁粉の餅を食べながらマリアとの会話を楽しむ。ふと、気になることを聞いてみた。 「ねえ、ここに来た時も思ったけど、この雪、俺にとっては全然寒くないんだけど、やっぱり本当はめちゃくちゃ寒かったりする?」 『そりゃあ、雪だからね』 「そっか~。……ねえ、どんくらい寒いかちょっとだけ体験できたりする?」 『できはするが……良いのか?』  マリアが怪訝そうな顔をした。コクコクと頷きながら期待の眼差しを向ける。  仕方なさそうにマリアが右手の人差し指を圭へと向けてきた。その指先が白く光る。 「うぉぉぉぉぉ!! さっびぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」  瞬時に氷点下の冷え込みが圭を襲う。快適な温度から一気に極寒の地に放り込まれ、目を白黒させる。 『ほら、言わんこっちゃない』  呆れたような顔をしたマリアが圭に向けていた指先を白から朱色へと変える。途端にそれまで感じていた寒さが嘘のようにおさまった。 「こ、こんな寒いと思わなかったから……」 『雪は冷たいし、吹雪けば寒い』  至極当然のことを言いながらマリアが甘酒を啜った。圭も同じく甘酒の入った湯呑を口元へと持っていく。フルーティーな香りが鼻孔をくすぐった。ゴクリと一口飲み込む。米の自然な甘さが口の中に広がった。優しい口当たりも良く、後味もさっぱりしている。これならいくらでも飲めそうだ。 「あ、それじゃあさ、ちょっとだけ寒くするとかはできる? 本当にちょっとだけ」  快適な気温は過ごしやすいが、せっかくかまくらを作ったし、寒さがないのは少し味気ない。  右手の人差し指と親指の間に隙間を作り、どれくらいかを表現する。マリアは理解したようで、コクリと綺麗に頷いた後、再び指先を圭へと向ける。先ほど同様に白く光ったかと思うと、今度はうっすらと肌寒い程度の冷えに襲われる。 「これくらい! 調度良い感じ!」  感覚としては、圭の身の回りの空気が薄っすらと冷えているような感じだ。コートや手袋などで包まれている部分は温かい。  周囲が寒いと、温かい物が猶更美味しく感じる。餅をビヨンと伸ばしながら汁粉の甘味を楽しんだ。  腹が膨れると、今度は体を動かしたくなってくる。ウズウズして落ち着いていられない。 「ねえ、マリア、一緒に雪だるま作ろうよ!」 『雪だるま?』 「雪の玉を転がして大きくしてって、重ねて雪の像を作んの!」  かまくらを飛び出した。顔に当たる雪は少し冷たい程度だ。猛吹雪の中だというのに。  しゃがみ込んで雪をかき集め、野球のボール程度の雪玉を作る。それを地面に置いてコロコロと転がし始めた。みるみるうちに雪玉は大きくなり、あっという間に直径80センチ程度の球体になった。  そして、今度は頭部となる雪玉作りに取り掛かる。雪の量が豊富にあるため、頭部もすぐに出来上がった。これが立川でまれに降る雪などではこうはいかない。地面の汚い雪が混じって美しくはならない。  60センチ程度の雪の玉を先ほど作った雪玉の上に乗せた。本当はこれに棒を突きさして目や口になるような物を付けられれば完璧なのだが、見渡す限り白銀の世界に包まれているこの場所にはそんな物見当たらない。  そうなると、今度は頼れるのはただ1人。 「ねえ、この雪だるまに目と手を付けてよ」 『……これにか?』  怪訝そうな顔をするマリアが指先を出来たばかりの雪だるまへと向けた。ニョキニョキと雪ダルマの胴体から人間の腕が生えてきた。 「うっわぁぁぁぁぁあ!! 気持ちわりぃ~!!!!」  そして、顔には人間の目玉と鼻、唇が浮き出てきた。ただの気色悪い雪人形の出来上がりだ。 「ちがう~~~~~~~~!! こうじゃない~~~~~~~~!!」  圭は自分の説明不足が悪かったと後悔し、雪だるまのあるべき姿を説明し始めた。腕は棒きれで良く、顔は身の回りにある些細な物で良いのだ。棒だったり、ボールだったり、松ぼっくりだったり。  そこまで説明すれば、なるほどと言いながら気色の悪い手や目などを消して棒きれを数本出してくれた。礼を言って胴体に棒を指す。枝を折って小さな棒にして顔に付ければ完成だ。 「これ! これが雪だるま!」  初めてにしてはよくできているのではなかろうか。綺麗な球体ではなく、少しガタガタなのも味があって良いと思う。 「じゃあ、マリアも! 雪だるま勝負しようぜ!」 『なるほど。勝負事とあれば負けるわけにはいかんな』  マリアも一緒になって雪だるまを作り始めた。吹雪の中、ワイワイ言いながら雪遊びに興じる。初めての体験に夢中になった。 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆ 「ケイ、今日は随分と機嫌が良いな」 「んふふ、分かる? 良い夢見たから」  アレクと共に昼食を摂りながらご機嫌でフォークを口元へと持っていく。  マリアとの夢の後は、それが現実のことだったように思えるから不思議だ。楽しかった思い出も、美味しかった食べ物も。全てが記憶に鮮明に残っている。 「どんな夢だったんだ?」 「雪遊びする夢。かまくらで餅食った」 「モチ?」 「あ、こっちにはないか。えーっと、すっごい伸びて、たまに人が死ぬ」  母は正月に餅を喉に詰まらせて高齢者が死亡したニュースを見る度、「怖いわねぇ」と言いながら餅を小さく切って雑煮などに入れる。そのため、圭の家ではあまり角餅を食べない。だから、伸びる餅も含めてとても楽しかった。  アレクは圭の話を聞いて、盛大に顔を顰めた。 「人が死ぬような物をケイの世界では食べるのか? 以前、貧しい国ではないと言っていたが、そんな物を食べねばならないほど困窮していたのか?」 「え? 全然? 俺の国の伝統だよ?」  キョトンとしながら小首を傾げるも、アレクは複雑な表情をしたままだった。 「ケイ、今までツラい思いをしてきたのだな……。だが、もう安心しろ。シルヴァリアではそんな目には遭わせない」 「へ?? え、何? どしたの??」  同情混じりの目で見つめられ、圭の頭上に大量の疑問符が並ぶ。  それからしばらくアレクが普段以上に優しくなり、圭は首を捻り続けるのだった。

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